狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

179.「……別に。それに私も」

 



自分の変化に怖くなって、でもそれも悪くないって受け入れられるようになって落ち着いてきた私と違ってレオルドはずっとニコニコにこにこしながら飽きもしないで抱き着いては頬ずりしてくる。いい加減うざいな……。

「俺は初めてアイツに感謝するよ」
「アイツ?」
「ジルド。きっと俺だけが君に訴え続けても……まあいつかは分かってくれたとは思うけどここまで早くはなかったはずだ」
「それはそれは……」

意外な話にどう答えていいか分からなくて、とりあえずレオルドを引きはがそうと身体強化魔法を使ったけど、ジルドのときのようになんなく流されて手が捕まれる。顔を上げれば他の男の話をしているのにレオルドはまだ表情は緩めていて「悪いことばかりじゃないんだね」と似合わないことを言った。
片割れ、なあ。
この世界で生きると考えて浮かぶ言葉は未だ非現実なものだ。結婚。元の世界でも自分がそんなことをするなんて考えもしなかったのに、複数の男と結婚となるとまさに青天の霹靂だ。目に映るのは恋人のように絡む指に刻まれた黒いリング。魔力計測の指輪の下から少しだけしか見えないのにやたらと存在を主張してくる。

「悪いけど、これはまだ先になるよ。色々片をつけたい」

手を引き寄せてレオルドの指に口づければビクリとはねた身体がそのまま動かなくなる。私としては復讐関連のことに片をつけてからと思うんだけど、先が見えない話に抵抗を感じるのは当然だ。まあでも待ってもらうんだけど。

「レオ……レオルド?」
「待つ……待つよ」

反応がないから顔を覗き込めば石のように固まっていた顔が情けなく歪んでこれまた情けない声を出した。握っていた手を離そうとしてまで後ずさって私から顔を逸らすレオルドの顔は真っ赤だ。なにが琴線に触れたのかは分からないけどかなり動揺していることは明らかだ。
コイツって押しに弱いのか?
やりとりを思い出して出た結論に口が緩む。いつもいつもペースを乱されてばかりだったけどこれで少しは有利に立てるかもしれない。
手を握りなおせば緊張する身体──悪くない。見下ろしてくる顔は赤くていつも物騒なことを言ってマイペースな奴が黙りこくってる。いい気分だ。

「待ってくれるんだ?」
「っ」
「ありがと」

背伸びして口づければこの先何度見れるか分からない貴重な顔が見えて、梅が携帯が欲しいと叫ぶ気持ちが分かってしまった。撮って保存しとけば絶対なにかに使える。今度時間ができたらカメラを作ってみよう。
そんな時間を想像して緩んだ唇が、食べられる。離された手の代わりに隙間なく掻き抱かれて突然のことに動揺する私に熱を帯びた目がすうっと細められる。

「君と2人だけの時間が欲しい」
「……えっと」
「君を抱きたい」
「いわんとすることは分かってますから言い直さないでくれませんかね」
「サク」
「今からハースと大地をセルジオたちに合流させるんで無理です」
「……」
「……」
「……」
「……今度」

無言の訴えに折れて声を絞り出せば大人の余裕を取り戻したレオルドがにっこりと微笑んで欲を感じさせない触れるだけのキスをしてくる。
調子に乗ってレオルドを煽るのはもう止めよう。
心に誓ってレオルドの胸を押せばすんなりと離れていくもんだから今までの苦労を思って眉が寄る。

「それじゃ俺はあいつらを呼んでくるね。ハースと大地だっけ?そいつらが来るってことも言っとくよ」
「あいつら……うん、お願い」

やっぱりレオルドたちはそれなりに打ち解けているらしい。以前とは違う声のニュアンスに少し笑えてしまう。これから呼ぶ奴らとはどうなるのか楽しみにしながら転移して大地たちのところに戻れば、2人とも早くに心の整理がついていたらしく遅かったと文句を聞くはめになった。大地に至っては転移前に言っていた文句をぶり返してくるもんだから面倒くさくなって断りなく強制的に転移させる。

「うわっぶね!」
「転移する前に言えよなリーシェ!」
「はいはい五月蠅い五月蠅い」

突然の転移にも関わらず2人は大勢が崩れただけでこけることはなかった。なんだかんだこいつらも色々成長しているらしい。

「大地……ハース」

感慨に耽っていたらセルジオの声。見ればその隣にはリーフもいて、2人とも驚きに嬉しさ混じらせながらもどうしたらいいのか分からないらしい。
ハースを見れば「セルリオ」と呟いた声が長い沈黙の後に「リーフ?」と消え入りそうな声を出して、私がサクだと分かったときのように手で口を隠して後ずさる。嬉しさより戸惑い──ショックが大きいように見える表情に思わずリーフを見れば、なるほど、闇の者と対峙したあとだから薄っすらと青が混じる白髪は赤い血を浴びてしまっているし着ている服も汚れてボロボロだ。メイド服を着てポニーテールをしていた頃のリーフとは……
『あー、その、なんだ。リーフ、似合ってる』
……あ。
ダンスパーティーの夜聞いた言葉を思い出してすべてを理解してしまう。セルジオも気がついたのか私のほうに回り込んできてお互いどうしたものかと顔を見合わせてしまった。リーフはあのときと同じように鈍感なままでハースが傷つく理由を分かっていない。

「チッ、しょうがねえな。お前記憶ないんだよな……いや、解けるか試してみるか」
「男……?」
「何度も言わせんじゃねえよ。どうみてもそうだろうが」
「え……」

笑うに笑えない状況を完全に傍観していたら空気を壊す気の抜けた拍手が響く。レオルドだ。

「それじゃ面倒だから一気に情報交換でもしようか。君らは、こっち」
「レオル団長!?な、なんでここに!?」
「げぇっ!うっわマジかよ……おいリーシェ!他にも言ってねえことねーだろうな!?」
「五月蠅いなあ。それじゃサク、あとは任せて?」
「え?いや、情報交換なら私もしときたいし」

よく分からない提案に戸惑えばレオルドが私の隣に立つセルジオをちらりと見てから微笑む。


「色々片を付けてから、でしょ?」


言いたいこと言って消えてしまったレオルドにクエスチョンマークを浮かべるのはセルジオだ。しょうがないことだけど頭が痛い。この手の回しの速さを見ていたらレオルドは私の復讐の過程にあるだろう戦争を終わらせてしまいそうだ。それで、フィラル王を私の前に置いて「どうぞ」なんて言いかねない。

「サク……えっと、リーシェ」
「……2人のときは別にサクでいいよ」
「え?え、あ、うん」

レオルドの謎な行動に戸惑うセルジオが私を見て首を傾げる。それから泳ぎだした目は鎧を装備していたときによく見ていたものだ。魔物に怯えていたのが嘘のように闇の者を倒せるまでになった今、変わらないところを見つけると和んでしまう。強くなったのに優しさとか気を配るところが変わらないのは安心する。
……そんなことを思って、また、色々と納得してしまった。
クラスメイトの誰かが男を可愛いと思ったらもうダメだって言っていたけど、それなら、レオルドにも思ったように顔を赤くして戸惑うセルジオを可愛いと思ってしまう私はやっぱりダメらしい。
少し遠くにある顔を引き寄せてキスすれば唇を結んで固まったセルジオが何事だと目で訴えてきて、順番を間違えたことに気が付く。ああそれでもキスした理由は一緒だから問題はない。

「したかったから。駄目?」
「……っ!駄目じゃない」

閉じた口が動いて言葉を落とす。
その次を見ていたら青い瞳が私を覗き込んで、髪が額を擦った。

「僕もしたい」
「……ん」

囁かれた言葉にむず痒くなる感情が這い上がってきて、触れる体温に心臓が落ち着かなくなる。血の味がしないことを確かめるように触れ合うだけでは物足りなくて、互いを抱きしめながらクチャリクチャリ口づけあって──

「あの」
「……分かってる」
「あー」
「ごめん、本当にごめん」

腹に当たる固いソレのことは本人が一番自覚しているらしく、湯気をだしそうなほど真っ赤な顔をしたセルジオが消え入りそうな声で謝ってくる。指摘しないほうがよかったかと思う恥じ入りようで、だけど起きた目は私を見て離れない。苦しげに細められた目に暖炉の火で照らされた瞬間を思い出してしまう。


「それでも、ごめん。もう少しだけこのままでいさせて」


肌を伝う掠れた声が頭を狂わせる。熱い身体。許しを請う瞳は恥じらいのせいか涙ぐんでいるのに、私を抱く手は相変わらずそのままで……ドクリと胸が震える。衝動を抑えることが出来ない。口づけて唇を舐めればビクリと震える大きな身体はそれでも堪えていて。

「転移球、持ってる?」
「……え?」
「隠れ家の」

声にしたつもりがほとんど音を作らなかったのに、目の前の人には伝わったようだ。普段慈愛を浮かべて弧を描く青い瞳が情欲浮かべて私を映し出す。熱をのせた吐息が白く姿を変えて消えていく。
夏が消えて、冬の世界。
山小屋は静かで互いの呼吸がよく聞こえた。暗いなか辿る輪郭に見つけた服を脱ぎ捨てて、存在を確かめるように名前を呼んでは失敗して……濡れた欲を見つける。

「――っっ」

クチャリ鳴いてすぐ身体を貫かれ、押し殺そうとした声が漏れてしまう。身体を埋める圧迫感は未だ慣れなくて身体が強張って息もうまくできない。私の反応を見て我に返ったらしいセルジオはそのまま動かなくなって。
違う。
そう言いかけて、なんとか堪えた。物足りないと感じてしまう。動いてほしい。挿れるだけじゃなくてもっとちゃんと……欲しい。苦しくてセルジオを見上げれば、私よりも苦しそうな顔をしたセルジオと目が合ってしまう。挿れるだけで動かないのは相当辛いらしい。後悔と欲に揺れてるみたいだけど、なんでセルジオはそう、変なところで忍耐力を出すんだ。そんな防御力はいらないし変に理性を残されたら私まで理性を取り戻してこの現状に耐えられなくなってしまう。現にどちらかが少し動くだけで触れてしまう肌に身体の芯が震えてしまって、そんな自覚をしてしまう自分に羞恥で死ねそうだ。

「僕は、あなたに優しくありたいのに」

愛撫もなしに挿れたことをどこまで悔やんでるのかポツリと声を落とすセルジオを呼んで手を伸ばす。言われてもいないのに待てをして堪えながら肩で息をする姿にゾクゾクしてしまうと言ったら、どう思うだろう。そもそも愛撫なんてなくても濡れてた。ああ、半端に脱げた服が腕にひっかかってる。私も似たような状況で──そんなことはどうでもいい。
暖炉に火をつければセルジオの顔がよく見える。きっと、似たような私の顔もセルジオによく見えているんだろう。私の手を捕まえて掌に口づけるセルジオは暖炉の火に揺れてひどく官能的に映ってしまう。暗闇に浮かぶ筋肉に触れてみたくなる。腰においたままの手に触れたら、どんな反応をするだろう。苦しい。そう思ってるのは私だけじゃないはずなのにセルジオは私を見下ろして微笑むだけで。

「あなたが時々見せる、肩の力が抜けたような微笑みが好きでたまらないのに……今のあなたの、苦しそうな表情も好きなんだ」
「……え?」
「声を押し殺してまで堪えるのに、僕を呼んでくれるとき凄く、甘えてくれるのも好きだよ」
「えっと、っあ、ちょっと待っ、んぅ」

なにか思ってたのと違う。
そう突っ込みたいのに、腰を支えていた手に力を感じてしまう。太ももに指が食い込んで、擦りつけられる下半身に言葉が続けられない。

「……こんな僕は嫌?」

与えられる快楽に溺れてしまいたいのにセルジオは許してくれなくて、私の両頬をがっちり掴んで離さない。どうやらお預けされて苦しむ私の顔が好きなのは本当のことらしい。愛撫がどうのこうのなんていう殊勝な考えは浮かんでもなさそうな嬉しそうな顔だ。それでいて、余裕のない顔。

「……別に。それに私も、この表情、好きだよ」

たまらなく幸せそうな表情も、欲に負けた表情も、懇願するような表情も──きっと、セルジオもそうなんだろう。だったらもう言葉はいらないはずだ。セルジオを引き寄せてキスをねだれば沈み込んでくる身体。ようやくの瞬間だったのにセルジオの名前を上手く呼ぶことができない。ゆっくり、ゆっくりと動くセルジオは相変わらず苦し気で、それなのに私を見て微笑む顔は──ああ、男の顔。










互いの名前を呼べたのはそれからずいぶん後のことで、幸せそうに笑うセルジオにレオルドたちのことを思い出して血の気が引くのはそれから数分後。
何食わぬ顔で戻って改めて合流したあとレオルドは私を見てにっこりと微笑んだ。

「俺とも2人だけの時間を作ってくれるんでしょ?」
「……そうですね」
「1週間も君と過ごせるなんて嬉しいね」
「……1日」
「俺とは今日駄目だったのにセルリオとはよかったんだね?」
「…………3日」
「本当に楽しみ」

以前レオルドと過ごした3日間を思い出してもう2度と欲に流されないことを誓う。他の面子の顔は見ないことにした。







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