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第3部
一陣の風
しおりを挟むエンゲルブレクトが足を止め、中庭を見ていた。
ドレイシュがエンゲルブレクトの視線の先を辿ると、そこにはスヴェンがいた。
スヴェンがいるということは、近くにアシェルナオがいるということだった。
「エンゲルブレクト殿下、立ち止まっては生徒の往来の妨げになります。文官科棟をご覧になるのでしょう?」
ドレイシュが先を促す。
「あの生徒は・・・」
だが、記憶の中に面影の主をさがすエンゲルブレクトは、ドレイシュの思いとは裏腹にその場にとどまっていた。
「殿下、生徒の妨げになっていますので」
ドレイシュが苛立ちを隠せずに言ったとき、一陣の風が吹いた。
スヴェンの背中で震えるアシェルナオの周りを、精霊たちが心配そうに囲んでいた。
『ナオ、どうした?』
『ナオ、怖がってる』
『よくないのがいる』
『よくないよくない』
『大丈夫、僕たちがいるよ』
ぐりが風を起こし、その風にちゃーが砂ぼこりを乗せる。
みっちーが雨を降らせ、ひぃとぴかはアシェルナオのマントの下に隠れた。
ふいに砂ぼこりまじりの強風が吹き、生徒たちは髪や目を押さえる。続いて降り出した雨に、
「みんな、フードをかぶりなさい」
急いで中庭に来たブロームが、周りにいる生徒たちに声をかける。
スヴェンもマントのフードをかぶり、背中にいるアシェルナオにもフードをかぶせた。
突然の砂ぼこり混じりの強風に、エンゲルブレクトも手で目を覆った。
じきに雨も地面に打ち付けるように降り出し、回廊の屋根の下にいても雨が降りかかった。
ドレイシュは目を覆いながらも、雨の降り出した中庭にブロームが飛び出してきたのを見つけた。
「みんな、フードをかぶりなさい」
ブロームの声掛けで、中庭にいた生徒や、回廊を歩いていた生徒も、風雨を避けるためにマントのフードをかぶる。
瞬く間にみながすっぽりとフードをかぶり、誰かれの判別がつかなくなった。
ドレイシュは安堵して、エンゲルブレクトを促して文官科棟に向かった。
中庭にいた生徒たちを回廊に非難させたブロームだが、その中にスヴェンとアシェルナオの姿も混じっていた。
「大丈夫ですか?」
マントのフードをかぶったままのアシェルナオに、ブロームが声をかける。
「うん……」
小さく返事をするアシェルナオは顔色が悪く、ブロームはスヴェンを見やる。
「スヴェン、私はナオ様と一緒に公爵家に帰ります。ハルネスたちに伝えてください」
「わかりました。アシェルナオ、お大事にな」
「うん、ありがとう」
アシェルナオはスヴェンに手を振ると、ブロームに付き添われてテュコの待つ馬車寄せに向かった。
その夜。
エンゲルブレクトは黒いローブのフードを深くかぶり、シルヴマルク王国の南部にある、栄えた都市の花街を歩いていた。
「旦那、うちはいい子が揃ってますよ。好みは女ですか? 男ですか?」
客引きの男が、質のいいローブを身に纏っているエンゲルブレクトを上客だと目をつける。
「女はいらない。すれた男娼もいらない。下働きでもいい。年若い男はいるか」
「男娼ですが、ちょうど今日仕入れたばかりの子がいますがね。初めてですから値が張りますぜ」
「金ならある」
エンゲルブレクトはマントから手をだして男の手に金貨を数枚落とす。
「では、こちらへ」
代金に満足した男はエンゲルブレクトを娼館の中に案内した。
案内された一室で待っていたエンゲルブレクトのもとに訪れたのは、娼館に売られるだけあって綺麗な顔立ちをしている17、8歳の少年だった。
「あの……僕……」
娼館に売られたことはわかっているが、まだ気持ちが追いついていない、まだ体を売ることの覚悟もできていない少年は、何を言っていいのかわからずに泣きそうな顔をしていた。
「大丈夫。怖がることはない」
男の落ち着いた声音を聞いて少しだけ緊張と動揺が収まった少年に、
「怖いと言う感情も、もう持たなくていいんだ」
そう言うとエンゲルブレクトは、右手で少年の髪を掴み、左手で金細工のナイフを何もない空間にふりおろすと、できた空間の裂け目に少年を引きずりながら入った。
もう一度ナイフを下ろして空間から出ると、そこは真っ暗なエンゲルブレクトの部屋だった。
「なに、ここ、どこ。何が」
言われた意味も、いきなり別の場所に来てしまったことも、まったく理解ができずに激しく取り乱している少年の髪を掴んだまま、エンゲルブレクトは何も答えずに寝台に向かって歩く。
寝台の前までくると少年は、やはり情欲の対象にされるのだと知り、髪を掴むエンゲルブレクトの手を押しのけ、逃げようと身を返した。
「活きがいいのは、嫌いだ」
言いながら、エンゲルブレクトは寝台の横の剣を取ると、逃げようとする少年の背中を斬り裂いた。
悲鳴をあげる暇もなく絨毯に倒れこむ少年の足首を握って、寝台まで引きずる。
すでに動かなくなった少年を寝台に乗せ、その顔を覗き込む。
「王立学園の生徒は可愛い子がたくさんいた。あのどこかにヴァレリラルドの婚約者がいるのか確かめたかったが……楽しみはまた後に取っておこう」
そう呟くと、少年の服を剣先に引っ掛けて引き裂いた。
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