生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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48話

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「詳しくはわからんが、どうやらそういう約束で身体を犠牲にこの世に戻ってきたそうだ」
「約束? 誰と?」
「さあ? 三途の川原におった、不気味な老婆らしいが。もう、よいではないか」
 富子が話を終わらそうとしたので、蜃もそれにしたがった。
「それで、お祖母様。俺は何をすればいい?」
「泰親殿が地獄から戻ったら、2人でこの里を抜ける道の先導をして欲しいのじゃ」
「先導? それで、お祖母様はこの里を抜ける事が出来るので?」
「ああ。この里の周りには、忌々しい葛葉の結界が張り巡らさてれおる。抜けるには、そこに穴を開ける必要があるのじゃ」
「俺は、何も出来ませんが……」
 富子は案ずるなと頷いた。
「お前は居るだけで力がある。葛葉の結界をお前が通ることで、そこに僅かながら穴が空く。僅かな時間ではあるが、今夜ならば我らが通るには充分じゃ」
「そうですか」
 蜃が頷くと、富子は満足そうに笑ってみせた。
 そうして、暫くの間何処から手に入れたかわからない酒を蜃に振舞った。
 その様子を、晴明は静かに見ていた。自分に、鬼となれど母を果たして斬る事ができるのか。考えれば、僅かながら手が震えた。
 丑三つ時頃、泰親が現れた。
「お待たせ致しました」
 泰親は言うと、あった酒をひと口ふた口と、口に含んだ。
「疲れましたねえ。相変わらず、面倒なババアでしたよ」
「泰親殿。母上から聞きましたが、地獄で何をしておるのですか?」
 泰親は、蜃を無機質な顔で見た。その顔は不気味な程に生気が感じられない。
「ババアは、かつて三途の川で亡者共から物乞いをしていた老女です。私が地獄に引き摺り込まれた時のこと、三途の川の辺でそのババアに会いました。ババアは、私を見て大いに笑いましたね。生身の人間が、亡者に連れてこられておる、なんとも愉快だと。ただ、そんな私にババアは条件を出したのです。私の人としての肉体を欲しいと。ただ、その肉体を維持するには定期的に私自身がその肉体を管理しに戻らねばならない。ババアはそれを条件に私をこの世に戻してくれたのです」
「そのババアは、何故に人の皮を被りたかったのだ?」
「ババアは、人となり、人の世に紛れ、人を時々攫っては弄んで喰らう。そういう鬼じゃ。亡者を弄ぶのは飽きたのだそうだ。本来は、六文銭を出さぬ亡者を飽きるまで弄んでは喰ろうておったそうだ。ババアに捕まった亡者は哀れ。六文銭を取られて、あの世に行けぬか、六文銭を握りしめたまま、弄ばれて喰われるか」
「胸糞悪い」
 蜃の反応に、泰親は笑った。
「それが、あの世と言うものよ」
 半刻もせぬうちに、2人が立ち上がったので、蜃も続いて立ち上がった。
「さて、邪魔の入らぬうちに行きましょう」
 富子達が歩み出したので、その後を蜃が、その後を気付かれぬよう晴明が続いた。

 どのくらい歩いたかは、わからぬ。
 ただ、殆ど視界もなく、足場の悪い、道とも言えぬ場所をひたすらに歩いた。
「さて、まもなく結界です」
 と、泰親が蜃に教えた時だった。
 ガサッと、薮が揺れた。
「いかん!」
 何かに気付いた富子の顔が、険しく歪んだ。
「おのれ! 何処まで邪魔をするかっ!!」
 髪を振り乱しながら、富子が飛びかかった人影は、紛れもなく葛葉だった。
「蜃!」
 苦し紛れに、息子の名を呼ぶ葛葉の声がした時だった。
「いかん!」
 言うが早いか、富子の背中に真っ直ぐに刀が突き刺さった。
 ギロリと振り返った先にあったのは、蜃の顔だった。
「お……ま……え……」
 富子の怒りの目が、ぐるぐると周囲に向けられる。
 周囲の空気が変わり、七色の雷光と竜巻のような風が周囲を包んだ。

 生克五霊獣の法が発動していた。

「おのれ! おのれ! おのれ! おのれ! おのれえええええ!!!!」

 富子の断末魔のような怒声が響いた。
 雷光と突風は、時折水や火を纏いながら周囲を巻き込みながらも富子を包んだ。
 これで、終わると思った時だった。

「ああああああああああ!!!」

 と、今度は旬介達の声がした。生克五霊獣の法が終わった後の、更なる封印の為にスタンバイしていたのだった。
 葛葉も蜃も晴明も、お蝶を思い出し、真っ青な顔で子供達の方を見た。
 信じられない光景が広がっていた。
「あつい! あつい! あつい! あつい!」
「いたい! いたい! いたい! いたい!」
 それぞれが違う事を訴えるようにのたうち回っていた。よく見れば、子供達の身体の一部が砂のようになりながら、煙を上げながら消え始めていた。
「いかん!」
 晴明が叫んだ。
「ぎゃああああああああー!!」
 それとは別に、富子の顔も酷く歪みながら消えようとしていた。
「龍よ! 頼む、恵慈家の龍よ!! 子供達を助けておくれ!」
 叫ぶと晴明は脇差を抜き、それを自らの心臓に突き立てた。
「代わりに……俺の生命をやる……だから……頼むから……子供達を連れていかんで……くれ……」
 晴明の真っ赤な血が吹き出し、その場に倒れ込むのと同時に、子供達の身体から崩壊が止まった。
 暫く、葛葉も蜃も唖然としながらそれを見ている事しか出来なかった。
 ようやく脳が動き出したのは、逃げる泰親を見つけた時。
 葛葉は、ありったけの力をもって、術の塊を泰親にぶつけた。
「お前は、私が逃がさん」
「ヒイッ!」
 と、泰親の声にならない悲鳴が上がった。
「子供達の代わりに、私がありったけの力を込めて、お前を封ずる」

*****

 旬介と新月はそれぞれ片目を、紗々丸と竜子はそれぞれ片足、藤治と華炎はそれぞれ片腕、そして獅郎と薫風は互いに音を、そして甲蔵は色を失っていた。だが、その中で最も悲惨だったのが獅郎の妹、夢路であった。夢路の身体からは皮が失われ、強いて例えるなら筋肉剥き出しの人体模型のような姿になっていた。哀れなその姿に、葛葉は丁寧に布を巻き、綺麗な着物を着せてやった。
 不思議な事に、夢路も含め元々それがそこに存在していなかったかのように、傷口にすらなってはいなかった。無論、痛みなどもない。
「夢路、具合はどうじゃ?」
 葛葉の計らいで、夢路は1人離にいた。
「甲蔵が恋しがっておるぞ」
「こんな姿、誰にも見せたくない」
 夢路は瞼のない目から、はらはらと涙を流した。
「葛葉様、私を殺してください。こんな姿で、これ以上生きていたくないのです。誰にも会いたくない、会えない……」
 血の繋がる獅郎ですら、会うことを固く拒んでいた。
 葛葉は何も言えず、ただ夢路の側に居ることしか出来なかった。

「夢路は?」
 離から葛葉が戻ると、決まって1番に獅郎は様子を聞いた。夢路の皮が消える時、皆がそれぞれ自分の事に精一杯で、誰も他の人間の事など見ていなかった。全てが片付いた後も、自害した晴明にその目は向けられていた。幸か不幸か……夢路の哀れな姿を見た者は、葛葉と蜃だけだった。?
「大丈夫だ」
 としか、葛葉は言えなかった。
「いつも、それですね。何がどう大丈夫なのですか?」
 葛葉は、言葉を詰まらせた。が、元々賢い獅郎は、そこで更に責め立てたい気持ちを飲み込んだ。
「夢路がいいと言うまで、俺は待ちます。そう伝えてください」
「ああ」
「ところで、晴明様の葬儀の準備をしないと」
 晴明の遺体は、一旦晴明の部屋に寝かされていた。綺麗に整えられ、まるで昏睡しているかのようだった。
「そう……そうじゃな。まだ信じられんのだ……」
 と、消え入りそうな声で葛葉は呟く。
「旬介と新月も、晴明様の遺体の前で泣き崩れたまま動こうとしません。蜃様は平気そうにしていますが、相当に強がってるだけですね。それに、甲蔵はまだ小さい。色を失ったショックと晴明様がいなくなったショックで、塞ぎ込んでいます。俺がついててやらないと……夢路を呼ぶけど、それも出来ないから、せめて……俺が」
「すまんな」
 獅郎も切なそうな表情で俯いた。
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