となりは異世界【本編完結】

夕露

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イーセカ人はだーれだ

78.面白い人とオモシレー男

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情緒も配慮もないなんてネチネチ文句を言ってくる藤宮くんとの会話はそんなに続かなかった。
私に彼氏がいるって誤解してる件を引き合いに出して、思い込みが激しすぎるって抗議したのが効いたらしい。いや、ほんとに勝手に勘違いしたあげく妄想広げて難癖つけてくるなんていい迷惑だ。テスト初日がようやく終わったところだっていうのに、こんなネガネガした話を聞く身にもなってほしい。
たっぷりの不満を顔に浮かべて訴えてみれば、ワンテンポ遅れて藤宮くんは素っ頓狂な声を出し、さらに間を置いたあと顔を真っ赤にしてどこかに走り去ってしまった。

これにはふざけてした予想が当たって嬉しいよりも心配が勝ってしまう。確認もしないで思い込んだあげく、人につっかかってくるような人を怒らせちゃったら後々どうなるんだろう……。めんどくさそうだなあ。
でも顔は怒ってるって感じじゃなかった。勘違いしてたって悔しそうな感じでもなくて──恥ずかしそうな顔。そういえば藤宮くんって顔が大人っぽいから忘れてたけど同学年だったっけ。
 

……うん。
やっぱり美奈先輩ならとっても楽しく遊んでくれそうだ。



さてさて、2日目のテストが終わって下校時になったいま、なんで藤宮くんのことをすぐに思い出したかというと、見覚えのある光景が見えたからだ。


今日も1人寂しく家に帰ろうと下駄箱に向かって歩いてたら、藤宮くん御用達の場所に向かう長身イケメンの後ろ姿を見つけた。といっても藤宮くんじゃなくて辰先輩だ。
辰先輩は学園祭から目にする機会が増えて、つい最近まで一緒に勉強会までするようになったけど、学校で歩いているのを見るのは初めてかもしれない。しかも向かっている場所は妙に縁のある体育館の裏庭だ。

もしかしたらあそこは藤宮くんが告白される場所ってだけじゃなく、なにか特別な場所かもしれない。なにせ辰先輩はイーセカ人。もしかしてもしかすると、イーセカと繋がる場所が──



「斎藤くん、ずっと好きでした……っ」



──違った。


イーセカの秘密を探る、なんて素敵な響きに惹かれてこっそり後ろからついていったことを後悔する。建物の陰に隠れながら空を見上げて笑うしかない。音を立てないように移動して、壁がでっぱった部分に身体が隠れるようにする。あとはこのまま2人に気がつかれないように気配を殺して、なるべく会話を聞かないようにしておく。会話以外の音──風に揺れる木の音、砂利を踏む音、遠くで聞こえる笑い声、走る音、砂利を踏む音──遠ざかって、止まって。


止まった。


砂利を踏む音を止めて、空に映った辰先輩の横顔が、しばらくして私を真正面に見る。


「……」
「すみません。本当にすみません、そんなつもりじゃなかったんですが覗き見してました。辰先輩を見つけたのでつい追っかけてしまったんです。告白を覗き見しようとしたわけじゃないんです」


見下ろしてくる無表情に耐え切れなくて正直に吐いて謝ってしまう。
やっぱりここは告白場所なんだ。ただ、藤宮くんだけが告白される場所じゃなかったんだね。学んだ。もうここには来ないようにしよう。


「……別に謝ることはない。だがなんで俺を……用があったのか?」
「え?あーあはは、もしかしたら例の件に関わることなのかな~って思って尾行したんです。あ、ほんの出来心です」
「……そうだな……納得した。俺に用があるわけじゃないだろうな」
「ええ……」


なんだか凄くネガティブな発言だと思ったら顔まで暗くてなにを言ったらいいか分からなくなる。剣くんが辰先輩をポジティブかネガティブか分からないって言ってたけど、本当にそのとおりだ。とりあえず苺チョコを渡しておく。


「私のブームになってる苺チョコあげます。美味しくて幸せになれますよー」
「幸せ……ありがとう。佐奈はほんとうにお菓子が好きなんだな」
「へっ!あ!そ、そうだった……って、本当にってなんですか?」


急に名前呼びされてビックリしたけど、そういえば名前呼びすることになったんだ。慣れない……。
でも、変にテンパった気持ちは後半に続いた言葉で消えた。


「大地が言っていた」
「神谷先輩め~まあ、本当のことだし、いっか」
「例の件というのはイーセカのことだろう?気になるのか?」


どうやら図書室での内緒話のように結界を張ってくれたらしい。外でこんな話してたら可哀想な子に見られるだろうけど、そこは魔法というものを信じてみることにする。


「来週には聞けるって分かってるんですけど、やっぱり気になりますね。実は尾行したのも、もしかしたらここがイーセカと繋がってる場所なのかな~って思ったからなんです」
「ここが……?」
「はい。昨日ここで藤宮くんと会って話したんですけど、そういえばここで何度も人と会うなーって。まあ、主に藤宮くんですが」
「佐奈は明人と親しいのか?」


明人……ああ、藤宮くんか。
昨日の今日のせいもあるんだろうけど、辰先輩の質問にその気はなくても藤宮くんのような恋愛めいたものを邪推してしまう。やだなあ。


「そんなに仲良くはないと思いますねー面白い人だなーと思うし頑張ってほしいなーとは思いますけど、基本的に天邪鬼でネチネチ文句言ってくる人って苦手ですし……うーん。オモシレー男って感じですかね……?」
「そう、か……?」


疑問形にして答えたのが拍車をかけたのか、辰先輩は不思議そうな顔のまま首を傾げた。おお……なんだか可愛い。これがギャップ萌えというものかもしれない。絵画のような人が人間になった。
そのせいなのか、さっきのネガティブ発言が余計気になってくる。


「さっき俺に用があるわけじゃないって言ってましたけど、用があったほうがよかったんですか?」
「……?というより、俺に声をかける理由が思いつかない」
「ええ……反応に困るやつですねー天然発言なのかネガティブ発言なのかよく分からないですし」
「……俺も反応に困っている」
「あはは!……あー」


冗談なのかと思ったけど、顔を見る限り本心らしい。笑っちゃって悪いことをしたなーとは思いつつ、やっぱりどうしたらいいか分からない。
でもこれだけはハッキリと分かる。ちょっとしか関わってないのに断言できるぐらい、辰先輩は面白い人だ。もっと自信をもったらいいのに……。俺に話しかけることなんてない、なんて悲しい主張はどこで培ったんだろう?でも友達でもないのに色々言うのも変だし……。

まあいっか!

ネガティブな雰囲気につられて私まで落ち込みかけたけど、パパパーッと気持ちを切り替えることにする。


「学校で辰先輩を見かけたら今度は尾行するんじゃなくて話しかけちゃいますねー」
「それば別に構わないが……なぜ?」
「辰先輩と話したいからですよー。風紀関連の用事で声をかけるときもあると思いますが……あ、大丈夫ですよ。さすがにイーセカの話はしませんからね」
「なぜ……」
「すっごく気にするんですねー?話したいからですよーの理由は辰先輩が面白いからですね」
「それは、明人と同じようにオモシレー男ということか?」
「っ」


笑っちゃいけない。辰先輩は大真面目だ。
でも辰先輩の口からオモシレー男なんて言葉を聞くとは思わなかったからぐうっと笑いがこみあげてくる。組んだ腕にぎゅっと力を入れて必死に胡麻化して。


「辰先輩はオモシレー男っていうより面白い人ですね。どう違いを言えばいいのか分かりませんが、辰先輩のほうが好きです」


オモシレー男っていうジャンルに当てはまるのが藤宮くんで、接したうえで思う面白い人だなあって親しみを込めて思える人が辰先輩で……ううん、ニュアンスの違いって説明が難しい。


「明人より俺が好き……」
「ん゛ん?これもまたニュアンスの違いを感じる。というかこれ前にもおなじ流れがあった気がする……あった!え?もしかして今まで私が言ってることぜーんぶまるっと信じてない感じですか??それはそれで傷つく……あ」


面白くて好き、藤宮くん、ネガティブ辰先輩。
思い出したデジャヴの状況に、別に聞かなくていいやと思って忘れていた疑問がまた浮かんでくる。ちょっとは仲がよくなれたと思うし……聞いてもいいかなあ?聞いてもいいことなのかなあ?


「……そんなにネガティブなのって藤宮くんが関係してるんですか?」
「なぜそう思う」
「図書室で自分に魅力がないって言ってたときも今も藤宮くんの話にすぐ食いついたので、そうかなって」


やっぱり聞いちゃまずいことだったのか辰先輩は表情を暗くするだけじゃなくて黙ってしまった。
うう、私の馬鹿……!
後悔しながらどうやって家に帰ろうか考えてたら、辰先輩が「佐奈」と私を呼んだ。やっぱり慣れないなあ。気まずさにドギマギしながら顔をあげれば、人差し指を口元に置いた辰先輩が「しいっ」と囁いた。


「内緒話、できるか?」
「ひええぇぇ……っ」
「駄目か?」
「できますできます、いますっごくイケメンオーラにやられて動揺しました。あ、はい気にしないでください。内緒話できますしてください」
「イケメンオーラ……?そう、か。明人もイーセカ人だ」


藤宮くんもイーセカ人。
突然の暴露にビックリはするけど、確率は高いだろうなあって思ってたしそこまで驚きはない。それよりも私がポロッと言ってしまったイケメンオーラという謎の言葉を辰先輩が覚えてしまわないかが心配だ。


「あ、やっぱりそうなんですねー」
「それで、俺と同じインキュバスだ」
「え!あー、ちょっと納得!でも、うん?はい、続きをどうぞ」
「イーセカでもこの世界でも俺は明人に負けている」
「負け……?」
「今年のミスミスターでも負けたしな」


イーセカでの勝負は分からないけど、ミスミスターのことなら記憶に新しい。確かに藤宮くんが1位だったけど……。


「なんの慰めにもならないかもですが、前も言ったように私は辰先輩が勝つと思ってたぐらいには辰先輩のほうがかっこいいと思ってますし、私だけじゃなくてそう思う人も少なくないはずですよ。決勝までいったんですから……うーん。まあ、聞き飽きてるようなことしか言えないですねー」


フォローしようと思っても同じことを言うしかできなくて笑うしかない。
それしか言えることないしなー。でもなあ。


「あ、そうだ!紫苑先輩がミスターで出場したら藤宮くんも辰先輩も負けるかもしれませんよ?この高校だけでもそんな人がいるんだから、世界単位で見たら上には上がいますって!気にしてたらそのたんびに落ち込まなきゃでしんどくなっちゃいますよ!だからとりあえず苺チョコでも食べましょう!」


これはどうだと思って話し始めたけど、これって結局負けるって話だ。間違えたーと思っても後の祭り。
お手上げになって苺チョコに逃げたら、辰先輩はふっと微笑んでくれた。


「実は紫苑だけ裏でミスター部門の投票もされていたんだ」
「え……?裏というより本当なら正規の投票な感じがするんですが、そこはおいときます。そ、それで……?」
「俺はもう紫苑にも負けている」
「あ、分かりました。紫苑先輩ってイーセカ人じゃないって聞いてますけど違ってたんですね。サキュバス……じゃなくてインキュバス?なんですよ。信者の皆さんの目が違うのも納得ってわけです」
「紫苑はインキュバスでもなんでもない。この世界の人間だ」
「いや、本当、あの人のポテンシャル高すぎません???」


インキュバスのプライド?ずったずたじゃん……。
こっちにくると限られた場所でしか魔法が使えないらしいから、もってるもの勝負ってことになる。そして辰先輩はそれで負けたことになるのだ。同郷の藤宮くんだけじゃなく、この世界の紫苑先輩にもだ。
もう上には上がいますし~なんてとぼけられない。これはネガティブになるってもんだ……。


「よし、じゃあ今日は藤宮くんよりも紫苑先輩よりも辰先輩が面白くて好きだと思う私に免じて、なにかいい感じに話が丸く収まったことにしませんか?」


苺チョコを1個といわず3個も辰先輩に渡して、私も話の締めに苺チョコを食べる。あー、美味しい。美味しいは幸せ。お腹が空いてると変なこと考えちゃうし、食べるの大事。
頭の中で念仏のように唱えていたら、クシャクシャと包み紙を開ける音が聞こえた。どうやら辰先輩も美味しいもの食べたらみんな幸せ宗教に入ってくれるらしい。


「美味しいな」
「ですね!美味しいは幸せですよー」
「……ありがとう」
「どういたしましてー!」


微笑んだ辰先輩はフィルターがかかっているのか凄く幸せそうに見える優しい表情だった。
これからはポケットに苺チョコだけじゃなくて色んなお菓子をいれておこう。









 
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