銀の城は心の奥に

惺り

文字の大きさ
19 / 22
第二章 贖罪

18話

しおりを挟む
 セーレは、ゴンドラの窓からエドモンドが倒れる一部始終を瞳に写し、記憶した。そして、彼を殺害したアドモスの顔も脳裏に焼き付けた。セーレの髪が風になびき、銀髪から白髪へと戻っていく。視界がぼやける中、一点を注視する。
 
「アドモス、私はあなたを許さない」
 
 大男は興味を失ったのか、エドモンドを放置し、その場を立ち去った。
 恐怖の権化と化した背中は、深淵を覗くべからず。
 ゴンドラも意志に反して、目的地へと向かった。
 敗者であるセーレとヘーゼルを乗せ、山頂から下流へと進んでいく。その間に、セーレの意識は徐々に薄れていった。
 
(もう限界……)
 
 目的地に着いたのか、ゴンドラががたがたと揺れる。扉が開き、複数人の話し声や歩き回る音が微かに聞こえたが、限界を迎え、セーレは気絶した。
 
◆◇◆◇
 
「おや、お目覚めだね。セーレ」
「アーネス……」
 
 セーレはキャンプの簡易ベッドで目を覚ました。横目を動かすと、隣のベッドは空いている。先程まで誰かがいたようだった。
 
「ヘーゼルは?」
「隣のベッドにいたが、君の治療をしたあと、食糧庫へ向かったよ」
「そう……大事がなくて良かったわ」
 
 アーネスは椅子から立ち上がり、セーレに対し暫く休暇を取るよう笑顔で伝えると、その場を後にした。セーレが休もうと再びベッドに横たわったところ、偵察部隊の一人がお見舞いに訪れた。
 
「セーレ様、任務お疲れ様でした」
「偵察部隊の方々も、援助と密偵調査、お疲れ様でした」
 
 部隊と副隊長を名乗る年配の男性が、敬礼する。
 
「お褒めの言葉、僭越至極せんえつしごくであります」
 
 あまりに大げさな忠誠心に、セーレは驚愕した。
 
「はは……それで、あなた方の部隊長であるエドモンドなんだけど」
「はい。その件はセーレ様もご存知かもしれませんが、エドモンド隊長は戦死されました」
 
 報告を聞き、セーレの胸に胸騒ぎが走る。エドモンドは「戦死」として片付けられてしまったのか。セーレは納得することができなかった。
 
「いえ、あなた方の隊長が戦死したのは……」
「セーレ!」
 
 キャンプテントの入り口を開けたのは、ヘーゼルだった。
 
「お前が何を言おうと、事実は変わらんし、慰めにもならん」
「でも……私たちがもっと強ければ、エドモンドは助かったかもしれない」
「お優しいですね、セーレ様。我が部隊のエドモンド隊長も、良い導き手に恵まれ、誉れだったと思います。それでは」
 
 副隊長はそう言い残し、立ち去った。
 セーレは自身の不甲斐なさと弱さを嘆くしかなかった。
 月の破片が欠けるような想い。自分の力は三日月ほどしかないと嘆く。不甲斐なさを並べても、見え方は変わらない。讃賞ではなく、軽罵けいふを渇望していた。

 そして過去の話を終え、現実のセーレはビィシャアと向き合っていた。
 
「……以上よ」
「そんな……」
 
 暗い表情のまま語り終えたセーレに対し、ビィシャアは話を信じるべきか困惑していた。自分の「行動に意味があったのか」、それとも「無駄だったのか」。頭の中で整理できず、答えの出ない苛立ちに唇を噛む。
 
「いや、セーレ。お前がしっかりしていれば、パパが死ぬことなんてなかった」
「その通りよ。私がもっと泣き虫ではなく、アドモスより強ければ、エドモンドを守れたかもしれない」
 
 責められながらも、セーレは握り拳を固くするしかなかった。
 
「何よ、開き直るの? それが分かっているなら、どうにかできたはずでしょう!」
「無理よ」
 
 ビィシャアが激しく非難するのも無理はなかった。虚しさを隠し通せるはずもない。
 
「あなたには分からないかもしれないけど、私の感情は、あの戦争で壊れているの」
 
 涙を流しても、過去には戻れない。それは、戦争を経験した者にしか分からない現実だった。
 
「私だって、本当は人殺しなんてしたくない」
「なら、そんなの辞めればいいじゃない」
 
 理解されるはずがない。それでもセーレは諦めず、顔を上げた。
 
「辞めればいいなんて、そんな簡単なことはできないの。誰一人止まらないし、辞めてくれない。皆、敵意を剥き出しにして私を見る」
「わからないわ……」
 
 ビィシャアは頭を押さえながらも、セーレの後悔を聞き続けた。
 
「私には、戦争を起こした責任がある。もう一生、償っていかなければならない十字架なの」
 
 ビィシャアはさらに苛立ち、唇を噛む力を強めた。血が滲み出る。その様子を見て、セーレは自分にできることを悟った。
 
「あなたの拘束を解くわ」
 
 力の行使が終わり、セーレの髪の色は銀髪から白髪へと変わる。拘束を解かれたビィシャアは、左手に短剣を握ったまま立ち上がった。白髪となったセーレは涙を流し、その場に座り込む。左手を上げかけては下ろし、短剣は地面に落ちた。
 
「そうか……パパはセーレのために。私のやったことって、無駄だったのかな。はぁ、生きる意味、なくなっちゃった」
 
 その言葉を聞き、セーレは立ち上がる。ビィシャアの瞳が、慕い寄る子のように、彼女の瞳の奥へ飛び込んできた。
 
「いざとなったら、死ぬ覚悟で情報を守れ。王城の捕虜になるな。奴らの情報を奪い取れ――あなたのパパは、そう言ったわ」
 
 セーレの言葉に、ビィシャアの涙は止まらなかった。
 
「娘のあなたも、死んで諦めるつもり? そうじゃないでしょう! エドモンドは間違っているわ。死者の魂と向き合って、父親の良い意思を引き継ぎなさい。情報なんて……死と釣り合うわけないじゃない」
 
 セーレはビィシャアの両肩を力強く掴み、視線を合わせた。
 
「意思を引き継ぐなんて、そんなもの無意味よ!」
「無意味なんて言わせない。エドモンドはあなたを残した。そこに意味を問う必要はない。あなたは生きていなきゃだめなのよ!」
 
 セーレの叫びは、確かにビィシャアの心へ届いた。
 セーレはそのまま、優しく抱擁する。
 
「……本当はね。パパに生きていてほしかった」
「そうよね。つらいわよね」
「私は、あなたが憎い」
「憎み続ければいい。それで、あなたの心が少しでも晴れるなら」
 
 月の彼方へと恨みを託す。
 数えきれない意思を背負った城は、崩れることを知らない。
 深い信念と自由を求め、掬い取った負の感情を、セーレは確かに受け止めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

処理中です...