26 / 32
26.父親という存在
しおりを挟む唯おじさんは自分の手を見て、ギュッと強く握った――。
「あれから、医者は辞めた……。いや、辞めざるを得なかった。誰かを治療しようとすると、頭が真っ白になるんだ。情けないことに、身体も震えてきちまうしな」
「……それは、お母さんのことで?」
「はっ、マリアさんのことでじゃない。守れなかった、俺のせいだ。本当は、あの日。マリアさんを、守れたかもしれなかった。伝えた日より、早く帰って来られそうだったんだ。……けど、お土産を買って帰ろうと、寄り道をした。燃えた家の中から、マリアさんを外に出した時。まだ、温かかった。もし、もう少し早かったら……寄り道さえしなかったら……っ、……あんなことを絶対に、させなかった……!」
「……唯おじさん」
唯おじさんは、歯を噛みしめ、涙を流す。悲しみ、悔しさ、後悔――そして、自分を強く責めている。
あの悲惨な光景を、唯おじさんも見てしまったのか……。
何よりも、大切に思っていた女性の悲劇を――。
唯おじさんが、お母さんに恋心を抱いていることは分かっていた。
最初は、同情からだったと思う。お母さんは、必死に俺を守ろうとしていて、自分の肌のことでも苦しんでいたから……。
けど、診察するにつれ。唯おじさんがお母さんを見る目に、熱がこもっていった。
それは、声にも出ていて。お母さんと話す時は、声に甘さが混じっていた。
だから、お母さんの肌機能が正常になり。色々な男性からアプローチされているのを、いつも鋭く睨み付け。嫉妬心を向けてもいた。
俺は――当時、僕だった時は……そんな唯おじさんを『お父さん』のようにも感じていた。
僕の知らない遊びを教えてくれて、一緒に遊んでくれた。
がさつなくせに、僕が何かで悩んでいると、直ぐに気付き、気分転換に出掛けようと誘ってくれた。
お母さん、唯おじさん、僕で、食卓を囲んで笑い合った。
愛し人として生まれ、両親のいない僕は――本の中の『お父さん、お母さん』という存在に憧れていた。きっと、とても優しい存在なんだろうな……と。
だから、設定だとしても『お母さん』という存在が出来て嬉しかった。
それで、唯おじさんも僕の『お父さん』になってくれたらいいなと思っていたんだ。
けど……幸せだからこそ、余計に。置いてきたコールに、申し訳ないと思った。
コールも同じだからだ。僕と同じで、両親がいない。しかも、片割れの僕すらも、側にいなくなって、独りぼっちなのだ。
だから、もう少し大人になったら。元の世界に戻る方法を探そうと思っていた。子供では、色々な町に行ったり、宿をとったりすることすら、ままならないだろうから。
なら、大人になるまで。それまでなら……与えられる幸せを感じていてもいいだろうかと、そう思っていたんだ――。
「唯おじさん、あのね……。お母さんも、唯おじさんと同じだったよ。同じ好きを、唯おじさんに向けていたよ」
「んなわけねぇだろっ……!」
唯おじさんは否定し、俺を鋭く睨み付けたが。俺の顔を見て、嘘ではないと思ったのか、少し間を置いて……「じゃあ、もっと押せばいけたか?」と唯おじさんらしい、豪快な笑みを浮かべた。
「……スケベ唯ジジィ」
「はぁ!? だから、俺は――ああ、確かに……もうジジィだからなぁ」
唯おじさんは、苦く笑う。
そういえば……。唯おじさんには、ずっと『唯志にぃちゃん』と呼べと言われていた。
「僕から。唯おじさんに、ずっと伝えたいことあったんだ」
「どうせ、馬鹿にするようなことだろ? 前からそうだったもんな~」
唯おじさんは、ゲンナリしたような声を上げる。だが、目線で『どうぞ』と伝えてきた。
唯おじさんは強面だが、とても優しい人間だ。人の言葉をしっかり聞こうとする。
「唯おじさんが、僕の父親になってくれたら良いなって思っていたんだ。本当は『お父さん』って呼びたかった」
「……っ、は、早く……言えよ……っ、そんなの、いいに決まってるだろ……」
唯おじさん――お父さんは、顔を押さえ。再び、泣き出してしまった。
△▼△▼△▼△▼
お父さんの涙が収まってから。俺は、玄関の横に置いていた骨壺を差し出す――。
「……お父さん。お母さんを任せていい?」
「何故だ? マリアさんの子供である、デール坊が持っていた方が……」
「お母さんを、こんなに大事にしてくれている……お父さんの側にいた方が幸せだよ」
記憶が戻る前から、思ってはいた――。
骨壺は、とても綺麗にされている。ちゃんと管理をしてくれていたのだと、分かる状態なのだ。
俺が、いつ戻るかも分からず。もしかしたら、一生戻らないかもしれないのに……。連絡もなく現れた俺に、すぐに渡したこの骨壺は、非常に綺麗だった。
「あと、俺は……――遠い場所に行かなきゃならないんだ。だから、もう此処にも戻れない……」
お父さんが、驚いたように口を開いたが。キュッと閉じ、悲しそうに笑った。
きっと、俺が断言して『戻れない』と言ったから、決定事項だと思い。言葉を飲み込んだのだろう。そのように、人の気持ちを汲み、尊重するところも、以前と変わっていない。
「なんだよ……。やっと、俺にも息子が出来たと思ったのに、とんだ不良息子じゃねぇか。まぁ、マリアさんが居てくれるなら……いいけどよ」
その言葉で……お父さんは結婚せず、お母さんだけを想っていたのだと理解する。
その深い愛に、次は俺が驚いてしまった。
元の星にいたお母さんは、辛い思いをたくさんし、苦しんでいた。けど、こちらの星のお母さんは、いつも幸せそうに笑っていた。
それに――こんなに、お母さんを愛してくれる人も、この星には存在している。
やっぱり……。お母さんは、お父さんの元にいるのが一番だと、再確認した。
わざわざ、辛い思いをした場所へと、戻す必要はないだろう。
7
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画 です!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけのお話を更新するかもです。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる