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迷いの森 ユーダ
立ち塞がる壁
しおりを挟むわかれ道を南へ進むと、山の斜面に雫のような形の裂け目が現れる。
その裂け目の奥に彼らはいた。
~~~~~~~~~
自然と戯れよう
緑溢れる村
トスカへようこそ
~~~~~~~~~
「って。……戯れ過ぎだろ、これは」
刻まれた文字をやっとの思いで読み終えた黒髪の青年は、思わずげんなりとしてむしり取ったばかりの切れっぱしを石柱に投げつけた。
ちぎれた蔓草が目の前でシュルシュルっと蠢いて、あっという間に文字を覆い隠していく。
そんな光景を苦々しい思いで睨みつけていると、追い打ちをかけるように背後から「野宿決定ですね」と告げられた。
すっかりいつもの調子を取り戻したルディウスである。
「ああ」と顔だけ振り向けて「こりゃ野宿するより他ないだろうなぁ」と肩を落とす。
今の今まで格闘していた蔓草に悪態をついて、その場にどかっと腰を下ろした。
傍らにこんもり積まれた雑草の切れっぱしがなければ、お前ら今まで何をしていたんだと言われそうな状況だ。
わかった事は村の名前と村にはたどり着けそうにないという現状である。
まあ、たどり着く以前の問題なのかもしれないが…
「しっかし、なんなんだこの草は…」
「さあ、私も初めてですよ。この島に来てからこんな現象に遭遇するのは。術が施されているというわけではなさそうですが…」
群生している蔓草に顔を近づけて愛用の銀縁を押し上げると、ルディウスはこちらに視線を戻して「どうしますか?」と首を傾げた。
「気になるようでしたら、もう少し離れた場所に…」
そう言って、背後の岩壁の窪みへチラッと視線を向けてみせる。
周辺には荷を積んだ馬と相棒と数刻前に保護した銀髪の少女の姿。
「いや。どうせ今日は野宿決定なんだろ。それなら早めに準備しちまった方がいい。わざわざここに村がつくられたって事は、この先に休息できる場所がなかったって事かもしれないしな。旧街道のど真ん中で野宿なんてのは嫌だろ?」
「ええ、まあ…」
片側が崖になっているような場所で一晩過ごすよりは、再生しまくる草の方が幾分かマシだ。
山の斜面を削り取っただけの簡素な道を思い浮かべ、もっとも害意がなければの話だがなと、群生する蔦らしき代物に視線を戻す。
「なんだか壁みたいだな…」と呟いて、ふと立ち寄った村で見知らぬ男に絡まれた時の事を思い出した。
「そういや、聞いたか?あの噂…」
見上げると、問われたルディウスが怪訝な表情で「何です急に」と眉根を寄せる。
「いや…これ見てたら、なんか思い出しちまってさ」
「…もしかして、あの妙な化け物の事ですか?ここ数日で出没する頻度が増えたとか…」
「そう、それなんだけど。ここ最近の妙な現象は、オルグノヴァの前触れに違いないって言ってた奴がいてさ」
「オルグノヴァ…どこで聞いたんです。そんな話…」
さらに眉を顰めたルディウスに「ポノの村の酒場で…」と、肩を竦めてみせる。
「この世の終わりみたいな感じだったから、気になってたんだよ。天変地異みたいなもんなのか?」
「まあ、天災といえなくも…。うつ」
「ルディ、オメガ~」
何事か言いかけたルディウスが、声の方へと振り返る。
どうやら話はいったんお預けのようだと諦めて、オメガは手を払い立ち上がった。
振り返れば、シグマがこちらに向かって手を振っている。
「どうした?」
「お湯が沸いたから、休憩しよう」
走り寄りながら群生する蔓草にチラッと視線を向けて、彼は「どうだった?」と首をかしげた。
走り書きのように村とだけ書かれた目的地が、この辺りにあるはずなのだが…
「地図の書き込み通りだな。トスカ村だとさ。ちなみに矢印はこの奥を指してた。けど…」
「けど?」
「こんな状態だぞ。到底人が住んでるとは思えない」
そうだよねぇと暢気に残念がる相棒に、懐から取り出した地図をひらつかせて大袈裟に溜息をつく。
「誰だっけなぁ。コカの村へ引き返すより、こっちのが近いとか言った奴…」
「ひょっとして、僕のせいって言いたいわけ?さっきは賛成してたじゃない」
「でも、いいだしっぺはお前だろ?」
「それは、そうだけどさ…」
「ふふふ…」
口を尖らせたシグマを見て、後から追いかけてきた銀髪の少女が「仲良しですね」と楽しげに微笑む。
行動をともにして数刻しか経っていないが、あんな場所で倒れていたにもかかわらずのほほんと和んでいるあたり、シグマといい勝負かもしれない。
とはいえ、ルディウスの提案でここまで連れてきたものの、結果的に巻き添えくわしちまったんじゃないかと頭を掻く。
「それより、嬢ちゃん…って、おい!」
野宿になる事を告げようと向きなおり、地図を取り上げられてオメガは慌てて振り返った。
「まったく、大人げない」
「は?いや。…ちょっと揶揄っただけだろ」
言い返したオメガにルディウスが「揶揄う?」と、形の良い眉をピクリとあげる。
「貴方いくつですか?」
「いくつって…お前も大概だけどな」
顔を顰めて、それより話す事あるだろと先を促す。
「こちらで同行を願っておいて、申し訳ありません。どうやら一晩ここで過ごす事になりそうです。辛抱していただけますか?」
打って変わって穏やかな口調で告げると、再び眉間に皺を寄せて振り返る。
地図の裏面をグイッと突き出され、思わず後ずさる。
「距離感が滅茶苦茶な上に、アバウトすぎです」
「んあ?ああ、確かにアバウトすぎって…。言っとくけど、俺が書いたんじゃないぞ!」
「貴方に地図を描く才能はなかったみたいですね」
大袈裟すぎるため息をついて、雫型の書き込みの下に先に伸びる歪な線状の道を指差す。
「少し偵察してきます」
「わかった。…って、それ書き加えたの爺さんだかんな!」
馬の方へと向かっていくルディウスの背中に、念押しで誤解だと叫ぶ。
やる気のない仕草で軽く手を上げると、彼は緩やかなカーブの先に消えてしまった。
続く。
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