そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

生まれる前からの付き合いです

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 イーハは瞠目して目の前の美しい少年を見つめる。

 「ナオ様は能天気なところがあり、時折頭の痛い言動をされることもありますが、人の機微には聡いお方です」

 ちょっとした意趣返しを込めつつ、テュコはイーハに作り笑いを浮かべて見せる。

 「……アシェルナオ様には敵いませんね。レンッケリ様にはいくつかの不正の疑惑がありました。そのうちの1つは娼館の利益を着服しているというものですが、他にもファブリックを市場価格よりも安い金額で買い叩いて他領に高く売り、利益を着服しているというもの。織物職人ごとに独自の意匠を持っているのですが、その偽物を作らせて他領で高額で販売させたり、林業の資本である山の所有権を強引に取得したり。先代の領主に比べればまだましではあるものの、先王からの改革の波に勇気をもらった各組合長から、先代のギルドマスターであった父に領主に直談判してほしいとの要望があがりました。各組合長とは長年の付き合いもあり、要望を受けて父はレンッケリ様に直接交渉することにしました」

 イーハは静かに言葉を紡ぐ。

 「それで、どうだったの?」

 「……領主に直談判に行ったはずの父の乗った馬車は、ラウフラージアの谷底で発見されました。3年前のことです」

 「え……」

 淡々と話すイーハの物腰と話の内容のギャップに、アシェルナオは言葉を詰まらせる。

 「レンッケリ様は、父は以前からラウフラージアの娼館に出入りしていたからその帰りに事故に遭ったのだろうと言いました。当時、父は私には何も言わずに一人で動いていましたから、私は父が娼館に通う意味を汚らわしいものとして捉えてしまいました。父に裏切られたと信じ、その死を素直に受け入れることができないでいた私を不憫に思い、レンッケリ様は私を後任の商人ギルドマスターに任命してくださいました。……私はレンッケリ様の温情に感謝していたのです。1年前に父の日記ですべてを知るまでは」

 馬車の中に沈黙が落ちる。

 「父の日記にはことの詳細が書いてありました。日記の最後のページには、これからラウフラージアの娼館にいるレンッケリ様に直談判に行くと。……父の馬車が谷底に落ちたのは事故だったのか、レンッケリ様の仕組んだことだったのか。父の日記を読んだ私のするべきことは、すぐに真実を追求することだったのでしょうが、何も知らずに過ごしていた2年間の重みが大きすぎて……。私は商人ギルドマスターではありますが、貴族として領主の傘下にいるのですから」

 レンッケリの悪事に加担させられたような罪悪感で、イーハは俯いた。

 「その2年間の重みが大きいのなら、その2年間を引きずって何十年も生きる重みは大きくないの?」

 首を傾げるアシェルナオの言葉に、

 「え?」

 イーハの瞳が大きくなる。

 「さっき、僕のことを貴族の枠に囚われないって言ってたけど、イーハは囚われすぎだよ。貴族の前に、家族だよ? イーハのお父さんの真実を突き止める権利はイーハにしかないんじゃない? それに、『ごめんなさい』は、いつでも言えるんだよ。死んでからでも言えた僕が保証するよ?」

 見た目より過酷な運命を生きているアシェルナオは、だが言葉とは裏腹にふわりとした笑みを浮かべて言った。
 
 ヴァレリラルドを庇って命を落とす前に晃成にごめんなさいを言えたことは、思い出すと胸に痛みを覚えるが、同時に強くて温かい絆を呼び起こすのだ。

 「前メルカの商人ギルドマスターには敬意と弔意を。けれどイーハ殿には同情しこそすれ共感はいたしませんね。自分の生き方を迷っている危うさに、うちのナオ様を巻き込まないでいただきたい」

 美しい若者のテュコから冷たいともとれる威圧した言葉が放たれる。

 「私の気のせいかもしれませんが、イーハ殿の言葉には貴族である誇りしか感じられません。お父上のことは残念だと思いますが。ラウフラージアに着いてからも、ナオ様のことは護衛騎士の誇りにかけて私たちがお護りするのでご心配は無用です」

 現在は神殿騎士に名を連ねるフォルシウスは、第一騎士団にいる時ほどは第一線に出る機会は少ないが、以前と変わらぬ研鑽を積んでいる自負はあった。

 イーハは、ふぅ、と小さく息を吐く。そして大きく息を吸った。

 そこには何かを吹っ切った清々しさが感じられた。

 「皆様のお言葉に目が覚めた思いです。私は見たくないものから目を背けて、貴族だから領主に逆らえないのは仕方がないと、ずっと自分に言い訳をしてきたんですね……。ギルマスの職についてからも、ギルドの者から一歩引いた接し方しかされないのは、私の本性が見抜かれているからでしょう……。アシェルナオ様の周りの方はみな、アシェルナオ様を心から敬愛していらっしゃいますね。羨ましいです」

 自分の周りにもそういう者がいたならば、とイーハはテュコとフォルシウスを視界におさめる。

 「みんな、僕が信頼している人たちだよ。それにテュコもフォルも、生まれる前からの付き合いなんだ」

 アシェルナオは胸を張って答えた。
 
 「キューイ」
 
 数日の付き合いのふよりんも胸を張った。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。
 
 うちの職場はヤバいですが、暑さもヤバいです。8時半からしか冷房をいれてくれないので、8時半の室温は31度です。
 だからといって執務中の室温が28度を下回ることはありません。
 ブラックのくせにお上に逆らえないなんて…

 酷暑な毎日ですが、みなさまどうか熱中症にはお気をつけくださいませ。
 
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