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第27話 仮想サファリと背中の傷

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(何も心配することはない。古傷が衣服で擦れてしまっただけだから………)
ザァーと強まった雨は、シャワーの流れる音と重なって聴こえた。

私は仕事から帰るとすぐシャワーを浴びるのが習慣だ。
(まだ獣臭が残ってる気がする……。)
ある時から私は、少し潔癖になってしまった。今はもう、仕事するエリアを変わって貰っているのにも関わらず……

「サツキぃ………」
私のミートちゃんは、少し心が弱ってる時、服のままシャワーを浴びている私の背中に抱きついてくる。

「ちょっと、ミートちゃん。制服濡れちゃうじゃない!」
「いいんだよ…洗濯機入れれば…」
「………学校で何かあったの?」
「ううん…サツキの背中の傷見たら……些細なことだって思うから……」
(強がってるけど……甘えてきちゃってるじゃない。絶対何かあったな……)

私の背中には、縫合されて皮膚が盛り上がった後の傷があった。それは、獣に爪で引っ掛かれた形をしていた。

「このせいで、家族と離れちゃったんだろ?私が傷ものにしたせいで……」
「違うのミートちゃん!あの時ミートちゃんが助けてくれなかったら私死んでたの!この傷は私に勇気を与えてくれる……だから、お陰でまだお仕事続けてられるの………」

私は、都市型動物園に勤めている。
サファリパークというものに近いのかもしれない。
自然を模した仮想空間で、動物たちそれぞれにあった環境での住み別けがされている。
その園内には順路があり、お客さんに専用のシャトルバスに乗ってもらい、動物の解説や近くで餌やりなどのパフォーマンスを行う。

「皆さまこちらをご覧下さい!シマウマさんとチーターさんがかなり近い距離に居るのが見えるでしょうか?」
「食べられたりしないの?」
「そうなんです。こんなにも近くにいるとシマウマさんが食べられそうでハラハラしてしまいますね!ですが安心してください。こちらの肉食動物エリアとこちらの草食動物エリアはお互い干渉できない様な構造になっているんです。ですが、お客様から見るとまるでサバンナの風景を切り取ったかの様に一体となって見えませんか?」

「不思議ねぇ。喧嘩したりもしないの?」
「威嚇しあっているのはよく見られますが、一匹一匹を管理出来る様な環境になっていますので、どの子が怪我したのかすぐに分かる様になっております。」
「機械のことはよく分からないけれど、何だか大自然を旅行している気分になれるわね。」
「気に入って下さって、ありがとうございます─」
そんな感じで、お客さんとのコミュニケーションをとりながら終点を目指して進んでいく。

「そしてこちらが次の停車ポイントになります!」

「“自動運転機能解除”お願いします。」私は、もう一人のスタッフに声を掛けた。

カクンッとエンジンの音が切れた。
(ん?何か変な音がした様な……)

「あの牛さんカッコいい!!」
「そうですねぇ。あの牛さんは、オグロヌーといいます。群れで行動していますね。角が生えていて強そうですね!ヌーというのは─」

するとイヤフォンから、スタッフからの声が聞こえてきた。
「再びエンジンがかかりません!もう一度確認した後、本部に連絡を掛けます。」

その時は、良くあるハプニングだ。お客さんに心配させない様に、この場を繋いでいたら、そのうち復旧するだろうと思っていた─

《こちら本部。今其方へ向かっています。状況を教えて下さい。》
《エンジントラブルだと思われます。これ以上の停車は、お客さんにアナウンスを入れ様と思いますが……》

「それでは、私がシャトルの下に行って修繕を試みてもよいでしょうか?代わりにこの場をお願いします!」
「代わりにフォローするのは構わないけれど……外は危険だよ!」
「シャトルの下なら、安全だと思います!」

《斎藤です。原因だけでも確認しにいっても宜しいでしょうか?》
《我々の到着まで、無理はしない様にだけお願いします。》

「斎藤、必ず周囲に気をつけろ!」
「はい!」

私は、シャトルの下へとクリーパーに仰向けになり潜り込んで点検を始めた。
(良かった。ここに砂が入り込んでしまっただけみたい。)
《砂が入り込んでいました。取り除きましたので、起動確認をお願いします。》

外に出るとドゥルンッドッドッドッと細かな振動が聞こえてきてホッとした。

「斎藤!直ぐ戻れ!」
死角から、重量感のありそうな黒豹がゆっくりと迫ってきていた。
綺麗な金色の瞳が私を捕らえていた。
(そういえば…骨付き肉をあげるイベントが控えていたんだっけね…)
硬直した体と平和ボケをした頭がチグハグしていた………

園内のシステムによって住み別けされていたのは、ここに住む動物同士だけだという事を失念していたのだった─

「ひゃっ!!ミートちゃん汚いからそんなことしちゃだめよ……」
「だけど、傷は舐めるもんじゃないの?」
「こうやって……シャワーの流水で流して、後で乾燥しないように後で保湿剤を塗るの。」
「人間ってめんどくさいんだな………」

私は、キュッっとシャワーを止めた。

(良かった。直ぐ雨は止んだみたい。)
(大学時代のアキヨシ先生の課外授業。ゼミの皆でフィールドワークしたのは、ここの博物館の周りだったのかな……だとしても、木が生えてるってだけで、どこも同じ様な風景に見えるのね………)

(アキヨシ先生が授業で言ってた通り、遭難したらその場から動かないように……。皆が気づいてくれるまで漫画でも読んでよっと。)
私は、リュックサックに手を伸ばしたとき、足に小動物の息づかいがあるのに気がついた。
(可愛い!うり坊2匹!)

しかし、目の前には巨体な母猪が目を血走しらせていたのだった─
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