HOTEL SH

皐月 ゆり

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401号室

第四話

 自宅から車で四十分程の実家に夫と行くことになった。
 数日前に母から連絡があり、近いうちに夫と家に来てくれないかといわれた。
 突然のことに何か重大なことでも起こったのかと心配しても、たいしたことじゃないけれど大事なことだから二人で来て欲しいと内容は濁されてしまった。
 急な用事ではないけれど早めに来て欲しいといわれれば、早めに時間を作るしかない。
 たいしたことじゃないといわれていても、実家に着くまで気が気じゃなかった。
「いらっしゃい」
 家に入った私と夫を、母は満面の笑みで出迎えてくれた。その笑顔に少しほっとする。
 せっかくだからお昼は一緒に食べましょうといわれて昼前に来たけれど、食卓の上に所狭しと料理が準備されていることに驚く。
「今日って何かのお祝いなの?」
 思わず漏れた感想に母は父と目配せをする。
「お祝いってほどではないけれど……。食べながら話しましょ」
 私たちは促されるまま席について料理を食べた。
 出前の寿司と母が作ったであろう煮物や揚げ物の数々。大人四人ではとても食べきれない量だった。
「久しぶりに作り甲斐があったわ。お父さんと二人じゃ揚げ物なんて重くて色々食べれないもの」
 にこにこと唐揚げをほおばる母。
「私たちだって油物がきつくなってくる年齢なんだから。ちょっと作り過ぎよ」
 そういいつつも久しぶりの母の手料理は美味しく、次々と口へ運んでしまう。
「余ったら持って帰ってもらおうと思って作り過ぎちゃった。油がきついっていっても私たちほどではないでしょ?」
「そうだけど、食べきるのに何日もかかりそう」
 上機嫌な母にどれだけ持って帰らせる気なんだろうと思いつつも、しばらく料理の手が抜けると内心喜ぶ。
 母は料理が好きだが、私は好きでも嫌いでもない。
 父と夫は母と私の会話にがっつり入ることはないけれど、相槌をうったりひと言二言と言葉をはさみつつ和やかに食事は進んだ。
 それぞれの箸が止まりがちになってお腹がほどよくふくれた頃、父が口を開いた。
「母さんと二人で田舎に引越そうかと思っているんだ」
 何気なく放たれたひと言に一瞬思考が遅れる。
 父は去年定年退職をした。昔仕事を辞めたら田舎でのんびりもいいなというのを聞いたことは確かにある。でも、本気だとは思っていなかった。
「そんな突然……」
 いい大人なのに両親が遠くに行くかもしれないということに不安を感じてしまい、つい反対したくなったがぐっと堪える。
「前から準備はしていたんだが……。踏み出すのが少し不安でな、伝えるのが遅くなってしまった。だが、足腰が元気なうちに行動せんと一生行けんと思って決めたんだ」
 その言葉に、行くことはもう決定してるんだ、これは相談ではなくて報告なんだと悟った。
 不安や戸惑いから脈が早くなっていくので、一つ大きく息を吐いた。何を聞けばいいんだろう。
 そう悩んでいる私よりも早く夫が口を開いた。
「どこら辺に引越すんですか? その、お二人だけで知らない場所にとかってことならとても心配ですし」
 落ち着いた夫の声に私の上がった心拍もゆっくりになっていく。
「田舎といっても県内だよ。ここから車で三時間ほどだったか。友人が農作をしていて、何か飲食店をしたいと思うんだがという相談をされたのが始まりでな。何度か遊びにもいっていって、いい人ばかりなのはわかっているし、母さんは料理が好きだし、楽しい老後が過ごせそうな場所だと思って決意した」
 父の声が心なしか弾んで聞こえた。
「それなら大丈夫そうですね」
 そういってから夫は私に他に聞きたいことはあるかと目配せをする。
「この家はどうするの?」
 父と母は私の問いに顔を合わせた。
「これは二人がよければなんだが」
 そう前置いて父が話し出す。
「母さんと話して、できれば向こうで骨を埋めるつもりで行くんだが家は残しておきたいと思っている。父さんもそれなりに貯めてきているから引越すために今すぐお金が必要ってわけでもないしな。
 ここは立地もいいし、病気や怪我で向こうで二人で暮らすことが困難になることもあるかもしれない。その時のためにも家は残しておきたいが、往復六時間で通っての家の管理は難しい。
 だから、よければ代わりに住んでいて欲しいんだ。
 好きに使ってくれてかまわないし、家賃もいらない。
 何かあった時にこっちに帰ってくることがあれば世話になるかもしれないが、万が一私たちが戻ってくることになれば同居でも別居でもかまわない」
 実家がなくなるのは嫌だったが、突然代わりに住んでくれといわれても困ってしまう。今は賃貸に暮らしているし、家賃も払わなくていいのなら魅力的な話しではあるけれど。
 ちらりと夫を見ると戸惑っているのがわかった。
「引越すとなれば環境も変わるし、嫌ならそれはそれでかまわない。セリカには時々家に来て風通しくらいしてもらうことにはなるが。でも、一度考えてみてくれ」
 父の言葉でその話はいったん終わった。
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