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第1部
想定外過ぎた
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しっかりと食べて、しっかりと眠れ。
エンゲルブレクトに言われて、しっかり食事は摂ったものの、梛央のことが心配で眠ることができないヴァレリラルドは、ケイレブとともに騎士棟のホールでサリアンたちの帰りを待っていた。
椅子に座って待っているヴァレリラルドとケイレブのもとに、マフダルがリングダールのぬいぐるみを抱えたオルドジフを伴って現れた。
「オルドジフ、どうして?」
「王都の精霊神殿に王城から連絡がありました。ナオ様が飛竜に攫われたと聞いて居ても立っても居られず。すぐに駆け付けたかったのですが、王城でこれができるのを待っていたらこの時間になりまして」
オルドジフはヴァレリラルドに、両手で抱えているリングダールを指し示す。
「助かる。これはナオの気持ちの拠り所みたいなものなんだ」
飛竜の襲来を阻止して壊れたリングダール2号の代わりが早速来てくれたことに、また梛央がリングダールに埋もれてうっとりした顔になるのを願って、ヴァレリラルドが呟く。
「簡単な状況は聞きましたが、ナオ様の行方の手がかりは? フォルシウスたちはまだ捜索しているのでしょうか」
「現時点での手がかりは、ない。冒険者ギルドに飛竜の目撃情報の収集を依頼している。明日、集まった情報をもとに冒険者ギルドにも依頼を出して大々的な捜索を行う予定にしている。サリーやフォルシウスたちも明日に備えるためにもうすぐ戻ってくるはずだ」
ケイレブが答えた時、外で多数の馬の足音が聞こえた。
「馬の世話をする者たちが厩舎に待機しています。馬を預けてすぐに戻って来ますよ」
マフダルの言う通り、ほどなくサリアンを筆頭にヴァレリラルドの護衛騎士と梛央の護衛騎士がホールに現れた。その顔は一様に疲労に満ちた顔をしている。
外では雨はやんでいたが、風魔法が使える者がいても捜索しながらでは思うように魔法も行き届かず、騎士たちの服は湿っていて、状況と同じく重たくなっていた。
「ご苦労だった。馬の世話は厩舎の者たちに任せて湯で体を温めて食事を摂ってくれ」
ケイレブが労いの言葉をかける。
「ケイレブ、飛竜を見失った。ナオ様が……」
苦しそうな顔をするサリアンの肩をケイレブが抱きしめる。その体は濡れた服のせいで冷え切っており、雨の中を長時間捜しまわった疲労で体と心が限界まで来ていることが伝わってきた。
それは他の護衛騎士も同じだった。
「サリーもみんなも、諦めずに遅くまで頑張ってくれてありがとう。明日こそ必ずナオ様を捜しだそう。だから頭を切り替えて体を温めてこい。そのあとで食事を摂りながら話を聞かせてくれ」
ケイレブに言われて、梛央を敬愛している護衛騎士たちは重い心で頷いた。
「どういうことです。私はナオ様を伴侶にしたいとは言いましたが、フェルウルフの群れやボスフェルや、ましてや飛竜を2頭も呼び、あまつさえ攫わせるとは想定外過ぎです。ナオ様はどこです?」
エンゲルブレクトはバルコニーに向かって話しかける。
その声は、想定外過ぎたせいで少し苛立っていた。
エンゲルブレクトの苛立ちに応えるようにバルコニーに粒子が集まるように影が濃くなり、やがてそこに人影が現れる。
次第に明瞭になるそれは、黒いフード付きのローブ姿の人物だった。
フードを目深にかぶった人物はエンゲルブレクトより小柄だったが、無言で場を支配するような存在感があった。
「私はあなたの存在を厭わない。あなたの存在意義を肯定する者です。ナオ様の居場所を教えてください。ナオ様を伴侶にほしいと言った私の望みをかなえてくださったのでしょう?」
エンゲルブレクトが優しい声音で乞うと、ローブ姿の人物は右手を上げる。
次の瞬間にはローブ姿の人物とエンゲルブレクトは古城ではない、貴族の館の一室と思われる場所にいたが、明かりがないせいで闇に近かった。
ローブ姿の人物がテーブルに手をかざすと、置かれた燭台にほのかに明るい程度の灯りがともる。
「ここは誰の館です?」
全体としてはまだ薄暗い部屋を見回すエンゲルブレクト。
「ソーメルスの砦」
くぐもった声が簡潔に答える。
「始祖王エンロートが建てたソーメルス山の砦ですか」
始祖王エンロートが守護のために王都を挟んで王城と対をなすように建てた砦の名前に、エンゲルブレクトは納得する。
今は使われていないこと、エンロートのはずれの山すそに建てられていること、などでエンゲルブレクトが訪れたことはなかったが、歴史の授業には必ず出てくる有名な山城だった。
昔は騎士が常駐した山城のような建物はいまだに時折管理の手が入るため、エンゲルブレクトがいる部屋は今でも十分に居室としても使えるようだった。
「ナオ様はどこに?」
急かすエンゲルブレクトに、ローブ姿の人物は続き間になっている部屋のドアを開ける。
そこは寝室になっていた。
気持ちばかりの天蓋。さほど大きくはない寝台で梛央は眠っていた。
寝台の横のサイドテーブルの弱い光の中でも美しい寝顔はエンゲルブレクトの目を惹きつけた。
エンゲルブレクトに言われて、しっかり食事は摂ったものの、梛央のことが心配で眠ることができないヴァレリラルドは、ケイレブとともに騎士棟のホールでサリアンたちの帰りを待っていた。
椅子に座って待っているヴァレリラルドとケイレブのもとに、マフダルがリングダールのぬいぐるみを抱えたオルドジフを伴って現れた。
「オルドジフ、どうして?」
「王都の精霊神殿に王城から連絡がありました。ナオ様が飛竜に攫われたと聞いて居ても立っても居られず。すぐに駆け付けたかったのですが、王城でこれができるのを待っていたらこの時間になりまして」
オルドジフはヴァレリラルドに、両手で抱えているリングダールを指し示す。
「助かる。これはナオの気持ちの拠り所みたいなものなんだ」
飛竜の襲来を阻止して壊れたリングダール2号の代わりが早速来てくれたことに、また梛央がリングダールに埋もれてうっとりした顔になるのを願って、ヴァレリラルドが呟く。
「簡単な状況は聞きましたが、ナオ様の行方の手がかりは? フォルシウスたちはまだ捜索しているのでしょうか」
「現時点での手がかりは、ない。冒険者ギルドに飛竜の目撃情報の収集を依頼している。明日、集まった情報をもとに冒険者ギルドにも依頼を出して大々的な捜索を行う予定にしている。サリーやフォルシウスたちも明日に備えるためにもうすぐ戻ってくるはずだ」
ケイレブが答えた時、外で多数の馬の足音が聞こえた。
「馬の世話をする者たちが厩舎に待機しています。馬を預けてすぐに戻って来ますよ」
マフダルの言う通り、ほどなくサリアンを筆頭にヴァレリラルドの護衛騎士と梛央の護衛騎士がホールに現れた。その顔は一様に疲労に満ちた顔をしている。
外では雨はやんでいたが、風魔法が使える者がいても捜索しながらでは思うように魔法も行き届かず、騎士たちの服は湿っていて、状況と同じく重たくなっていた。
「ご苦労だった。馬の世話は厩舎の者たちに任せて湯で体を温めて食事を摂ってくれ」
ケイレブが労いの言葉をかける。
「ケイレブ、飛竜を見失った。ナオ様が……」
苦しそうな顔をするサリアンの肩をケイレブが抱きしめる。その体は濡れた服のせいで冷え切っており、雨の中を長時間捜しまわった疲労で体と心が限界まで来ていることが伝わってきた。
それは他の護衛騎士も同じだった。
「サリーもみんなも、諦めずに遅くまで頑張ってくれてありがとう。明日こそ必ずナオ様を捜しだそう。だから頭を切り替えて体を温めてこい。そのあとで食事を摂りながら話を聞かせてくれ」
ケイレブに言われて、梛央を敬愛している護衛騎士たちは重い心で頷いた。
「どういうことです。私はナオ様を伴侶にしたいとは言いましたが、フェルウルフの群れやボスフェルや、ましてや飛竜を2頭も呼び、あまつさえ攫わせるとは想定外過ぎです。ナオ様はどこです?」
エンゲルブレクトはバルコニーに向かって話しかける。
その声は、想定外過ぎたせいで少し苛立っていた。
エンゲルブレクトの苛立ちに応えるようにバルコニーに粒子が集まるように影が濃くなり、やがてそこに人影が現れる。
次第に明瞭になるそれは、黒いフード付きのローブ姿の人物だった。
フードを目深にかぶった人物はエンゲルブレクトより小柄だったが、無言で場を支配するような存在感があった。
「私はあなたの存在を厭わない。あなたの存在意義を肯定する者です。ナオ様の居場所を教えてください。ナオ様を伴侶にほしいと言った私の望みをかなえてくださったのでしょう?」
エンゲルブレクトが優しい声音で乞うと、ローブ姿の人物は右手を上げる。
次の瞬間にはローブ姿の人物とエンゲルブレクトは古城ではない、貴族の館の一室と思われる場所にいたが、明かりがないせいで闇に近かった。
ローブ姿の人物がテーブルに手をかざすと、置かれた燭台にほのかに明るい程度の灯りがともる。
「ここは誰の館です?」
全体としてはまだ薄暗い部屋を見回すエンゲルブレクト。
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昔は騎士が常駐した山城のような建物はいまだに時折管理の手が入るため、エンゲルブレクトがいる部屋は今でも十分に居室としても使えるようだった。
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