EDGE LIFE

如月巽

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Case.05 奪回

東都 西地区β+ 五月六日 午後八時五十五分

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請負屋は任務の為であれば、個人の依頼で法を侵す行為を伴うことになろうとも全て不問
社会的制裁の必要があると判断した場合、対象拘束後は警察への引渡しが絶対条件
特殊案件にも対応の出来る上位資格保有者は、である彼らから依頼が入ることも多々


 ただし、その依頼は基本速時対応案件であり、のものとして扱われ、表に出る事は無い
 

 大広間と呼ぶに相応しい空間の中、作り付けられた大振子おおふりこ時計を見上げる。
『KT51220、状況は』
「異状なし。依頼人の警護を続ける」
『了解』
 定期連絡を返し、胸元ヘ無線機を戻して青褪める依頼人を一瞥する。
 本来であれば顔を作りカメラの前に立っていたであろう時間だ。実兄からの急な呼び出しと迎えに代理を立てる時間はなく、本格導入が決定された自身の模造機体コピリアへ撮影現場を任せてきた。
 身を置いている事務所は、社長やスタイリストを含めて所属する人間の半分が【請負屋】としての顔を持つ。そのため今日の様な急な依頼が入った場合、その時々に合わせた柔軟な対応を取ることが可能となっている。
 一般警備員制服へ身を包む人間は自分達を含めて十名ほどいるが、その全員が疾風の応援召集に応じた事務所の後輩達だ。
(よりによって関連の仕事とはな…)
 一抹の不安が寄せて来る感情の波を和らげようと呼吸を深く繰り返し、疾斗は応接机に置かれたカードと朝刊の切り抜きを見比べる。
 薔薇のような真紅の煌びやかな印刷が施された名刺状の紙。切り抜いてきた紙面上で黒く塗り潰されている部分に値する部位には、目標物ターゲットと今回の依頼主である[金野 光三]の名前。
(……スペードの5。模倣犯ではなさそうだ)
 白手袋を嵌めた指先で共に置かれた斜め切りのプラスチック製トランプに触れ、背面柄が参考資料に写っていた画像と同種である事を確認する。
 メディアの情報によれば、切られた半分は犯行後に置かれているらしく、トランプに何か秘匿情報があるとあった。
(…最初の数字からカウントダウンしているだけだと思うが)
 実物を見る限り、予告内容が成功した場合にカードが完成するようにしているだけだろう。
一部の事実へ虚実を貼り合わせて誇張する新聞記事を、元よりにはしていないが。

人型機体ヒューマニアロイドの依頼を請けた頃と同時期、旧国時代に流行していたとされる存在が現われた。
能力を悪用し姑息な手段を用いる者が多い現代で、堂々と予告状を渡す大胆さ。
被害件数は西都で二件と北都で三件。
その内容全てを成功させている手腕に、被害の出ていない他都のマスコミも騒ぎ始め、現在では知らない者はほぼ居ない状態になっている。

 政治的要素が関わっていないか、内容確認を政都請負業務監視調査機関本部プル・ファングへ調査を依頼しているが、『現段階では問題はない』と判断されたらしい。万一関わっていることが判明した場合、いかなる状況であっても手を引いて良い、と監視機関最高峰に値する本部から許可が下りているという話だった。
 曖昧に濁しているということは、依頼人の行動へ疑いを持っている可能性があると考えるべきか。
 政治家が依頼人である時点で断りたかった、と言葉を落とした際に浮かべていた疾風の表情が頭に浮かび、小さく息を吐く。

 緊張に乱れる呼吸。
 規則的なトキの秒音。

片手射撃用散弾銃ソードオフ・ショットガンへ専用染色弾を込め、縮こまる男の座る傍らへと移動し周囲へ気を巡らす。
 これまでの情報を基に、助力要請を求めてきた警察と共に屋敷の内外へ警備網は張っている。
予告状へ記載されていた品は普段置いているという場所から別所へ移動済。
 此迄にも同様の条件で職務に当たったことはある。まして今回は、自分の覚えている中では過剰過ぎるとさえ思う厳戒態勢だ。
にも関わらず、いやに背が騒つくのは一体なんだというのか。

─ジジッ…

片耳に留めたイヤフォンにノイズが入り、指を添えて応答する。
「こちらKT51220、どうした」
『はっ……か、ふっ…』
「おい、どうした」
『いぁ…、…っち、ぃ……』
 懸命に言葉を形作ろうとする音に、感度の高い集音マイクは複数の荒れた呼吸を拾う。話そうとする相手を制止し、一方的に通話を遮断。
 邸内何処かの防衛線が落とされたのは明らかだ。通話具を捨て外し、男へ机下に入るよう促す。目を閉じて自身の持場である応接室内へ異音がないか、両耳へ神経を集中させる。
廊下に響く惑う足音。同時に捉える苦しげな咳と呻き。
あからさまな異状事態の中、この部屋へ向かって床石を蹴り歩く音。
 扉へ手を掛けた音を捕らえて何物かが動く気配に反射的に引き金を引き、消音器サイレンサーを抜けた弾丸が影に当たり爆ぜた瞬間、視界が白に染まった。
「…っぐ……!?」
 明らかに不自然で強烈な違和感。目を疾る痛みを耐えて薄く開けば、涙が異常を和らげようと溢れて景観が歪む。
一瞬で部屋を埋めた煙幕は催涙ガスだったか。呼吸を直すべく息を吸おうにも、既に入り込んだ微毒の不快感が喉に絡み咳へ変わる。
「マスクなしで動けるとは驚きです。ここに投げたのは通常よりも濃くしておいたのですが」
 中性的な電子音声が耳を抜けてゆく。音だけを頼りに銃口を向けるも、疼痛が腕から力を奪う。
「下調べは十二分に行なったはずですがここまで警戒されるとはね。少し派手に立ち回り過ぎましたか」
 狭い視界で僅かに見える、目元と片顔を覆う白塗の仮面。機械を通しているからなのか、声に感情の起伏を一片も感じられない。
「少、し…?だいぶ、の、間違い…だな……」
 隠したものの傍を離れることが出来ない上、視覚情報が奪われている現状。聴覚情報だけを頼りに対者へ問い捨てれば、言葉を音にする度に喉が刺されるように痛む。
 白む室内で動く気配に感覚で反応するが、肩へ何かが打ちつけられて僅かに傾ぐ。
 常人よりも狭小な視野。能力を使おうにも、痛みに蝕まれた目では、姿を追う事さえも難しい。
 涙を疼痛ごと指で乱雑に拭い、せめて位置だけでも把握しようと目を無理矢理開こうとした瞬間。

『方角三時・角度六〇ロクマル

耳を通る聴き慣れた声。
即座に反応し、指示の方へ腕を伸ばすと同時に引鉄を引く。
微かな発砲音から僅か数秒。
「っな、なんだ…!?」
 この場で初めて聞く焦り混じりの声に、薄らぐ靄に警戒しながら左目を完全に開く。
「見えて、いなかった筈じゃ…」
「…な」
 発光インクの青灯を頼りに視線を動かせば、塗られた左胸を片手で握る兇人が此方へ顔を上げている。塗料を拭おうと手を滑らせれば被害は拡まり、仮面下の表情は判らないが、広角が苛立ちを語る。
「お前…ただの、警備員じゃあ」
「雇われ警備員だ」

 喉に引っ掛かるような痛みを堪え、言葉を切った刹那。
一拍の空白を置き、対象が突如呻いて手首を抑えながら項垂れる。
毛足の短い絨緞じゅうたん引きの足元、靴先に何かが触れた感覚に目を下ろせば、針先を朱に濡らしたワイヤーダーツが転がった。
「あー…ったく、投げ辛ェコトこの上ねーわ……狭ェし」
 張り詰めていた緊迫の中、まるで子供が遊びに飽きたように机下から這い出た男が首を回す。
また痛み潤み始めた目を拭えば、鋼の糸を弾いて手元に短矢を呼び戻した実兄が、眉間に皺を刻んで愉快犯を見据えている。普段のような笑みを浮かべる事はなく、室内を充す静かな怒気に気圧されるように怪盗は僅かに後退る。
「監視室には……確かに、金野が…」
の髪だけで判断したのか?とんだマヌケがいたもんだ。此処で引きゃあ、手首と趣味悪ィ仮面の刺し傷で終いだ。やり合うってんなら……」

容赦する気はねェぞ。

普段と変わらぬ声色の奥、籠められた憤怒。
彼の常日頃を知る自分すらも、僅かに寒気を感じる布告。目前の敵手も何かを思ったのか、僅かに口角を強ばらせながら更に一歩引く。
 背に羽織る外套マントを身に巻きつつ窓辺へと走る。インクに塗れた革手袋のまま、指を鳴らす動作を見せると同時、中庭を望める大窓が開く。
「諦めませんから」
一言電子音声が落とされると同時、何かを投げたその身は窓外へと消えた。
「…さて、これで暫くは出てこられねえだろ」
「多分な。痛っ……」
 目に残る違和感に伸ばした手が掴まれ、手のひらへ小さな硬質ケースが渡される。
涙に滲む視界に映る眼薬の蓋を外し、冷感に瞳を閉じて暗む世界の中、疾風が僅かな足音を立てて何処かに向かう。
「……JOKER、ね。盗めなかったから代替カードってところか」
「どれにも成り代われるからな…」
 漸く取れた疼痛に息を抜き、ゆっくりと開いた目の前に見せられたカードは、やはり対角線で切られていた。
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