ごきげんようマドモアゼル

ENZYU

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ごきげんようマドモアゼル

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「明日はあの方の予定は変わらず無事にここに顔を出して下さる?」
「ええ、遊びにいらっしゃるようですよ」
「………!」
私がいつも楽しみにしているのは、付き人さんの弟さんである彼の来訪。
付き人さんは凛とした少し硬い印象のある方で、弟さんの方は柔らかくてすぐ笑う印象のある方だ。
どちらも綺麗な方達で、付き人の方の方はユアンお兄様、弟の方の方はユノお兄様と呼ばせて貰っている。
素敵なお話を聞かせてくれたり、素敵な場所へ連れていってくれたり、素敵な物をくれたり、思い出を語れば一晩でも足りないだろうと思う。
「ですから早くお眠り下さいませ、エリーゼお嬢様」
「ええ、おやすみなさいまし。ユアンお兄様」
私の名はエリーゼ・ローズブレイド。
貴族の家柄であるローズブレイド家に生まれて、エスカレート式の学園に通い現在は中等部で日々様々な学びを受けている。
慣れ親しんだ場所で慣れ親しんだ方々と学んでいくのは楽しいけれど、新しい場所や知らない人々の中で暮らすのは苦手だ。
ユノお兄様はそんな私に優しく新しい事を教えてくれる特別な方でもある。

「ごきげんよう、ユノお兄様」
「ごきげんよう、エリーゼちゃん」
お兄様は温かく微笑み私に以前約束してくれた猫のぬいぐるみをプレゼントしてくれた。
明日は私の誕生日である。
誕生日の日はパーティーを開いて貰える日で、今日はお兄様とゆっくり過ごせる日。
先程も明かした通り私は知らない人が沢山いる場は苦手なので、パーティーが近づくと少し憂鬱になるのだけれど、お兄様はそんな気持ちを吹き飛ばしてくれて向き合う勇気をくれる。
生まれてきてよかった。思わず純粋にそう思ってしまう。
「本番は明日だけど、ひとまず先に14歳のお誕生日おめでとう」
「ふふ、ありがとう。心の底から幸せです」
猫のぬいぐるみを抱き締めている間に用意されていくケーキやご馳走を眺めながら、やがて猫のぬいぐるみはお部屋へと連れていって、再び戻ってきた。
可愛いお花。猫型の風船。綺麗な宝石。どこを見ても素敵なものばかりで品なくはしゃいでしまいそうな心は押さえつけつつ、喜びや感謝の気持ちを伝える。
私の大好きなものしかない煌びやかな空間。
「さあ、席に着いて」
ひいてもらった椅子に座り、お皿の上に乗ったケーキと向き合う。
華やかで繊細なデザインのスイーツは毎回食べるのが勿体無いと思ってしまうけれど、食べてしまえば甘美な幸福に包まれる事を私は知っているので、目で楽しんでから口の中でも楽しむ。
ユノお兄様に私も恩返しをしたいと思っているのに、当の本人は私が幸せそうならそれで十分だといつも言っているのが嬉しくも虚しい。
もしかして、恋人の方がいるからそちらで満たされているのだとかそういう事かしら………?
ふとそう思ったけれど、実際に聞くのは怖い。どうしてかはまだわからないけれど。
まだこの甘くて優しい時間の中にいたい。知らない人の事は考えないでおこう。

今日のお話は散歩をしていた犬とユノお兄様が触れ合ったお話。
人懐っこくて大人しく、撮らせてもらったお写真も見せて頂いて二人で微笑む。
見せてもらったお写真の中の犬も、聞かせてもらったエピソードも可愛いけれど、ユノお兄様の笑い方も本当に可愛い。
笑顔の絶えない平穏な空気の中私も動物を家族として迎えたい気持ちは沸くけれど、責任が持てるのか。何より最後を考えると怖いので見たり話を聞いたりぬいぐるみと暮らす事で補うようにしている。
世間では愛らしい動物に対する酷いニュースや酷い価値観を持った方々が沢山いる。一匹でも幸せに過ごせる子が増えて欲しいものだ。
「その猫さんのお名前は何にするの?」
「ん~………なんてお名前にしてあげよう」
撫でると尻尾を動かしたり、鳴いたりと動いてくれるぬいぐるみ。お父様やお母様に頼むのは恥ずかしかったので、ユノお兄様に頼む事にした。
私だって思春期真っ只中の年齢で、色々複雑に絡みやすい時期を過ごしているのだ。お父様やお母様、皆の前では今はまだ背伸びをしているに過ぎないとしても立派なレディとして振る舞いたい気持ちがある。
でもユノお兄様やユアンお兄様の前ではまだ甘えていたいな。
「決めた。あなたのお名前はシャルロットよ。愛称はシャルちゃん」
「にゃあ~~~」
三回撫でると嬉しそうに猫のぬいぐるみが鳴く。
明日はパーティーがあるので、勿論そこにも参加するユノお兄様はここに泊まってくれるらしい。
いつも窓の外を眺めれば浮かんでいる宝石のような星々や輝くお月様を違う場所にいるユノお兄様と共有していると思いながら過ごしているものだから、同じ屋根の下で壁の向こう側にいるというのを意識するととても不思議な感覚になる。


それではおやすみなさい、世界。
おはよう、14歳になってから初めて触れる世界。
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