ジョクラトル

関谷俊博

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アルバムが完成するとすぐさま、俺たちは事務所に集められた。
「今回も先行シングルを出す」
柴谷は言った。
「しかも無告知だ。リスナーには一切何も知らせない。発売当日、ダウンロードサイトから一斉に配信を開始する。今回は何も知らせないことが、プロモーションになる」
柴谷の大胆さに、俺は少々驚いた。リスナーにサプライズを用意するという訳だ。
「冬空の道化師」の延長線上にある「気晴らし遊戯」をシングルで出すように、柴谷は勧めてきた。俺もこの曲なら、そこそこ売れるだろうな、と思った。
しかし、白井は「精霊の声」という曲をシングルにすべきだと頑固に言い張った。
ここまで白井がこだわるのも珍しかった。だが、白井がこだわるのも、わからないではない。
白井のギターのイントロには、これまでのジョクラトルにはない新鮮でインパクトな響きがあったのだ。
「この曲はジョクラトルのジャンピン・ジャック・フラッシュなんです」
白井は力説した。
「これからのジョクラトルの方向性を決める一曲になるはずなんです」
「世界進出」という言葉が、俺の頭に浮かんだ。海外大手レーベルのE&Mが、ジョクラトルに触手を伸ばしているという噂は、俺の耳にも届いていた。
E&Mの母体は、グローバル・ミュージック・グループ。世界四大メジャーと呼ばれるレコード会社だった。
そのポップとは言い難いサウンドにも関わらず、前作「グノーシス」は、じりじりと売り上げ数を伸ばしていたのだ。

俺たちは「精霊の声」に続いて、アルバムタイトルにもなっている「テロリストの恋人」をシングルカットした。杉浦のパンキッシュなドラムが光るナンバーだ。
この頃からジョクラトルは、モンスターバンドと呼ばれ始める。歌詞が日本語であるにも関わらず、「精霊の声」も「テロリストの恋人」も、英語圏、特に英国で人気に火がついていた。
間を置かずに俺たちは「気晴らし遊戯」をシングルカット。海外でのCD売り上げ実績が無いにも関わらず、ネットを通じて、ジョクラトルの名は、世界に広まりつつあった。YouTubeの再生回数は、どの曲も一千万回数を突破。海外からのアクセスが約半分だと言う。
ジョクラトルの公式ブログには、「fantastic!」「great!」「cool!」等、賞賛のコメントが相次いだ。
ジョクラトルは世界に通用するバンドとして、認知されつつあった。
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