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36.新たな敵
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エルの城の最下層、多くの魔物で犇めき合う深部。
最も広い空間を持つこの場所は、常ならば魔獣や魔人といった、魔物のなかでは「下等」と類される魔物が過ごしている。
その場所を比較的人に似た姿を保つことのできる魔物が訪れることは滅多になく、下等な者たちからすればそういった魔物はまさしく「住む世界が違う相手」である。魔族が姿を見せれば何か命令が下ったのかと色めき立ち、下級貴族が現れればそれこそ一大事だと騒ぐ。増して、城の幹部や四天王など彼らにとっては雲上人も同然。
ところが、今まさにその光景がこの深部で繰り広げられていた。
最上階、魔物の多くが足を踏み入れることのできない場所から降り立ったのは城主のエルで。
そこから次々と四天王や幹部の姿が現れ、少数で乗り込んできた勇者の一行と対峙している。ついには討ち取ったはずの先代勇者まで現れ、最下層は既に最終決戦の様相をみせていた。
「やる気になったのは歓迎だが、碌に使いこなせていないようだな」
熱風に乱れた緋色の髪を掻き上げて、魔物の長であるエルがそう指摘する。
「……そうみたいだね。やっぱり借り物の魔法石じゃ加減が難しいのかも」
手にしていた魔法剣をしげしげと見つめて、そう返すのは先代勇者のスノウだ。
「借り物?」
「うん。アイシャからちょっと」
てへ、とでもいいそうな軽い調子で、スノウは悪びれもせずにいう。
それを受けてエルの視線がつと別方向に投げられた。退いた魔物たちの間を射抜く鋭い視線は、まっすぐアイシャに向けられている。
「アイシャ……」
「あー、申し訳ありません、油断しまして」
アイシャにはそう返すしか選択肢はない。事実、油断は油断である。
エルの怒りを買うのは勘弁したかったが、嘘や弁解はそう上手い方ではないのだ。怒られる覚悟で、一方ではスイの一刻も早い帰りを祈りつつ、答える。
スイが戻ってくれば、怒りの矛先は他に向くだろう。そして何より、この微妙な空気を変えて欲しかった。
勇者が勇者へ攻撃をし、それを魔物が庇うという、この奇妙な事態の空気を。
その気持ちが通じたわけではないだろうが、エルはそれ以上アイシャを咎めはしなかった。
呆れたようなため息をひとつ零して、エルの視線はすぐにスノウへと戻る。
「まったく……仲裁するつもりならもっと上手くやれ」
「いや……うん、そのつもりではあったんだけど。なんだ、ちゃんと聞いててくれたんだ」
「何が重要かはわかっている」
お前よりは見えているからな、とエル。
両者の間に漂う空気は、酷く気安い。スノウが勇者らしからぬ軽さで話していることも一因だが、それを受けるエルの側にも殆ど気負いというものがなかった。それどころか、殺気や警戒するそぶりもない。
これまでの事情を知るアイシャとしては納得できる光景ではあるのだが、他の魔物からすれば呆然と見守るしかないだろう。恐らく事態を把握するだけで手一杯のはずだ。
そしてそれは魔物に限ったことではない。
エルに庇われた形の「六代目勇者」もまた、混乱の極地にあるようだ。先だっての激昂はなりを潜め、呆然と目の前で繰り広げられる魔物と勇者の会話を聞いている。その彼の背後に控える仲間たちもまた同様に、ぽかんとしていた。
なんだこれ、とアイシャは思った。
構図だけみればまさしく『最終決戦』なのだが、殆どの面子が状況に取り残されて間抜け面を晒している。
情報が確かなら、すぐそこに城の存亡の危機が迫っているというのに、緊張感の欠片もない。
「……もうどうでもいいから早く戻ってきてくれよ、スイ」
思わずアイシャが小さく独り言を漏らしたとき、背後からざわめきが起こった。
見れば、水色の細い影が魔物たちの間を進んでくるところだった。彼の姿に魔物たちが道を譲る様は、さながら潮が引くようだ。
アイシャはすれ違いざまに軽く声をかけた。
「遅かったな」
実際はほんの一時だったが、アイシャには一時間以上にも感じられた。そう思っての言葉に、スイは何かを察知したのか特に反論することもなく、頷いて応じる。
「戻ったか、スイ」
スイの姿に気付いたエルが、声を投げる。魔物たちの間を足早に進んだスイは、エルの傍へと進み出ると頭を垂れた。
「確認が取れました。ご報告はこちらでよろしいですか」
周囲を一瞥して、スイが許可を求める。
鎮まってはいるものの、その場は様々な魔物が入り乱れている。しかもそこには未だ戦闘体制の敵がいるのだ。極秘とはいかなくとも城の大事に関わることである。スイが躊躇するのも仕方なかった。
「ああ、構わん。いちいち場所を移していられるほど暇はなかろう」
エルが鷹揚に頷いて促す。
「……それでは、ご報告させて頂きます。現れたのは下級貴族による兵団です。新しく転移門をこじ開けて兵団を召喚したようです。こちらの……結界の内側に」
「内側だって?」
スイの報告に、アイシャは思わず声をあげた。慌てて口元を覆い謝罪する。
結界の欠損や歪みの修復は既に終わっていた。万一再び破られたのだとすれば、誰かが感知するはずである。特に、その方面の能力に長けたスイが気づかないのはおかしい。
スイの能力を知るからこそ、思わず飛び出した声だった。スイはそんなアイシャをちらりと見遣って、目を伏せる。
「以前ご報告した、術の痕跡があった場所と一致しています。申し訳ありません、私の落ち度です」
表情こそ淡々としていたが、言葉には悔しさが滲んでいる。
「気にするな。少々時期が早まっただけだろう」
緩く首を振ったエルに、動揺する様子は見られない。ただそれでも考えあぐねているのか、しばし無言の状態が続く。
やがてひとつ頷くと矢継ぎ早に指示をとばし始めた。
「アイシャ、正面の連中を引き上げさせろ。戦闘は中止だ。正門は封鎖し、他の城門も確認してこい」
アイシャが表情を引き締め、首肯する。
「スイ、正門の援護にあたれ。メーベルとファザーンは……ああ、上だったな」
スイに指示をして、ふとエルは上を仰ぐ。戦いの合間にしまわれていた翼を外套の下からゆらりと覗かせ、首を傾げた。
「飛んだほうが早いな」
そんなことを呟く城主を前に、アイシャは軽く咳払いをする。
「お待ちください。彼らならじきこちらに参ります。それより……」
言って、アイシャはあたりを見回した。
彼らの周囲では未だ魔物たちが所在なげにしている。それも当然だ。どうやらのっぴきならない事態だということは伝わっているものの、どう行動すればいいのかわからないのである。何しろ彼らのすぐ目の前には、乗り込んできたままの人間たちがいるのだから。
「やつらの処遇についてご指示を」
恐らくはその場の全員の意見を、アイシャが代弁する。
それにああ、と頷いて、エルは視線を転じた。深紅の双眸を向ける先はクロスがいる。
「そうだったな……遊ぶ暇はないし、さてどうしたものか」
エルの視線に気付いた人間たちが、緊張に身を固くする。
どの顔にも戸惑いや混乱が見て取れた。城内に乗り込んできておきながら、己の足で立っている人間は予想外に多い。十名程度の生き残りは、周囲を警戒しつつ勇者を庇うような形に固まっている。
このまま『処分』するのは、エルにとってもそう難しくはない。むしろその方が合理的であり、何の問題もない解決策だ。
エルの真紅の双眸が細められる。
「アイシャ、この階層に広めの空き部屋はあるか」
アイシャは頷いて応じる。
「はい、この奥に広間がひとつ」
それへ頷き返し、エルはアイシャの視線を捕らえる。
「こいつらをそこに放り込んでおけ。……ああ、くれぐれも殺すなよ。腕の一本くらいは構わんが、大事な身柄だ。客人のように扱ってやれ」
面倒そうにひらりと手を振る城主に戸惑いを見せた魔物たちであったが、すぐさま命令に従った。城主の気紛れには既に馴れきった様子である。
一方、人間たちの間には緊張と共に殺気が広がった。
じりじりと包囲網を狭めてくる魔物に、兵士たちはたまらず剣を構える。その様子からは捕虜にされるということが想定の範囲になかったらしいことが見て取れた。
人間からしてみれば、魔物は獣に近い存在という認識でしかない。そこにあるのは生か死だけで、生け捕ることはあってもその逆の可能性などとは想像もしていなかったのだろう。
そんな様子を見取って、アイシャがぱしんと手を鳴らす。
「おら、お前ら少し下がれ」
溜息と共に呼びかけるのは、周囲の魔物たちだ。
魔物たちが戸惑いつつも道を開ける。
アイシャは丸腰のまま、剣を構える人間たちの前へ進み出る。相変わらずの、異国風の薄い服を纏っただけの軽装である。おまけに愛用の剣はスノウに貸し出したきりなので、武装らしい武装は何一つない。
それでも、ここ一連のやりとりで魔物についての理解は大分進んだらしく、アイシャを侮る様子の人間は見られない。むしろ先般魔物に囲まれていた時よりも一層緊張しているようだ。
それに少し気を良くして、アイシャはごく軽い口調で話しかける。
「いいか人間ども。お前らだって嫌かもしんねぇが、それはこっちも同じだ。脆くて柔なお前らを生かしたまま捕えるなんざ、面倒で仕方ないんだからな」
腕を組み、アイシャはため息をつく。面倒そうな表情を浮かべた姿は、見た目だけで言えば人間たちよりよほど華奢に見える。だが、この場に異論を唱えるような命知らずはいない。
「だがまあ……そうも言ってられねぇし、時間も惜しいし。諦めて大人しく"客"になってくれよ?」
アイシャが不敵な笑みを閃かせる。組んでいた腕を解き、片腕を前方に伸べた。
「『緑姫』!」
声高に呼ばわると、人間たちの足元が一瞬金色に輝く。
その光が消えるより早く、固い床を割って何かが勢いよく飛び出した。
反応する暇も与えないほどの速度で伸びたそれらが、人間たちの四肢を拘束する。
「っ!」
「何……!」
手足に絡みつくのは蔦のような形状の植物である。
一見、力任せでも千切れそうなほどに細い蔓だが、その見た目に反して頑丈であるらしい。武器に絡みついてもなお、鋭利な刃先で切断されることなく、逆に地面へと引き込もうとする。
「暴れんなよ、余計にきつくなるぞ」
こいつ負けず嫌いだからな、とアイシャは笑みを零す。
『緑姫』と名付けられたそれは、植物の一種である。ただし、人間の生活圏には生息していない種類だ。遥か遠く、魔王のすまう領地で自生する肉食の植物。人間の知らないその土地には、他にも様々な肉食の植物が存在している。そして、それらをアイシャは己の配下として呼び出すことができた。
召喚魔法とも呼べるその力をアイシャが揮うことは滅多にない。それどころか、通常の魔法すらも得手ではないことを理由に滅多に使わないものだから、アイシャが召喚魔法を使うことを知らないものは多かった。現に叫びながら暴れる人間たちを遠巻きに、魔物たちもまた突然の奇怪な植物の出現に驚いているようだ。
きつく絡み付いてくる植物に、兵士たちが耐え切れず膝を折り始める。
その様を一瞥し、アイシャは頷いて背後に指示をする。
「よし、捕らえろ」
それにすぐさま従ったのは、アイシャの直属の部下たちである。それ以外の魔物たちは、蠢く植物を前に当惑している。周囲が動くにつれ、おっかなびっくりといった様子で行動を開始した。
最も広い空間を持つこの場所は、常ならば魔獣や魔人といった、魔物のなかでは「下等」と類される魔物が過ごしている。
その場所を比較的人に似た姿を保つことのできる魔物が訪れることは滅多になく、下等な者たちからすればそういった魔物はまさしく「住む世界が違う相手」である。魔族が姿を見せれば何か命令が下ったのかと色めき立ち、下級貴族が現れればそれこそ一大事だと騒ぐ。増して、城の幹部や四天王など彼らにとっては雲上人も同然。
ところが、今まさにその光景がこの深部で繰り広げられていた。
最上階、魔物の多くが足を踏み入れることのできない場所から降り立ったのは城主のエルで。
そこから次々と四天王や幹部の姿が現れ、少数で乗り込んできた勇者の一行と対峙している。ついには討ち取ったはずの先代勇者まで現れ、最下層は既に最終決戦の様相をみせていた。
「やる気になったのは歓迎だが、碌に使いこなせていないようだな」
熱風に乱れた緋色の髪を掻き上げて、魔物の長であるエルがそう指摘する。
「……そうみたいだね。やっぱり借り物の魔法石じゃ加減が難しいのかも」
手にしていた魔法剣をしげしげと見つめて、そう返すのは先代勇者のスノウだ。
「借り物?」
「うん。アイシャからちょっと」
てへ、とでもいいそうな軽い調子で、スノウは悪びれもせずにいう。
それを受けてエルの視線がつと別方向に投げられた。退いた魔物たちの間を射抜く鋭い視線は、まっすぐアイシャに向けられている。
「アイシャ……」
「あー、申し訳ありません、油断しまして」
アイシャにはそう返すしか選択肢はない。事実、油断は油断である。
エルの怒りを買うのは勘弁したかったが、嘘や弁解はそう上手い方ではないのだ。怒られる覚悟で、一方ではスイの一刻も早い帰りを祈りつつ、答える。
スイが戻ってくれば、怒りの矛先は他に向くだろう。そして何より、この微妙な空気を変えて欲しかった。
勇者が勇者へ攻撃をし、それを魔物が庇うという、この奇妙な事態の空気を。
その気持ちが通じたわけではないだろうが、エルはそれ以上アイシャを咎めはしなかった。
呆れたようなため息をひとつ零して、エルの視線はすぐにスノウへと戻る。
「まったく……仲裁するつもりならもっと上手くやれ」
「いや……うん、そのつもりではあったんだけど。なんだ、ちゃんと聞いててくれたんだ」
「何が重要かはわかっている」
お前よりは見えているからな、とエル。
両者の間に漂う空気は、酷く気安い。スノウが勇者らしからぬ軽さで話していることも一因だが、それを受けるエルの側にも殆ど気負いというものがなかった。それどころか、殺気や警戒するそぶりもない。
これまでの事情を知るアイシャとしては納得できる光景ではあるのだが、他の魔物からすれば呆然と見守るしかないだろう。恐らく事態を把握するだけで手一杯のはずだ。
そしてそれは魔物に限ったことではない。
エルに庇われた形の「六代目勇者」もまた、混乱の極地にあるようだ。先だっての激昂はなりを潜め、呆然と目の前で繰り広げられる魔物と勇者の会話を聞いている。その彼の背後に控える仲間たちもまた同様に、ぽかんとしていた。
なんだこれ、とアイシャは思った。
構図だけみればまさしく『最終決戦』なのだが、殆どの面子が状況に取り残されて間抜け面を晒している。
情報が確かなら、すぐそこに城の存亡の危機が迫っているというのに、緊張感の欠片もない。
「……もうどうでもいいから早く戻ってきてくれよ、スイ」
思わずアイシャが小さく独り言を漏らしたとき、背後からざわめきが起こった。
見れば、水色の細い影が魔物たちの間を進んでくるところだった。彼の姿に魔物たちが道を譲る様は、さながら潮が引くようだ。
アイシャはすれ違いざまに軽く声をかけた。
「遅かったな」
実際はほんの一時だったが、アイシャには一時間以上にも感じられた。そう思っての言葉に、スイは何かを察知したのか特に反論することもなく、頷いて応じる。
「戻ったか、スイ」
スイの姿に気付いたエルが、声を投げる。魔物たちの間を足早に進んだスイは、エルの傍へと進み出ると頭を垂れた。
「確認が取れました。ご報告はこちらでよろしいですか」
周囲を一瞥して、スイが許可を求める。
鎮まってはいるものの、その場は様々な魔物が入り乱れている。しかもそこには未だ戦闘体制の敵がいるのだ。極秘とはいかなくとも城の大事に関わることである。スイが躊躇するのも仕方なかった。
「ああ、構わん。いちいち場所を移していられるほど暇はなかろう」
エルが鷹揚に頷いて促す。
「……それでは、ご報告させて頂きます。現れたのは下級貴族による兵団です。新しく転移門をこじ開けて兵団を召喚したようです。こちらの……結界の内側に」
「内側だって?」
スイの報告に、アイシャは思わず声をあげた。慌てて口元を覆い謝罪する。
結界の欠損や歪みの修復は既に終わっていた。万一再び破られたのだとすれば、誰かが感知するはずである。特に、その方面の能力に長けたスイが気づかないのはおかしい。
スイの能力を知るからこそ、思わず飛び出した声だった。スイはそんなアイシャをちらりと見遣って、目を伏せる。
「以前ご報告した、術の痕跡があった場所と一致しています。申し訳ありません、私の落ち度です」
表情こそ淡々としていたが、言葉には悔しさが滲んでいる。
「気にするな。少々時期が早まっただけだろう」
緩く首を振ったエルに、動揺する様子は見られない。ただそれでも考えあぐねているのか、しばし無言の状態が続く。
やがてひとつ頷くと矢継ぎ早に指示をとばし始めた。
「アイシャ、正面の連中を引き上げさせろ。戦闘は中止だ。正門は封鎖し、他の城門も確認してこい」
アイシャが表情を引き締め、首肯する。
「スイ、正門の援護にあたれ。メーベルとファザーンは……ああ、上だったな」
スイに指示をして、ふとエルは上を仰ぐ。戦いの合間にしまわれていた翼を外套の下からゆらりと覗かせ、首を傾げた。
「飛んだほうが早いな」
そんなことを呟く城主を前に、アイシャは軽く咳払いをする。
「お待ちください。彼らならじきこちらに参ります。それより……」
言って、アイシャはあたりを見回した。
彼らの周囲では未だ魔物たちが所在なげにしている。それも当然だ。どうやらのっぴきならない事態だということは伝わっているものの、どう行動すればいいのかわからないのである。何しろ彼らのすぐ目の前には、乗り込んできたままの人間たちがいるのだから。
「やつらの処遇についてご指示を」
恐らくはその場の全員の意見を、アイシャが代弁する。
それにああ、と頷いて、エルは視線を転じた。深紅の双眸を向ける先はクロスがいる。
「そうだったな……遊ぶ暇はないし、さてどうしたものか」
エルの視線に気付いた人間たちが、緊張に身を固くする。
どの顔にも戸惑いや混乱が見て取れた。城内に乗り込んできておきながら、己の足で立っている人間は予想外に多い。十名程度の生き残りは、周囲を警戒しつつ勇者を庇うような形に固まっている。
このまま『処分』するのは、エルにとってもそう難しくはない。むしろその方が合理的であり、何の問題もない解決策だ。
エルの真紅の双眸が細められる。
「アイシャ、この階層に広めの空き部屋はあるか」
アイシャは頷いて応じる。
「はい、この奥に広間がひとつ」
それへ頷き返し、エルはアイシャの視線を捕らえる。
「こいつらをそこに放り込んでおけ。……ああ、くれぐれも殺すなよ。腕の一本くらいは構わんが、大事な身柄だ。客人のように扱ってやれ」
面倒そうにひらりと手を振る城主に戸惑いを見せた魔物たちであったが、すぐさま命令に従った。城主の気紛れには既に馴れきった様子である。
一方、人間たちの間には緊張と共に殺気が広がった。
じりじりと包囲網を狭めてくる魔物に、兵士たちはたまらず剣を構える。その様子からは捕虜にされるということが想定の範囲になかったらしいことが見て取れた。
人間からしてみれば、魔物は獣に近い存在という認識でしかない。そこにあるのは生か死だけで、生け捕ることはあってもその逆の可能性などとは想像もしていなかったのだろう。
そんな様子を見取って、アイシャがぱしんと手を鳴らす。
「おら、お前ら少し下がれ」
溜息と共に呼びかけるのは、周囲の魔物たちだ。
魔物たちが戸惑いつつも道を開ける。
アイシャは丸腰のまま、剣を構える人間たちの前へ進み出る。相変わらずの、異国風の薄い服を纏っただけの軽装である。おまけに愛用の剣はスノウに貸し出したきりなので、武装らしい武装は何一つない。
それでも、ここ一連のやりとりで魔物についての理解は大分進んだらしく、アイシャを侮る様子の人間は見られない。むしろ先般魔物に囲まれていた時よりも一層緊張しているようだ。
それに少し気を良くして、アイシャはごく軽い口調で話しかける。
「いいか人間ども。お前らだって嫌かもしんねぇが、それはこっちも同じだ。脆くて柔なお前らを生かしたまま捕えるなんざ、面倒で仕方ないんだからな」
腕を組み、アイシャはため息をつく。面倒そうな表情を浮かべた姿は、見た目だけで言えば人間たちよりよほど華奢に見える。だが、この場に異論を唱えるような命知らずはいない。
「だがまあ……そうも言ってられねぇし、時間も惜しいし。諦めて大人しく"客"になってくれよ?」
アイシャが不敵な笑みを閃かせる。組んでいた腕を解き、片腕を前方に伸べた。
「『緑姫』!」
声高に呼ばわると、人間たちの足元が一瞬金色に輝く。
その光が消えるより早く、固い床を割って何かが勢いよく飛び出した。
反応する暇も与えないほどの速度で伸びたそれらが、人間たちの四肢を拘束する。
「っ!」
「何……!」
手足に絡みつくのは蔦のような形状の植物である。
一見、力任せでも千切れそうなほどに細い蔓だが、その見た目に反して頑丈であるらしい。武器に絡みついてもなお、鋭利な刃先で切断されることなく、逆に地面へと引き込もうとする。
「暴れんなよ、余計にきつくなるぞ」
こいつ負けず嫌いだからな、とアイシャは笑みを零す。
『緑姫』と名付けられたそれは、植物の一種である。ただし、人間の生活圏には生息していない種類だ。遥か遠く、魔王のすまう領地で自生する肉食の植物。人間の知らないその土地には、他にも様々な肉食の植物が存在している。そして、それらをアイシャは己の配下として呼び出すことができた。
召喚魔法とも呼べるその力をアイシャが揮うことは滅多にない。それどころか、通常の魔法すらも得手ではないことを理由に滅多に使わないものだから、アイシャが召喚魔法を使うことを知らないものは多かった。現に叫びながら暴れる人間たちを遠巻きに、魔物たちもまた突然の奇怪な植物の出現に驚いているようだ。
きつく絡み付いてくる植物に、兵士たちが耐え切れず膝を折り始める。
その様を一瞥し、アイシャは頷いて背後に指示をする。
「よし、捕らえろ」
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