そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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序章

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 窓の外では夕闇に早咲きの桜が舞っていた。

 それを背景に、さっきまでスタジオで習っていたダンスのステップをロッカー室で繰り返す少年。
 
 あどけなさの残る綺麗な顔立ちをした少年は、一見すると少女のようなたおやかさがあった。

 上気してほんのりと朱に染まったなめらかな頬に、男子にしては長めの艶やかな黒髪がステップを踏むたびに揺れて、かかる。

 少年の名前は秋葉梛央。

 日本のみならず海外でも活躍する指揮者の父、晃成。同じく世界を舞台に活動する声楽家の母、琉歌。ピアニストを目指して音楽大学でピアノを専攻する5歳上の姉、薫瑠。

 エリート音楽一家に生まれ、自身も4歳からヴァイオリン、6歳からピアノのレッスンを受け、すでにヴァイオリンではコンクールで優勝した実績を持っている。将来は父親の勧める音楽大学に進学することが義務付けられている身だった。

 けれども梛央にはどうしてもこれが自分の歩く道だとは思えなかった。

 ヴァイオリンが嫌というわけじゃない。でもレッスンを重ねてもコンクールに何度出ても、たとえ優勝しても、それは自身への評価ではなく血筋だから評価してもらっているのではないか、と思ってしまうのだ。

 だからといって、何かしたいことがあるかといえばそうではなく、両親の望む将来を唯々諾々と歩いていた梛央を大きく変えたのは4ヶ月前の、一年生で迎えた高校の学園祭だった。

 梛央のクラスの出し物はダンスで、高校の講堂とは思えないほど本格的なホールで披露することになった。

 ダンス経験のない梛央は、自分はヴァイオリンかピアノ、もしくはキーボードで音楽を担当すると思っていたのだが、幼なじみで出し物の実行委員の優人の強引な勧めでダンス担当になった。

 運動神経はいい梛央だったが、以前からダンスを習ってる優人にアイソレーションの基礎からステップを教えられるうちにダンスの楽しさを知り、どんどんはまっていった。

 楽器で音を奏でるのではなく、音を感じて体を動かす。自分の体で音楽を表現する。

 梛央は初めてやりたいことが見つかった気がした。練習が楽しくて、そのうちクラス練習だけではなく自主練にも惜しみなく時間を費やし、練習するうちに梛央のダンスは見る間に上達していった。

 それに引っ張られるようにクラス全体のダンスのレベルがあがり、おかげで全員が何かしらのコスプレでダンスを披露した梛央のクラスは学年1位を獲得した。

 メイド服の美少女がキレっキレのダンスを披露したのが大きな勝因だったのだが、メイドのコスプレをした当の梛央はそれをわかっていなかった。

 けれど、その時の楽しさ、達成感はヴァイオリンのコンテストで優勝した時よりもはるかに大きく、梛央は両親への相談もなしにピアノのレッスンをやめ、そのかわり週に2回のダンスと歌のレッスンをいれた。

 いくら両親が国内外の公演で不在がちとはいえ、音楽モンスターの両親と姉にダンスがしたいと言い出せないままおざなりにヴァイオリンのレッスンだけは続け、季節は秋から冬へ、そして早春になっていた。

 だがさすがに隠し通せるわけもなく、ピアノをやめたことが講師だった人物から琉歌に知られ、晃成はプラハ、琉歌はパリ、薫瑠は普通に音大から帰宅して梛央が帰ってくるのを家で待っているはずだった。

 ふいに動きを止めた梛央は、その形のよい唇から長めの溜息を零した。

 「どうかしたか?」

 制服に着替えながらも半ば梛央に見惚れていた優人は、憂いを帯びた溜息を見逃せなかった。

 「……お説教確定で、父さんと母さんとカオルがうちで待ってるんだ」

 「梛央のお父さんて、顔がベートーベンだもんな。怒ったらヤバそうだ。でも琉歌さんは和製ヘプバーンて呼ばれるくらい美人で優しいからきっと庇ってくれるよ。薫瑠さんも美人だよなぁ」

 「ベートーベンて。母さんは美人だけど、カオルは性格がきついし、意地悪だ」

 確かに父である晃成の顔はいつも眉間に皺が寄っていて厳めしく、音楽室に飾ってあるベートーベンの肖像画に似ているかといえば似ているかもしれない。

 母親の琉歌は上品な美人で、しぐさや物腰の優雅さもあって声楽界の和製ヘプバーンと称されている。梛央はその琉歌にそっくりだった。姉の薫瑠は容姿だけ見れば若手の美人女優に似ているが、梛央への当たりは強かった。

 よほど家に帰るのが憂鬱のようで、また溜息を零す憂い顔の梛央に、優人は思わず顔を赤らめる。

 クラスの女子たちにリアルBLコミックの主人公と言わしめる綺麗な顔だち。ただでさえ心がそわそわするような存在の梛央が陰のある表情を見せると、抱きしめたくなる衝動が沸き起こるのだ。

 それほど梛央の溜息は思春期の男子の心を簡単に撃ち抜くくらいに破壊力抜群だった。

 その梛央ががメイドのコスプレをし、膝上のスカートの裾が跳ね上がるのも気にせずにダンスを披露した動画はSNSで発信され、何百年に一度の美少女と称されてバズっていた。

 アップしたの、誰だよ。梛央は俺だけの幼馴染みでいいのに。

 梛央は優人が密かにそう願っていることを、そもそも自分の動画がSNSでバズっていることも知らなかった。

 「説教確定って、何かしたのか?」

 「……ピアノをやめたのがバレたんだ」

 「え? ピアノやめたの言ってなかったのか? そりゃヤバいよ。俺も梛央がピアノをやめてダンスと歌のレッスンを受けたいって言ったときは驚いたけど、まさか言ってなかったなんて……」

 有名な音楽家の子供である梛央は純粋培養そのもので、姉の薫瑠よりも箱入り娘でお姫様育ちだと優人は思っている。

 その梛央が『ピアノをやめるから一緒にダンスを習いたい、歌も習いたい』と言ってきたときは優人も驚いたが、踊っている梛央は楽しそうで、歌っている梛央は生きてること自体が嬉しそうで、音楽家の両親もそれをわかって許してくれたのだと思っていた。

 「言えなかったんだ。本当はヴァイオリンのレッスンもやめて歌とダンスのレッスンを増やしたいんだけど……」

 それこそ、言える勇気を持てない。

 そう言いたげに梛央は睫毛を伏せる。

 「でも、歌のレッスンを受けているって言ったら琉歌さんは喜ぶんじゃないか?」

 「僕は声楽家になりたいわけじゃないんだ」

 オペラ歌手になりたいと言えば琉歌は嬉々として自分が教えると言うだろう。けれど梛央はオペラ歌手になりたいわけではないのだ。

 「だよな。俺は梛央の歌好きだよ。うまいんだけどそれだけじゃなくてさ。優しくて、パワフルで、心が震えるって感じがする」

 「ほんと? ほんとにそう思う? すっごい嬉しいんだけど」

 声楽家の琉歌から歌を習ったことはないが、公演先の地方の歌を現地で覚え、子守歌代わりに歌ってくれていた。

 梛央の歌の原点は琉歌の子守歌だった。
 
 ピアノをやめてからは今まであまり聞かなかった流行りの歌を聞きまくり、歌というものがどんなに世の中に順応し、人の心をつかみながらも常に新しい可能性をみせてくれるのかに感動した。

 その感動を歌にのせているつもりの梛央は大きな黒い瞳をキラキラさせて優人を見上げる。

 「嘘なんか言わないさ。本当にいいと思うよ、梛央の歌。今年の学園祭は歌って踊る梛央オンステージにしようか」

 「優人も一緒ならいいよ」

 無防備に笑う梛央がたまらなく可愛くて、

 「くそかわいすぎ」
 
 優人は聞こえないようにつぶやく。

 誰が反対しても自分だけは好きなことをしている梛央を守ってやる。その決意をこめて。

 「なに?」

 「次の学園祭が楽しみだってこと。それより近所で声掛け案件が発生してるらしいから気をつけろよ」

 「声掛け案件?」

 梛央は小首をかしげて優人を見上げる。

 「最近この近くで女子に声をかけてくるやつがいるらしい。地域の防犯メッセージがきてたって母さんが言ってた」

 「優人、僕、男子だから」

 梛央はバッグを持つとロッカー室を出ていく。

 「待てよ、梛央」

 汗で濡れたスウェットをバッグに詰め込んで、優人もそのあとを追った。
 
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