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第1部
パン粥がんばる
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「ナオ、私はそろそろお暇させていただきます」
話が終わり、軽く雑談をしたあと、オルドジフが切り出した。
「そうなんだ。……うん、わかった」
残念だが、精霊神殿長補佐という、いかにもな肩書を持つオルドジフも忙しいのだろうと思うと、引き留めるわけにはいかなかった。
それでも俯いて寂しそうな表情になってしまう梛央に、
「ナオ様。体調に問題がなければオルドジフ殿をお見送りされますか? そのついでにエンロート城の中を少し歩きましょうか」
「お見送りする。歩いてみる」
もう少しオルドジフといられるというテュコからの提案に、梛央は顔を輝かせる。
「ではアイナ、ドリーン、ナオ様のお仕度を。オルドジフ殿、少しお待ちいただけますか?」
「いえ、お見送りは……」
いくら自分が父親に似ているからといっても、気安く名前を呼ぶように求められていても、愛し子に見送りをさせるのは申し訳ないと思うと、オルドジフは固辞したかった。
「ナオ様のご希望ですから」
ナオの希望はもちろんだが、梛央が喜ぶことはなんでもしてあげたい周囲の者たちの希望でもあった。
「ドーさん、待っててね」
アイナとドリーンに案内された繊細な彫刻のほどこされた衝立の向こうから、梛央が焦った声を出す。
「はい。待ってますから、慌てなくて大丈夫ですよ」
梛央の好意を素直に受けることにしたオルドジフが苦笑して言うと、
「はーい」
返事する梛央。
王立学園を卒業してすぐに精霊神殿にあがったオルドジフは独り身だが、子供がいたらこんな感じなのかと胸があたたかくなった。
「すっかり懐かれましたね、兄上」
「ああ、身に余るという感じだが……子供とは可愛いものだな」
「ナオ様が兄上を安心して甘えられる相手だと認識したのです。心して甘やかして下さい」
「……だが、お前たちを許したわけではないからな」
釘をさすオルドジフ。
私たち?と首をかしげるフォルシウス。
やがて衝立から現れた梛央は寝間着から室内着に着替え、その上に柔らかな素材のコートを着ていた。
「ドーさん、お待たせ」
立ち上がったオルドジフのもとに歩み寄った梛央は、改めてオルドジフを見上げる。
晃成も日本人の平均身長よりだいぶ背が高かったが、異世界仕様のオルドジフはさらに大きかった。
「ドーさん、大きいね」
梛央がオルドジフを見上げる。
「鍛錬している騎士の私より、鍛錬しない兄上が大きいのはどうかと思います」
兄の体格がうらやましいフォルシウスが言った。
「こればかりは天の采配だ」
苦笑するオルドジフは、自分を見上げる梛央に自然と両手を広げる。梛央は恥じらいながらも両手をあげると、オルドジフに抱き上げられた。
オルドジフの左腕に座るような感じで抱き上げられ、物心ついてからは晃成に抱っこされた記憶がない梛央は、その安定感とオルドジフの顔に近さに感動した。
オルドジフを通じて晃成に甘えていることを自覚していたが、それでも嬉しかった。
「ドーさん、僕、重くない?」
「重くないよ。むしろ軽くて心配する。ナオはもっとたくさん食べて体に肉をつけないといけないよ」
「パン粥がんばる」
へへ、と笑う梛央。
「パン粥ばかりじゃだめですよ。夜はもう少しお肉とか野菜とか、栄養のあるものを少しずつ食べましょう」
テュコに言われて、はーいと返事する梛央。
オルドジフは子供とはこんなに軽いものなのかと思いながら、馬車を待たせている車寄せに向かった。
オルドジフは馬車の前で梛央をおろした。
「ではナオ様。王都でお待ちしております。ナオ様の洗礼式に立ち会えるのを楽しみにしておりますよ」
「うん」
返事はするものの、梛央は寂しさを隠しきれないでいた。
やっと巡り合った身内と別れる気分だった。
オルドジフは寂しそうに自分を見上げる梛央に聖職者の礼を執り、最後に梛央の頭に手をあてて撫でると、後ろ髪をひかれる思いで馬車に乗り込む。
馬車が走り出すと、
「ドーさん、行っちゃった」
出会ってから数時間しか経っていないのにすっかりオルドジフに懐いた梛央は肩を落とす。
「望まれるならいつでも通信具で話すことができますよ。王都に行けばいつでも会えます」
フォルシウスの慰めに、うん、と答えたものの、梛央は再会した父親とまた離れてしまった心情になっていた。
「お声がけ、失礼いたします」
そんな梛央に声をかける者がいて、振り向くとそこにはオルドジフより幾分年上の黒服の男が姿勢よく立っていた。
梛央はテュコを見る。
「この古城の家令のマフダル殿です」
テュコに紹介され、マフダルは臣下の礼を執った。
「陛下よりこちらの家令をまかされておりますマフダルと申します。陛下からナオ様の訪問を聞かされてからお目にかかれる日を楽しみにお待ちしておりました。道中は大変でございましたね。お体はもうよろしいのでしょうか」
「秋葉梛央です。心配をおかけしました。もう大丈夫」
「それはようございました。こちらに滞在中にご不自由がございましたら何なりとお申し付けください。今からどこかへお出かけでしょうか」
「ううん。少しお城の中の見学をしようと思ってたんだ。いい?」
「では私がご案内しましょう。どういったところを見学なさりたいですか?」
マフダルに言われて、梛央は少し考えた。
話が終わり、軽く雑談をしたあと、オルドジフが切り出した。
「そうなんだ。……うん、わかった」
残念だが、精霊神殿長補佐という、いかにもな肩書を持つオルドジフも忙しいのだろうと思うと、引き留めるわけにはいかなかった。
それでも俯いて寂しそうな表情になってしまう梛央に、
「ナオ様。体調に問題がなければオルドジフ殿をお見送りされますか? そのついでにエンロート城の中を少し歩きましょうか」
「お見送りする。歩いてみる」
もう少しオルドジフといられるというテュコからの提案に、梛央は顔を輝かせる。
「ではアイナ、ドリーン、ナオ様のお仕度を。オルドジフ殿、少しお待ちいただけますか?」
「いえ、お見送りは……」
いくら自分が父親に似ているからといっても、気安く名前を呼ぶように求められていても、愛し子に見送りをさせるのは申し訳ないと思うと、オルドジフは固辞したかった。
「ナオ様のご希望ですから」
ナオの希望はもちろんだが、梛央が喜ぶことはなんでもしてあげたい周囲の者たちの希望でもあった。
「ドーさん、待っててね」
アイナとドリーンに案内された繊細な彫刻のほどこされた衝立の向こうから、梛央が焦った声を出す。
「はい。待ってますから、慌てなくて大丈夫ですよ」
梛央の好意を素直に受けることにしたオルドジフが苦笑して言うと、
「はーい」
返事する梛央。
王立学園を卒業してすぐに精霊神殿にあがったオルドジフは独り身だが、子供がいたらこんな感じなのかと胸があたたかくなった。
「すっかり懐かれましたね、兄上」
「ああ、身に余るという感じだが……子供とは可愛いものだな」
「ナオ様が兄上を安心して甘えられる相手だと認識したのです。心して甘やかして下さい」
「……だが、お前たちを許したわけではないからな」
釘をさすオルドジフ。
私たち?と首をかしげるフォルシウス。
やがて衝立から現れた梛央は寝間着から室内着に着替え、その上に柔らかな素材のコートを着ていた。
「ドーさん、お待たせ」
立ち上がったオルドジフのもとに歩み寄った梛央は、改めてオルドジフを見上げる。
晃成も日本人の平均身長よりだいぶ背が高かったが、異世界仕様のオルドジフはさらに大きかった。
「ドーさん、大きいね」
梛央がオルドジフを見上げる。
「鍛錬している騎士の私より、鍛錬しない兄上が大きいのはどうかと思います」
兄の体格がうらやましいフォルシウスが言った。
「こればかりは天の采配だ」
苦笑するオルドジフは、自分を見上げる梛央に自然と両手を広げる。梛央は恥じらいながらも両手をあげると、オルドジフに抱き上げられた。
オルドジフの左腕に座るような感じで抱き上げられ、物心ついてからは晃成に抱っこされた記憶がない梛央は、その安定感とオルドジフの顔に近さに感動した。
オルドジフを通じて晃成に甘えていることを自覚していたが、それでも嬉しかった。
「ドーさん、僕、重くない?」
「重くないよ。むしろ軽くて心配する。ナオはもっとたくさん食べて体に肉をつけないといけないよ」
「パン粥がんばる」
へへ、と笑う梛央。
「パン粥ばかりじゃだめですよ。夜はもう少しお肉とか野菜とか、栄養のあるものを少しずつ食べましょう」
テュコに言われて、はーいと返事する梛央。
オルドジフは子供とはこんなに軽いものなのかと思いながら、馬車を待たせている車寄せに向かった。
オルドジフは馬車の前で梛央をおろした。
「ではナオ様。王都でお待ちしております。ナオ様の洗礼式に立ち会えるのを楽しみにしておりますよ」
「うん」
返事はするものの、梛央は寂しさを隠しきれないでいた。
やっと巡り合った身内と別れる気分だった。
オルドジフは寂しそうに自分を見上げる梛央に聖職者の礼を執り、最後に梛央の頭に手をあてて撫でると、後ろ髪をひかれる思いで馬車に乗り込む。
馬車が走り出すと、
「ドーさん、行っちゃった」
出会ってから数時間しか経っていないのにすっかりオルドジフに懐いた梛央は肩を落とす。
「望まれるならいつでも通信具で話すことができますよ。王都に行けばいつでも会えます」
フォルシウスの慰めに、うん、と答えたものの、梛央は再会した父親とまた離れてしまった心情になっていた。
「お声がけ、失礼いたします」
そんな梛央に声をかける者がいて、振り向くとそこにはオルドジフより幾分年上の黒服の男が姿勢よく立っていた。
梛央はテュコを見る。
「この古城の家令のマフダル殿です」
テュコに紹介され、マフダルは臣下の礼を執った。
「陛下よりこちらの家令をまかされておりますマフダルと申します。陛下からナオ様の訪問を聞かされてからお目にかかれる日を楽しみにお待ちしておりました。道中は大変でございましたね。お体はもうよろしいのでしょうか」
「秋葉梛央です。心配をおかけしました。もう大丈夫」
「それはようございました。こちらに滞在中にご不自由がございましたら何なりとお申し付けください。今からどこかへお出かけでしょうか」
「ううん。少しお城の中の見学をしようと思ってたんだ。いい?」
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