そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

グルグルは涙が出るよ

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 キュビエ領内の精霊神殿を統括するだけあって、神殿内は開放的で広い空間が広がっていた。

 柱廊で囲まれた中庭には陽がさんさんと降り注ぎ、常緑樹の緑の葉を照らしている。

 それを横目に見ながら通路を進み、突き当たりの扉が開かれる。そこは礼拝堂の祭壇につながる扉だった。

 中に入ると、祭壇にはステンドグラスを背負うように女神像が設置されているが、その足元には半円形の石枠があった。

 その中にはアシェルナオの腰の高さの何かの造形物があるようだが、全体を魔法陣の描かれたシートで覆われていた。

 「池? 噴水?」

 アシェルナオは首を傾げる。

 「地下から湧き出る清らかな水を溜めておく水盤です。愛し子様の婚約式の日に水が止まり、かわりに瘴気があがってきました。結界を張り、我ら神殿に仕える者たちで祈ってはいるのですが、浄化するには及ばず、愛し子様のお越しを願った次第です」

 「礼拝堂に瘴気が出たのなら、神殿のお仕事に支障をきたしたんじゃない?」

 アッペルの説明に、アシェルナオは疑問を口にした。

 「瘴気は結界で制御できておりますので、多少は支障もありましたが、大きな障りはありませんでした」

 「でも、精霊神殿の、女神像の前の水盤は、この領民にとっての精霊信仰の象徴みたいなものでしょう? 神殿の人たちに支障がなくても、領民を不安にさせたよね」

 アシェルナオの言葉は神殿の者たちを責めるものではなく、余裕をもった日程でしか浄化できていない自分を責めるものだった。

 「ナオ様、立て続けに浄化を行ってナオ様が倒れることこそが、各地の浄化を遅れさせることになります。ここの瘴気の障りがなかったのは、ナオ様が精霊の泉を浄化し、各地の浄化をしたからこその結果でもあるんですよ」

 大勢の前だから、オルドジフは他人行儀にアシェルナオに説く。

 「その通りです。不安に思った領民もいるでしょうが、愛し子様が浄化にいらしてくださり、水盤がもとの清らかな水を湛える水盤に戻れば、その不安はあとかたもなく消え去りますとも」

 アッペルも、アシェルナオに申し訳なさそうな顔をさせることこそが申し訳なくて、おろおろする。

 「愛し子はできることを、背一杯やっておる。ありがたいことじゃ。すまんがここの浄化も頼むよ」

 グルンドライストのいたわりの言葉に、アシェルナオは小さく頷く。

 「騎士たち、シートをはずせ。愛し子様、少し離れたところからお願いします」

 アッペルの指示を受けて神殿騎士が数人がかりで慎重にシートを取り除くと、繊細な模様が彫金された金属製の水盤が現れた。が、全体が黒い靄で覆われていた。

 神官たちも思わず後ずさりをする中、アシェルナオは一歩前に進み出る。
 


  ゆたかな水に 精霊のよろこびを

  おどれ かぜ まえ はなよ

  ふりそそぐ日のひかり

  てらせやみを いのちあるかぎり


  いとしい子らに 精霊のしゅくふくを

  うたえ とり ゆけ くもよ

  ひびけ我らの祈り

  みちびけあすを いのちあるかぎり



 

 「今日はご苦労じゃったのう。おかげで瘴気を祓うことができた。ありがとう」

 王都の中央統括神殿の転移陣の間に戻ってくると、グルンドライストはオルドジフに抱っこされているアシェルナオに頭を下げる。

 「グルグル、頭さげちゃだめ。僕は僕にできることをしただけだよ?」

 「愛し子が良い子で、グルグルは涙が出るよ」

 グルンドライストは頭を上げると、涙が出ると言いながらにっこりと笑う。

 「グルンドライスト様。私はナオを見送ってまいります」

 今日はずっとアシェルナオを抱っこできた達成感に満ちた顔でオルドジフが言うと、アシェルナオはグルンドライストに向けて手を振った。

 「また遊びに来るんじゃよ」

 アシェルナオは浄化に来たのであって、遊びに来たわけではないが、すっかり孫を見送る様相でグルンドライストは手を振り返す。

 「ねえ、ドーさん?」

 転移陣の間を出て馬車寄せに向かいながら、アシェルナオはすぐ近くにあるオルドジフの顔を見つめる。

 「なんだい?」

 「さっき、キュビエの神殿で僕の専属の神官に任命してほしいって人がいたよね」

 「ああ、身の程知らずな神官がいたものだ。今ごろアッペル殿がお灸をすえているだろう」

 ありえないほど無礼なことだ、と、オルドジフは言葉の端々に怒りを滲ませた。

 「ナオ様、気にしなくていいんですよ。愛し子だから必ず神官を周りに置く必要はありません。ナオ様もおっしゃったように、王太子妃になれば側近がつきますし、神殿との橋渡しでしたら兄上や私がいます。ナオ様のお側にいたいという者をいちいち侍らせてはキリがありません」

 フォルシウスもメーヴィスの発言は不快なものとして受け止めていた。

 「うん。それでね、思ったんだけど、前の愛し子は国王や国民に辛い思いをさせられたけど、神殿の人たちには喜んで迎えられたんだよね?」

 ね? と、アシェルナオは首を傾げる。

 「神殿の人間にとって、精霊に愛された愛し子は現世に現れた女神の御使い。愛すべき、敬うべき存在だからね。誠心誠意尽くしたと我が家の血筋の神官も手記を残しているよ」

 「じゃあ、きっと僕にとってのドーさんやフォルみたいに、前の愛し子にも側に仕えた神官や神殿騎士がいたよね?」

 「ああ。間違いなくいたはずだ」

 「ドーさん、僕、前の愛し子がどうして消えてしまったのか知りたいんだ。側に仕えていた神官たちの記録とかから、どうにかして調べられない?」

 自分の前の愛し子が艱難辛苦を味わったことは、アシェルナオの心にも暗い影を落としていた。 

 今さら何ができるというわけではないが、消失した愛し子がどうなったのか知りたかった。

 「もう一度、当時の手記を詳細に読み返してみよう。だが、たとえどんな人生だったとしても、ナオが責任を感じることはないんだよ」

 どこか生気のない表情でアシェルナオは小さく頷くと、オルドジフの首元にぺったりと顔をつけた。

 「さあ、ナオ様。馬車に乗りましょう」

 馬車寄せに到着して、テュコはエルランデル公爵家の馬車の扉を開ける。

 顔をくっつけてくるアシェルナオが可愛くて離したくはなかったが、テュコに急かされてる気がして、オルドジフはアシェルナオを馬車に乗せた。

 「ドーさん、またね」

 アシェルナオは馬車のベンチシートに座ると、窓越しに手を振る。

 「今日はナオに甘えてもらえて嬉しかったよ。何か不安に思うことがあったら、いつでもドーさんを呼ぶんだよ」

 父親の気持ちでオルドジフが声をかけると、アシェルナオは、「はーい」といい返事を返した。

 「テュコ、ナオ様はお疲れのようだけど、大丈夫? 私も公爵家まで行こうか?」

 アシェルナオがずっとオルドジフに抱っこされていたのは、心身の疲労を感じているからだとフォルシウスは気づいていた。

 「僕は大丈夫。フォルはリィちゃんのところに帰ってあげて」

 馬車の中からアシェルナオがフォルシウスにも手を振る。

 「何かあれば呼ばせてもらいます」

 「うん、いつでもいいからね」

 フォルシウスの言葉に、ありがとうございます、と返して、テュコはアシェルナオの待つ馬車に乗り込んだ。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※
 
 エール、いいね、ありがとうございます。

 適材適所という言葉を知らない上司たちなので、各部署でいろいろな問題が噴出しています。がんばる人を押さえつけて、問題のある人を擁護しているので、辞めると言い出す人も。がんばる人が絶望して辞めていく職場なんて、爆発すればいいのに(^-^)
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