イサード

春きゃべつ

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迷いの森 ユーダ

女神の涙

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 ーーー見つけたーーー

 そう、聴こえた気がして

 一気に肌が粟立った。




「ーーーきな泉でしょう。サイセイノイズミって言うのよ」





 突然放り込まれた声に、ハッとして顔をあげる。

「え?なんて…」

 何が起こったのかわからずに辺りを見回すと、いつの間にか皆が揃ってこちらを見ていた。

「…シグマさん?」

 心配そうに覗き込むシンシアに気づいて、目を瞬かせる。

「……あ、ごめん。…大丈夫だよ。ちょっと、ぼーっとしてたみたい」

「ぼーっとねぇ…」

 お前は大抵寝ぼけてるよなと軽口を叩き、オメガが頭を小突いてくる。

 覗き込んだ彼の顔には、口調とは裏腹に大丈夫かと書いてあった。

 なんだかんだと文句を言いつつ、面倒見が良いのだ。

「大丈夫だよ」と言うと、本当かとでも言いたげな表情を浮かべて頭にポンと手を置かれた。

「…すみません、聞き逃してしまって」

「ああ、気にしないで。大した事じゃないのよ。ただじーっと見てたから、泉に興味があるのかと思って…」

 ユアナの方へ視線を戻すと、彼女は片手を顔の前でひらひらと振った。

 それから泉の水面に視線を落とす。

還る 源の 泉かえる みなもとの いずみ と言う意味で、還源の泉さいせいのいずみっていうのよ」


還源の泉さいせいのいずみ…」

 反芻しながら、暗い水面を見つめる。

 名前の由来が知りたいかと訊かれ頷くと、よしキタとばかりに彼女は皆の顔を見渡した。


 この世界に伝わる誰もが知っている神話。



 はるか昔、闇の囁きに耳を傾けた王がいた。

 王は不死を望み、闇はそれを利用した。

 王は望みの代償をその身に受けて、世界は闇に閉ざされた。

 終焉の日に怯えた人々は、旧世界かつてのせかい最後の神の元へと救いを求める。

 女神はこの世界の有様に胸を痛めていた。

 人々の救いを求めるコエを聞き。

 零した涙は虹色の石となって砕け散り、その欠片は力を宿し、世界中へと飛び散った。

 それは至る所で、奇跡を巻き起こしていく。

 朽ちかけた世界を甦らせ、争い続ける者達はそれぞれの在るべき場所へと。

 世界を分断する事で、この地は平穏を取り戻した。

 女神は永い眠りにつき、楽園と共に消え去った。

 それが第三世界イサード始まりの物語である。

 ふぅーっと大袈裟に一息つくと。

 彼女は語り口調をやめて、ここからが重要なのと再び皆の顔をぐるりと見渡す。

「女神様が零した涙の石の一欠片が、この地に落ちて泉となったの。魔物の大反乱で失われかけたこの森を救ったともいわれてるわ。だから還源の泉さいせいのいずみってわけなのよ…」

「おいおい。俺ん時ゃ、封印の泉って聞いたぞ。大いなる力を封じ込める為の水の棺だってな」

 満足気に話し終えたユアナに、遅れてやって来たダイナが背後から茶々を入れる。

 彼女は振り返って、そうだったかしらと肩をすくめた。

「まあ村長の話は、毎回毎回微妙にくい違ってるからなぁ」

 どれが真実ほんとうかは、神のみぞ知るって感じだけどなと豪快に笑う。

「還源の泉に封印の泉ですか…。女神が世界を分断したというのは、初めて聞きました」

「この島特有の説なのでしょうか?」

 ルディとシンシアが、興味をそそられたらしい。

 ふたりの視線を受けて、ユアナが首を捻る。

「特有かどうかはわからないけど。他所にどんな伝承があるのかは、ちょっと気になるわね」

「大陸では、神獣説が有力なようですよ。原石に宿ると言われる聖なる獣が、秘境と呼ばれる場所で石とともにひっそりと眠り。約束の日に目覚めると信じられているようです。場所によって多少内容にズレはありますが…。共通点と差異の部分を考えてみると、なかなか興味深いです」

「そうか?」とオメガが片眉をあげる。

「どれも女神信仰を広める為の、ありきたりな話に思えるんだけどな。そもそも女神が存在して、そんなご大層な力があったんなら。世界の終わりが来る前に、何とかすれば良かったじゃないか」

 そう言われてしまうと、元も子もない。

「てか、国の始まりなんて、正直どうだって良いだろう?」

 「不粋な人ですね…」

 ルディウスが顔を顰め、ダイナはどっちもわかる気がすると頷いた。

「でも、まあ。伝説なんてそんなもんさ。どこも観光客集めに必死なんだよ。生活がかかってるからな。それにしても村長の話し方がよぉ…」

「もう、ダイナったら夢がないわね」

 何が可笑しいのか思い出し笑いをするダイナを尻目に、ユアラが目を細めて手招きした。

 痺れを切らしたオメガが、口を開く。

蘊蓄うんちくはいいから、早く行こうぜ。」

 歩く度に水が滲む歩道を、ドカドカ進んでいく彼に続く。

 さして時間もかからずに、二階建ての石造建築物へとぶち当たった。

 一段高い場所に建つ両開きの扉は、全開状態で固定されている。

 両手に木片を持ち、腰帯にはてんでバラバラな剣をぶら下げた村人達が、忙しなく往来を繰り返していた。

「あの人達は?」

「警備の方々なのですか?」

 シグマとシンシアが、口々に尋ねる。

「祭壇周辺の修復がメインよ。警備というよりは、護身の為にね」

 そういや剣置いてきちまったなと舌打ちし、オメガが顔をあげた。

「祭壇の修復?」

 彼女は頷いて、建物の遥か先を指差す。

「マホロの祭壇って呼ぶ人もいるわ」

「奉納していた宝が盗まれたという祭壇ですか?」

 ルディウスに、ユアラが頷く。

「よぉ、悪りぃがあんたら先行っといてくれ。俺はザックスにちょっくらさっきの話伝えてくっからよぉ」

「あ、お願い。じゃ先に行って様子見てくるわ!」

 小走りに通り過ぎたでかい背中へ、ユアラが告げる。

 彼は片手だけあげ、建物の中へと消えてしまった。

続く。
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