私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末

コツメカワウソ

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 ジョシュアはアルフォンスの身体に触れて、魔力がない事を改めて確認する。
 アルフォンスはその間、ずっと苦しそうにしていた。
 それはそうだろう。彼は昨日の朝、目が覚めたら魔力が無くなっていたのだから。
 受け入れられる筈が無い。

 昨日デモンズハーピーに遭遇した話をアルフォンスから聞き、ジョシュアはメモを取った。一通り聞き終えて、ペンを置く。

 もう既にお話は聞いているかも知れませんが、と前置きして、ジョシュアは話を始める。

 デモンズハーピーについて、魔力回路の治癒について、治癒師の誓約と過去の陰惨な歴史について、二十三年前の厄災の王命について、魔力回路を治癒した後の魔力量について。

 意図的なのか、両親が恋人同士だった事やソフィアの生まれた経緯、対価の内容、北方騎士団が無理矢理問題をおさめた事については触れなかった。
 ソフィアの願いを聞いてくれたのだろう。

 皆、口を挟む事なくジョシュアの話に聞き入っている。
 レオナールとカイルは途中、「なんと…」「そんな事が…」と呟いていた。
 騎士団の上層部である彼らでも、初めて聞く内容だったようだ。

 フェイとエリーは既にソフィアから聞いていた事もあり、そこまで驚いてはいない。

 全て話終えると、ジョシュアは皆を見渡した。

「今回のソフィアからの申請について、今話し合いをしている状況です。ですが、現状を考えれば許可は下りるかと思います。魔導騎士が少ない今のローウェン王国は、厄災に対応出来る戦力は欲しい。隣国との関係は表面上は落ち着いていますが、この機に乗じて良からぬことを考えないとも限らない。前王のせいで隣国との関係がとても良好とは言い切れないのです」

 紅茶で喉を潤しながらジョシュアは言った。

「そもそも魔力回路が壊れるような状況に陥る事はほとんどありません。そうなる時は大抵、命の危険に晒されてそのまま亡くなる事が多いんです。今回のランセル卿のように、健康なままでいる事は稀なのです」

 そう言ってジョシュアがアルフォンスを見た。

「私の魔力は国で五本の指を入ると言いましたが、理由は父が魔力回路の治癒を受けたからです。魔力回路の治癒を受ければこれだけの魔力が得られます。国としてありがたい事は確かです。そして子供の世代までは、父と同等の魔力が受け継がれます。私の下に弟が一人いますが、彼も同様です」

「じゃあソフィアも?」

 レオナールは言う。当然の疑問だろう。

「…父が治療を受けた時、既に母はソフィアを妊娠していました。魔力回路の治癒以前に身籠った子供には受け継がれません」

 苦々しげにジョシュアは言った。

 ソフィアは思い出した。
 治癒師としての修行の最後に、魔力回路の治癒について教えられた時。
 弟達だけが膨大な魔力を持って生まれた理由を師匠の立ち会いの元、両親から聞いた時。
 ソフィアもジョシュアも、シモンを師として修行していたし、膨大な魔力を持つジョシュアはすでに治癒師としての修行はほぼ終わっていた。
 二人一緒に聞けば良いと、二十三年前の真実を聞いた。
 話が終わると、ジョシュアはおもむろに立ち上がり父を殴った。『なんで避妊ぐらいしなかったんだ!』と。『そうすればソフィアだって自分達と同じだったのに!』と怒った。
 まだ十六だった可愛い弟から避妊という言葉が飛び出した事に驚いたが、ジョシュアはソフィアの悩みを分かっていたのだろう。
 姉思いの優しい子なのだ。

「そうだったのか」

 ジョシュアの様子を見て、レオナールは不思議そうな顔をしていた。
 騎士の三人にはソフィアの両親の話はしていない。もちろん、母が父を治療した事も。

「さて、ここまで話しましたが、私個人としては反対です。私は大事な姉にそのような事はさせたくない」

「ジョシュア!」

 ソフィアが声を荒らげた。

「だってそうだろう?魔力が無くても騎士は続けられるんだ、命が無くなる訳じゃない。魔導騎士が足りないのなら解決策を練るのは上層部の人間がやるべき事だ。呪いはもちろん解くよ。普通のものより少し時間はかかるけど、僕なら出来る。ソフィア、これはじゃないんだ。父さんの時とは違う。他人の為に君が対価を払う必要は無い筈だ」

 ソフィアは唇を噛む。
 ジョシュアが言う事は正論だ。

「反論出来ないだろう?大体なんだよあの手紙。何で対価の事をちゃんと説明しないんだ。ソフィアの人生に関わる事だろう!?」

 ソフィアにとっての爆弾を、ジョシュアが落とした。

 




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