そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

文字の大きさ
291 / 492
第3部

一陣の風

しおりを挟む
 
 エンゲルブレクトが足を止め、中庭を見ていた。

 ドレイシュがエンゲルブレクトの視線の先を辿ると、そこにはスヴェンがいた。

 スヴェンがいるということは、近くにアシェルナオがいるということだった。

 「エンゲルブレクト殿下、立ち止まっては生徒の往来の妨げになります。文官科棟をご覧になるのでしょう?」

 ドレイシュが先を促す。

 「あの生徒は・・・」

 だが、記憶の中に面影の主をさがすエンゲルブレクトは、ドレイシュの思いとは裏腹にその場にとどまっていた。

 「殿下、生徒の妨げになっていますので」

 ドレイシュが苛立ちを隠せずに言ったとき、一陣の風が吹いた。






 スヴェンの背中で震えるアシェルナオの周りを、精霊たちが心配そうに囲んでいた。

 『ナオ、どうした?』

 『ナオ、怖がってる』

 『よくないのがいる』

 『よくないよくない』

 『大丈夫、僕たちがいるよ』

 ぐりが風を起こし、その風にちゃーが砂ぼこりを乗せる。

 みっちーが雨を降らせ、ひぃとぴかはアシェルナオのマントの下に隠れた。

 ふいに砂ぼこりまじりの強風が吹き、生徒たちは髪や目を押さえる。続いて降り出した雨に、

 「みんな、フードをかぶりなさい」

 急いで中庭に来たブロームが、周りにいる生徒たちに声をかける。

 スヴェンもマントのフードをかぶり、背中にいるアシェルナオにもフードをかぶせた。



 


 突然の砂ぼこり混じりの強風に、エンゲルブレクトも手で目を覆った。

 じきに雨も地面に打ち付けるように降り出し、回廊の屋根の下にいても雨が降りかかった。

 ドレイシュは目を覆いながらも、雨の降り出した中庭にブロームが飛び出してきたのを見つけた。

 「みんな、フードをかぶりなさい」

 ブロームの声掛けで、中庭にいた生徒や、回廊を歩いていた生徒も、風雨を避けるためにマントのフードをかぶる。

 瞬く間にみながすっぽりとフードをかぶり、誰かれの判別がつかなくなった。

 ドレイシュは安堵して、エンゲルブレクトを促して文官科棟に向かった。





 中庭にいた生徒たちを回廊に非難させたブロームだが、その中にスヴェンとアシェルナオの姿も混じっていた。

 「大丈夫ですか?」

 マントのフードをかぶったままのアシェルナオに、ブロームが声をかける。

 「うん……」

 小さく返事をするアシェルナオは顔色が悪く、ブロームはスヴェンを見やる。

 「スヴェン、私はナオ様と一緒に公爵家に帰ります。ハルネスたちに伝えてください」

 「わかりました。アシェルナオ、お大事にな」

 「うん、ありがとう」

 アシェルナオはスヴェンに手を振ると、ブロームに付き添われてテュコの待つ馬車寄せに向かった。
 





 その夜。

 エンゲルブレクトは黒いローブのフードを深くかぶり、シルヴマルク王国の南部にある、栄えた都市の花街を歩いていた。

 「旦那、うちはいい子が揃ってますよ。好みは女ですか? 男ですか?」

 客引きの男が、質のいいローブを身に纏っているエンゲルブレクトを上客だと目をつける。

 「女はいらない。すれた男娼もいらない。下働きでもいい。年若い男はいるか」

 「男娼ですが、ちょうど今日仕入れたばかりの子がいますがね。初めてですから値が張りますぜ」

 「金ならある」

 エンゲルブレクトはマントから手をだして男の手に金貨を数枚落とす。

 「では、こちらへ」

 代金に満足した男はエンゲルブレクトを娼館の中に案内した。

 案内された一室で待っていたエンゲルブレクトのもとに訪れたのは、娼館に売られるだけあって綺麗な顔立ちをしている17、8歳の少年だった。

 「あの……僕……」

 娼館に売られたことはわかっているが、まだ気持ちが追いついていない、まだ体を売ることの覚悟もできていない少年は、何を言っていいのかわからずに泣きそうな顔をしていた。

 「大丈夫。怖がることはない」

 男の落ち着いた声音を聞いて少しだけ緊張と動揺が収まった少年に、

 「怖いと言う感情も、もう持たなくていいんだ」

 そう言うとエンゲルブレクトは、右手で少年の髪を掴み、左手で金細工のナイフを何もない空間にふりおろすと、できた空間の裂け目に少年を引きずりながら入った。

 もう一度ナイフを下ろして空間から出ると、そこは真っ暗なエンゲルブレクトの部屋だった。

 「なに、ここ、どこ。何が」

 言われた意味も、いきなり別の場所に来てしまったことも、まったく理解ができずに激しく取り乱している少年の髪を掴んだまま、エンゲルブレクトは何も答えずに寝台に向かって歩く。

 寝台の前までくると少年は、やはり情欲の対象にされるのだと知り、髪を掴むエンゲルブレクトの手を押しのけ、逃げようと身を返した。

 「活きがいいのは、嫌いだ」

 言いながら、エンゲルブレクトは寝台の横の剣を取ると、逃げようとする少年の背中を斬り裂いた。

 悲鳴をあげる暇もなく絨毯に倒れこむ少年の足首を握って、寝台まで引きずる。

 すでに動かなくなった少年を寝台に乗せ、その顔を覗き込む。

 「王立学園の生徒は可愛い子がたくさんいた。あのどこかにヴァレリラルドの婚約者がいるのか確かめたかったが……楽しみはまた後に取っておこう」

 そう呟くと、少年の服を剣先に引っ掛けて引き裂いた。
 
 
しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

使用人と家族たちが過大評価しすぎて神認定されていた。

ふわりんしず。
BL
ちょっと勘とタイミングがいい主人公と 主人公を崇拝する使用人(人外)達の物語り 狂いに狂ったダンスを踊ろう。 ▲▲▲ なんでも許せる方向けの物語り 人外(悪魔)たちが登場予定。モブ殺害あり、人間を悪魔に変える表現あり。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

処理中です...