そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第3部

デビュタント

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 「エルランデル公爵家次男、アシェルナオ・エルランデル様。そのご家族様ご入場です」

 今年デビュタントを迎える最後の1人の名前を文官が告げると、大広間中の人々の視線が扉に向かう。

 扉が開かれて、現れたのは16歳にしては小柄な人物だった。

 小さな造りの相貌は一目で心を掴まれるような美麗なもので、全体的な体の線は細い。

 アッシュグレーの髪をサイドだけ垂らしてカールさせ、残りの髪を複雑に編み込んでシルバーの細いサークレットで飾っている。

 オフホワイトの上衣はノーカラーで丈はふくらはぎまであり、体のラインに沿っていて細く、腰から裾にかけて広がるラインだった。

 袖には切れ込みが入っており、手の動きに合わせて下に来ている白いドレスシャツが覗くようになっている。襟口から胸元、裾までの合わせ部分には銀色で繊細に刺繍が施され、小粒のパールがふんだんに縫い付けられていた。

 ノーカラーの合わせの胸元からは白いドレスシャツの豪勢なフリルが覗いていて、首元には大きなエメラルドのブローチが、家の格式の高さを表して輝いていた。

 長い丈の上衣の下は光沢のある黒いブーツで、上から下まで手を抜くことなく完璧に整えられた稀有な少年は、どこか別の世界から現れたような特別な雰囲気があり、大きな紺色の瞳が広間の全貌を見ようと左右に動くだけで、何かのドラマがここから始まるような期待をもたせた。

 長身のビスク色の髪の美青年にエスコートされた、長い間公爵家の秘匿の花と呼ばれ、ヴェールに包まれてきた公爵家の次男の登場に、長時間デビュタントの開始を待っている者たちの緩んだ空気が一瞬でシンとし、数十年に一度の希代な存在のデビューの瞬間を目にしている高揚感がやがて大広間中に波のように伝わっていった。

 アシェルナオとテュコは注目を集めながら大広間をまっすぐ王座に向かって洗練された足取りで進み、その後に続くオリヴェル、パウラ、シーグフリードも、注目に臆することなく王座に向かった。

 「来た、にたまちゃんだ。おめかしして黙っていると、本当に人形みたいに綺麗だなぁ。見ろよ、ルド。シグ、やっぱりドヤ顔じゃん」

 小声で歓喜の声をあげるウルリク。

 「にたまちゃんはだめだろ」

 小声でウルリクを窘めるベルトルドだが、すました顔のシーグフリードの顔が、仲間内にはドヤ顔とわかる表情をしていることに、頬が緩んでいた。


 

 シャンデリアの光は同じように人々を照らしているはずなのに、アシェルナオの周りだけが明るく煌めいて見えて、ヴァレリラルドは愛する人の登場を息を飲んで見守っていた。

 やがて王座の前に来ると、アシェルナオたちエルランデル公爵家の者たちは、壇上にいる国王をはじめとする王族に向かって臣下の礼を執る。

 「国王陛下、ならびに妃殿下、王族の方々にご挨拶申し上げます。本日社交界にデビューいたしますエルランデル公爵家次男、アシェルナオ・エルランデルと申します。本日はデビュタントを開催していていただき、ありがとうございます」

 公爵家の子息らしく流れるように挨拶をするアシェルナオに、もう噛まないのか、と少し寂しくなったのはテュコだけではなかった。

 「デビューおめでとう。そなたが社交界で実りのある楽しい時間を持てることを願っている」

 旧知の仲ではあるが、ここでは初対面のふりをしなくてはいけないため、ベルンハルドもあらたまった声をだす。

 「オリヴェル。嫡男に続き、よい子を持ちましたね」

 テレーシアに声を掛けられ、

 「私たち夫婦は良き子に恵まれました。これも精霊のお導きでしょう」

 特にアシェルナオは女神の神託で授かった子供で、オリヴェルは頭を下げたまま言葉を向ける。

 アシェルナオは少しだけ顔をあげてヴァレリラルドを見上げ、ヴァレリラルドもまた、優しい眼差しでアシェルナオを見つめる。

 言葉にはできないが、アシェルナオの装いを褒め、デビュタントの祝いを視線にこめていた。

 アシェルナオは笑顔を浮かべてその思いを受け取る。

 やがて公爵家が挨拶を終え、少し下がった位置に場所を移すと、いよいよデビュタントの開始だった。

 ベルンハルドがテレーシアの手を取って立ち上がり、社交界デビューを迎える貴族の子女と、その家族の前に立つ。

 「今宵、社交界にデビューする子らを祝福し、みなが楽しいひと時を過ごしてくれることを願う」

 国王ベルンハルドの挨拶でダンスのための音楽が鳴りだす。

 音楽を合図に家族の者たちは壁際へ場所を移し、そのあとにはデビューを迎えた者と、それをエスコートしてきた者が残った。

 上位貴族にはゆっくりと座って観られるように上質な椅子や長椅子、テーブルが用意されていて、エルランデル公爵家は最も王座に近い場所にそれが設けてあった。

 「テュコ、これからも僕の侍従でいてくれる?」

 オリヴェルたちが席に着いたのを確認すると、アシェルナオは右手を差し出し、テュコの腕に手を添える。

 「仰せのままに、ご主人様」

 その手を取り、アシェルナオの細い腰に手をあてるテュコ。

 すっと、音楽に身を任せるようにステップを踏む2人を、壁際の観客たちも、踊っている者たちも、目で追う。

 美しい姿勢で繰り出される流れるようなステップに、大広間中が釘付けになっていた。
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