88 / 492
第1部
お肉大事
しおりを挟む
昼になり、休憩のために川のほとりの草原に天幕が張られる。
騎士や使用人たちが忙しく動き回る中、
「ナオ、勝負だ」
柔らかな草の生えた土手の上で、いつになくキリッとした顔を見せるヴァレリラルド。
そうすると金髪碧眼の整った顔だちもあいまって王子様のようで、そういえばヴァルって王太子だったな、と思い出す梛央。
「望むところだよ、ヴァル」
あまり身長差はないとは言え、そこには大きな8歳の年の差がある。そうは見られないが実は梛央は運動神経がいい。
勝機は我にあり。
梛央は心の中でガッツポーズをすると、100メートルほど先にいるテュコ、アイナ、ドリーンの方を向いた。
ことの始まりは馬車を降りた梛央にヴァレリラルドが駆け寄って、
「ナオ、私と駆けっこしない?」
と持ち掛けたことだった。
「ヴァレリラルドと?」
「うん。もし私が負けたら、私の大事にしているものをあげる。もし私が勝ったら……」
梛央の耳元でごにょごにょと話すヴァレリラルド。
ヴァレリラルドの内緒話に、梛央は笑顔で頷いている。
「今度はどんなことをそそのかしたんですか」
その様子を眺めながら、呆れた目でケイレブを見るテュコ。
「馬車の中で殿下と二人なんだ。話すことは恋愛話だろう?」
「殿下は大きいですが、8歳ですよ。あなたは何のためのS級冒険者なんですか」
小声で悪態をつくテュコに、俺はいろんなものがS級なんだよ、と笑うケイレブだった。
「殿下、ナオ様、いいですか?」
梛央とヴァレリラルドの横でケイレブが言うと、
「いいぞ」
「いいよ」
ヴァレリラルドと梛央が声をそろえる。
「では、行けっ!」
ケイレブの発声とともに梛央とヴァレリラルドは同時に駆け出した。
スタートダッシュに成功した梛央が、肩に届くくらいに伸びた黒髪を靡かせて綺麗なフォームで先行する。
それを必死に追いかけるヴァレリラルド。
「意外に速いな、ナオ様」
「殿下も頑張って」
シアンハウスの夜会以来仲良くなったヴァレリラルドの護衛騎士たちと梛央の護衛騎士たちが遠巻きに、微笑ましく眺めている。
「ナオ様、転ばないでくださいねーっ」
「ナオさまーっ」
アイナとドリーンはもちろん梛央を応援していた。
梛央がリードしたまま、テュコたちのところにあと数メートル、というところで、
「僕の勝……」
「悪いねっナオっ」
勝ちを確信した梛央のすぐ横をヴァレリラルドが駆け抜けて先に到着した。
「勝ったぁぁぁっ!」
両手をあげて勝利を雄たけびをあげるヴァレリラルド。
「負けたぁぁっ」
ヴァレリラルドより少しだけ遅れて到着した梛央は、息を切らしながら悔しがる。
「ナオ様、お速かったですよ」
「かっこよかったですよ、ナオ様」
梛央の健闘をたたえるアイナとドリーン。
「ナオ様がケガがなく走り抜けたことが、うれしいです」
梛央が転ばないか心配していたテュコは胸をなでおろす。
「あぁぁっ、テュコに身長で負けて、ヴァルにかけっこで負けたぁぁっ」
息を切らしながら壮大に落ち込む梛央。
「私は毎日剣の稽古をしているし、体も鍛えてるけど、ナオはこの前まで寝込んでたんだよ。体力が回復してないわりに速かったよ」
「ヴァルに慰められた……」
体力不足は織り込み済み。それでも勝てると思っていた梛央はいろんなことがショックだった。
「うん。勝ちは勝ち、負けは負けだからね。ご褒美はいただくよ。アイナ、ドリーン、頼むね」
「はい」
「逆に恐縮です」
ヴァレリラルドが望んだ褒美とは、今日宿泊する予定の宿まで梛央の馬車に同乗し、代わりにアイナとドリーンがヴァレリラルドの馬車に乗る、というものだった。
「体力つけなくちゃ」
まだ息が整わない梛央に、
「たくさん食べて、適度に運動しましょう。まずはそこからです」
テュコが力強く言った。
梛央に過激な運動は絶対にさせられなかった。
体力のなさを痛感した梛央は昼食に焼かれた肉を積極的に食べていた。
「ナオ様、今日はよくお召し上がりですね」
エンゲルブレクトはカトラリーを持つ手を止めて、その様子を嬉しそうに見ている。
「体力不足を実感したんだ。これからの成長期に向けてタンパク質を積極的に摂らないと、ヴァレリラルドに身長を追い越されるどころか体重も越されちゃう。うん、お肉大事」
自分で言って自分で納得する梛央。
身長はまだ梛央の方が少し高いが、体重はすでに越されていることは誰の目にも明らかだったが、微妙な微笑みだけで追及はしなかった。
「タンパク質がなんなのかよくわからないけど、食べ物で体を作るのは大事だよ。私ももっとお肉を食べるようにしないと」
自分に言い聞かせるヴァレリラルド。
今でも十分にお肉を食べているヴァレリラルドがもっとお肉を食べると……。
「テュコ、僕、そんなにお肉食べられない……。勝てる気がしない」
早速弱音を吐く梛央。
「ナオ様、今日は早めにキースの街に着く予定です。この旅の最後の夜になります。旅の最後の晩餐ですから、豪勢な晩餐にしましょう」
そんな梛央を見ながらエンゲルブレクトが提案した。
「うん」
「森の中を抜ける街道ですが、ここは王都が近いこともあり、第三騎士団が定期的に見回りに来ています。魔獣の報告もありません。安心していいですよ」
「馬車の前にはエンゲルブレクト殿下の護衛騎士が警戒しながら先導していますからね」
エンゲルブレクトとハハトが梛央を安心させるように言った。
騎士や使用人たちが忙しく動き回る中、
「ナオ、勝負だ」
柔らかな草の生えた土手の上で、いつになくキリッとした顔を見せるヴァレリラルド。
そうすると金髪碧眼の整った顔だちもあいまって王子様のようで、そういえばヴァルって王太子だったな、と思い出す梛央。
「望むところだよ、ヴァル」
あまり身長差はないとは言え、そこには大きな8歳の年の差がある。そうは見られないが実は梛央は運動神経がいい。
勝機は我にあり。
梛央は心の中でガッツポーズをすると、100メートルほど先にいるテュコ、アイナ、ドリーンの方を向いた。
ことの始まりは馬車を降りた梛央にヴァレリラルドが駆け寄って、
「ナオ、私と駆けっこしない?」
と持ち掛けたことだった。
「ヴァレリラルドと?」
「うん。もし私が負けたら、私の大事にしているものをあげる。もし私が勝ったら……」
梛央の耳元でごにょごにょと話すヴァレリラルド。
ヴァレリラルドの内緒話に、梛央は笑顔で頷いている。
「今度はどんなことをそそのかしたんですか」
その様子を眺めながら、呆れた目でケイレブを見るテュコ。
「馬車の中で殿下と二人なんだ。話すことは恋愛話だろう?」
「殿下は大きいですが、8歳ですよ。あなたは何のためのS級冒険者なんですか」
小声で悪態をつくテュコに、俺はいろんなものがS級なんだよ、と笑うケイレブだった。
「殿下、ナオ様、いいですか?」
梛央とヴァレリラルドの横でケイレブが言うと、
「いいぞ」
「いいよ」
ヴァレリラルドと梛央が声をそろえる。
「では、行けっ!」
ケイレブの発声とともに梛央とヴァレリラルドは同時に駆け出した。
スタートダッシュに成功した梛央が、肩に届くくらいに伸びた黒髪を靡かせて綺麗なフォームで先行する。
それを必死に追いかけるヴァレリラルド。
「意外に速いな、ナオ様」
「殿下も頑張って」
シアンハウスの夜会以来仲良くなったヴァレリラルドの護衛騎士たちと梛央の護衛騎士たちが遠巻きに、微笑ましく眺めている。
「ナオ様、転ばないでくださいねーっ」
「ナオさまーっ」
アイナとドリーンはもちろん梛央を応援していた。
梛央がリードしたまま、テュコたちのところにあと数メートル、というところで、
「僕の勝……」
「悪いねっナオっ」
勝ちを確信した梛央のすぐ横をヴァレリラルドが駆け抜けて先に到着した。
「勝ったぁぁぁっ!」
両手をあげて勝利を雄たけびをあげるヴァレリラルド。
「負けたぁぁっ」
ヴァレリラルドより少しだけ遅れて到着した梛央は、息を切らしながら悔しがる。
「ナオ様、お速かったですよ」
「かっこよかったですよ、ナオ様」
梛央の健闘をたたえるアイナとドリーン。
「ナオ様がケガがなく走り抜けたことが、うれしいです」
梛央が転ばないか心配していたテュコは胸をなでおろす。
「あぁぁっ、テュコに身長で負けて、ヴァルにかけっこで負けたぁぁっ」
息を切らしながら壮大に落ち込む梛央。
「私は毎日剣の稽古をしているし、体も鍛えてるけど、ナオはこの前まで寝込んでたんだよ。体力が回復してないわりに速かったよ」
「ヴァルに慰められた……」
体力不足は織り込み済み。それでも勝てると思っていた梛央はいろんなことがショックだった。
「うん。勝ちは勝ち、負けは負けだからね。ご褒美はいただくよ。アイナ、ドリーン、頼むね」
「はい」
「逆に恐縮です」
ヴァレリラルドが望んだ褒美とは、今日宿泊する予定の宿まで梛央の馬車に同乗し、代わりにアイナとドリーンがヴァレリラルドの馬車に乗る、というものだった。
「体力つけなくちゃ」
まだ息が整わない梛央に、
「たくさん食べて、適度に運動しましょう。まずはそこからです」
テュコが力強く言った。
梛央に過激な運動は絶対にさせられなかった。
体力のなさを痛感した梛央は昼食に焼かれた肉を積極的に食べていた。
「ナオ様、今日はよくお召し上がりですね」
エンゲルブレクトはカトラリーを持つ手を止めて、その様子を嬉しそうに見ている。
「体力不足を実感したんだ。これからの成長期に向けてタンパク質を積極的に摂らないと、ヴァレリラルドに身長を追い越されるどころか体重も越されちゃう。うん、お肉大事」
自分で言って自分で納得する梛央。
身長はまだ梛央の方が少し高いが、体重はすでに越されていることは誰の目にも明らかだったが、微妙な微笑みだけで追及はしなかった。
「タンパク質がなんなのかよくわからないけど、食べ物で体を作るのは大事だよ。私ももっとお肉を食べるようにしないと」
自分に言い聞かせるヴァレリラルド。
今でも十分にお肉を食べているヴァレリラルドがもっとお肉を食べると……。
「テュコ、僕、そんなにお肉食べられない……。勝てる気がしない」
早速弱音を吐く梛央。
「ナオ様、今日は早めにキースの街に着く予定です。この旅の最後の夜になります。旅の最後の晩餐ですから、豪勢な晩餐にしましょう」
そんな梛央を見ながらエンゲルブレクトが提案した。
「うん」
「森の中を抜ける街道ですが、ここは王都が近いこともあり、第三騎士団が定期的に見回りに来ています。魔獣の報告もありません。安心していいですよ」
「馬車の前にはエンゲルブレクト殿下の護衛騎士が警戒しながら先導していますからね」
エンゲルブレクトとハハトが梛央を安心させるように言った。
96
あなたにおすすめの小説
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
使用人と家族たちが過大評価しすぎて神認定されていた。
ふわりんしず。
BL
ちょっと勘とタイミングがいい主人公と
主人公を崇拝する使用人(人外)達の物語り
狂いに狂ったダンスを踊ろう。
▲▲▲
なんでも許せる方向けの物語り
人外(悪魔)たちが登場予定。モブ殺害あり、人間を悪魔に変える表現あり。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜
小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」
魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で―――
義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!
イケメンな先輩に猫のようだと可愛がられています。
ゆう
BL
八代秋(10月12日)
高校一年生 15歳
美術部
真面目な方
感情が乏しい
普通
独特な絵
短い癖っ毛の黒髪に黒目
七星礼矢(1月1日)
高校三年生 17歳
帰宅部
チャラい
イケメン
広く浅く
主人公に対してストーカー気質
サラサラの黒髪に黒目
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる