【完結】【笑えるBL】部下の異世界転生事故に巻き込まれた話する?〜第一王子って…うちの会社は副業禁止だぞ。〜

桐ヶ谷るつ

文字の大きさ
1 / 2
Episode 啓×譲

【第一話】俺とかどうですか

しおりを挟む
ー Episode 啓×譲 ー



「信じられない、もう八月だぞ?」
「昨日正月終えたばかりの気分ですよね」

 ふーっと、白い息を街灯りに霞む星空に吹き出しながら一葉ひとつばゆずるは文句を垂れる。時間は深夜十一時を回ったところ。急なデザイン変更の連絡が就業直前に流れ込み、本日は残業となってしまった。切りのいいところで部下を返らせたはずが、家の鍵を忘れたとわざわざ戻ってきた愚か者が一人。お陰で二人して今日はオフィスへ泊まり込みとなり、肩を並べて煙草を吸う羽目になった。

 外の非常階段は近年の地震の影響で劣化が激しく、手すりに寄り掛かる度に不穏な音を鳴らす。先日は空調が壊れて業者に依頼を掛けたばかりだというのに、ビルのオーナーは三日たった今もまだ返事を返さない。都内の一等地に建つ建物なのだから、もう少し気に掛けて欲しいものだと、譲はこの場にはいない無精者な友人の叔父に舌打ちを送る。

「今日はすみませんでした、俺が電話貰った時点で締切伸ばせてれば」
「いや無理だろ、イベントは月末なんだから今日でギリギリだ」

 申し訳なさそうに頭を下げた部下、すめらぎけいを諭しながら、譲は手元のスマホに目を落とした。メッセージやアプリの新着と共に並んだカレンダーのリマインダー。オフィスで軽く断りは入れたものの、やはり電話をすべきだったかと今になって後悔する。

「今夜は野瀬さんと飲みに行くお約束があったんですよね。彼女、営業部の方でも人気あるみたいですよ」
「そんなんじゃないって、仕事のことで相談があるって言われたんだよ」

 啓に確信を突かれ、譲は慌てて変な誤解を抱かれる前に否定した。休日の予定を聞いただけでもセクハラやモラハラなどと言われることのあるご時世。ただの噂も命取りになることがある。
 信頼のおける同僚とはいえ、相手は女性。正直な話をすれば、二人で飲みに行くことに乗り気ではなかった。

「下心は全くなしですか?」
「ない、同じ部署の同僚をそういう目では見れない」

 向かい側のビルのライトが消え、心許ない街灯だけが小さな宝石のように路地裏を飾りつける中、啓は「ふうん」と鼻を鳴らして煙草を捻じ消す。人の避けた道並みを見下ろすライドブラウンの瞳、短夜の熱が湿らせた額。そこに掛かる髪は薄灰色で、どこか人間離れした印象を抱かせた。

「お前、よくその髪色の許可が降りたよな」
「地毛なんです」
「だから、その理由でよく通ったよなって」
「まあ、俺の親が出資してるんでこの会社」
「はあ……不公平だ。金があって、顔も良くて、お前に足りないものはなんだよ」
「家の鍵ですかね」
「……まだ見つかってないのか」

 てっきりもう見つけたものだと思っていたところ、見上げた顔が憂慮に陰る。美しい目元が感傷的に歪む姿は涙を誘うが、こればかりは自業自得。毎日のように物をそこら中に放置するなと言い続けるも、耳を貸さず、ついには自分の家から閉め出された男。同情の余地などあるはずがない。
 譲は冷ややかな視線を送り、首元のネクタイを緩めながら二本目の煙草を唇で喰む。

「そういえばお前さ、なんで毎月きっかり三日間休むんだ? 生理休暇か?」
「そうなんですよ、毎月重くて」
「百九十近い身長の女かあ、男は抱かれる側だな」
「そんな感じのエロ動画ありましたよね」
「お前の送ってくるの変なのばっかだから見てない」

 帰路を急ぐ車が通る度、下から舞い上がった熱風が頬を掠める。暑い暑いとシャツを揺らして空気を送ると、横で啓も同じように裾を上げて肌を晒した。暖色のライトの下で浮き上がる腹直筋。このまま商品のパッケージに使えるのではないかというほど磨き上げられた身体は逞しく、思わず目が奪われる。

「すっごいな、それ。腹筋いくつに割れてるんだ」
「譲さんだっていい胸筋してますよ」
「慰めはいらない……同じジムに通ってんのに、この違いはなんなんだ?」
「あははっ、じゃあ今度時間合わせて一緒に行きましょうよ」

 譲が手を当てて盛り上がった筋肉の上を撫でると、それを助長するようにシャツが捲られた。前鋸筋まで晒された皮膚は汗ばんでいて、肉感的な色っぽさを醸し出す。
 二十代半でこれだけの色気を出せるのは大したものだ。それに対してもう五年以上恋人がいない自分は干物かと、溢れた自嘲は下を通り過ぎたトラックのモーター音によって掻き消された。

「……さっきの話ですけど、俺とかどうですか?」
「悪い、どの話だ?」
「同じ部署の同僚は駄目って言ってたじゃないですか、部下ならどうですかね?」
「……ないなあ」
「男だからですか」
「そうだな、俺が女だったら是非とも嫁に貰ってくれ」

 いまいちよく理解のできない会話だったが、同僚女性との仲を気に掛けての発言だったのだろう。そんな気のない譲からすれば一切不要な気遣いであり、どちらかと言えば煩わしい。
 同じ大学の出である後輩の啓は二年前に入社し、それなりに可愛がり大切に育てきた部下だった。頭が硬いと言われる譲とは違い社交的で、失敗を恐れずに挑戦する姿は社内でも高く評価されている。
 そんな彼の唯一の欠点と言えば、どこまでが冗談でどこからが本気なのか、その具合を測りかねる際どい発言。言葉をそのまま受け取る身からすれば、笑いどころがわからない。世代の違いと理解していても、たまにお互いに別のところを見ているのではないかと思うような場面が多々あった。

「譲さん」
「ん? なんだよ」

 手元から上った煙がゆらりと揺れて、人の動きを間接的に伝える。目の前に立った身体は静かに背を傾がせ、僅かに孕ませた興奮を匂わせながら息を吹き込んだ。

「……それ、本当ですか?」

 投げ掛けられた追及はどんな答えを所望していたのだろう。返答を聞かずに差し入れられた舌は咥内を嬲り、息衝く間も与えずに声を飲み込む。あまりの激しさに驚愕よりも恐怖が前に迫り出した。
 譲が分厚い胸板を押し返すように力を込めると、身体は思わぬ方向に移動し足元の感覚がなくなる。背に当たっていた手すりが壊れたと知ったのは、伸ばされた手を掴んだ後だった。
 ぞわっと背に走った死の感覚は一瞬のこと。落下する身を引き寄せてまで口付けを強請られるものだから、最後ぐらい好きにさせるかと譲は全てを放棄する。

大きな衝撃と痛みに意識が途絶える前、視界に入った男の顔は確かに笑っていた。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!

モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。 その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。 魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。 その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?! ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。

「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜

中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」 仕事終わりの静かな執務室。 差し入れの食事と、ポーションの瓶。 信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、 ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...