私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末

コツメカワウソ

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 あぁ、母もこんな気持ちだったのだろうか。

 この決断をした時に私が思ったのはそれだった。
 どんな事が起こるのかは分からないが、後悔はない。




 ――――――――――



 朝の光を感じて目が覚める。
 腰には腕が巻き付いていて身動きが取りにくい。
 体を起こすために腕を解こうとして、強く抱き込まれた。

「ん~おはよう、ソフィ」

「おはよう、アル。起こしちゃった?」

「いや大丈夫。俺もさっき起きたとこだから」

 ソフィアの榛色の長い髪をクルクルと指に巻き付けながらアルフォンスは言う。彼はいつもソフィアの髪に触りたがる。ひとしきり髪を触ってから体を起こした。


「アルは午後からでしょ。もっと寝ていてもいいのに」

「朝の訓練をしないと何となく気持ちが落ち着かないんだよ」

 朝食を並べながらアルフォンスが笑う。

「そう?それならいいんだけど。でも昨日の討伐は大変だったんでしょ?私は先に仕事に行くけどあなたはゆっくりと休んでね」
 そう言うとソフィアは手早く朝食を口に入れた。

「ありがとう。今年は厄災の年だからしばらく忙しくなりそうなんだ。まぁソフィ達も同じだろうけどね」

「あぁ先見が出たのよね。治癒室でもその話で持ちきりだったわ。騎士団も落ち着かなくなるわね」

「前回の厄災から二十三年だから、経験者が少ないっていうのもあるだろうけどね。だからしばらく会えないかもしれない」
 
 肩を落としながらアルフォンスが言う。

(ふふ、アルったら何だか犬みたいで可愛いわね)

 自分よりも頭一つ分以上大きい彼に可愛いはないのかもしれないが、肩を落としてショボンとしているアルフォンスはまるで大きな子犬のようだ。
 ソフィアの前では少年のような彼が、可愛くて愛おしくて仕方がない。

「しょうがないわ。それに忙しくなるのはお互い様でしょ。それじゃあ私はそろそろ行くわね」

「うん、頑張ってね」

 触れるだけのキスをして、ソフィアはアルフォンスの部屋を出た。


 ソフィアは西方騎士団で治癒師として働いている。
 榛色の長い髪と同じ色の瞳、母譲りの可愛らしい顔立ちはしているが幼く見えるので少し不満はある。身長だって高くない、せめて父に似ればもう少し高かっただろうに。

 自分を取り巻く環境は色々あって多少複雑ではあったが、それでも家族はみな可愛い可愛いと育ててくれたし家族仲はとても良いと思う。
 辺境の地で生まれ男兄弟に囲まれて育ったため、多少の口の悪さは自覚しているがまぁそれは仕方がない。

 辺境である北方は常に魔獣の危険に晒されている場所だった。そのため土地を守る騎士団は国内で一番の規模であり家族で働いている人間も多い。
 貴族の子も平民の子も小さな頃から一緒に遊び、将来は騎士団で働く。身分を気にせず生活出来ていたのは、助け合わなければ暮らせない土地柄だからだろう。

 十八歳で師匠の元から独り立ちして四年、生まれ育った北方を離れて慣れない土地での生活も今ではとても楽しい。
 身分を気にせず育ったソフィアは、貴族と平民がしっかりと区別されるというのを西方に来て初めて知った。
 いや、北方を離れる時に師匠からは言われていたはずだが、割と楽天的な性格から何とかなるだろうと思っていた。
 治癒室の同僚には貴族もいたが、実力主義者が多いためか師匠付きの治癒師であるソフィアに対して何か言う人間はいない。

 この国では魔力を持った人間は割と多い。貴族の方が強い魔力の持ち主が多いが、平民であっても魔力を仕事に使う者もいる。
 治癒師はその最たるもので、昔から魔獣の襲撃や隣国との小競り合いが多かったため、平民であっても魔力があれば治癒師の学校に通う事が出来る。
 それとは別に、より多くの魔力を持つ場合には魔術師や優秀な治癒師に付いて学ぶ『師匠付き』と言われる治癒師がいる。
 普通の治癒師に比べて人数は少なく、全体のニ~三割ほど。
 しかし難しい治療や場合によっては呪いなども解く事が出来るいわばエリート治癒師だ。

 
 
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