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第4部
ドンマイ、スヴェン
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「ヨリック殿」
イーハは顔見知りであるヨリックに歩み寄る。
「イーハ殿、愛し子様をお連れいただき感謝します」
若き商人ギルドのギルドマスターに、ヨリックは儀礼的に頭を下げる。
「アシェルナオ様の護衛騎士たちのおかげで問題なくお連れすることができましたが、愛し子様であり王太子妃になられる方の道程の警護が御付きの護衛騎士の方だけというのは、あまりに警護が手薄ではありませんか?」
領騎士たちがアシェルナオの警護に加わらなかったことをずっと不満に思っていたイーハは、領騎士団長を見ると抗議せずにいられなかった。
「いえ、イーハ殿。領騎士の方々は護衛として同行はしませんでしたが、要所要所に警護のための人員を配置していましたよ」
アダルベルトが言うと、
「木や岩の陰に潜まれていたようですが、途中三ヶ所ですね」
ハヴェルも頷き、
「4人ずつ。通過すると一定の距離を保ってついてきていましたからね、後半はかなり余裕を持った護衛の人員配置になっていましたよ」
キナクも話に加わる。
「俺は気づかなかった。くそっ」
警護されていたこと、通過してからは距離を置いて追尾されていたことに気づいていなかったスヴェンが悔しそうに言った。
「ドンマイ、スヴェン」
「キュッキュー」
「気配を感じるのは経験と、神経を研ぎ澄ます訓練ですよ」
アシェルナオ、ふよりん、キナクが慰める。
「そうでしたか。差し出口でした」
知らなかったこととはいえ、言い募ってしまったイーハは素直に頭を下げる。
「いいえ、きっとイーハ殿はメルカからここまで、道中に何かあったらと不安だったでしょう。一言伝えておけばよかったのですが、レンッケリ様からはここで待つだけでよいと言われていたものですから表立って動くことができず、申し訳ありません」
ヨリックが頭を下げているところに、後方で警護に当たっていた騎士たち、従士たちが戻ってきた。
騎士たちは馬を降りるとアシェルナオの前に進み出て臣下の礼を執る。
「アシェルナオ様、彼らは領騎士のユドークス、フィリベルト、クィンテンです。小隊を率いて警護にあたっていた者です」
ヨリックが紹介すると、
「道中の警護、ありがとう」
アシェルナオは彼らにペコリと頭を下げる。
「はっ、ありがたきお言葉です」
「遠くから愛し子様が雪と戯れるお姿を拝見しました。この任務についてよかったです」
フィリベルトが顔をあげてにっこり笑う。
「雪合戦、僕のチームが勝ったよ」
アシェルナオもにっこり笑って報告すると、フィリベルトをはじめ道中の警護にあたっていた騎士たちもアシェルナオの虜になっていた。
「それで、浄化すべき源泉というのは?」
テュコが話を進める。
「私がご案内します。私はこのクアハウスの館長を務めておりますカスペルと申します」
すいっ、と前に進み出たのは白髪の長身痩躯の紳士だった。
「そこはここから近いのでしょうか?」
「この裏手を下って行ったところにあります。本来なら地中深くからコバルトブルーの源泉が湧き出ているのですが、瘴気で黒く覆われています。源泉はクアハウスをはじめいくつかの施設に引いているのですが、そこからも黒い瘴気が出てきたために今は栓を止めている状況です。他の温泉施設もですが、特にこのクアハウスは湯治客が多く、この数日湯治をすることができずに困っております。どうか瘴気を祓って以前のように源泉が出るようにお願いします」
カスペルがアシェルナオに深く頭を下げる。
「では、フィリベルトたち警護組が先行するように。その後ろから我らの半数と愛し子様、その護衛の方々。我らの残り半数は降り口周辺の警護にあたってくれ」
ヨリックが指示を出し、
「今日は俺たちを酷使しすぎではないですか?」
フィリベルトが小声で抗議する。
「愛し子様と直接話をした光栄な騎士には率先して働いてもらわねばな」
笑顔のヨリックに言われて、納得せざるを得ないフィリベルトは警護組と一緒にカスペルの案内で進んでいった。
「ナオ様、お気をつけて」
「ナオ様、しっかり」
アイナとドリーンに見送られ、アシェルナオは2人に手を振りながら瘴気の発生しているという源泉に向かった。
大人が3人並んで歩ける幅の階段を、アシェルナオはテュコに手を引かれて降りていく。
階段は次第に谷底に向かっていて、まだ日が高いというのに途中の樹木の陰になっていて薄暗かった。
「テュコ、転ばないようにね?」
慎重に階段を下りながら、アシェルナオはテュコを気遣う。
「私を幾つだとお思いで? 私はナオ様が転ばないように手をつないでいますよ」
最初に出会った時にお兄さん風を吹かせていたことが抜けきれないアシェルナオに、テュコが苦笑する。
「うん、僕も転ばないように気を付けるね。スヴェンも気を付けて」
「ああ。ありがとう」
アシェルナオに声をかけられたスヴェンは、くすぐったい思いで応えた。
やがて先頭を行くフィリベルトたちが先の様子を確認しながら、安全を確保しながら広い場所に出ると、横に広がってアシェルナオたちを待ちかまえる。
「どうした?」
ヨリックがフィリベルトに報告を促す。
「階段はまだ続いていますが、途中で瘴気にのまれています。ここから先は危険です」
「わかった。アシェルナオ様、この先は瘴気が涌いています。ここからの浄化をお願いできますでしょうか」
ヨリックはアシェルナオを振り向いて頭を下げる。
「えーと、うーん。いいよ?」
貴族の嗜みとして一度考える振りをしながら、アシェルナオはテュコのエスコートで転落防止のための柵の手前まで歩く。
「ナオ様、あまり柵に近づいてはいけませんよ。柵が壊れているかもしれませんから。身を乗り出してもだめですよ」
今は護衛騎士としてではなく、成長をずっと見守ってきた侍従としてテュコが声をかける。
「はーい」
アシェルナオは素直に返事をすると、ちょっとだけ眼下を見下ろす。
階段はこの先も続いているのだが、途中で黒い瘴気に呑み込まれていた。
アシェルナオはコバルトブルーの源泉を思い浮かべながら瞳を閉じる。
深き地の底より 涌き出る源泉
コバルトブルーの命の湯
瘴気に押されて今は枯れているけれど
その輝き、いま再び取り戻せ
山あいの里に 湧き出る源泉
コバルトブルーの命の湯
希望の光が地上に溢れでるように
その輝き、癒しの力よ蘇れ
泉の精霊、森の精霊、今こそその時
湧き出る湯に喜びの歌を
祝福の歌よ、山々に響け
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
暑くて溶けそうですが、まだ8月にもなっていないのですよね・・・((((;゚Д゚))))
イーハは顔見知りであるヨリックに歩み寄る。
「イーハ殿、愛し子様をお連れいただき感謝します」
若き商人ギルドのギルドマスターに、ヨリックは儀礼的に頭を下げる。
「アシェルナオ様の護衛騎士たちのおかげで問題なくお連れすることができましたが、愛し子様であり王太子妃になられる方の道程の警護が御付きの護衛騎士の方だけというのは、あまりに警護が手薄ではありませんか?」
領騎士たちがアシェルナオの警護に加わらなかったことをずっと不満に思っていたイーハは、領騎士団長を見ると抗議せずにいられなかった。
「いえ、イーハ殿。領騎士の方々は護衛として同行はしませんでしたが、要所要所に警護のための人員を配置していましたよ」
アダルベルトが言うと、
「木や岩の陰に潜まれていたようですが、途中三ヶ所ですね」
ハヴェルも頷き、
「4人ずつ。通過すると一定の距離を保ってついてきていましたからね、後半はかなり余裕を持った護衛の人員配置になっていましたよ」
キナクも話に加わる。
「俺は気づかなかった。くそっ」
警護されていたこと、通過してからは距離を置いて追尾されていたことに気づいていなかったスヴェンが悔しそうに言った。
「ドンマイ、スヴェン」
「キュッキュー」
「気配を感じるのは経験と、神経を研ぎ澄ます訓練ですよ」
アシェルナオ、ふよりん、キナクが慰める。
「そうでしたか。差し出口でした」
知らなかったこととはいえ、言い募ってしまったイーハは素直に頭を下げる。
「いいえ、きっとイーハ殿はメルカからここまで、道中に何かあったらと不安だったでしょう。一言伝えておけばよかったのですが、レンッケリ様からはここで待つだけでよいと言われていたものですから表立って動くことができず、申し訳ありません」
ヨリックが頭を下げているところに、後方で警護に当たっていた騎士たち、従士たちが戻ってきた。
騎士たちは馬を降りるとアシェルナオの前に進み出て臣下の礼を執る。
「アシェルナオ様、彼らは領騎士のユドークス、フィリベルト、クィンテンです。小隊を率いて警護にあたっていた者です」
ヨリックが紹介すると、
「道中の警護、ありがとう」
アシェルナオは彼らにペコリと頭を下げる。
「はっ、ありがたきお言葉です」
「遠くから愛し子様が雪と戯れるお姿を拝見しました。この任務についてよかったです」
フィリベルトが顔をあげてにっこり笑う。
「雪合戦、僕のチームが勝ったよ」
アシェルナオもにっこり笑って報告すると、フィリベルトをはじめ道中の警護にあたっていた騎士たちもアシェルナオの虜になっていた。
「それで、浄化すべき源泉というのは?」
テュコが話を進める。
「私がご案内します。私はこのクアハウスの館長を務めておりますカスペルと申します」
すいっ、と前に進み出たのは白髪の長身痩躯の紳士だった。
「そこはここから近いのでしょうか?」
「この裏手を下って行ったところにあります。本来なら地中深くからコバルトブルーの源泉が湧き出ているのですが、瘴気で黒く覆われています。源泉はクアハウスをはじめいくつかの施設に引いているのですが、そこからも黒い瘴気が出てきたために今は栓を止めている状況です。他の温泉施設もですが、特にこのクアハウスは湯治客が多く、この数日湯治をすることができずに困っております。どうか瘴気を祓って以前のように源泉が出るようにお願いします」
カスペルがアシェルナオに深く頭を下げる。
「では、フィリベルトたち警護組が先行するように。その後ろから我らの半数と愛し子様、その護衛の方々。我らの残り半数は降り口周辺の警護にあたってくれ」
ヨリックが指示を出し、
「今日は俺たちを酷使しすぎではないですか?」
フィリベルトが小声で抗議する。
「愛し子様と直接話をした光栄な騎士には率先して働いてもらわねばな」
笑顔のヨリックに言われて、納得せざるを得ないフィリベルトは警護組と一緒にカスペルの案内で進んでいった。
「ナオ様、お気をつけて」
「ナオ様、しっかり」
アイナとドリーンに見送られ、アシェルナオは2人に手を振りながら瘴気の発生しているという源泉に向かった。
大人が3人並んで歩ける幅の階段を、アシェルナオはテュコに手を引かれて降りていく。
階段は次第に谷底に向かっていて、まだ日が高いというのに途中の樹木の陰になっていて薄暗かった。
「テュコ、転ばないようにね?」
慎重に階段を下りながら、アシェルナオはテュコを気遣う。
「私を幾つだとお思いで? 私はナオ様が転ばないように手をつないでいますよ」
最初に出会った時にお兄さん風を吹かせていたことが抜けきれないアシェルナオに、テュコが苦笑する。
「うん、僕も転ばないように気を付けるね。スヴェンも気を付けて」
「ああ。ありがとう」
アシェルナオに声をかけられたスヴェンは、くすぐったい思いで応えた。
やがて先頭を行くフィリベルトたちが先の様子を確認しながら、安全を確保しながら広い場所に出ると、横に広がってアシェルナオたちを待ちかまえる。
「どうした?」
ヨリックがフィリベルトに報告を促す。
「階段はまだ続いていますが、途中で瘴気にのまれています。ここから先は危険です」
「わかった。アシェルナオ様、この先は瘴気が涌いています。ここからの浄化をお願いできますでしょうか」
ヨリックはアシェルナオを振り向いて頭を下げる。
「えーと、うーん。いいよ?」
貴族の嗜みとして一度考える振りをしながら、アシェルナオはテュコのエスコートで転落防止のための柵の手前まで歩く。
「ナオ様、あまり柵に近づいてはいけませんよ。柵が壊れているかもしれませんから。身を乗り出してもだめですよ」
今は護衛騎士としてではなく、成長をずっと見守ってきた侍従としてテュコが声をかける。
「はーい」
アシェルナオは素直に返事をすると、ちょっとだけ眼下を見下ろす。
階段はこの先も続いているのだが、途中で黒い瘴気に呑み込まれていた。
アシェルナオはコバルトブルーの源泉を思い浮かべながら瞳を閉じる。
深き地の底より 涌き出る源泉
コバルトブルーの命の湯
瘴気に押されて今は枯れているけれど
その輝き、いま再び取り戻せ
山あいの里に 湧き出る源泉
コバルトブルーの命の湯
希望の光が地上に溢れでるように
その輝き、癒しの力よ蘇れ
泉の精霊、森の精霊、今こそその時
湧き出る湯に喜びの歌を
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