狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

168.「私の望みは勇者召喚を無くすことです」

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「起きて桜」



聞き慣れない声に聞き慣れない名前。暗い視界のなかで聞こえたものだから夢を見ているような気持だった。だけどそれが春哉の声だと分かった瞬間居心地いい空間に彷徨っていた意識が目を覚ましだす。

「ん……はよ」
「おはよう。よく寝れたようでよかったよ、はい」
「ん」

目を擦りながら身体を起こせば穏やかに微笑む春哉が温かい飲み物をくれる。ココアだ。

「美味しい」

ホッと幸せに浸っていたら目の前に細かに文字が並ぶ紙。受け取って読んでみれば春哉がまとめてくれたここ最近の出来事や勇者の記録だった。



-----------

●召喚
召喚場所は公園を起点にされている?
禁呪とした人は召喚した人か召喚された人に近しい人?戒めとして禁呪としたのならなにかがあったはず。
空さんが「どこかを強く望む人」「召喚された人はその世界に存在しなかったことにする」と設定したなら、空さんが召喚される前に公園で神隠しに遭ったとされる女の子2人と男の子1人の記憶は皆持っているはず。そしてこの人たちが本当に召喚されていたなら日本人的な名前が手掛かりになるかも?

毎年7/4前後に召喚
今年は4/4に召喚

約6年前…鳳さん
約5年前…失敗
約4年前…春哉
約3年前…進藤、鈴谷
約2年前…なし(妨害)
約1年前…サク、大地、翔太、笹山さん
今年召喚された勇者…伊藤さん、法堂くん、永山くん
(現在フィラル城に住んでいて時々手伝いに来てくれる)

●他勇者の動向
各地で魔物と戦っていたとされる勇者たちがフィラル王国に集まっていて、各勇者が勇者だと存在をアピールし始めている。
サクの遺体捜索に傭兵だけでなく勇者も駆り出されている。
笹山さん…注意。
翔太…注意。悪夢が治りつつある?
鈴谷…現在カナル。カナル国とフィラル王国間に移動予定
レナさん…ルラル王国。注意
ラドさん…協力的
進藤…ルラル王国

●呪い
選んで呪ってる?死んだ人はいない



-----------



改めて整理すると気がつくことがある。
そういえば前はあまり気にしなかったけど勇者って色んな年代の人がいてもおかしくないんだった。それに春哉の前に召喚された勇者鳳が30代ぐらいだということを考えれば、私より幼い子でも、逆に高齢の人が召喚されてもおかしくない。数十年前に召喚されて現在高齢期にさしかかる人だっているだろう。
――私は知らない勇者にもう何人会ったんだろう。
約155年前から始まった召喚は失敗もあるみたいだけど1年ごとに繰り返されてるしその数は多いはずだ。召喚をしているフィラル王国に何人か居てもおかしくないだろう。私が会った人のなかで怪しいのはフィラル王国筆頭魔導師キューオと……ライガだな。ライガはともかくキューオがそうだった場合面倒なことになりそうだ。筆頭魔導師という地位についてフィラル王国側に立っているのだとしたらアルドさんを契約で縛っている本人だという可能性も高い。
いや、検索でドジ踏んだことだし思い込みは止めておこう。

「考え事は終わった?」
「え?ああ……終わった。これありがとう、凄く役立つ」
「それならよかった」

考えに夢中になっていたことに気がついて顔を上げればココアを渡してくれたときと同じ顔。その後ろには寝る前より2時間進んだ時計があった。一気にココアを飲み干して立ち上がる。

「ご馳走様美味しかった……そろそろ戻るよ」
「そう」
「あと春哉、ちょっとごめん」
「え」

なに?と微笑む春哉の顔を引き寄せて口づければ驚いた顔がよく見えた。魔力を渡したいだけなのに力の入った身体はなかなか動いてくれない。舌でぺろっと舐めてみれば少しだけ上に見える目が見開いて、意図を察したのか困ったように動きだす。そしてようやく緩く開いた口に舌を滑りこませれば戸惑った声が聞こえた。だけどこれだけじゃ足りないだろう。無理に魔法を使う必要もないし休んでいたら魔力も回復するようになっただろうけど、魔力が十分に回復してるわけじゃなさそうだ。
――元気になればいい。
それで、この世界で好きなように生きれたらいい。そう願いながら何度か続けていたら私がしているように春哉も私の両頬に手を置いてくる。春哉は普段微笑んでばかりいるから本当にしんどいときがよく分からないし丁度良い。交換出来てることだしそのまましばらく魔力交換をして……唇が離れる。
伝う唾液を舐めとれば春哉の唇も舐めてしまって咎めるような視線が飛んでくる。穏やかに微笑む春哉にしては珍しい表情だ。

「桜って時々本当に無神経だよね」
「……?ああごめん。魔力なくなってんだろうなって思ったんだけど次からちゃんと聞く」
「そうじゃなくて……まあいいよ役得だしね。ご馳走様」
「ご馳走様って」

おかしな言い方に笑えば同じように笑った春哉の唇が当たる。また怒られるかなと思ったけどぶつかった視線は困ったように泳ぐだけだった。だったらもう一度と魔力を交換しあえば遠くから「春哉様」と呼びかける女性の声が聞こえてくる。

「アロアだ……協力的な勇者がいるって話したでしょ?ラドさん。アロアは彼の片割れで時々ここに来ては手伝いしてくれるんだ」
「アロア……ああ、道理で聞いたことがあると思った。ラドさんね」

カナル国で会った騒がしいアロアたちとずっと頭を下げていたラドを思い出す。絡まれるのもごめんだし色々聞かれても面倒だからさっさと帰ろう。

「見つかる前に帰る」
「なんとなく分かったよ。あ、桜」

春哉から手を離せば逆に頬にある手に力が入った。息が肌に触れて髪が視界を覆う。
だったらもう一度、とはもう思えなかった。
魔力交換のはずのキスに熱を感じて、春哉の胸に置いた手から大きな鼓動が伝わってくる。長い時間。ようやく唇が離れて。

「ご馳走様」
「……元気でなによりですよ」

にっこり笑った春哉に言えば手を離してくれて、じゃあねと手を振ってくる。それを私は真っ黒な道の中から見ているだけ。私の気持ちを読み取ったらしい真っ黒な道は現れたかと思うと私が願うより先に私を食べてしまった。真っ黒な道のなか赤いだろう自分の顔が落ち着くまで立ち尽くす。

「確かに無神経だった」

奴隷時代のことを絡めて無神経だと言われたのかと思ったけど、そうだった。春哉は同じ日本人だった。キスにまったく抵抗がなくなってる自分自身に呆れてしまう。この世界に住むトゥーラにさえ怒られたところだったのに異性にも同じこと普通にしてたら駄目……いや、同性でも駄目か。
なにが当たり前か分からなくなって途方に暮れていたら真っ暗な道のなか勝手に光が出てくる。とりあえずそこに向かって歩き出せば見えたのは私の部屋だ。私の部屋。そんなふうに言ってしまえるぐらいになってしまった。ジルドの館は居心地がよくて住み始めてもう一カ月近くになる。前は阻止されたけど今度こそ館を出る考えをジルドに言ったほうがいいだろう。でもまあ次の拠点を見つけてからにしたほうがいいかな?
色々考えなきゃいけないことがある。でもまあとりあえず、


「なんでお前が私の部屋で寝てるんですかね。鍵かけたんですけど」


私の部屋のベッドで寝ていたオーズにデコピンする。唸りならが目を開けたオーズは赤い目で私を見つけるなり眉間にシワを増やした。

「あ゛―?お前こそどこ行ってたんだよ」
「言うと思う?」
「んじゃ俺も内緒……なんだよこの手」

伸びてきた手が何をしようとしているのか分かってオーズの唇に手を置けば眉は更に機嫌悪そうに寄っていく。朝から感情豊かなことだ。項を撫でた手が離れていく。身体を起こしたオーズはまだ私を睨んでいてどうやら返事を待っているらしい。

「ちょっと色々反省してるところで」
「反省?余計なことして……んで、誰だ?お前にそんなこと考えさえた奴」
「お前には関係ないんで」
「ほんと可愛くねえ奴」
「それはよかった」

微笑んで返せば溜息吐かれるけどそうしたいのは私だ。

「……あと一応言っておくけど、朝ご飯食べ終わったらラスさんと色々話そうと思ってるから」
「へえ?わざわざ俺に言うなんて律儀なこった」
「無駄な努力して邪魔されるより先に言っといたほうが楽だろうし」
「邪魔はしないぜ?」
「それならラスさんを縛ってる契約を解いて同じことを言ってほしいんですけどね?」
「アレはラスが望んだことだからな。俺が出来るのは邪魔をしないってことだけ。残念」

にっこりお互い笑い合って部屋を出る。
幸いなことに朝食を摂っていたらラスさんと梅も来て私の部屋で話すことが決まった。五月蠅いオーズをあしらいながら先に部屋に戻って本を読み進めていたらノック音。

「お待たせしました」
「リーシェお待たせっ!」
「ううん……来てくれてありがとうございます」

ラスさんと梅は私がなにを話したいのか分かっているようだった。ラスさんはともかく梅までと笑ってしまうけれど、もう、それぞれが過ごした知らない時間に落ち込むことはない。私がこの世界で足掻いているように梅はこの世界で生きていこうとしているんだ。
――ひとつひとつ、片付けていこう。
過去は変えられないし時間は進んで色んなことが変わっていく。ああもう、本当に色々変わってしまった。隣にいるのが当たり前だった梅は椅子が足りないからとラスさんの膝の上に座っている。そんな梅の手を握って微笑むのはラスさん。目のやり場に困るカップルだ。オーズは行儀悪く座りながら私を見ていてニヤニヤ笑いながら煽ってくる。本当に面倒なことだ。

「ラスさんあなたの……ハトラでいるときのあなたの日記を読みました。それを元に色々と調べて分からなかったことを聞きたいんです。あなたが話せることを教えてくれませんか」
「……ええ、勿論です」
「ありがとうございます……ロディオという人のことを教えて下さい」

静かに首を振るラスさんの隣でオーズは楽しそうな顔。ロディオのことを知っているようだったしラスさんを縛る契約に引っかかるのならやっぱりこの人のことは調べておいたほうがよさそうだ。

「ではイメラのようなサバッドを知っていますか?そうなら詳しく教えてほしいんです」
「最近知ったのはリヒトやランダーですが彼らのことはよく知りません。イメラも同じですね。あとは勇者センドウと私です」

イメラのようなサバッド。私が勇者という名前のサバッドならイメラたちは死んで魔物として生き返ったサバッドだ。梅を見れば微笑んだままで、やっぱり既に色々知っているようだ。……それなら私がなにか言うことでもないだろう。

「勇者センドウと知り合いだったと言っていましたね」
「ええ。以前話したように勇者センドウは勇者アルドと勇者サキ、そして勇者リナと仲が良かったそうです。勇者リナはあなたに、勇者センドウはアイフェによく似ています。きっといつかあなたは彼女の記憶を見るでしょう」
「それはまあ……なんとも」

これ以上増えるのかと思ってうまく笑えない。まあ、こうなったら一人増えようが大して変わらないだろう。腹をくくることにする。もしかしたらもう既に見てるかもしれないしな。
サバッドの記憶もメモしておいたほうがいいかもしれない。皆後悔してるから誰が誰の話か分からなくなってきた。出来れば解決してやりたいしな……どうしたものかと悩んでいたら梅が「リーシェ」と呟くように私を呼ぶ。違和感に顔を上げれば暗い微笑みを見つけてしまった。

「センドウさんはずっと『死なせてしまった』って後悔してるの。あなたを……リナを止められなかったって。『アンタは悪くない』って言うけど『私のせい』ってずっと言ってる……嫌だなあ。リーシェが私のせいで……誰かのせいで死んじゃうようなことになったら私凄く嫌だなあ?きっと私はソイツを殺したあとリーシェを探してずっと彷徨うよ?」
「……死なないように努力するってか、そもそも私も死にたいなんて思ってないんで脅すの止めてくれませんかね」
「ええー?脅してなんてないよーただ事実を言っただけ」
「気をつける」

そうしてねと微笑む梅はどう考えても危ない。サバッドの記憶の問題は早々に片付けたほうが良さそうだ。なにせ梅が記憶に引きずられすぎているうえ、そんな梅の状態に気がついてるラスさんの無言の訴えが凄い。

「……私がセンドウのことについて知っているのはそれぐらいです。ハトラのことですが、ハトラが死んだのはスーラの日記にあったように空が死んだ数日後です。2度目の召喚でこの世界に喚んだ小野本という勇者と神官によって殺されました」

自分のことなのに他人事のようだ。ラスさんは小野本がスーラを褒美として望んで空が死んだあと実力行使に出ようとしたこと、そんな彼と対峙したこと、勇者召喚を封じようとしたことで神官に疎まれるようになったことを続ける。そういえばスーラの日記にも小野本が怖いってあったな……。

「私をこの世界に繋げているのはオーズとした契約です。この契約については話せませんが、私はこの契約によってここまで生きながらえることが出来て……今もまだあがくことが出来ています」
「ラスさん……あなたの望みはなんですか?」
「私の望みは勇者召喚を無くすことです」

以前にも教えて貰ったことが重みをもって伝わってくる。
空さんと接して生まれた勇者召喚の後悔は空さんによってどこかを望む人を対象として続けられ、現在は道具となった勇者召喚を無くそうと動いているのか。なんとも途方のない話だ。ハトラが死んだのは約153年前ぐらいになる。それだけかけても消せない勇者召喚の魔法。

「勇者召喚の魔法は人を召喚する魔法としてではなく元々禁呪として伝えられてきたんですよね。なぜ先祖は禁呪として残したんでしょうか。消せないものだったんですか?」
「なぜ彼女が禁呪としたかは分かりませんがあれを消すことは出来ませんでした。どんな魔法を使っても出来なかったんです……私が見たとき禁呪は恵みの雫というものに封じ込められていました」
「……恵みの雫?え、これのことですか」
「はいそうです」

最近春哉から貰ったものを取り出せばラスさんは頷くけどこれは治癒にしか使えないはずだ。転移球のように文様を書き込んで改造したんだろうか。

「どうやって使ったんですか?」
「有るだけの、膨大な魔力を流し込むことで使えました。愚かにも助けを望んでそれだけで……召喚は成功しました」
「……恵みの雫は割るか飲むかで使えるものですよね。恵みの雫に禁呪を封じ込める……文様が書き込まれていたんですか?」
「はい。中に文様が描き込まれている以外は普通の恵みの雫となんら変わりないものでした。既に魔力が溜まって水色になった状態でしたね。いくつか描き込まれた文様があったので反応するかと思い魔力を流し込んだだけなのですがそれが正解だったようです。あの神殿を出る前に壊そうとあらゆる魔法を試したのですが効かなかったことを考えるに、描き込まれた文様の1つは守りの魔法のようですね」

ラスさんと再会したときに言っていたのはこういうことだったのか。転移球のようにいくつも文様を書き込めるなんて凄いけどそれを解くことを考えれば面倒きわまりないものだ。そのうえビー玉ぐらいの大きさのやつに文様が書き込まれているか確認しなきゃならないうえ間違って魔力を注げば勇者召喚してしまう可能性もあるってことになる。最悪だ。なんでリティアラは恵みの雫に禁呪を封じ込めたんだろう。

「飲むことは試していませんのでなんともいえませんが、恐らく飲んでもそのまま排出されるか体内に残り続けるだけでしょう。ですが現在どのような形として保存されているのかは分かりません。あなたが本をコピー出来たように文様のみを抜き取って移し替えた可能性もあります」

確かにこの世界の価値観に囚われない勇者の誰かなら出来る可能性は高い。だけどラスさん程の人が命を賭けるような想いでようやく使えた禁呪にかけられた守りの魔法を壊せる人なんているんだろうか。世界と世界を繋げる、そんなありえない魔法を生み出した……ああ、だからかラスさんはあんなことを言ってたんだ。
『なぜ勇者召喚が出来たのか、なぜ、魔法がつかえるようになったのか――最初に魔法を使ったのは誰なのか』
あの頃はハトラが始まりだと思ってたっけ。

「……ハトラの死によって神殿は勇者召喚を続ける者と勇者召喚を禁呪として封じ込める者に二分されました。そして続けることを選んだ者は古都シカムを飛び出した後にフィラル王国を作り、禁呪として封じ込めることを選んだ者は古都シカムに残って現在に至ります。古都シカムからフィラル王国が勇者召喚の魔法を盗んだという話や、勇者召喚を後世に残した偉業を讃える話はこうした経緯になぞられてそれぞれ作られています」
「ちなみにハトラ教を作ったのは古都シカムに残った奴らによって作られた。ハトラを殺した負い目と贖罪のために生まれた宗教だ」

横槍を入れるオーズにラスさんは視線で咎めるだけで否定はしない。本当のことなんだろう。ラスさんの日記で禁呪のことについて書かれたページが隠されていたのもそういう経緯が関係しているんだろうか。歴史って人に作られるんだなあ。

「そうですか……恵みの雫はどんな形で保存されていましたか?彼女リティアラは禁呪として残してきたんですよね。彼女も消すことが出来ずやむなく禁呪として残したとしてもやり方があったと思うんです。わざわざ魔力を注いで使うことが前提としてある恵みの雫じゃないものがいいはずですし、そもそも誰も来ない場所の地中深くや海の底に沈めてしまえば誰も使うことはなかった。なぜ彼女は禁呪としながらも人の目に触れる場所に残したのでしょう」
「私もそれが気になって彼女のことを調べたんです。私の家に伝えられてきた彼女の話は【亡国の王女】に記された内容とリオ=ラーティンによる証言」

やっぱり彼女はリティアラで、禁呪としたのも彼女だ。
彼女が鍵になる。

「彼女が禁呪とした理由もそうしながらも人の目に触れるようにした理由は見つけられませんでした。ですが推測するに彼女は誰かが禁呪を使うことを望んだのでしょう。リーシェさん、あなたは【神木】の話を知っていますか」
「はい」
「神木は実在していたと私は推測しています。英雄伝に語られるものと同一かは分かりませんが、少なくともリティアラとダラク=カーティクオは神木を見た。願いをかければ叶う、そんなおとぎ話のような神木に願いをかけ、リティアラはこの世界に戻って来たんです。彼女は後に廻るとも言っています」
「空さんを召喚したあとにその神木の話を日記に書いていましたよね。ええと……《神木は人により作られた 彼女が戻って来られたのは神木に願ったからだ そして彼女がオルヴェンを救った》とありますが、なぜそんな考えに至ったんでしょうか」
「彼女のことを記したリオ=ラーティンの日記に偏りがあったことと……あなたが勇者を魔物と言ったのと同じ考え方です」

想いで作られる勇者と魔物。
【神木】の絵本で語られた人々やみんなの願いを思い出す。どうか願い叶えたまへ、どうか我の願い叶えたまえ――神木が魔物?でも確かに人によって作られた存在かもしれない。それに思えば闇の者は人も含めた動植物だけじゃなくて空間や物にも憑いている。神木がそうでもおかしくはない。

「ですが神木が魔物だとしても人を襲うどころか願いを叶えるなんてあまり信じられません」
「あの頃は神話にすがっていまいたし私も半信半疑でしたが……一度死んでサバッドとなった今、そんな闇の者がいてもおかしくはないと思っています。なにせ私は死してなお意思を持っている」

確かにそうだけどこれはあくまでラスさんの推測に止まるのか。混合してしまわないように気をつけなきゃいけないな。
溜め息吐いたら古びた本を渡される。無題のもので2冊もある。

「それはリオ=ラーティンの日記とカリルという女性がリオ=ラーティンの言葉を書き留めたものです。よければ役立てて下さい。差し上げます」
「ありがとうございます……ラスさんはどうしてリティアラが神木に願ったことで戻ってきたとしたんですか?彼女はどこへ、彼女はどうやってその場所へと行ったんでしょう。違う場所って」
「普通には戻って来られない場所で、恐らくあなた達の世界のことです。そして彼女はあなたたちの世界に行く前に神木に願ったことでこの世界に戻ってこられた。彼女があなたたちの世界へと行けた方法は禁呪。それを使ったのは恐らくリオ=ラーティン」
「待って下さい。禁呪は勇者召喚の魔法ですよね。あれは喚ぶもので……帰れるんですか?」

突然沸いた希望は希望という言葉がうまく合わさらない形をしているようだ。キラキラ輝くのにどこかドロドロもしていて、素直に喜べない私に愕然としてしまう。
遅い。
そんなことを思ってしまった。

「……使い方は分かりません。ですが、空が勇者召喚と名付けたあの魔法は私が誰かを求めたことでその働きをしているんじゃないかという考えがぬぐえないんです。禁呪に使い方があるとするならば、もしかしたら逆を願えば出来るのでは……と。勿論かかる魔力も勇者召喚と同じぐらい必要でしょうしこの世界の住民の望みの前に潰されてしまう可能性は高い。あくまで推測ですし失敗する可能性は高いでしょう」

ラスさんの言っていることは分かる。なにせ私も世界と世界を繋げる魔法だと思った。でもそうだとしたならなんて酷い話だろう。
矛盾した魔法は魔法にならない、そんな言葉を思い出す。
きっと方法が正しくても私が使えば魔法として機能しないだろう。ハトラが誰かを一心に望んだように帰りたいと望めない。帰るための魔法を作れなかったように、私は使えない。

「彼女があなた達の世界に渡ったと考えたのは彼女の空白の人生が当てはまるからです。彼女の記録は【亡国の女王】としてこの世界で生きたおよそ半年分しかありません。なぜその時代のラミア国王は彼女が生まれてすぐに息をひきとったとしてその存在を隠したのか。浮かんだ答えはいくつかあります。
1つは隠れ姫と同じように呼ばれていたイグリティアラのように彼女も国を滅ぼすほどの力を持っていたためなのだとしたら?事実彼女は公の場に姿を現して半年で亡くなって国も滅んだ。だとしたら彼女を違う世界に送ることでラミア国王は厄災から逃れようとしたのかもしれない。
次に浮かんだのはラミア国王がキルメリアから彼女を守るためです。オルヴェン4国を巻き込んだ大戦を引き起こしたのはラミア。ラミア国王がキルメリア国王との約束を違え、彼女の死を騙りその身をキルメリアへ差し出さなかったことが原因です。そして彼女が死んだとされた日からおよそ19年後、キルメリア国王の開戦の声とともに大戦は始まった。彼女を手に入れんがため大戦を起こすような男が、彼女が死んだと聞かされたとき素直に納得するはずがありません。彼自身魔法を扱える身でしたし探査魔法を試さないはずがない。それでも見つけられなかったのは彼女が違う世界に渡っていたからなのでは?と」
「……ですがそれだと彼女はいつダラク=カーティクオと神木に願いをかけたんでしょう。神木に願いをかけて戻ったとするのなら矛盾が生じます」
「仰る通りです。では探査魔法はどう使いますか?」
「どう使う?……ああ」

誰かを探すのならただ使うだけでいい。でも個人を探すのなら指標となる名前が必要だ。キルメリア国王は死んだとされるリティアラ=メルビグダ=ラディアドルを指標に探しただろう。でも違う名前だったら、そもそも名前がなければ探しようがない。

「キルメリア国王から隠すために彼女を死んだとしてリティアラではない存在としたが、危うく彼女の存在が公になりそうになったため禁呪を使った。彼女がダラクと会ったのはその期間としたらどうでしょうか」
「それなら辻褄は合いますが……正直、こじつけのようにも思えます。私も調べてみたい」
「勿論です。むしろ是非お願いします。長く生きすぎたせいか同じ考えに囚われてしまいがちになっているんです。あなたの力を貸して下さい」
「ラスなんか年寄りくさいー」
「え」

笑ってツッコム梅にラスさんはショックを受けているけどそれは私も思った。一応もっと年寄りな奴を見てみれば楽しそうに笑っている。

「お前が教えてくれることはあんの?」
「俺も全部知ってる訳じゃないってことかな?」
「役に立たねえ……」
「おい」

長い話に疲れてお茶を飲みながらぼんやり外を眺める。ざわざわ、ざわざわ揺れる魔の森──あれも魔物なのかもしれない。魔が働く森と言われているのに魔物に繋げられなかった自分に悔しくなる。古都シカムで対峙したスーセラのような魔物が植物の魔物って固定概念が出来てしまっていた。これじゃあラスさんを笑えない。
ああでもどうしようか。
惨劇で生まれるサバッド、恨みや人が死ぬような場所で現れる魔物、魔法とは逆に人の負の想いで生まれる闇の者、昔の地図と現在の地図とで違う増えた森の量。



「私が何かする必要はないのかもな」






 
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