そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

文字の大きさ
197 / 492
第2部

おこ

しおりを挟む
 時間を少し遡って、シーグフリードが早朝にアシェルナオと話をした日の午前。

 すでにウルリクもベルトルドも来ていて、シーグフリードはヴァレリラルドの出勤を待っていた。

 「おはようございます」

 入室してきた人物を迎え入れながら挨拶するミヒルの声で、執務机に向かっていたシーグフリードは扉のほうに顔を向けた。

 「おはよう」

 言いながら入室してきたヴァレリラルドに、

 「おはよう、ラル。要請があった場合の騎士の編成は終わった。指示があるまで待機してもらっている」

 待ちかねていたシーグフリードが報告する。

 「ご苦労だったな」

 「支援物資もいつでも転送できるように準備が済んでいる。それと、事後承諾になるが追加で1人、ラルの側近として招聘することになった」

 「側近? 私の? 誰だ?」

 怪訝な顔をするヴァレリラルド。

 「以前第一騎士団にいたフォルシウスだ」

 「フォルシウス? もう何年も前に第一騎士団をやめて神殿騎士になったと聞いているが」

 懐かしい名前を聞いて、ヴァレリラルドはシーグフリードを見つめる。

 「クランツと結婚したんだ。いまは神殿騎士ではなくフリーで護衛の仕事をしている。クランツからエンロートに魔獣が集結していると聞いて、協力したいと申し出てくれたんだ」

 「クランツと。そうか……」

 梛央の護衛をしていた時はクランツとフォルシウスが2人で組んでいたことを思い出して、ヴァレリラルドは少しの間10年前の頃に意識を向ける。

 梛央の人間性もあってその周囲にはいつも笑顔が溢れ、温かな空気が流れていた。梛央を護ろうと、テュコもアイナ、ドリーン、騎士たちも、みんなが強い絆が結ばれていた。

 その中の2人が結婚していたことを喜ばしく思いながらも、梛央を思うとヴァレリラルドの、胸の奥のいまだに癒えない傷が、激しく疼いた。

 「フォルシウスは騎士としての能力も十分だし、癒し手としても有能だ。常にウルとルドとフォルシウスと一緒にいるんだぞ」

 「要請があれば私は1人の騎士として行く。護衛は不要だ」

 梛央がいないこの世界で、自分だけが大事に護られることが許せなくて、ヴァレリラルドは吐き捨てるように言う。

 「1人の騎士として行けるはずがない。王太子が要請されて魔獣討伐に行く。それは成果をあげて必ず生還するということを意味している。それがわからないようなら行かせられない」

 声は抑えているが、その瞳はシーグフリードにしては珍しく怒気を孕んでいた。

 「ラルは強い。剣じゃ、俺より強いかもしれない。けど、油断や慢心は命取りなんだ。相手が魔獣だろうと、何があるかわからないんだ。万全を期してラルを護りたい。そう思ってるのはシグだけじゃないからな!」

 ウルリクもヒステリックに叫ぶ。

 「ラルが否定しようが、ラルはこの国の次期国王だ。次期国王を1人の騎士と同じと考えるのなら、それはラルの甘ったれた考えで、見当違いだ。むしろ俺たちを何だと思ってる。俺たちの任務は、どんな危険な状況でもラルを護りつつ成果をあげることだ。そのための覚悟を侮るんじゃないぞ」

 体格は立派だが、普段はおとなしいベルトルドも声をあらげる。

 「……すまない」

 梛央に助けられた命だから大切にしないといけない。わかっていても、時折そうすることが辛いことがある。

 けれどもそれを口にすることもできないヴァレリラルドは、小さく謝罪の言葉を呟く。

 「わかればいいけどな。わかれば。俺はヴァルを気にかけつつ魔獣も倒すけどな」

 「ああ、ウルは魔獣な。何体でもいっていいからな」

 ベルトルドはまだ苛ついているウルリクをなだめ、シーグフリードは複雑な気持ちでヴァレリラルドを見つめていた。





 王太子の執務室の扉が開き、ローセボームが顔を出したのは午後のことだった。

 「王太子殿下。先ほど陛下に、マフダルから殿下への応援要請がありました。今から会議の間においで願えませんかな」

 ローセボームの口調は緊迫した状況を感じさせない、穏やかなものだった。

 「それはエンロートに、ケイレブでも手に負えないくらいの魔獣が現れたということだろう? ならば会議の間に行ってる暇など」

 ヴァレリラルドは立ち上がって叫んだが、すぐに思い直して、わかった、と言った。

 王太子が要請されて魔獣討伐に行くことの意味を、今朝シーグフリードに説かれたばかりだからだ。

 自分は自分の使命を全うするだけだ、と、ヴァレリラルドは心の中で決意を新たにする。

 「イヴァン、待機させている騎士たちに出動の連絡を頼む。ミヒル、補給庫の物資を転移陣の間に移してくれ。行こう、ラル」

 シーグフリードに促され、ヴァレリラルドは力強く頷いた。



 
 「ヴァル……」

 ホールの隅で、絨毯の上でリングダールを抱きしめながら、アシェルナオは花弁を耳にあてて小さく呟く。

 思ったよりもヴァレリラルドがエンロートに出発するのが早く、フォルシウスを同行させるのが間に合ったことにほっとしたが、不安は大きかった。

 もしヴァレリラルドに何かあればと思うと、胸の鼓動が激しくなって、指先が震えるアシェルナオだった。
しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

使用人と家族たちが過大評価しすぎて神認定されていた。

ふわりんしず。
BL
ちょっと勘とタイミングがいい主人公と 主人公を崇拝する使用人(人外)達の物語り 狂いに狂ったダンスを踊ろう。 ▲▲▲ なんでも許せる方向けの物語り 人外(悪魔)たちが登場予定。モブ殺害あり、人間を悪魔に変える表現あり。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

イケメンな先輩に猫のようだと可愛がられています。

ゆう
BL
八代秋(10月12日) 高校一年生 15歳 美術部 真面目な方 感情が乏しい 普通 独特な絵 短い癖っ毛の黒髪に黒目 七星礼矢(1月1日) 高校三年生 17歳 帰宅部 チャラい イケメン 広く浅く 主人公に対してストーカー気質 サラサラの黒髪に黒目

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

処理中です...