輪廻の呪后

凰太郎

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~第三幕~

呪后再生 Chapter.2


 赤の微睡まどろみで出会う。
 対峙する。
 運命の二人ふたりが……。
 忌まわしき女王ファラオの姿が在るワケではない。
 そこは茫洋たる赤だけが撹拌されている異次元であった。
 ヴァレリア独ひとりが立ち尽くす虚空。
 だが、いる・・。
 それ・・を直感に感ずればこそ、ヴァレリアは周囲へ向けた呼び掛けを発するのであった。

「よぉ、ようやく遭えたな? 〈呪后・・〉」

 応えるは淀む赤。

 ──ヴァレリアとか言ったか。

 ──我われを前にして臆せぬとは……そこそこの女傑のようだ。

 ──フフフ……気に入った。

 ──とはいえ、些末な翡翠石いしころに過ぎぬが。

 やはり・・・、そう・・であった。
 この空間自体が呪后じゅごう。
 或あるいは、実体無き不定形が漂っているのやもしれぬ。
 魂バーか……霊カーか……いずれにせよ意識体・・・である。
 だとしても〈呪后・・〉である事には変わりない。
 確固たる本人・・であるのならば、論を交わすには充分な状況だ。
 別段、交渉に肉体は必要無い。

「呪后じゅごう、オマエには色々と訊ききたい事がある」

 ──訊ききたい事?

「性分でな。謎は解き明かしておきてぇんだ」

 ──善かろう。

「まず……何故・・、エレン・・・に憑依した?」

 ──エレン?

「アタシの妹・だ」

 ──妹?

 ──フフフ……成程。

 納得の悦に空間が淀む。
 ヴァレリアにしてみれば薄気味悪さを孕はらむ腹立たしさだ。

「答えろ」

 ──違う・・な。

「何?」

 ──オマエだ。

「あん?」

 ──我われが働き掛けたのは、オマエ・・・だ。

「はぁ? オイオイ、微塵も身に覚えが無ぇぞ?」

 ──そう……。

 ──そもそも我われが働き掛けたのはオマエ・・・。

 ──だが、それ・・はオマエではなく妹に作用した。

 ──おそらくは〝繋つながり〟か。

「あん? 意味解らねぇぞ?」

 ──オマエ達〝姉妹〟は心底にて強く通じている。

 ──繋つながっている。

 ──無自覚な共感。

「おいおい? まさか〈他心通テレパシー〉とでも言うつもりじゃねえだろうな? 言っておくが、アタシは〈超能力者エスパー〉じゃねえぞ?」

 ──心当たりはあるはずだ。

「だから! 無ねえって言ってんだろ!」

 ──いいや。

 ──その兆候は過去にもあったはずだ。

 ──ただ失念しているだけ……。

 ──或あるいは自覚に無いだけ……。

 ──フフフ……。

「しつこいな! アタシもエレンも〈魔力まりょく〉だの〈呪力じゅりょく〉だのは関係ねぇ! ただの人……間──」

 ふと言い淀む。
 心当りが芽生えればこそ。

(そう言えば……何故、アタシはエレンの居場所が分かる? それも的確に?)

 真っ先に思い浮かべたのは、幼少期の思い出だ。
 まだ幼かったエレンが、ふらふらと街へ徘徊した日……。
 捜索に戸惑っていたら、間違いなく〈デッド〉の晩餐ばんさんと喰われていた日……。
 あの時・・・、何故〝エレンの居場所〟が察知出来た?
 何故、根拠も無く確信めいていた? 
 山勘──虫の知らせ──そうしたものだと捉えてきた。
 しかし、違った・・・としたら?
 否いな、そちら・・・の方が説得力に足る。
 理路整然と合理性に在る。
 とはいえ、そう易々と受け入れられるはずもない。
 これまでの人生に於おいて、実感を抱いだいた事など無いのだから。
 超常ちょうじょう的体感などは!

(まさか……そんな?)

 過去の局面から否定要素を探るも、それを否定・・する現実だけが脳裏を占めていく。

(この間の再会も、そうだ。確かにエレンが〈エジプト考古学博物館〉に勤務しているのは先刻承知だが……何故か迷いなく「今いる」と確信を抱いだいていた。欠勤や早退の可能性を、まったく視野に入れず……然さも確約当然であるかのように……)

 次々と湯水のように涌く不自然。

(その前も……あの時・・・も……あの時・・・も! 総てに於おいて〝エレンの不在〟を考慮した覚えが無い! 遡さかのぼれば、幼少ガキの時分から! そして、必ずエレンはいた・・! 会えた・・・! 難無く!)

 それだけではない!

(アイツが悩んでいる時……悲しんでいる時……その原因を察する事が出来た。そして、いざ相談に乗ってみればドンピシャだ。あの頃は〝姉だからこそ妹の性格を熟知していて当然〟と考えていたが……もしも・・・、精神が繋がっていたとしたら・・・・・・・・・・・・・?)

 ──フフフ……揺らいでおるな?

 ──心当りに触ったか?

「……うるせぇ」

 ──認めるしかあるまい。

 ──過去は現実の証言だ。

 ──オマエなら解るであろう?

 ──そう……。

 ──古代の歴史を紐解いてきたオマエなら……。

「うるせえって言ってんだろ!」

 ──その過敏こそが答・よ。

 ──魂バーの共鳴。

 ──フフフ……。

(クソッタレ!)

 腹立たしい。
 忌々しい。
 逃げ道を封鎖する的確な指摘であればこそ……。
 然されど、同時にゾッとする。
 その万事を見透かしたかのような観察は……。
 挙動ではない。
 魂そのものを見透かされているかのような……。

「……何故、アタシ・・・だ? テメェと何の因果性がある?」

 ──別にオマエだろうが〈妹〉だろうが、誰であろうが構わぬ。

 ──たまたま霊カーの波長が合っただけの事。

 ──そう、誰でも構わぬ。

 ──誰でも……。

「……だとしても、不自然だな?」

 ──不自然?

「ああ、根本的に不自然だ」

 ──フフフ……面白いヤツだ。

 ──依然いぜん、我われに対する畏敬を抱いだかずして、それどころか問答に興じようとする。

 ──つくづく女傑たる気質のようだ。

「言ったろ? 謎は解き明かしておきてぇ性分なのさ」

 ──善かろう。

 ──申してみよ。

「オマエがアタシへと働き掛けていたとして……だとしたら、何故エレン・・・だ? どうして、きれいさっぱりエレンへと流れた・・・? 仮に〝姉妹の絆〟とやらだとしても、そもそも何故・・アタシには爪の先程ほども体感を生じないままだ? 無害だぜ? なのに何故、ダイレクトにエレンへと流された?」

 ──霊力。

「あん?」

 ──お前の方が潜在霊力が高い故ゆえ、宛さながら結界を鎧に纏ったかのように弾はじかれた。

 ──そして、その思念は湖面写しの鏡像へと行先を推移した。

 ──即すなわち、妹。

「有り得ねぇな」

 ──ほう?

「アタシは変哲もない一般人パンピーだ。霊力なんざ備わってねぇ。無論、エレンもな。なのに何故、結界の鎧だ?」

 ──無自覚。

 ──然されど、確実に備わっている。

 ──その要因……。

 ──妹との差異……。

 ──おそらくは……。

「何だ?」

 ──いいや……フフフ……。

(チッ! 乗っては来ないか)

 化かし合い。
 双方、腹の底を隠しつつ、相手の懐ふところを探っていた。
 とはいえ、分ぶが悪い──ヴァレリアは癪しゃくを咬む。
 相手は強大無比な魔性ましょうである。
 おまけに此処・・は、おそらく彼女そのもの・・・・・・だ。
 その気になれば隠し事などガラス張りも同然であろう。
 だからこそ、隙や動揺を見せてはならない……僅わずかでも。
 その自己警鐘を胸に、ヴァレリアは対話の推移を謀はかった。

「目的は? 何故、エレンにエジプト神のアイテムを盗ませた……いや、アタシ・・・に盗ませようとした? 例の幻夢支配は、そのためだよな?」

 ──察しているのであろう?

 ──貴様の魂バーが揺らぎない憤いきどおりに燃え盛っておる。

「……やはり現世復活か」

 ──結界。

「あん? 結界?」

 ──我わが魂バーはエジプト神達の結界によって厳重に隔離されている。

 ──現世復活を阻止せんが為ためにな。

 ──それを崩壊させるには、各神々の結界けっかい支配力しはいりょくを破らねばならぬ。

 ──故ゆえに現実世界からの干渉に試みたのだ。

「つまり、あの〈エジプト神の遺物アイテム〉が〝封印の要かなめ〟ってか?」

 ──如何いかにも。

 ──或あるいは封印を支える〝神力しんりょくの柱〟か。

 ──それら全すべてを具つぶさに破らねば封印を解放する事は叶わぬ。

 ──故ゆえに主立った神々の封印たる要かなめを、オマエの妹とやらに集めさせた。

 ──もっとも、働き掛けたのはオマエ・・・であったがな。

 ──そう、本来はオマエ・・・が為なすべき事であった。

「ハッ! ンな口八丁くちはっちょうを鵜呑うのみにするかよ」

 ──虚偽きょぎではない。

「じゃあ、何で・・テメェはエレンに……アタシ達に、ちょっかい出せたんだ? 神々の結界とやらに幽閉されていながらよォ?」

 ──霊カーだ。

 ──確かに我わが魂バーは神力しんりょく結界へと封じられているが、霊カーは現世に隔離されている。それを以もってすれば、現世へと介入して事を動かすも可能……揺さぶり程度ではあるがな。

「羽根……か」

 ──如何いかにも。

「ヘッ……現状いまにして思えば、あの〈羽根〉も盗ませた・・・・ってワケか。アタシに見つかるように導きを仕向けて」

 ──オマエが、あの墓へと立ち入ったのは偶然だが……実に好機ではあった。

 ──何せ我わが霊カーの間近だ。

 ──幻夢支配こそ叶わなかったが、深層意識に働き掛ける事は出来た。

 ──フフフ……。

「よく言うぜ。その割には〈ミイラ男〉なんざを差し向けやがってよぉ? おかげで、こちとら一苦労ひとくろうだ」

 ──アレを配備せしは、我われではない。

 ──王族……或あるいは神官共が、神々の……殊ことに〈冥界神オシリス〉の力ちからに縋すがって生み出した呪怪。

 ──不遜な侵入者を排斥せんが為ために。

(成程な。だから、ありとあらゆる王墓にアイツは配備されている。そして、配備目的が〝王墓の警護〟に特化しているからこそ、表には出ない……か)

 だとすれば納得にも足る。

(そいつを知っていたからこそ、竜牙戦士スパルトイ……いや〈ギリシア勇軍〉は見逃していた。表に出ないとなれば、別段脅威ではないからな。むしろ下手に王墓内でやらかしゃあ、エジプト神を悪戯に刺激する事になる。だから、看過していた。いや、逆に都合が良かったのか? 放置しておけば、勝手に墓荒しを排除してくれるからな)

 とはいえ軟化策もいいところだ。
 普段から神話の威光を誇示する領軍にしては、不甲斐ない体ていたらく。
 笑える。

 ──そして、我われの散在封印地に於おいては、その不可侵神域を保持する為ため。

 ──そこまでして、我われを復活させたくはなかったのであろう。

「で、首尾良く盗ませた後は、その条件が、より強固になるって寸法か。アタシ自身が肌身放さず忍ばせていたんだからな。そりゃ常態的に干渉影響下だ」

 ──如何いかにも。

「あの時……エレンが〈羽根〉を預かろうと申し出た時、アタシは拒んだ。何故か・・・な。あれもオマエの差し金ってワケか」

 ──いいや。

「あ?」

 ──確かに、その流れは我われも感知していた。

 ──しかし、拒んだのはオマエ自身の意思。

 ──我われではない。

「アタシが?」

 ──解らぬでもない。

 ──オマエは我われの時代に……オマエ達の言う『考古学』とやらに偏執しておったからな。

 ──格好の奇異対象を手放したくはあるまい。

 ──だが、結果として好転ではあった。

 ──おかげでオマエに干渉する機会は常態的に得られ、尚且なおかつ、小賢こざかしい不遜者ふそんものの手へと渡らずに済んだ。

 口くちにされた途端とたん、その存在にカッと血が昇る!

「イムリス!」

 ──そう名乗っていたな……オマエ達の前では。

 ──だが、貴奴きやつこそが黒幕・・よ。

 ──即ち〈スメンクカーラー〉……。

「な……に?」

 ──気付かなかったか?

 ──愚かなものよ。

 ──フフフ……。

「オマエ、知っていたのか? イムリス……いや、スメンクカーラー・・・・・・・・の事を?」

 ──無論。

 ──巧たくみに容貌を変え、偽名を名乗ったとしても、色・までは変えられぬ。

「色?」

 ──魂バーの色・……霊カーの色・……つまりは、貴奴きやつの本質・・。

「よく解らねぇが……要するに〝魂の波動〟みてぇなモンか?」

 ──好きに呼べば善い。

 ──いずれにせよヤツの色・はドス黒く淀み、そして貧弱だ。

「貧弱? それだけ悪質だっていうのに?」

 ──黒は深い。

 ──触れた他色を呑み潰す程ほどにな。

 ──だが、貧弱だ。

 ──少なくとも、我われの前では。

 ──フフフ……。

 静かなる含ふくみ笑わらいは絶大なる自信の裏打ち。
 労せずスメンクカーラーをも下くだせるという自信。
 その脅威性を感受出来るからこそ、さすがのヴァレリアも慄然を咬むのであった。
 だがしかし、それ・・は出すまい。

(相手は〈呪后じゅごう〉──悟られては不利に働く。弱味を見せれば呑まれる。立場は対等以上でなければならない……少なくとも上辺うわべだけでも)

 これはヴァレリアの気丈だからこそ為なし得る虚勢でもある。
 並の人間ならば〈呪后じゅごう〉相手に対等の立ち位置で交渉する事すら不可能。
 奥気おくびにも出さず平静を装えるのは、ヤバい相手との交渉こうしょうを幾度いくどとなくこなしてきたからだ。
 牽制けんせいを帯びた化かし合い。
 場数慣れだ。
 謀らずも幼少から裏社会で生き延びてきた経験値が活きた。

「じゃあ、察しているよな? アイツの目的を?」

 ──ジャジャ・エム・アンクか。

「ああ。確か、第四王朝縁ゆかりと吟うたわれている伝説の大魔術師だったよな?」

 ──よくぞ知っていたものよ。

 ──後世の身に在りながら。

「生憎あいにく、オカルトは得意分野じゃねえがな。史実にも遺されていない大魔術師様なんざ実在したかどうかもマユツバ臭くせぇ……だが、否定もしないさね」

 ──ほう?

「事実、オマエ・・・がいる」

 ──……フフフ。

「オマエだけじゃねぇ。あの〈スメンクカーラー〉も実在していれば、ギリシア神話の勇者様とやらも御ご降臨こうりんだ。そうでなくても世を見渡せば、怪物共が大手おおでを振った蹂躙じゅうりんに隷属れいぞく支配しはい──それが闇暦あんれき……いまさら・・・・だ」

 ──そのようだな。

 ──我われが眠りに就いている間に世界は変わった。

 ──二度にど変わった。

 ──ひとつめは〈科学〉とやらを根にした文明の氾濫はんらん。

 ──その結果、人々は慢心に〈神〉を忘れた。

 ──畏敬を忘れた。

 ──世は欲望のまま飽食に潰され続けた。

 ──ふたつめは〈闇暦あんれき〉とかいう常闇とこやみの顕現けんげん。

 ──即すなわち、現状。

 ──我われには報復にも映る。

 ──そう、慢心溺れの盲目に対する逆襲。

 ──愚者への罰。

 ──粛正しゅくせい。

 ──愚かしい。

 ──どちら・・・も。

「オマエはどっち・・・だ?」

 ──……。

「神々への不敬者・・・・・・・か? それとも人間に対する粛正者・・・・・・・・・か?」

 ──どちらでもない。

 ──些末だ。

 ──どうでも善い。

「何にしても残念だったな? オマエが肉体アクの代替としていた〈宿り木〉は──即すなわち〈錫杖〉は、もう無ねぇ。イムリス……いや、スメンクカーラー・・・・・・・・がブッ壊しちまった。つまり、現状いまのオマエは宙ぶらりんだ」

 ──フフフ……ハハハハハハハ!

「何だ? 何を笑っていやがる?」

 ──フフフ……いや、何……トンだ間抜け共であったが故ゆえにな。

「ああ?」

 ──オマエも……だが、何よりもスメンクカーラーが、ここまで愚かしいとは……クックックッ。

 ──短絡。

 ──実に短絡。

 ──短絡にして無知過ぎる。

 ──よもや、このような白痴者に警視を巡らせておったとは……我われもまた愚かしいというものよ。

「だから、何・を言ってやがる!」

 ──アレは我わが呪力ちからの象徴にして発現具。

 ──それ以上でも以下でもない。

 ──それを〈宿り木〉などと……。

 ──愚かしい。

「な……に?」

 ──だが……結果として予期せぬ好転ではあったか。

 ──おかげで、より強まった・・・・・・。

「あ? 何がだ!」

 ──……フフフ。

(コイツ……何・を隠してやがる?)

 得体の知れない不安を噛む。
 とはいえ、明かす流れにはあるまい。
 これまでの問答で肌に感じたが、呪后コイツは化かし合いにも長けている。


 ──ともあれ、アレは〈呪具〉に過ぎん。

 ──壊されたなら再修復すれば善いだけの話。

 ──そして、我われならば可能。

 ──造作もない。

(どういう事だ? 魂バーは、神々の結界とやらに封印されている──霊カーは、あの〈黄金羽根〉に内包されている──だとしたら、肉体アクは? 現実顕現の依り代となる媒体・・は?)

 そして、ハッと思い当たった!

(待てよ! 霊カーが〈黄金羽根〉に内包されているとしたら、肉体アクは必要ない・・・・のか? 仮初かりそめとはいえ物質的封印に内在しているならば、帰巣的用途の〈宿り木〉は必要としない!)

 おそらく、その推測に間違いはない……そう確信しつつも、それによって産み落とされた新たな疑問がふたつ・・・。

「仮に、そうだとして……仮にオマエの話が本当だとして、いざ現世復活を試みた際に実質的な肉体アクは、どうするつもりだった? その際には、さすがに必要不可欠となるはずだぜ? それに封印・・とやらだ……魂バーを収監した封印は何処・・に在る?」

 ──答えてやろう。
 
 ──まずは〈封印〉……それこそは此処・・よ。

「此処が……封印地?」

 改めて周囲を見渡すも、そこは果てなく茫洋の赤が広がるだけの世界。

「実際には何処・・だよ? そもそもアタシは〈玄室〉の……石柩の中にいた。それが、どうして此処・・に?」

 ──物質的概念に捕われては知り得ぬぞ?

 ──此処・・は何処にでも在り・・・・・・・、何処にも存在しない世界・・・・・・・・・・・よ。

 自虐じぎゃく含ふくみの口角こうかくが上がる。

「つまり〈精神世界〉って事か? それとも〝あの世〟か?」

 ──好きに呼べば善い。

 ──何処にも存在せず、何処にでも在る。

 ──それが霊的世界の理ことわり……。

「ふぅん? じゃあ、この監獄が在る限りオマエは出て来れない・・・・・・ってワケだ」

 ──いいや、封印は解かれた。

 ──首尾は上々に好転した。

「あ? まだ集めただけだろうが? 神々の結界物アイテムとやらは?」

 ──そうか……オマエは知り得ぬか。

 ──不在に起きた事故ゆえ……。

 ──封印具は破壊された。

「な……に?」

 ──スメンクカーラーの信徒に依るものであった。

 ──確か〈黒き栄光アスワドマグド〉とか名乗ったか。

「まさか……婆さんか?」

 ──手引きは……な。

 ──そして、最大の難関たる封印は〈冥界神オシリス〉の神力しんりょくのみであったが……それも解放された。

 ──オマエ自身の手によって。

「オシリスだと?」

 思い当たる!
 呪后の玄室へと通じていた隠し通路の壁画を!

「っ! テメエ……ハメやがったな!」

 ──フフフ……褒ほめてやろう。

 ──オマエが立ち入った事で聖域は汚され、その封印神力しんりょくも開放に霧散した。

「テメェ!」

 まんまとハメられた!
 ただ単に誘導・・されていたのではない!
 それ・・自体が封印を御破算とする画策であった!

 ──さて、続けて〈肉体アク〉だ。

 ──とは言え、概おおむねはスメンクカーラーから聞いておったであろうが……。

「っ! まさか……エレンを!」

 ──いいや。

 ──確かに〝現世の資格者を代替とする〟という策は同じ・・だ。

 ──貴奴と同じ着想というのは腹立たしくもあるが……。

 ──だが、アレ・・は我わが器アクとして弱過ぎる。

 ──貧弱過ぎる。

 ──到底、我われを宿して堪たえられまい。

 ──我わが膨大なる〈魂バー〉には……。

「そ……そうか」

 ホッと胸を撫で下ろす。
 とりあえず妹エレンの安全は確約された。
 呪后自みずから気乗りしていないのだから間違いないだろう。

 だが、そうすると?

「じゃあ、オマエの器アクは?」

 向けられた怪訝けげんに、淀む赤は喜悦めいた胎動を刻む……。

 ──オマエ・・・だ。




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