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第5話 ジャッキー・ゾリッパー

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この前の出来事を僕はシリアさんカリファさんに爺やさんを含めた4人で警察署内の会議室で話し合いの場を設けて作戦を練る。

「まずは僕がお客の1人に紛れ込んでエルザ・トライドから色々とお話を聞くことが出来ました。」

「さすが泰虎様です。やはり出来る殿方は違いますわ。」

「ってか、泰虎。店に入ったって事はそのエルザって人とアンナ事やソンナ事とかコンナ事まで……泰虎の陰獣っ!!」

何故かシリアさんは激昂して椅子から立ち上がり恐ろしい剣幕で僕に近付いて胸倉を掴んでどこぞの白金の星の如くオラオラしながら揺さぶる。

「そ、そんな事はしてないですっ!僕は話を聞いただけです!」

「全く貴女って人は落ち着きがないのでございますのね。これでは話が進みませんわ。」

「ふん!」

シリアさんは不貞腐れた顔をしながらズカズカと歩き席に戻る。

「えっーと。エルザ・トライド。30歳は風俗店バリバリと言うお店で働く妖艶ながらも色気のある見た目と話し方、またそのサービス精神からもお客からファンを集めリピーターも来るというお店での勤務態度は真面目で遅刻、欠勤もせずに働いています。」

「うむ。お店から見れば真面目で働きものでイチ店のスタッフとしてよく働いておるな。」

「でも、風俗って言うのがね~……もっとまともな働き口がなかったのかしらね。」

「聞いた話によればエルザ・トライドは家が貧しく両親を早くに亡くし年の離れた弟や妹が居て頼れる親戚も居ないとの事。なので姉妹兄弟の中でも一番上の彼女自身。学費も払えない為、学校に通わずまた年の離れた弟、妹の生活費と学費を稼ぐ為に10代の半ばから夜の世界に入っていったらしいです。」

「とても複雑ですわ。10代半ばと言えば青春真っ盛り楽しい事も夢も希望も満ち溢れていると言うのにとても複雑な気持ちですわ。」

「でもカリファさん。彼女にも夢や希望がありましたよ。」

「泰虎様。それはどういう事でしょうか?」

「それは彼女にとって夢や希望は年の離れた弟と妹達の笑顔だって言ってました。ヒモジイ思いをしないように、オシャレな服を着て元気に遊び回ったり、雨風が凌げる家で暖かい布団で寝れるように勉強して一人前の大人になって幸せに過ごせるようになってもらいたい。」

「とても家族思いな人じゃない……」

「それに彼女は言ってました。私の仕事は世間から見ればはみ出した汚れ仕事だけど、人には何処か吐き出す受け皿が必要だと。悲しみや寂しさを紛らわす人、溜め込んだ性欲やストレスを吐き出す人、人の暖かさを求める人。色んな人も居るし嫌なお客も居るけど終わった後はみんな何処か満足して笑顔で帰っていく。例えそれが罪だとしても私は可愛い弟や妹の笑顔の為に頑張れるし、だから私はその汚れ仕事を誇りに思ってる。って。」

愚痴を漏らさず仕事を誇りに思える事は本当に今の仕事が好きでやりがいを感じているか、大切な人の為に何か突き動かしいるものがある人の為だと思ってる。だからこそ凶悪なジャッキー・ゾリッパーは捕まえなきゃいけない。野放しにしちゃダメなんだ。

「私と爺やだけど裏の情報屋をあてに探してみたけどそれぞれの被害者女性の関連性を聞いたところ。エルザ・トライド、アメリー・コルズ。ニーア・チャップ。キャメロン・エドウズ。ケリー・ジェインの5人は面識はなく、共通して言えるのは両親を早くに亡くし生活費の工面として風俗で働いていたと言う事。プライベートでの異性交際は皆無。それ以外は何も分からなかったわ。」

「大した情報が得られず申し訳ありませんカリファ様。」

爺やさんは席から立ち上がり深々とお辞儀をする。

「大丈夫ですわ。マスキュラー様。それだけでも分かれば充分。被害者の5人について分かりましたわ。今度は私達が得た情報を集めてみました。こちらが資料を見てくだいませ。」

カリファさんは束ねられた資料を机の上に人数分置き僕はパラパラと捲ると3人の男の写真が書かれていて、そこには経歴や病歴に犯罪歴と言った容疑者リストというやつである。

「まずは1ページ目ですわ。ジョン・ドルイド。25歳。職業は弁護士で教師。この人は学生の頃から勉学の才能がありましたが引っ込み思案で気が弱く、イジメの標的とされておりました。中でも女性からの陰口や誹謗、中傷は凄まじかった事もあり未だに女性恐怖症。この方は犯行日にちと時間にアリバイがない為、容疑者と挙げられています。では、次のページを。」

「ローアン・コスミ。48歳。職業は理髪師。殺人現場付近に住んでいて過去に婦女暴行やワイセツ行為の犯罪歴、また精神的疾患によっての入院歴あり。彼を知る人達から売春婦を恨んでいたとの事。当初、私達は容疑者として逮捕されたが重い精神の錯乱があり、また警察や新聞社に送られた筆跡も似てない事から釈放。しかし疑いは完全に晴れておりませんわ。最後のページを。」

更に続けてカリファさんの言う通り容疑者リストのページを捲る。

「マーティン・トスログ。37歳。退役軍人で軍人時代と退役してからも傷害や恐喝などの複数の前科あり、ジャッキー・ゾリッパー犯行時のアリバイが曖昧なため、私達は犯行当時から被疑者の1人として疑ってますわ。以上の容疑者と思われる3人ですわ。」

容疑者リストを見たところ、どの人達もジャッキー・ゾリッパーに成り得そうな人物。犯人だとしてもおかしくない。何か僕の中で引っかかるのは気のせい?気のせいとか思い違いなら良いんだけどな。

「失礼します!ベルト警部。」

「慌ててどうしたというのですの?」

カリファさんの部下らしき人がドアをノックしてから素早く開けると息を切らせ慌てた顔をしながら会議室に入り込んでくる。

「申し訳ありません!しかし大変な事が起きまして。」

「大変な事?それはなんなのですの?」

カリファさんは落ち着いた振る舞いを見せながら紅茶を一口飲む。

「ジャッキー・ゾリッパーの容疑者の1人であるジョン・ドルイドがズテム川で身投げ自殺をしたようです!」

「「「「っ?!!」」」」

ジャッキー・ゾリッパーの容疑者の1人である若い弁護士ジョン・ドルイドが自殺した事にカリファさんは驚きを隠せず、すぐに上着を着てシリアさん、爺やさん、僕はすぐに立ち上がる。

「すぐに現場に向かいますわ。貴女達も着いてきてください!」

僕達はカリファさんを先頭に馬車でジョン・ドルイドが身投げ自殺をしたというズテム川に向かい現場に着くと現場周辺にら警察が立ち並び一般人は入れないようになっている。

「お疲れ様です警部!」

「通してくださいませ。あとこの3人も警察の協力者なのでお通しを。」

「ハッ!どうぞ。」

立ち並んでいた警察官が敬礼した後に通されると川の岸辺に人が覆われるくらいの布が被されているのが分かる。周りには鑑識や監察医なども居て現場付近に手掛かりになるようなものを探している。

カリファさんは手のひらを合わせてから黙祷してから覆われた布を開くと容疑者リストの写真に写っていた若い男性ジョン・ドルイドと分かる。

「警部。どうやらジョン・ドルイドはあの橋から身投げした模様。目立った外傷は特になく橋には靴と身分証明が置かれていました。」

鑑識の人が透明の袋で入れられた靴や身分証明などを見せる。身分証明にはジョン・ドルイドの名前と生年月日、住所などが記載されている。どうやらジャッキー・ゾリッパーの容疑者の1人であるジョン・ドルイドで間違いは無さそう。

「他に分かる事はありますの?」

「はい。ベルト警部。ジョン・ドルイドの死亡推定時刻は昨夜から今朝にかけて、死因は溺死によるものだと思われます。」

「とりあえず遺体は署の方で細かく調べますので、アイリさんは司法解剖の方をお願いします。」

「了解しましたベルト警部。」

アイリさんという監察医はすぐに遺体を署に運ぶように部下に指示しカリファさんは思考を張り巡らせる。

「容疑者の1人が亡くなり残る容疑者は2人になりましたわ。今夜からローアン・コスミとマーティン・トスログの2人を監視する事に致します。私はローアン・コスミ。シリアとマスキュラー様はマーティン・トスログ。そして泰虎様はエルザ・トライドの護衛をお願いしますわ。」

「容疑者に怪しい動きがあれば即現行犯で良いって事?」

「構いませんわ。責任は私が取りますわ。場合よっては戦闘の許可もしますわ。」

「分かったわ。爺や!すぐに向かうぞ。」

「かしこまりました。お嬢。」

シリアさんは爺やを連れて容疑者の1人マーティン・トスログの自宅付近で張り込みをする為にすぐにこの場から立ち去る。

「泰虎様。」

「はい!僕、頑張って守ります。」

「ウフフ。頼もしいですわ。」

カリファさんはその細く綺麗な手を僕の頰に添えて少し憂いた目で見つめながら言う。

「貴方様はとても強く頑張り屋さんです。だから必ず無理はしないで下さいね。では。」

そう言った後にカリファさんは踵を返してスタスタと現場から離れて行く。何か僕って心配されてばかりだ。そんなに頼りないって見えるのかな?

僕はエルザさんの護衛の為に向かうけど、お店以外の場所が分からないや……

「あら、どうしたの?こんなところで立ち止まって。」

「え?あ……」

僕はどうして良いか分からなくて少し立ち往生していたら、さっきの監察医であるアイリさんに話しかけられる。

「貴方はベルト警部と一緒に居た人の付き人?」

「はい。寺島泰虎と言います。カリファさんに頼まれてジャッキー・ゾリッパーの被害者の女性を護衛する事になったんですが、働いているお店以外が分からなくて……」

「あら、そう言う事ね。私はアイリ・ウォーノス。監察医で産婦人科医なの。ちょうど私は署に戻るから名簿がある部屋まで案内するね。」

「はい。ありがとうございます!」

僕はペコリと頭を下げるとアイリさんと一緒に馬車に乗せられながら道中、話し込む。

「寺島さんってまだ若いのね。お幾つかしら?」

「こう見えて22歳なんです。昔から見た目が子供っぽいから色々と大変でして……」

「あら、そんな事ないわ。こんな可愛らしい男の子が居ても良いと思うわ。それに私も寺島さんくらいの子供が居てもおかしくないわ。」

「アイリさんは、ご結婚されてないのですか?」

「ううん。結婚してたけど、事故で主人は亡くなって、その時も私のお腹にいた子供も……」

「え?あ……ご、ごめんなさい!!僕知らないで……」

「良いのよ。もう昔の話だし。それに……過去は消せないから私は今を一生懸命に生きるしかないのよ。主人やお腹にいた子供の分までね。」

なんか物凄く申し訳ない事をしてしまった。僕が無知なせいもあるのか無神経な事を聞いてしまった。アイリさんにとっては辛い過去を思い出させてしまった……

「そんな気にしなくて良いのよ。どうやら着いたみたいだし案内するわね。」

僕はアイリさんと一緒に馬車を降りて警察署内にある、あらゆる事件の被害者の名簿がある部屋へ案内されてからアイリさんは監察の仕事があるからという事で、この場から立ち去る。

「え~っと……エルザ・トライドは……あった。これこれ。」

僕はエルザさんの住所をメモしてから部屋から出ていくとアイリさんの事を考える。

人は誰でも幸福な人生ばかりを歩んできたとは限らない。誰しも忘れたい過去がある。だけど、その過去を乗り越えて今を一生懸命に生きている。

それにジィジが言っていた『人は時には挫折や不運な出来事に遭遇する事もある。不運や挫折して、そこから這い上がれる人こそ強くなれるし優しくなれる』って。

「そういや、アイリさん。少し反り腰で首もストレートネックっぽかったな。いけない、いけない。つい職業病が。」

僕は急いでメモと地図を頼りにエルザさんの自宅に向かう事にする。外は日が暮れ始めて空は茜色の夕暮れ時になっている。

市街の店は明かりを付けて所々でお店終いを始めていると後ろから『坊や?』って聞いた事ある声に僕は振り向くと化粧っ気もなく古びた服を着て紙袋に荷物を抱えた紛れもなくエルザさんだった。

「奇遇ね坊や。こんなところで何をしてるの?」


お店に居る時のエルザさんとは違い、何処にでも居そうな優しいお姉さんって感じのエルザさん。こんなにも印象が違うのか。

「あの実はちょうど僕もエルザさんを探していまして。」

「あら、私と一晩寝たくなったの?」

「ち、違います!」

僕は頰を膨らませながら顔が熱くなり意地悪な事を言うエルザさんにポカポカと叩く。

「ごめんね。それでどうしたの?」

「警察から貴女を守るように言われて僕が貴女を影から護衛します。」

「ありがとう。坊や。」

エルザさんは何か安堵を浮かべた様子でホッコリとした表情をしている。ジャッキー・ゾリッパーの魔の手がまだ終わってないからプライベートでも気が抜けないんだろう。

夕陽が沈み辺りはすっかりと明るくなり気温も少しずつ下がり始め少し肌寒くなっていく。

僕とエルザさんは並ぶように歩いているが僕は近くにジャッキー・ゾリッパーと思われる怪しい奴が居ないか周りを見渡す。

もう日が沈んで暗くなっているし、人も段々と居なくなっていくし、街から外れて灯りも段々と無くなって月明かりだけが頼りになっていくのが分かる。

「ねぇ、坊や。」

「え?あ、はい!どうしました?」

「なんで坊やはそこまで私の事を守ってくれるのかしら?」

「それは約束したからですよ。」

「約束?」

「言ったじゃないですか。貴女を絶対に守るって。」

「え?あ……」

「それにジィジじゃなくて祖父が言ってました。男が約束をしたなら死んでも守れって。特に女の子と約束したなら尚更、約束をしたなら破る男は男の風上にも置けないって。」

「口約束だから守るわけがないって思ってた。」

「え?」

「男って口ばっかりで、その場、その場で出来もしない約束ばかり口にしてた。今までの男達は甘い雰囲気に任せて口ばっかり……でも、坊やは違った。」

「……」

「坊やはこんな汚れ仕事をしている女のために守ろうとしてくれてる。だから……」

「……」

「坊やだけは信じてみたい。」

「何があったんですか?」

エルザさんは何か思い詰めた顔をしている言いたいんだけど他人には言えない事があるんだろう。それは、言えば周りの人間達が離れて行くほどの言えない事。

「私……」

「はい……」

「おろしたの……」

「……え?」

「男の間に出来た子供を……お腹に居た子供を堕ろしたの……」

「……」

僕は何も言う事が出来なかった。だけど、これだけは出来る。

「坊や……」

「何があったか教えてくれますか?」

今にも泣きそうな小さい子供を優しく包み込むように僕はエルザさんを抱きしめる事なら出来る。何も言えないけど、聞いてあげる事は出来る。

「お客の1人に身なりが小綺麗でハンサムなお客さんが居たの。その人は優しくて親身に私の話を聴いてくれた。両親が早くに亡くした事、年の離れた弟や妹が居たことをあの人は聞いてくれたの。あの人は何回も私を指名してくれて話していくうちにお客じゃなくて、1人の人間、1人の男として私は惹かれたの。」

「……」

「それから、私はあの人と個人的に会うようになって何回も身体を重ね合わせて夜を一緒に過ごした。その度にあの人は『僕は必ず君を幸せにする。もちろん、君の弟や妹と一緒にね。』って……私は嬉しかった。私だけじゃなくて、私の大事な家族と一緒に幸せにしてくれるって……」

「……」

「ある日、私のお腹の中に彼との子供を授かったのを分かって、私は彼に言ったの。きっと彼は喜んでくれる。お互いに好きな人との子供が出来るのは、この上ない幸せの事。だけど、彼はその事を告げると顔色が変わった……」

「……」

「彼は激昂して私に手を挙げて私のお腹を蹴り上げて暴力を振るった。『俺はそんなつもりで、お前を好きになったんじゃない。お前と相性が良かったから遊んだだけだ。』って……」

「……」

「私は結局、遊ばれただけだった。彼は甘い雰囲気に身を任せて口から出まかせで私に薄っぺらい愛の言葉を囁いたに過ぎなかった。それから私は彼との授かったお腹の子供を堕ろしたの。子供には罪はないって分かっていても……」

「……」

「あんな男の子供を愛せる自信がなかったの……バカだよね……私、あんな言葉に騙されて、遊ばれて、結局は捨てられてるんだもん……」

僕は普段は怒ったりしない。武術を嗜むものは常に自分の感情をコントロールしている理性が備わっている。心穏やかに平常心。人を馬鹿にはせずユーモアのある笑い。人に敬意を払いリスペクトする姿勢。それが武術を嗜む者の精神論だ。

だけど今は違う。

あんなに思いやりがあって優しくて、自分を犠牲にしてまで家族を守ろうとする人を平気で傷付ける奴に僕は怒りを覚えた。

こんな腐れ外道が僕は許せない。

「きっと私がジャッキー・ゾリッパーに命を狙われるのはバチなのよ。」

「違います。」

「罪もない自分の子供を殺したのよ。」

「違いますよ。」

「あの子が死んで私は平然と生きてるからバチが当たったのよ。」

「違います。」

「ジャッキー・ゾリッパーは私が殺した子供の恨みが形に……」

「だから違う!」

「え…?」

僕は思わず声を大きく荒げて出してしまう。自分がやってはいけない事をしてしまった過ちに気付いて自分を追い込んで追い詰めて、今にも押し潰されそうな人にこれ以上、何を責め立てようと言うのか?

こんなに苦しんでいる人に、これ以上の罰を苦しみを与えようと言うなら僕はそいつを許さない。

「エルザさん。貴女はもう充分に苦しんだ。心がズタズタに引き裂かれ振り返る事も甘える事も立ち止まる事を許されない貴女は必死に自分と向き合ってるじゃないですか?」

「でも……」

「自分を助けたり許せるのは自分だけですよ。エルザさん。甘えとか開き直りとかではなく、自分を許してあげてください。」

「うん……ありがとう……ありがとう……」

エルザさんはずっと心の中に溜め込んでいた悲しみや悔しさと押し潰されそうな罪悪感を全て涙で洗い流すように泣いていた。

僕はそっと寄り添う事しか出来ないけど、全部助けられるヒーローじゃないけど立てそうにないなら肩を貸すくらいなら出来る。

「大丈夫です。今は沢山、泣いて良いですから。」

「うん……」

「泣く事は悪い事じゃないので泣いた後には笑顔になりましょう?」

「うん……ありがとう。」

涙の後に目は真っ赤に腫れているが今のエルザの顔には憑き物が落ちたように心の底から晴々とした何処にでもいる優しくて笑顔の似合うお姉ちゃんだ。

「ねぇ、坊や。ううん、トラ君。」

エルザさんは僕の事を坊やではなく、トラ君って言いなおす。なんでトラ君なんだろう?

「もうトラ君ったら、分かりやす過ぎよ。」

「でも、どうしてトラ君なんですか?」

「泰虎だから、トラ君。いつまでも私を何回も泣かせた男の子にいつまでも坊やはダメかな?ってね。」

「え?あっ……ぼ、ぼ、僕は決して泣かせるつもりじゃ……」

「でも、トラ君なら許してあげる。だって……」

「だって?」

「もう!トラ君は鈍チンなんだらっ!そう言うのは男から言って欲しいの。」

エルザさんはプイってそっぽを向きながら歩き始めるけど僕が何で急に不機嫌になるのかが分からない……

女の人って不思議な人達なんだなぁ……


「まずはトラ君には女心をわかって……」

するとエルザさんの背後から人とは思えないグロテスクな仮面にシルクハットを被り背丈と同じくらいにあるマントの音がダガーのナイフを逆手に持ちエルザさんに襲い掛かろうとする。

「シュリンゲジ-縮地-。」

僕はスキルを唱えて高速移動でエルザさんを襲おうとする奴の背後に回り込み掌底で古武術の技の一つである【鎧通し】を使い奴の体勢を崩す。

「え?なに?」

「エルザさん大丈夫ですか?」

「え?うん。それにアイツ。」

僕はすぐにエルザの元に駆け寄って相手との距離を置く。

「グフフ。私の名前はジャッキー・ゾリッパー。切り裂きジャッキー。エルザ・トライド今日こそお前を殺して引き裂いてやろう。」

「そうはさせない!悪いけどお前は警察にお縄になってもらう。」

「またしても私の邪魔をするかガキ。」

「邪魔?まさか店からナイフを投げたのはお前だったのか?!」

「グフフ。そんなの決まってるじゃないか。それにしてもガキ。貴様さえ居なければ事が楽に終わるのに。私は勘の良いガキは嫌いだよ。」

するとジャッキー・ゾリッパーはシルクハットから自分と同じ背丈があると思われる大きなハサミを取り出して構える。

「ビート!リリース-解放-。」

僕はビートを呼び出し右手に取り解放の呪文を唱えると僕の武器である木刀の形をした金剛の杖を握り下段に構える。

「エルザさん。僕から離れて。」

「でも……」

「早く逃げて!」

「うん。」

僕はエルザさんを遠くに離すとジャッキー・ゾリッパーと向かい合いジリジリと距離を詰めていく。お互いに一瞬の気を抜けば間違いなく僕はお陀仏だ。

「お前の目的はなんだ?!なぜ執拗にエルザさんを狙う?!」

「グフフ。それはあの女は汚れた存在だからだ。汚れた女は世の中から消え失せれば良いのだ。無様に醜態を晒して最後の最後まで侮辱されるとは汚れた女に相応しい最期ではないか?」

「お前、本気で言ってるのか?お前は正義のヒーローを気取った自分のエゴに取り憑かれた人殺しだ!」

「黙れ!」

するとジャッキー・ゾリッパーはバッタのように跳躍して空中を飛び上がる。

ジャッキー・ゾリッパーは大きく振り上げながら巨大なハサミを僕に切り刻もうとするが僕は、しのぎという受け流しの技から右へ入り身をしてからの袈裟斬りを仕掛ける。

「なに?」

「グフフ。このハサミ分解出来るのグフフ。」

ジャッキー・ゾリッパーはホッピングジャンプのように飛び跳ねながら分裂したハサミを振り回しながら何か楽しんでいるのが分かる。

オマケに分裂したハサミってなると二刀流になるし動きからしてトリッキーで後手に回れば、どちらかと言えば僕が不利になる。

ならば、コレでどうだ?

僕は居合の構えを取る。つまり最速で目標を確実に捉えて仕留める。

「シュリンゲジ-縮地-。」

高速移動で僕はジャッキー・ゾリッパーとの間合いを縮めて横一文字に金剛の杖をジャッキー・ゾリッパーに打ち込むが、それを予知していたかのように片方の巨大なハサミで斬撃を防ぐ。

そして、防いだハサミとは逆のもう片方の手で持っているハサミで僕に切り刻もうとするがジャッキー・ゾリッパーの身体は吹き飛ばされる。

「グッ……グッゥ。何故だ?何故、貴様の攻撃は避け私が吹き飛ばされる?」

「悪いけど僕の技は基本的に一撃目が効かなかった時の為に常に二段構えの攻撃だからね。」

僕はジャッキー・ゾリッパーに横一文字の抜刀をした時に攻撃を防がれたと分かった瞬間に【二段突き】と言われる技を繰り出した事によって、ジャッキー・ゾリッパーは吹き飛ばされたっていう訳だ。

「さぁ、観念しろ。ジャッキー・ゾリッパー。お縄についてもらおう。」

「チッ!」

「なに?!グッ……」

するとジャッキー・ゾリッパーは上着のポケットから煙幕弾を出して投げつけると、あたり周辺が煙幕に包まれて視界は何にも見えなくなり、煙が晴れた頃にはジャッキー・ゾリッパーの姿が見えなかった。

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