イサード

春きゃべつ

文字の大きさ
上 下
31 / 38
迷いの森 ユーダ

違和感

しおりを挟む
 

「うわぁ……」

 振り返った瞬間。

 深紅の瞳を大きく見開き、アックスは小さな声をもらした。

 奇妙な出来事というのは、意外と立て続けに起こるようだ。

 そこそこ広い空間には、石で出来た縦に細長い物体がぽつんと置かれている。

 目の前は、ひたすら真っ白。

「外もこんな感じだったよ…」

「そと…?」

 背後からかけられた声に顔を向け、どういう意味なのかと眉をグッと寄せる。

 記憶では、鬱蒼とした森が広がっていたはず。

 思い浮かべてみて、ちょっと違うなと思い直した。

 頭上にという表現の方が正しいだろうか?

 おそらく地下遺跡のような場所に、自分はいたはずだ。

 上下に伸びたトンネル…

 こことは、程遠い場所……

 「……あれ?」

 ここは建物の中なのか?

 なんとなく胸の内にもやっとしたものが広がっていく。

 違和感、とでもいうべきか…

 「…どうしたの?」

「あ…いや。改めてなんか変なとこだなって思ってさ…」

 眩しいくらいに明るい部屋には、窓や明かり取りの類いはなく。

 それなのに光源の元がどこにも見あたらない。

 もやもやが増してきて、顔を顰めた。


 シグマかれも言っていたが、まるで夢の中に放り込まれた気分だ。

 目覚めるまでの間に、いったい何があったのだろう。

 森でさ迷い、広場を見つけ、穴に落ち、足音に驚き、近くにあった柩の中へと隠れた。

 強烈な光。

 それから気を失って……

 順繰りに記憶を辿っていく。

 目覚めた時には、すでに黒いドロドロの中にいた。

 部屋の明るさを差し引いたとしても、ここが元居た場所だとは到底思えない。
 
 再び視線を彷徨わせ、あるべきはずの物がない事にふと気づいた。

 ここには、影すらない。

 このヘンテコな空間で出会った少年へと、ゆっくり向きなおる。

「なあ、シグマ。外もこんなだったってどういう事?」

 考える事をいったん放棄してたずねれば、彼は若干困惑の色を表情に浮かべ口を開いた。

「……そのままの意味だよ。真っ白な空間が広がってて…」

「真っ白な空間…」

「そう。とにかく真っ白なんだ。気がついたらその場に居たっていうのが、近いのかな…」

「気がついたら…」

 ただ繰り返すだけのこちらの言葉に頷くと、彼は奥の方に置かれた細長い物体を指差す。

「ちょうどあんな感じの台座があったんだ。……その台座の上に、青い光が浮かんでてね。移動しはじめた光を追って、この場所まできたんだ…」

「移動しはじめた…青い光が…?」

 こちらの様子を見て、シグマが自分の頭をクシャリとかく。

「…こんな説明じゃよく分からないよね」

 僕にもよくわからないものと、彼は苦笑いを浮かべる。

「んー、たしかに謎だらけだな…」

 説明がというより。

 聞けば聞くほど、わけがわからない状況だ。

 打破する為に、ひとまず何が重要かを考えてみる。

「あー、じゃあさ。いったんお互いの状況を整理しよう」

 そう切り出すと、シグマが同意するように頷く。

「まずはじめに。シグマはここに来る前どこにいたんだ?」

「記憶が飛んでるんじゃなきゃ…、トスカ村の祭壇にいたはずだよ…」

「トスカ?」

「そう、リディア島にある…」

「リディアっ!?」

 聞き覚えのある名前だ。

 突然飛びつかれたシグマはといえば、目を丸くしながらコクコクと頷いている。

 同じ島にいたって事は、元々そう離れた場所にいたわけでもないのだろう。

 こんな状況になった共通点くらいは、見つかるかもしれない。

 俄然やる気が湧いてきた。

「なあ、その村ってカルスの街からは近いのか?」

 これを機に、最後に滞在していた街の名を口に出してみる。

 瞬間、シグマの表情がほんの少し明るくなった気がした。

「ああ。それなら森を挟んで反対側にある街だよ。僕達カルスの街に向かおうとしてたんだ」

 聞き覚えのある街や、島の名の威力というのは絶大だ。

 別に何が改善したというわけでもないのに、根拠のない安心感がむくむくとわきあがってくる。

「街で変な化け物に襲われてさ。森に逃げ込んだら迷っちゃったんだよ」

「森?それってユーダの森の事だよね…」

「たぶんそうっ!一緒に来た奴らとは、散り散りだし。真っ暗だし。変な草は生えてるし。妙な場所に落っこちるし。目が覚めたと思ったらこんな場所だろ?ほんと勘弁してくれって…感じ…」

 一気にまくしたてた挙句、愚痴までもがポロッと飛び出した。

 ほんの少し前まで警戒しまくってたのに、安堵感とはこわいものだ。

「あ…悪い。つい…」

 急に小っ恥ずかしくなって謝ったけれど、不安だったのは彼も同じだったようだ。

「大丈夫、その草なら僕も知ってる」

 あれは厄介だよねと困ったような笑みを浮かべ、彼は同調するように頷いた。


続く 

しおりを挟む

処理中です...