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第1部
それはそれは(ざわざわ)
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翌日、テュコに朝早く起こされた梛央は、まだ眠たそうな顔でパン粥を食べていた。
パン粥の他には少量のフルーツとハム、卵料理。
これでは少なすぎると心配するスヴァルド。時折目を閉じながら口を動かしている梛央。その様子が可愛くて、目が離せないヴァレリラルド。
「では、私は行ってくるよ」
食事を終えたエンゲルブレクトが立ち上がる。
「お出かけ?」
梛央が首をかしげる。
「ここの公爵が領地経営のことで相談があると言ってきたのです。私もそれほど領地経営に長けているわけではないのですが」
「王族としての意見を求めているのです。これも公務ですよ、叔父上」
私だって前日それをこなしたんですよ、と言いたげなヴァレリラルドが笑顔を向ける。
それが昨日の意趣返しだとわかっているエンゲルブレクトも笑顔で、
「別館に領主館とつながる転移陣があるからそれで行ってくるよ。早めに終わらせて、あとで追いかける。行き先はお見通しだ、ヴァレリラルド」
そう言ってハハトを連れて食堂を出て行く。
来なくていいのに。そう思うヴァレリラルドだが、
「いってらっしゃい……あ、もういない」
ふにゃっ、としている梛央に癒されるのだった。
梛央、テュコ、アイナ、ドリーン、サリアンは昨日市場へ行ったときに使った馬車に乗り込み、ヴァレリラルドや護衛騎士は馬で目的地に向かう。
それほど時間をかけずに到着した場所は海辺の村だった。
村の広場で馬車を降りた梛央に、馬を降りていたヴァレリラルドが歩み寄る。
「ヴァル、ここは?」
「ここはリータという村で……」
「でんかだー」
「でんかー」
子供の声がして、梛央の間隔では5、6歳の子供たちがヴァレリラルドと梛央にむかって駆け寄って来た。
護衛騎士がそれを阻むかと思ったが、護衛騎士たちは騎士服を脱いで馬にかけ、上半身は白いシャツだけというラフな格好になっていた。
「ダーシャ、エマ、 リーディア、マロシュ、ヴィート」
ヴァレリラルドが子供たちの名前を呼ぶ。
名前を呼ばれた子供たちは嬉しそうにきゃっきゃっとはしゃぎながらヴァレリラルドと梛央の周りを取り囲んだ。
「でんか、あそぼう」
「でんか、何する?」
「でんか、おとまりする?」
ヴァレリラルドが殿下であることは認識しているようだが、気安く呼びかける子供たちに、梛央は首を傾げる。
「でんか、このお姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんもでんか?」
「お姉ちゃんもあそぶ?」
「お姉ちゃん、キレイー」
自分にも子供の興味が向いてきて、梛央は首を振る。
「僕はお姉ちゃんじゃないよ?」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないの?」
黄色いエプロンをつけている女の子が首を傾げる。
「お姉ちゃんはお兄ちゃんだよ」
「やっぱりお姉ちゃんだー」
きゃっきゃっと笑う女の子に、
「あれ? 違うよ? お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだよ?」
何か間違ったかな? 梛央は首をひねる。
「お姉ちゃんて言ってるじゃないー」
「違うよ? お姉ちゃんて言われたからお姉ちゃんて言っただけで、僕はお兄ちゃんだよ?」
あれ?と首を傾げる梛央。
「おや、殿下じゃないですか。おかえりなさい」
何の騒ぎかと広場に集まって来た老女が頭を下げる。
「イロナ、ただいま。子供と年よりだけか?」
「海辺で網を引く準備をしておりますよ。ちょうど頃合いでしょう。行っておいでなさい」
「わかった。お前たちも行くぞ」
「わーい」
ヴァレリラルドに声をかけられて子供たちが駆け出す。
「ナオも行こう」
ヴァレリラルドは梛央の手を握って、子供たちが駆けていく方向に走り出した。
それを見てフォルシウスに手を伸ばすクランツ。
フォルシウスはぺしっ、とその手を払いのけた。
「ねぇ、ヴァル。ただいまって? みんな気安く殿下って呼んでるけど、ヴァルが王太子殿下だってわかってるってこと?」
「王国民の暮らしを身近に感じられる存在であれ、という父上の意向で、夏の離宮に滞在しているときはここによく来るんだ。泊まることもある。ここにいる間は王太子ではあるけれど、普通の子供のように接するように父上が頼んでるんだ」
「そうなんだ。だから村の人みんなと仲良しなんだね。国王陛下って、本当にすごい人だね。ヴァルが尊敬しているのがよくわかるよ」
「うん、尊敬している、素晴らしい父上なんだ」
ヴァレリラルドが誇らしげに言った時、
「おお、殿下。いらっしゃい」
高齢の男性が地元のご婦人たちを引き連れて挨拶に来た。
「村長、また邪魔をする」
「ここは殿下のふるさと同然。いつでも帰ってらしていいんですよ。ところでその方は?」
「まだ公表されていないけど、近い将来、この王国の最も尊い存在になる方だ」
精霊の愛し子とはまだ言えないため、もってまわった言い方をするヴァレリラルドに、
「ほう、それはそれは」
「とてもお綺麗で、それはそれは」
「まあ、それはそれは」
後のご婦人たちがそれはそれは、と言いながら微笑みを湛えた顔でざわざわしている。
殿下、その紹介では、将来王太子妃殿下になる方だと思われてしまいますよ。
護衛騎士たちはそう思ったが、ヴァレリラルドの気持ちとしては間違っていないため黙っていた。
パン粥の他には少量のフルーツとハム、卵料理。
これでは少なすぎると心配するスヴァルド。時折目を閉じながら口を動かしている梛央。その様子が可愛くて、目が離せないヴァレリラルド。
「では、私は行ってくるよ」
食事を終えたエンゲルブレクトが立ち上がる。
「お出かけ?」
梛央が首をかしげる。
「ここの公爵が領地経営のことで相談があると言ってきたのです。私もそれほど領地経営に長けているわけではないのですが」
「王族としての意見を求めているのです。これも公務ですよ、叔父上」
私だって前日それをこなしたんですよ、と言いたげなヴァレリラルドが笑顔を向ける。
それが昨日の意趣返しだとわかっているエンゲルブレクトも笑顔で、
「別館に領主館とつながる転移陣があるからそれで行ってくるよ。早めに終わらせて、あとで追いかける。行き先はお見通しだ、ヴァレリラルド」
そう言ってハハトを連れて食堂を出て行く。
来なくていいのに。そう思うヴァレリラルドだが、
「いってらっしゃい……あ、もういない」
ふにゃっ、としている梛央に癒されるのだった。
梛央、テュコ、アイナ、ドリーン、サリアンは昨日市場へ行ったときに使った馬車に乗り込み、ヴァレリラルドや護衛騎士は馬で目的地に向かう。
それほど時間をかけずに到着した場所は海辺の村だった。
村の広場で馬車を降りた梛央に、馬を降りていたヴァレリラルドが歩み寄る。
「ヴァル、ここは?」
「ここはリータという村で……」
「でんかだー」
「でんかー」
子供の声がして、梛央の間隔では5、6歳の子供たちがヴァレリラルドと梛央にむかって駆け寄って来た。
護衛騎士がそれを阻むかと思ったが、護衛騎士たちは騎士服を脱いで馬にかけ、上半身は白いシャツだけというラフな格好になっていた。
「ダーシャ、エマ、 リーディア、マロシュ、ヴィート」
ヴァレリラルドが子供たちの名前を呼ぶ。
名前を呼ばれた子供たちは嬉しそうにきゃっきゃっとはしゃぎながらヴァレリラルドと梛央の周りを取り囲んだ。
「でんか、あそぼう」
「でんか、何する?」
「でんか、おとまりする?」
ヴァレリラルドが殿下であることは認識しているようだが、気安く呼びかける子供たちに、梛央は首を傾げる。
「でんか、このお姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんもでんか?」
「お姉ちゃんもあそぶ?」
「お姉ちゃん、キレイー」
自分にも子供の興味が向いてきて、梛央は首を振る。
「僕はお姉ちゃんじゃないよ?」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないの?」
黄色いエプロンをつけている女の子が首を傾げる。
「お姉ちゃんはお兄ちゃんだよ」
「やっぱりお姉ちゃんだー」
きゃっきゃっと笑う女の子に、
「あれ? 違うよ? お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだよ?」
何か間違ったかな? 梛央は首をひねる。
「お姉ちゃんて言ってるじゃないー」
「違うよ? お姉ちゃんて言われたからお姉ちゃんて言っただけで、僕はお兄ちゃんだよ?」
あれ?と首を傾げる梛央。
「おや、殿下じゃないですか。おかえりなさい」
何の騒ぎかと広場に集まって来た老女が頭を下げる。
「イロナ、ただいま。子供と年よりだけか?」
「海辺で網を引く準備をしておりますよ。ちょうど頃合いでしょう。行っておいでなさい」
「わかった。お前たちも行くぞ」
「わーい」
ヴァレリラルドに声をかけられて子供たちが駆け出す。
「ナオも行こう」
ヴァレリラルドは梛央の手を握って、子供たちが駆けていく方向に走り出した。
それを見てフォルシウスに手を伸ばすクランツ。
フォルシウスはぺしっ、とその手を払いのけた。
「ねぇ、ヴァル。ただいまって? みんな気安く殿下って呼んでるけど、ヴァルが王太子殿下だってわかってるってこと?」
「王国民の暮らしを身近に感じられる存在であれ、という父上の意向で、夏の離宮に滞在しているときはここによく来るんだ。泊まることもある。ここにいる間は王太子ではあるけれど、普通の子供のように接するように父上が頼んでるんだ」
「そうなんだ。だから村の人みんなと仲良しなんだね。国王陛下って、本当にすごい人だね。ヴァルが尊敬しているのがよくわかるよ」
「うん、尊敬している、素晴らしい父上なんだ」
ヴァレリラルドが誇らしげに言った時、
「おお、殿下。いらっしゃい」
高齢の男性が地元のご婦人たちを引き連れて挨拶に来た。
「村長、また邪魔をする」
「ここは殿下のふるさと同然。いつでも帰ってらしていいんですよ。ところでその方は?」
「まだ公表されていないけど、近い将来、この王国の最も尊い存在になる方だ」
精霊の愛し子とはまだ言えないため、もってまわった言い方をするヴァレリラルドに、
「ほう、それはそれは」
「とてもお綺麗で、それはそれは」
「まあ、それはそれは」
後のご婦人たちがそれはそれは、と言いながら微笑みを湛えた顔でざわざわしている。
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