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Xtra.02 帰魂と花火と。
東都 中央地区α+ 五月二十八日 午後一時三十分
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「管理人さーん、おそらすっごい晴れてるよー!風はちょっとだけー」
「おーそうか、ありがとな飛鳥」
飛鳥の天気実況に礼を言いながら、二台設置しているエレベーターの一台へ【整備中】の札を置いて、管理用カードと自身の指紋を認証させる。
普段は自宅のある三十階と屋上は非表示にしているのだが、毎年の今日だけは東都の一大イベントのために特別解放をしている。
昨年越してきた飛鳥は、今夜初めて知る新たな経験に興奮しているらしい。瞳を光らせた満面の笑顔で身体を疼かせていた。
「テンション高いな。今それじゃ夜保たねぇぞ?」
「だってぼく、図書館のホログラムイベントでしか見たことないんだもん。初めてホンモノ見られるの嬉しい!」
(…そうか、Φエリアだと遠くて見えねえもんな…)
階数ボタンでパスコードを入力すれば、屋上を表す【R】の表示。その様子にゲームのようだと喜ぶ少年の頭をワシワシと撫で、もう一台も変更を掛けようと扉を出た瞬間、玄関先から鈍い音が響いた。
「なんだァ?!」
「…毎年恒例、香坂 結衣先生のぶつかり芸」
「疾斗さんそれひどい!判ってて開けてくれなかったんでしょ?!」
「おいおい一枚硝子も安かねえんだぞ、割れてねぇか?」
「まって、心配するのそっちなの?!」
額を紅くさせて頬を膨らませる義妹の鼻先を摘み遊び、幼い子供のように顔を振って嫌がる義妹に笑う。
引っぱられる感覚に視線を降ろせば、長く伸ばされた飛鳥の影が「やめてあげて」と言いたげに服裾を引いていた。
「うー、相変わらずだね疾風兄さん…今年こそ口で勝てると思ったのに」
「俺に勝とうなんざ百万年と四日くらい早ェよ。ま、よく来たな」
受付口から差し出されたタオルを渡せば、汗を拭いながら前髪を掻き上げて悪戯っぽく笑う。
高い位置で一つに纏め上げられた渋皮色の髪が揺れれば、玄関ポーチへ僅かに柑橘の香りが舞い広がって行く。
住人達の会釈を挨拶で返し、管理室の入口前へ移動すれば、不思議そうな顔をした飛鳥がこちらを見上げて首を傾げてみせた。
「うわぁぁかわいい!」
「ふえっ?!」
「疾風兄さんこの子だれ?私きっと初めましての子だー!お名前なんて言うの?」
「ぇあっ、あの、あわゎ……わっ?!」
見ず知らずの人間からの質問にまごつき、抱きつかんばかりに前のめりになる結衣に焦る少年を抱き上げる。
突然の浮遊感に驚いた声が響き、エレベーターから降りてきた住人の視線が此方を向くが、気にしない。
「不審者は身内でも追い出すぞ」
「あはー、ごめん」
「ったく。悪かったな飛鳥、こいつは結衣。俺と疾斗の親戚で、俺の嫁さんの妹だ」
「ヨメさん?ココのキレイなおねえさんのこと?」
「なっ?!」
子供の喧嘩を仲裁した際にチェーンが切れ、落ちた弾みで開いた時に見たのだろう。
子供の言葉は自分達が使うそれよりも率直で真っ直ぐな物だ。
世辞も虚偽もない【キレイ】の一言に、驚いたと同時にに心が和らぐ。
服下のロケットへ触れながら投げられた問いに、擽ったいような感覚を覚えながら頷けば、黄水晶色の目を輝かせて笑う。
「友達と約束がある」と告げる飛鳥を降ろし、手を振って走り出て行くその背を見送って人気が少なくなった事を確認。もう一台のエレベーターの設定を変えて札を畳むと、そわついた様子の結衣が期待するように此方を視線で追いかけてきた。
「…夏着物と髪は後でやってやるから。荷物置きに行くぞ」
「はーい」
昇降機に乗り込みながら気の抜ける返事をする義妹に溜息を落とし、管理室の出てきた疾斗へ日誌と札を渡して扉を閉じる。
階数を選ばず動き出した個室にはモーター音と互いの僅かな呼吸音だけしか無い。
「…年始は悪かったな、そっち行けなくて」
「ちゃんと連絡くれたんだし大丈夫だよ、気にしないで」
微妙な空気の中の静寂に耐えられずに謝罪を切り出せば、困ったように眉を下げた結衣が笑う。
自分達の職業を知る彼女には、年末年始に東都内に起きていた変死体事件の調査をしている事は連絡していた。
深い話を訊ねてくる事は無く、ただ一言「わかった」と言われて以降、その後の事情は話していない。
大袈裟なまでの神妙な顔持ちを見せて「大変だったね」とねぎらう横顔に、妻の面影を僅かに見い出す。
事の顛末を説明出来ないわけではない。しかし、それを口にすれば、繊細な彼女は過去を思い出して顔を曇らせることだろう。
折角の訪問で、古傷にわざわざ心を傷ませる必要は無い。
「それにしても、疾風兄さんも疾斗さんも三十二歳かぁ…あんまり変わらないね?」
「そういうお前も、二十五なのに変わらずちんちくりんだけどな」
「ンなっ?!おばあちゃん達からは[お姉ちゃんに似てきたね]って言われてるんだよ?」
「伊純の胸はそんなペラくねェよ」
「うわセクハラだモラハラだー!!」
「紛れもない事実だろ?」
「うぅ、ま、まだ見込みはある、筈…」
彼氏が出来れば!
揺れ止まるエレベーターの中でファイティングポーズを取る娘を鼻で笑い、何が入っているのか予想出来ない彼女のキャリーバッグを手に、自宅へ繋がる扉を開ける。
「あっ、先に入るー!」
言い切らぬ内に押し退けられ、靴を脱ぎ捨てて上がり框を踏んだ結衣が息を整えて振り向く。
「おかえりなさい、疾風兄さん」
ふわりと笑ったその笑顔に、懐かしくももどかしい感覚に胸が詰まりかける。
声は違うが、下がる目尻やほんのり上がった口角の形は、十年前まで隣にいた伊純の表情によく似ている。
「…あー……ただいま」
なんとも言い難い感情を咳払いで誤魔化し、不覚にも似ていると思った自分に苦笑して、視線を逸らした。
「おーそうか、ありがとな飛鳥」
飛鳥の天気実況に礼を言いながら、二台設置しているエレベーターの一台へ【整備中】の札を置いて、管理用カードと自身の指紋を認証させる。
普段は自宅のある三十階と屋上は非表示にしているのだが、毎年の今日だけは東都の一大イベントのために特別解放をしている。
昨年越してきた飛鳥は、今夜初めて知る新たな経験に興奮しているらしい。瞳を光らせた満面の笑顔で身体を疼かせていた。
「テンション高いな。今それじゃ夜保たねぇぞ?」
「だってぼく、図書館のホログラムイベントでしか見たことないんだもん。初めてホンモノ見られるの嬉しい!」
(…そうか、Φエリアだと遠くて見えねえもんな…)
階数ボタンでパスコードを入力すれば、屋上を表す【R】の表示。その様子にゲームのようだと喜ぶ少年の頭をワシワシと撫で、もう一台も変更を掛けようと扉を出た瞬間、玄関先から鈍い音が響いた。
「なんだァ?!」
「…毎年恒例、香坂 結衣先生のぶつかり芸」
「疾斗さんそれひどい!判ってて開けてくれなかったんでしょ?!」
「おいおい一枚硝子も安かねえんだぞ、割れてねぇか?」
「まって、心配するのそっちなの?!」
額を紅くさせて頬を膨らませる義妹の鼻先を摘み遊び、幼い子供のように顔を振って嫌がる義妹に笑う。
引っぱられる感覚に視線を降ろせば、長く伸ばされた飛鳥の影が「やめてあげて」と言いたげに服裾を引いていた。
「うー、相変わらずだね疾風兄さん…今年こそ口で勝てると思ったのに」
「俺に勝とうなんざ百万年と四日くらい早ェよ。ま、よく来たな」
受付口から差し出されたタオルを渡せば、汗を拭いながら前髪を掻き上げて悪戯っぽく笑う。
高い位置で一つに纏め上げられた渋皮色の髪が揺れれば、玄関ポーチへ僅かに柑橘の香りが舞い広がって行く。
住人達の会釈を挨拶で返し、管理室の入口前へ移動すれば、不思議そうな顔をした飛鳥がこちらを見上げて首を傾げてみせた。
「うわぁぁかわいい!」
「ふえっ?!」
「疾風兄さんこの子だれ?私きっと初めましての子だー!お名前なんて言うの?」
「ぇあっ、あの、あわゎ……わっ?!」
見ず知らずの人間からの質問にまごつき、抱きつかんばかりに前のめりになる結衣に焦る少年を抱き上げる。
突然の浮遊感に驚いた声が響き、エレベーターから降りてきた住人の視線が此方を向くが、気にしない。
「不審者は身内でも追い出すぞ」
「あはー、ごめん」
「ったく。悪かったな飛鳥、こいつは結衣。俺と疾斗の親戚で、俺の嫁さんの妹だ」
「ヨメさん?ココのキレイなおねえさんのこと?」
「なっ?!」
子供の喧嘩を仲裁した際にチェーンが切れ、落ちた弾みで開いた時に見たのだろう。
子供の言葉は自分達が使うそれよりも率直で真っ直ぐな物だ。
世辞も虚偽もない【キレイ】の一言に、驚いたと同時にに心が和らぐ。
服下のロケットへ触れながら投げられた問いに、擽ったいような感覚を覚えながら頷けば、黄水晶色の目を輝かせて笑う。
「友達と約束がある」と告げる飛鳥を降ろし、手を振って走り出て行くその背を見送って人気が少なくなった事を確認。もう一台のエレベーターの設定を変えて札を畳むと、そわついた様子の結衣が期待するように此方を視線で追いかけてきた。
「…夏着物と髪は後でやってやるから。荷物置きに行くぞ」
「はーい」
昇降機に乗り込みながら気の抜ける返事をする義妹に溜息を落とし、管理室の出てきた疾斗へ日誌と札を渡して扉を閉じる。
階数を選ばず動き出した個室にはモーター音と互いの僅かな呼吸音だけしか無い。
「…年始は悪かったな、そっち行けなくて」
「ちゃんと連絡くれたんだし大丈夫だよ、気にしないで」
微妙な空気の中の静寂に耐えられずに謝罪を切り出せば、困ったように眉を下げた結衣が笑う。
自分達の職業を知る彼女には、年末年始に東都内に起きていた変死体事件の調査をしている事は連絡していた。
深い話を訊ねてくる事は無く、ただ一言「わかった」と言われて以降、その後の事情は話していない。
大袈裟なまでの神妙な顔持ちを見せて「大変だったね」とねぎらう横顔に、妻の面影を僅かに見い出す。
事の顛末を説明出来ないわけではない。しかし、それを口にすれば、繊細な彼女は過去を思い出して顔を曇らせることだろう。
折角の訪問で、古傷にわざわざ心を傷ませる必要は無い。
「それにしても、疾風兄さんも疾斗さんも三十二歳かぁ…あんまり変わらないね?」
「そういうお前も、二十五なのに変わらずちんちくりんだけどな」
「ンなっ?!おばあちゃん達からは[お姉ちゃんに似てきたね]って言われてるんだよ?」
「伊純の胸はそんなペラくねェよ」
「うわセクハラだモラハラだー!!」
「紛れもない事実だろ?」
「うぅ、ま、まだ見込みはある、筈…」
彼氏が出来れば!
揺れ止まるエレベーターの中でファイティングポーズを取る娘を鼻で笑い、何が入っているのか予想出来ない彼女のキャリーバッグを手に、自宅へ繋がる扉を開ける。
「あっ、先に入るー!」
言い切らぬ内に押し退けられ、靴を脱ぎ捨てて上がり框を踏んだ結衣が息を整えて振り向く。
「おかえりなさい、疾風兄さん」
ふわりと笑ったその笑顔に、懐かしくももどかしい感覚に胸が詰まりかける。
声は違うが、下がる目尻やほんのり上がった口角の形は、十年前まで隣にいた伊純の表情によく似ている。
「…あー……ただいま」
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