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第5部
思ったより傷は深い
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ヘルクヴィスト領城は華やかさや優雅さとは遠いところにあった。
高い石壁で固められた堅牢な城壁。領都を見下ろす高い丘にあるその城は、立地もあいまってまるで人を寄せ付けない堅固さを見せている。
古い歴史のある城の内部は荘厳ではあるが無駄な装飾はなく、だが重厚な家具や上等な調度品が点在し、領主の神経質な性質を表しているようだった。
その領城の執務室で、ハハトは主の傷の手当てをしていた。
左の二の腕に斜めに走るその傷は、明らかに刃物で斬りつけられた傷だった。
「痛むのではないですか? 化膿してはいませんが、やはり癒し手を呼びましょう」
丁寧に包帯を巻きながら、ハハトはエンゲルブレクトの様子を窺う。
「これでも有事にはシアンハウスの指揮を執る者だ。それが剣の手入れ中に手を滑らせて怪我をしてしまうなど、公にはしたくない」
きつめに巻かれていく包帯が痛みを呼び起こしたのか、エンゲルブレクトはわずかに顔を顰めた。
「ですが、まだ傷口は塞がっておりません。せめて痛み止めを処方させましょう」
「大袈裟にするな。この程度の傷ならハハトの手当てだけで十分だ」
「わかりました。ですが、もし治りが遅い場合や化膿した場合はすぐに医師を手配いたします」
なぜエンゲルブレクトが傷を負ったことを隠そうとするのか。癒し手から情報が洩れることを恐れているからなのだが、それを知らないハハトはそれ以上追求せずに包帯を巻く手をとめなかった。
思ったより傷は深い。
この傷がふさがらないうちはエンゲルブレクトに不穏な動きはないだろう。そう考えるとハハトはつかの間の安息を得た気持ちだった。
届きものが届かなくなってからのエンゲルブレクトの焦燥は手に取るようにわかった。
届きもの。
レンッケリ領主から時折届く、大きな箱。
翌日には不要の箱がエンゲルブレクトの私室の前に置かれ、ハハトは中身を知らずにレンッケリ領に送り返していた。
中身はわからないが、とてつもなく禍々しいものだということはわかった。
ハハトにはそれが、先日の精霊の泉から瘴気が発したことと関わっている気がしてならなかった。
先々王の嗜虐性を忘れることはなかった。父の教えは今でも心に刻んでいる。
あの頃の時代を繰り返してはならない。
その決意はエンゲルブレクトの知らないものだった。
緊急事態を受け、夕凪亭はすぐに営業終了の看板を出した。
客がすべて退店すると、ロザンネとルーロフはテーブルを並べて即席の会議場を作り上げた。
ふよりんの咆哮でアシェルナオの捜索を行ったテュコたちだったが、庭やその周辺で見つけることはできなかった。
アシェルナオが行方不明。
その事実を受け、ゴンドリエーレのダニオとチチェーリオは運河を水上から捜索し、残りの騎士たちは総出で周辺の捜索に当たっていた。
テュコ、クランツ、キナク。それにマロシュとブレンドレルは急報を受けて駆け付けたマフダルを囲んでいた。
「従卒や自警団にナオ様の特徴を伝えて辺り一帯の捜索をさせている。護衛騎士たちには現時点での報告をするために戻るように伝えた」
やがてマフダルの言葉通り、初動捜査をあとの者に引き継いだ護衛騎士たちが夕凪亭に戻ってきた。
その顔には焦燥の色が滲んでいて、一目で結果のわかるものだった。
「報告を」
マフダルの言葉にダニオが一歩前に出る。
「私はゴンドラでセッキーノ川からミノトス川へ、そこからオルヘルス運河に向かいました。そこまでの運河や運河沿いに変わった様子は見られませんでした。オルヘルス運河で以前捜索に協力してもらったことのあるゴンドリエーレに事情を話し、西の見回りを依頼しました。私は東に進路を取り怪しい者がいないか捜索しましたが、変わった様子は見られませんでした」
「私もゴンドラで、セッキーノ川からミノトス川へ行き、ダニオとは反対方向に進路を取りました。リニ川に合流するまでのあいだに異常はありませんでした」
「私は馬で同行していた騎士たちと周辺の民家一件一件の聞き込みをしました。家の中も見せてもらいましたが、愛し子様は見つかりませんでした」
ジルドが報告すると、その後ろにいた数名の騎士たちも俯いて無念さを伝えていた。
「私とキナク、マロシュ、ブレンドレルで隣家の雑木林一帯を探しましたが、何者かが潜んでいた形跡を見つけることはできませんでした」
クランツとキナクも悔しさを滲ませる。
「諦めるな! どんなことをしてでも足取りを掴め! さらに人手を増やすから草の根を分けて迅速かつ緻密な捜索を行うんだ!」
マフダルの一喝に、騎士たちは気合の入った声を出して出て行く。
あとに残ったテュコたちは苦渋の表情でそれを見送った。
※※※※※※※※※※※※※※※※
お休み中もエール、いいねをいただき、ありがとうございます。
待っていてくださった方、お待たせしてしまって本当に申し訳ありません。
また応援いただけると幸いです(。uωu))ペコリ
高い石壁で固められた堅牢な城壁。領都を見下ろす高い丘にあるその城は、立地もあいまってまるで人を寄せ付けない堅固さを見せている。
古い歴史のある城の内部は荘厳ではあるが無駄な装飾はなく、だが重厚な家具や上等な調度品が点在し、領主の神経質な性質を表しているようだった。
その領城の執務室で、ハハトは主の傷の手当てをしていた。
左の二の腕に斜めに走るその傷は、明らかに刃物で斬りつけられた傷だった。
「痛むのではないですか? 化膿してはいませんが、やはり癒し手を呼びましょう」
丁寧に包帯を巻きながら、ハハトはエンゲルブレクトの様子を窺う。
「これでも有事にはシアンハウスの指揮を執る者だ。それが剣の手入れ中に手を滑らせて怪我をしてしまうなど、公にはしたくない」
きつめに巻かれていく包帯が痛みを呼び起こしたのか、エンゲルブレクトはわずかに顔を顰めた。
「ですが、まだ傷口は塞がっておりません。せめて痛み止めを処方させましょう」
「大袈裟にするな。この程度の傷ならハハトの手当てだけで十分だ」
「わかりました。ですが、もし治りが遅い場合や化膿した場合はすぐに医師を手配いたします」
なぜエンゲルブレクトが傷を負ったことを隠そうとするのか。癒し手から情報が洩れることを恐れているからなのだが、それを知らないハハトはそれ以上追求せずに包帯を巻く手をとめなかった。
思ったより傷は深い。
この傷がふさがらないうちはエンゲルブレクトに不穏な動きはないだろう。そう考えるとハハトはつかの間の安息を得た気持ちだった。
届きものが届かなくなってからのエンゲルブレクトの焦燥は手に取るようにわかった。
届きもの。
レンッケリ領主から時折届く、大きな箱。
翌日には不要の箱がエンゲルブレクトの私室の前に置かれ、ハハトは中身を知らずにレンッケリ領に送り返していた。
中身はわからないが、とてつもなく禍々しいものだということはわかった。
ハハトにはそれが、先日の精霊の泉から瘴気が発したことと関わっている気がしてならなかった。
先々王の嗜虐性を忘れることはなかった。父の教えは今でも心に刻んでいる。
あの頃の時代を繰り返してはならない。
その決意はエンゲルブレクトの知らないものだった。
緊急事態を受け、夕凪亭はすぐに営業終了の看板を出した。
客がすべて退店すると、ロザンネとルーロフはテーブルを並べて即席の会議場を作り上げた。
ふよりんの咆哮でアシェルナオの捜索を行ったテュコたちだったが、庭やその周辺で見つけることはできなかった。
アシェルナオが行方不明。
その事実を受け、ゴンドリエーレのダニオとチチェーリオは運河を水上から捜索し、残りの騎士たちは総出で周辺の捜索に当たっていた。
テュコ、クランツ、キナク。それにマロシュとブレンドレルは急報を受けて駆け付けたマフダルを囲んでいた。
「従卒や自警団にナオ様の特徴を伝えて辺り一帯の捜索をさせている。護衛騎士たちには現時点での報告をするために戻るように伝えた」
やがてマフダルの言葉通り、初動捜査をあとの者に引き継いだ護衛騎士たちが夕凪亭に戻ってきた。
その顔には焦燥の色が滲んでいて、一目で結果のわかるものだった。
「報告を」
マフダルの言葉にダニオが一歩前に出る。
「私はゴンドラでセッキーノ川からミノトス川へ、そこからオルヘルス運河に向かいました。そこまでの運河や運河沿いに変わった様子は見られませんでした。オルヘルス運河で以前捜索に協力してもらったことのあるゴンドリエーレに事情を話し、西の見回りを依頼しました。私は東に進路を取り怪しい者がいないか捜索しましたが、変わった様子は見られませんでした」
「私もゴンドラで、セッキーノ川からミノトス川へ行き、ダニオとは反対方向に進路を取りました。リニ川に合流するまでのあいだに異常はありませんでした」
「私は馬で同行していた騎士たちと周辺の民家一件一件の聞き込みをしました。家の中も見せてもらいましたが、愛し子様は見つかりませんでした」
ジルドが報告すると、その後ろにいた数名の騎士たちも俯いて無念さを伝えていた。
「私とキナク、マロシュ、ブレンドレルで隣家の雑木林一帯を探しましたが、何者かが潜んでいた形跡を見つけることはできませんでした」
クランツとキナクも悔しさを滲ませる。
「諦めるな! どんなことをしてでも足取りを掴め! さらに人手を増やすから草の根を分けて迅速かつ緻密な捜索を行うんだ!」
マフダルの一喝に、騎士たちは気合の入った声を出して出て行く。
あとに残ったテュコたちは苦渋の表情でそれを見送った。
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