そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第5部

あ。

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 「でもこの温泉を一日で、というか半日? もっと短い時間で作ってしまうんだから、精霊の力はすごいなぁ」

 温泉を堪能した後、木造テラスに並んだクッション付きのリクライニングチェアでくつろぎながらウルリクはハーブティーで乾いた喉を潤していた。

 この休憩スペースはサンルーム風で、天井は透明な魔法の膜で覆われており、雨や寒さを防ぎつつ、星空も見える造りになっている。

 「地響きがしてアシェルナオの部屋に駆けつけたときにはできていたから、体感的には一瞬だったな」

 「テュコにお説教されていたから、長く感じました」

 眉毛をへにゃりとさせるアシェルナオ。

 「うん、まあ……ナオのためによかれと思っての説教だと思うから」

 不用心なことを言えば自分まで説教をされそうで、ヴァレリラルドは曖昧な笑みを浮かべる。

 説教されるくらいには元気になっているアシェルナオに安堵しながら、

 「そういえばハハトは療養院にいるんだったな」

 ふとベルトルドが口にする。

 「ハハト、どこか悪いんですか?」

 エンゲルブレクトは恐ろしいが、ハハトには17年前のシアンハウスから王都に向かうまでの旅でお世話してもらったいい思い出しかなく、アシェルナオはシーグフリードに尋ねる。

 「ハハトの父は先々代のビヨルブラント王の筆頭侍従だったんだよ」

 余計なことを言うなとばかりにベルトルドに鋭い視線を向けたシーグフリードだったが、仕方ないとばかりに口を開いた。

 「ハハトはその父から、エンゲルブレクトにビヨルブラント王のような嗜虐性が見えたら、従者としての使命を全うしろと遺言していたそうだ。そして、それを遂行しようとした。が、失敗して返り討ちにあったんだ」

 「え……」

 「いまは王籍を抜かれ、爵位を剥奪された罪人のエンゲルブレクトだが、いくら使命を全うしようとしたとはいえ、手をかけようとしてしまったハハトにはそれなりの罪が与えられるだろう。痛みも傷もなくなる光魔法での治癒ではなく、治療院で医者の治療を受けているのもその一つだ。傷が癒えるのには時間がかかるだろうが、だいぶ回復しているようだ」

 「そうなんですか……早く回復してほしいです」

 生真面目に仕えていたハハトだが、実はエンゲルブレクトに異様な言動が見えたら手にかけようと思っていたということが、アシェルナオには信じられなかった。

 ハハトは主人思いの侍従だと思っていた。あの忠誠心は見せかけだったのだろうか。

 そう思うと心が重くなるアシェルナオだった。

 「今までに何度も、エンゲルブレクトに不審な点があったと思う。けれどハハトは今まで手にかけることはなかった。実行した今回も、あっさりと返り討ちにあってしまった。なぜだかわかるかい?」

 シーグフリードは長い睫毛を伏せて憂いている弟の頭をそっと撫でる。

 「いいえ……」

 「赤ん坊の頃から傍で仕えていたんだ。情が湧くのは自然の流れだったはずだ。ハハトの心の中にずっと父の遺志はあった。だが、ハハトのエンゲルブレクトへの忠誠に嘘はなかったと思うよ」

 「はい」

 兄の言葉に、アシェルナオは救われた思いだった。

 「ハハトもまた、ビヨルブラントによって人生を狂わされた者の1人なんだろうな」

 「それにしても奴はいまどこにいるんだろう」

 ウルリクの言葉に、アシェルナオの表情に怯えの色が浮かぶ。

 「ナオ、ここにいれば安全だからね。不自由をかけるが、学園はもう少し休んでここにいてほしい」

 その表情を見逃さなかったヴァレリラルドに言われ、アシェルナオは小さく頷く。

 「学園には早く行きたいけど……」

 エンゲルブレクトのこともあるが、歩けないままでは学園に行けない。そう思うと表情が曇るアシェルナオに、精霊たちがわたわたした。

 『温泉つくった』

 『でもナオはおでかけできない』

 『悪いやつのせい』

 『悪いやつをやっつけないとナオがこわがる』

 『悪いやつどこだろ?』

 『わかんないねー』

 『精霊王にきいてみる?』

 『きいてみよー』

 『せーの』

 「え、ちょっと待って。なんでボフ美を?」

 慌ててとめようとするアシェルナオだが時遅く、

 『せいれいおー』

 掛け声のように精霊たちが叫んだ。

 「はーい、呼んだー?」

 ボンッと音がしそうな勢いで、ボフスラヴァがリクライニングチェアに寝そべるアシェルナオの真上に現れた。

 「うわっ」

 肉感的なボフスラヴァが突然目の前に現れて、アシェルナオは隣の椅子に座るヴァレリラルドの方に体を寄せる。

 ヴァレリラルドの護衛騎士のウルリクとベルトルドは、チェアに立てかけていた剣を掴んだ。

 ヴァレリラルドがアシェルナオを抱き寄せる。ウルリクとベルトルドの剣が抜かれる前にテュコのゲンコツがボフスラヴァの頭に繰り出された。

 「いきなり出て来るな!」

 「いたーい。だって呼ばれたのよぅ。テュコちゃんのいけずぅ」

 頭をおさえて体をくねらせるボフスラヴァ。

 『ねーねー』

 『ナオをいじめた悪いやつ、どこ?』

 『どこにいるかわからないと、ナオが安心できないー』

 『それくらい知ってるよねー』

 「キュッキュー」

 精霊たちとふよりんがボフスラヴァの周りをぐるぐると回りながら問い詰める。

 「ちょっとちょっと、目が回るからやめてぇ。その人間のことは知らないのよぅ」

 アシェルナオ以外にはふよりんだけがボフスラヴァの周りを回っているようにしか見えないので、なぜこれだけで目が回るのかわからなかった。

 実際は精霊たちが手をつないでぐるぐる回っていて、だんだん高速になっていていて、

 『じゃあだれが知ってるのー』

 『悪い精霊王?』

 『ナオを困らせるの、精霊王でもだめだめー』

 『ナオを安心させてー』

 「本当に目が回るのよぅ。ヘッダはちゃんと封印してるから大丈夫。ほらぁ」

 言いながらボフスラヴァは薄いひらひらの服の胸元をくいっと開き、そこから壺を取り出した。

 「ボフ美! 気を付けて!」

 その壺が何なのか、封印の場にいたアシェルナオは知っていた。だから軽はずみに胸の間から取り出すボフスラヴァに気が気ではなかった。

 「大丈夫よぅ。ほらぁ」

 言った矢先、ボフスラヴァの手から壺がすっぽ抜けた。

 あ。

 当のボフスラヴァも、気が気ではなかったアシェルナオも、テュコもヴァレリラルドもシーグフリードも、ウルリクもベルトルドも精霊たちもふよりんも。その視線が壺の描く放物線を追う。

 それは重力に従って床に落ち、

 バリィンッ……

 壺が割れたというより結界が破られたような、意味深な高音を発して砕け散った。

 あ。

 間抜けな声をあげてボフスラヴァがあんぐりと口を開けた瞬間、ぐわ、と呻くような風が吹いた。

 シーグフリードたちは反射的に顔を覆う。ヴァレリラルドもアシェルナオを胸に庇いながら腕を顔の前に持って来る。

 風は黒く、重く、禍々しい靄となって周囲を旋回する。

 息を呑む間に、その黒い靄は意思を持ているかのように蠢き、舞い上がった。

 靄は上空で人の形を作り上げる。やがてそれは黒いマントに黒いフードを被った人物になった。

 「ウワァァアアア……」

 怒りと怨念が混じった、女性の絶叫のような声が空間を震わせた。

 フードを被った人物は再び黒い靄となって上昇し、西の空に消えていった。

 事態が呑み込めずに呆然と西の空を見るアシェルナオたちだが、

 「いやぁぁん、やっばぁーい。壺割っちゃったぁ」

 呑気なボフスラヴァの声が響いた。

 それをきっかけにヴァレリラルドたちはリクライニングチェアから立ち上がる。が、それより先にテュコが怒りを込めてボフスラヴァの頭をゲンコツした。

 「いったぁぁぁい」

 「今回ばかりはうっかりじゃすまされないぞ」

 「ごめんなさいぃぃ」

 ボフスラヴァは頭を押さえ、しゅるりと霧のように姿を消した。

 「ナオ、私たちは王城に戻る。ここにいれば大丈夫だから、決して公爵邸から出ちゃだめだよ」

 アシェルナオを抱きしめて頭頂部にそっとキスを落とすと、ヴァレリラルドは憤慨しているテュコを見た。

 「ナオを頼む」

 「お任せください」

 テュコが当然だと頷くと、ヴァレリラルドはウルリク、ベルトルドを伴って転移陣のあるアシェルナオの居室めざして駆け出した。

 「アシェルナオ、心配せずに大人しく待ってるんだよ」

 そう言い残してシーグフリードも後を追う。

 アシェルナオはそれを見送りながら、とてつもない不安を感じていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 感想、エール、いいね、ありがとうございます。

 あ。ボフ美、ついにやっちゃいました……(;´Д`)



 
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