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第9話

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 子どもたちが帰ってきて、宿題を済ませてからお土産のケーキをみんなで頂いた。
 美味しいと評判なだけあって、柴乃も柊斗もあっという間にぺろりと平らげてしまう。
 私が食べたのは定番のショートケーキだったのだが(チョコケーキやモンブランと全部違う種類で、一番見た目の華やかさが欠ける物が最後に残っていた)、クリームがしつこくなく甘すぎず、スポンジもしっとりふわふわでとても幸せな気持ちにさせてくれた。
 本当にいいお義母さんで私は幸せ者だなぁ、なんてしみじみ思う。美味しいケーキとこれから亮と二人でお出かけをして、美味しい物を食べられる時間を用意してもらい、帰ってきてお義母さんの靴を見て悪態を吐きそうになっていたことなんて私は忘れていた。
 ケーキを食べ終えた子どもたちに、
「今晩おばあちゃんの家にお泊りする人?」
 と聞くと、二人はすぐに手を上げた。そして、用意しなきゃと子ども部屋に慌てて行く姿を見ながら、三人で笑いあった。

 柴乃と柊斗とお義母さんを送り届け、助手席で一息吐く。
 お泊りと聞いてから始終はしゃぎっぱなしだった二人のことだ。しばらくお義父さんとお義母さんに相手してもらって、すぐに眠りについてしまうだろう。
「それで晩御飯は何を食べに行こうか? やっぱり焼肉だよな」
 亮に話しかけられて今は亮と夫婦の時間を大事にしようと気持ちを切り替える。
 正直美味しい物ならなんでもよかった。ゆっくりできればそれでいい。子どもたちと一緒だと、どうしても切り分けたり、こぼしたものを拭いたりと手がかかって、ゆっくり自分の頼んだものを食べている暇など外食時にはない。
 亮は食べ放題のあるいつも行っている焼肉屋さんに車を走らせた。
 店に着くとまだ早い時間だからかお客さんはまばらで、すぐに席に通してもらえた。
 好きなお肉、好きなサイドメニューを好きなだけゆっくりと食べ、亮と会話もしつつ、二時間の幸せを堪能する。
 久々の夫婦水入らず。今夜はどれだけ遅く帰ってもいいし、すぐに帰ってゆっくりしたっていいんだ。そう思うと、とても自由で開放的な気分だった。
「これからどうする?」
 焼肉屋さんを出て車に乗り込むと、私は少し興奮気味に亮に訪ねていた。
「ゲーセンにでも久しぶりに行く?」
 その言葉に大きく頷いてシートベルトをかちゃりと締めた。

 ゲームセンターで、はしゃぐ歳ではないと自覚はしているのだが、子どもが生まれる前まではちょこちょこと足を運んだデートスポットに久しぶりに来てテンションが上がってしまう。
 子どもたちとも時たま来ることはあったが、メダルコーナーに直行していたし、私はメダルゲームで遊んでいる所を見守るだけだった。
 クレーンゲームの中の景品をゆっくり眺めて回る。子どもたちが一緒ならそんなことはできない。なんでも欲しいといっては、人がさんざんお金を突っ込んで取ってあげたのにすぐに飽きてしまう。
 あっ、これ……。三本の爪が上にぶら下がる、比較的小さなクレーンゲームの中の景品に目を止め、立ち止まる。
 最近かわいいと思っているキャラクターの小さなぬいぐるみに見入っていると、亮が横に来て声をかけてきた。
「それ、欲しいの?」
 気持ちとは裏腹に首を横に振った。昔はデートでゲームセンターに来るたびに、ぬいぐるみやらお菓子やら取ってもらったし、それが楽しかった。
 しかし、結婚して引っ越す時に大部分を手放すしかなかったし、子どもが増えて場所を取ってしまうぬいぐるみたちを泣く泣く処分したこともある。
 ただでさえ家は子どものおもちゃで溢れているのだし、いくらで取れるかもわからない。
「ほんとにいらないの? 最近好きだっていってたじゃん」
「そうだけど、ぬいぐるみを取ってもらう歳でもないし……」
「好きなものに歳なんて関係ないだろ」
 そういって亮は百円を入れた。
 アームが動き出しぬいぐるみを掴む。少し持ち上がったがぬいぐるみはすぐに落ちた。
「これなら、引き寄せて取れるかな。そんなに壁高くないし」
 なんのためらいもなく追加の百円を入れ続ける亮。ぬいぐるみはじりじりと落下口に近づいていき、やがて取り出し口に落ちてきた。
 かがんで取り出したぬいぐるみを亮が手渡してくれたので、両手で器を作るようにして受け取る。
「ありがとう」
 手の中にはころんとしたぬいぐるみがおさまっている。
 私のためのぬいぐるみ。それが無性に嬉しくて、他の場所を見に行こうとする亮の腕に思わず抱きついてしまった。
 バカップルに見えるだろうか。そんなことをちらっと考えたが、たまにはこういう子どもの前ではできない夫婦っぽいことをしてもいいはずだと思って周りの目は気にしないことにした。
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