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44-2.ふたりの事情
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「お前は、随分もったいぶった言い方をするな」
痺れを切らしたのはメリルでもフレイでもなく、今まで沈黙していたエルだった。
不機嫌そうな表情を浮かべ、溜息をついてスノウを見遣る。
「そうかな。なんだか楽しくなってきちゃって」
スノウは首を傾げて暢気な返事をする。
エルは長い指で己のこめかみを揉みながら、スノウを軽く制する。
「もういい、ちょっと黙ってろ。……俺から説明する」
言ってエルは視線をレリックに向けた。
真紅の人ならざる瞳。そこに宿る強い輝きに、レリックの背筋を冷たいものが這い上がる。思わず後じさりそうになる己に気づき、レリックは奥歯を噛み締めた。
レリックのそんな様子に気づく素振りもなく、エルは淡々と口にする。
「――入れ替わってるんだ」
三人の表情が固まった。
「……は?」
沈黙の後、レリックは思わず呆けた声をあげた。
それに頓着することなく、エルは言葉を継ぐ。
「俺はこの体の本来の持ち主じゃない。本物のエル――この城の主はそっちだ」
エルが指し示したのは、一見華奢にも見える『勇者』スノウ・シュネー。
スノウはその指摘に機嫌よく頷いて己の胸を軽くたたいた。
「そう。俺は魔物でここの城主、エル・バルト。この体は間違いなくスノウのものだけどね」
その言葉に、成り行きをただ見守っていた二人の魔物が渋面を作った。それが視界に入らないはずはなかったが、スノウは気にする素振りもない。
「そして君たちの本物の勇者は、彼だよ」
ぽん、と玉座に座るエルの肩を叩く。エルは表情を変えないまま、ため息を吐く。
「……そういうことだ」
レリックは忙しく瞬きをした。
そういうこと、と言われても理解が追いつかない。否、わかっているのだ。わかっているのだが、到底信じられるものではなかった。
白金の髪の青年。国中に配られた似姿をレリックもまた食い入るように見た一人だった。だから目の前の青年がスノウ・シュネーであることはわかっている。
その彼が、自分はスノウではないという。
そしてあろうことか、勇者は隣の魔物の方だと。
「何言ってるの……?」
ぼんやりとした口調で尋ねたのはフレイだった。
その栗色の双眸は、内心の動揺を映すように心細く揺れている。
思わず、といった様子でフレイから視線を逸らしたのは、魔物のほうだ。スノウはそんなエルをちらりと見遣って、説明のために口を開く。
「つまりね、魔物の長と君らの勇者は中身だけが入れ替わってる状態なんだ。俺が魔物で、彼が勇者。スノウはそっち。魔物である俺が人間の街に戻るわけにはいかないでしょ?」
だから時間が欲しい、とスノウは結んだ。
「そんなこと……信じられない」
メリルが表情を強張らせたまま首を振る。
それに、沈黙を守ってきた二人の魔物がそれぞれに発言する。
「信じる信じないはご自由に。ですが、今帰すわけにはいきません。とにかく元に戻って頂かねば」
「エル様がお前たちにはどうしても説明をしなければと仰るから……こうしてわざわざ手間をかけてるんだ。理解したなら大人しく帰って貰うぜ」
敵意といかないまでも、好意的なそれとはかけ離れた声に、レリックは眉根を寄せる。
正直なところ、信じろというほうが無理な話だ。魔物と人の『中身』が入れ替わるなどと、これまで一度も聞いたことがない。そんな事態を一体誰が想像できるだろう。
まだ魔物の虚言だと思うほうが納得できる。そう理由をつけて、勇者を帰さないつもりなのだと。
「……それが真実として、後から先代勇者を還すという保証は?」
レリックはまっすぐに二人の魔物を睨み据える。
本来ならば城主へと交渉することが当然だが、さすがにレリック自身混乱してていた。この場合、どちらを『城主』とみなせばいいのか。
「あ? 下等動物相手に嘘なんかついてどうするよ? いっちょ前の口を利きやがって」
レリックの言葉に、藍色の髪の魔物が牙をむく。金色の瞳孔が針のように狭まり、殺気がまき散らされた。
「下等動物はどっちだか。無差別に街を襲っておいてよくもいえたものですね」
漂う殺気にうっすらと冷や汗をかきながらも、レリックも負けてはいない。
明らかな挑発に魔物の表情が険しいものに変わる。
「待って待って。二人とも落ち着いてよ。喧嘩はまあ置いといてさ」
「喧嘩? 馬鹿いえ、こんなひ弱な人間風情……」
仲裁に入ったスノウに、そのままの勢いで魔物が食って掛かる。しかしその声は途中で尻すぼみになって消えた。慌てて口元を押さえ、バツが悪そうに視線を逸らす。
その「しまった」といわんばかりの態度に、レリックもまた気付いた。話が真実なら、目の前の頼りない人間こそ、彼らの長に他ならないわけで。
これはもしや本当にそうなのか。
思わずスノウを凝視すると、スノウは軽く肩を竦める。
「見てのとおり、彼らも混乱中でね。なるべく早く『スノウ』を君たちの元に返すから」
わかって貰えないかな。
そう言って微かに笑う姿は、けれどもどう見てもただの人間にしか見えなかった。
痺れを切らしたのはメリルでもフレイでもなく、今まで沈黙していたエルだった。
不機嫌そうな表情を浮かべ、溜息をついてスノウを見遣る。
「そうかな。なんだか楽しくなってきちゃって」
スノウは首を傾げて暢気な返事をする。
エルは長い指で己のこめかみを揉みながら、スノウを軽く制する。
「もういい、ちょっと黙ってろ。……俺から説明する」
言ってエルは視線をレリックに向けた。
真紅の人ならざる瞳。そこに宿る強い輝きに、レリックの背筋を冷たいものが這い上がる。思わず後じさりそうになる己に気づき、レリックは奥歯を噛み締めた。
レリックのそんな様子に気づく素振りもなく、エルは淡々と口にする。
「――入れ替わってるんだ」
三人の表情が固まった。
「……は?」
沈黙の後、レリックは思わず呆けた声をあげた。
それに頓着することなく、エルは言葉を継ぐ。
「俺はこの体の本来の持ち主じゃない。本物のエル――この城の主はそっちだ」
エルが指し示したのは、一見華奢にも見える『勇者』スノウ・シュネー。
スノウはその指摘に機嫌よく頷いて己の胸を軽くたたいた。
「そう。俺は魔物でここの城主、エル・バルト。この体は間違いなくスノウのものだけどね」
その言葉に、成り行きをただ見守っていた二人の魔物が渋面を作った。それが視界に入らないはずはなかったが、スノウは気にする素振りもない。
「そして君たちの本物の勇者は、彼だよ」
ぽん、と玉座に座るエルの肩を叩く。エルは表情を変えないまま、ため息を吐く。
「……そういうことだ」
レリックは忙しく瞬きをした。
そういうこと、と言われても理解が追いつかない。否、わかっているのだ。わかっているのだが、到底信じられるものではなかった。
白金の髪の青年。国中に配られた似姿をレリックもまた食い入るように見た一人だった。だから目の前の青年がスノウ・シュネーであることはわかっている。
その彼が、自分はスノウではないという。
そしてあろうことか、勇者は隣の魔物の方だと。
「何言ってるの……?」
ぼんやりとした口調で尋ねたのはフレイだった。
その栗色の双眸は、内心の動揺を映すように心細く揺れている。
思わず、といった様子でフレイから視線を逸らしたのは、魔物のほうだ。スノウはそんなエルをちらりと見遣って、説明のために口を開く。
「つまりね、魔物の長と君らの勇者は中身だけが入れ替わってる状態なんだ。俺が魔物で、彼が勇者。スノウはそっち。魔物である俺が人間の街に戻るわけにはいかないでしょ?」
だから時間が欲しい、とスノウは結んだ。
「そんなこと……信じられない」
メリルが表情を強張らせたまま首を振る。
それに、沈黙を守ってきた二人の魔物がそれぞれに発言する。
「信じる信じないはご自由に。ですが、今帰すわけにはいきません。とにかく元に戻って頂かねば」
「エル様がお前たちにはどうしても説明をしなければと仰るから……こうしてわざわざ手間をかけてるんだ。理解したなら大人しく帰って貰うぜ」
敵意といかないまでも、好意的なそれとはかけ離れた声に、レリックは眉根を寄せる。
正直なところ、信じろというほうが無理な話だ。魔物と人の『中身』が入れ替わるなどと、これまで一度も聞いたことがない。そんな事態を一体誰が想像できるだろう。
まだ魔物の虚言だと思うほうが納得できる。そう理由をつけて、勇者を帰さないつもりなのだと。
「……それが真実として、後から先代勇者を還すという保証は?」
レリックはまっすぐに二人の魔物を睨み据える。
本来ならば城主へと交渉することが当然だが、さすがにレリック自身混乱してていた。この場合、どちらを『城主』とみなせばいいのか。
「あ? 下等動物相手に嘘なんかついてどうするよ? いっちょ前の口を利きやがって」
レリックの言葉に、藍色の髪の魔物が牙をむく。金色の瞳孔が針のように狭まり、殺気がまき散らされた。
「下等動物はどっちだか。無差別に街を襲っておいてよくもいえたものですね」
漂う殺気にうっすらと冷や汗をかきながらも、レリックも負けてはいない。
明らかな挑発に魔物の表情が険しいものに変わる。
「待って待って。二人とも落ち着いてよ。喧嘩はまあ置いといてさ」
「喧嘩? 馬鹿いえ、こんなひ弱な人間風情……」
仲裁に入ったスノウに、そのままの勢いで魔物が食って掛かる。しかしその声は途中で尻すぼみになって消えた。慌てて口元を押さえ、バツが悪そうに視線を逸らす。
その「しまった」といわんばかりの態度に、レリックもまた気付いた。話が真実なら、目の前の頼りない人間こそ、彼らの長に他ならないわけで。
これはもしや本当にそうなのか。
思わずスノウを凝視すると、スノウは軽く肩を竦める。
「見てのとおり、彼らも混乱中でね。なるべく早く『スノウ』を君たちの元に返すから」
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そう言って微かに笑う姿は、けれどもどう見てもただの人間にしか見えなかった。
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