狂った勇者が望んだこと

夕露

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第四章 狂った勇者が望んだこと

240.そのときのあと

 
 




ゆっくりできると素直に喜べないのは、レオルドらしくない行動が続くせいだ。含みのある言葉を思い出せば厚意をありがたく受け取ることもできない。
もともとの性格もあるけど、言葉の裏を探るのがひどくなったのはディオと旅をし始めてからのような気がする。きっと精神的余裕がないせいだろう。

そう思えばここ数日は目まぐるしく時間が過ぎた。

アルドさんたちの契約を解いた次の日には旅に出てレオルドが住んでいた村に行って、村で過ごしたあとはリーフたちと情報交換に明け暮れて、2組に分かれて行動を始めたその日にイメラたちと別れて気絶落ち、目が覚めたらリヒトくんのお話を丸一日聞いてその次の日にはカナル国に行ってトラブル三昧……え?
ところどころ記憶に自信がないけど、アルドさんたちの契約を解いてからまだ1週間も経ってないことになる。それは間違いない。なのに。


「ジルド……さん?」


転移したのはジルドの館でも私の部屋に割り当てられた場所だ。そこに、ジルドがいた。
机にある蝋燭と窓から差し込む月の光が、椅子に座るジルドを浮かび上がらせている。人が……まさかジルドがいるとは思わなくて心臓がとびでそうになる。
外が真っ暗になっているのは時差で仕方ないとはいえ、直前までうんざりするほどの騒音のなかにいたせいか、静かすぎる空間に落ち着かない。
一か月待たずに戻ると言っていたとはいえ流石に早すぎるし、ジルドが私の部屋に許可なく入ることは今までなかった。呼びかけても私を見て動かないジルドも様子がおかしくて違う誰かという可能性さえ疑って──ああ、そうか。

警戒するのが馬鹿らしくなって、肩の力を抜く。

アルドさんたちが契約から解放されたことをジルドはいつ知ったんだろう。
もしかしたらジルドはいま夢だと思ってるのかもしれない。なにせワインの匂いがする。よくよくみれば机にグラスだけでなく空に近い瓶もある……グラスが2つあるのは、私が来る可能性を考えたからだろうか。それならタイミングがいいことだ。ジルドに声をかけにいく。


「飲み過ぎは身体に毒ですよ」
「……俺は、酔わない」
「酔っ払いってみんなそういうんですよ……アルドさんもよく飲んでましたけど、親子でお酒好きですか」


びくりとはねた身体。
私を見上げた顔に、なんだか私まで泣きたくなってしまう。


「父は……そんなに酒を飲んでいたか」
「紗季さんも一緒に楽しんでましたよ」
「母が……?想像できないな。そうか……そうか」


頬に流れる涙を拭えば、ジルドは私の手をつかまえて自分の頬におさえつける。ようやく動いたかと思えばこれだ。笑うしかない私にジルドは安心したように目を閉じて、目尻からこぼれた涙は私の手を濡らす。
じっと見ていると、夜に塗られた瞳がゆっくり私を映し出した。


「父はもしものときに駆けつけることができるようにと、深酒をすることはないんだ。母は食事さえまともに食べれず……いつまでもつのかと思っていた。生きていてほしかったが、終わってほしくもあった。あの部屋は静かで、否が応でもあの日のことを思い出す。おかしくなるには十分な時間だった。希望も少なくて、そもそも、俺たちは終わったあとにしか動けない。それならいっそと、少しでも報いをと思いもした」


独り言のような呟きに相槌を打ちながらジルドを見ていると、もうない長い赤髪を思い出してしまう。彼の今までを聞いてきたせいだろう。
特殊な生い立ちに加えて、両親と自分自身を縛った契約に苦しめらても、未来にあるだろうそのときを望んで耐えてきた人。そのとき──両親を救う、フィラル王国に復讐?なんだろう。正確には分からない。だけど。

『望み通り化け物になってやろうと思ったんだ』

化け物を連想させた赤髪を伸ばしながら周りを認めさせる力をつけて、生きてきた。


「リーシェ……?」


ジルドが不思議そうに私を呼ぶ。
肩にまで流れていた髪を探してしまった手はジルドの肩に触れていて、まだ捕まったままの手も見てしまえば、なんだか弱みに付け込んで口説いているような姿になっている。そりゃジルドもつっこみをいれるはずだ。
ああ、きっとこれはワインのせい。


「言ってなかったと思うけど……髪、短いの、似合ってる」


なんで髪を切ったのかは聞けなかったけど、なんとなく理由が分かるし、だから、もうこれが精一杯だ。
きっとジルドは言うはずがなかったことをいま口にしているんだし、これでお互い様だ。
あとはいつまでも人の部屋で泣く奴をさっさと寝かしつけてしまおう。
だけどジルドの肩においていた手を離せば、捕まったままの手に力が籠められる。驚いてジルドを見れば、私を見ていた瞳を見つけて。


「感謝する。あなたに心からの感謝を……本当に、ありがとう」
「……どういたしまして」


私以外にも、大地やジルドだって契約を打ち消すための魔力を込めたけど、実際に解決したのはウシン筆頭にアルドさんたちだ。私だけの力じゃない。
そう言いたくなったけど、やめた。
長年望んできた瞬間がようやく叶った人にそんなのどうでもいいだろう。ジルドのことだ。落ち着いたらまた、いつもの感じに戻って大地たちにも同じことを言うはずだ。
笑みを浮かべれば、へたくそな笑みが返ってくる。
もう大丈夫だろう。


「もうお酒は終わり。自分の部屋に帰って寝てください」
「嫌だ」
「……え?」


あとは酔っ払いを寝させるだけだと思ったら、まさかの返事に言葉を失う。シンプルな拒絶に目を疑えば、ジルドは私をまっすぐに見たまま同じことを言う。どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。


「嫌だじゃなくて、帰れるか帰れないかを聞いてるんですけど」
「それなら帰れない」
「じゃあ私が運んであげます」


こういうとき魔法は便利だ。さっそくジルドを強制的に動かそうとしたら、リーシェと呼ばれる。
リーシェ。
ああ、そうだった。素になってきていたのに気がついて咳ばらいをする。ジルドにあてられて私までおかしくなってどうする。


「俺はいま、あなたに甘えている」
「…………いや、そんな、面と向かって言われても大人の駄々っ子は可愛くないので」


デジャヴを感じて眩暈がしそうになるけど、いつかのときのようにジルドは真面目な顔だ。コイツのこういうところ、困る。どう対応したらいいか分からなくなる。
その気持ちがジルドに伝わったんだろう。微笑む顔。手を捕まえてた力も緩まって。


「あなたには情けないところばかりみせている」
「まあ……らしくはないけど、情けないとは思いませんよ」
「リーシェ」
「手、そろそろ離して」
「嫌だ」
「……離してくれないと抱きしめられないんですけど」


やりとりを楽しんでるふしのあった顔が、驚き一色になって固まる。面白い顔だ。アルドさんはウシンは嘘がつけないって言ってたけど、ジルドも相当嘘がつけなさそうだ。強面だったときが嘘のように間抜けな顔。
捕まった手が解放される。
じっと動く目が続きを待って私を追って──妙な雰囲気になるまえに、ジルドを抱き寄せる。
手を離してもらう目的はもちろんあったけど、抱きしめたいと思ったのも本当だ。なんでか聞かれたら魔力補給だって言おう、なんて建前まで用意してしまった。
抱きしめる側の経験が少なくて、どうしたらいいかなんて迷ってしまった。ジルドが座ったままだから余計、いつもと違う。
ああでも、これならきっとジルドも安心するだろう。
今まで抱きしめられるとき不本意なときもあれば心臓に悪い時もあったけど、近くで聞こえる心臓の音や身体を包む体温にまどろんだことも事実だ。
腰にまわされた手を感じて、みんなこういう気持ちだったのか、なんて思ってしまう。顔が見えないけど、腕のなか感じる体温やふだん見ない頭なんか見てたら、なんだか口元が緩んでしまう。


「お願いがある」
「……なに?自分の部屋で寝てくださいね」
「俺の部屋でもいい。ただ、あなたと一緒に寝たい。今日は絶対に手をださない」
「……つっこみどころが満載なんですけど」
「……今日だけはあなたと一緒にいたい」


仕方ないと笑ってしまいそうになったのは、くぐもる声のせいか、ジルドが自分より年上の人だと思い出したせいか、これをしているのがあのジルドだと知っているせいか、どれだろう。


「あなたの部屋まで行くのは面倒なので、この部屋で寝ましょう」


自分で願ったくせに、驚いた身体。そしてようやく見えた顔は私を見ると嬉しそうに唇をつりあげて、私の身体を力強く引き寄せるとそのまま抱き上げた。駄々をこねていた子供とは思えない力だ。突然のことに驚いてジルドの服を掴んでしまう私に声が落ちてくる。リーシェ。見上げれば、微笑む顔。

ギシリと軋むベッドから布団がはがされる音が聞こえる。戸惑いさえ覚えるほど丁重に身体をおろされて、ジルドを見上げれば大きな影。
あ、と思ったけど、ジルドは隣に寝転ぶと布団を私たちにかけて目元を緩ませるだけ。
大きな枕、大きなベッド。
お互いの顔を見ながら横になる、変な時間。
布団のなか動いた手が私を引き寄せる。熱い。嬉しそうな顔。熱い──甘い。



「私が手を出すのはいいんでしょ」



驚く顔に言い訳して背を向ける。
石のように固まっていた身体が私を後ろから抱きしめたのはしばらくしてからだ。ワインの味がする唇が、もっとと口にしたけど、無視することにした。
身体にまわされたジルドの手を捕まえて力をこめれば、笑うような声が聞こえて、そのまま力の抜けた身体がもたれかかってくる。重たい。

だけどあったかいから……今日はいいか。







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