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44-4.ふたりの事情
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「私も残ります」
「メリル? えーと、信用できない気持ちはわかるけど……」
「いいえ、そういう意味ではなくて……二度も貴方を置いていきたくないんです」
メリルは少し躊躇った後、きっぱりと言った。
まっすぐにこちらを見つめるメリルの目に、翳りはない。その言葉を反芻して、スノウは気づく。メリルがスノウを置いて撤退してしまったことをずっと後悔していたことに。
考えればわかりそうなことでもあった。けれどこうして目の当たりにするまで、メリルがそこまで思いつめていたとは全く思いもしなかったのだ。己が不出来な勇者だと知っていたから、尚。
「で、でもメリル……」
あの時と今は状況が違う。
あの時はスノウは『勇者』であり、置いてきた場所は敵の城。
今は違う。スノウは『魔物』で、自分の城なのだ。
そう説得しなければ、とスノウは思う。けれど、言葉が上手く出てこなかった。『勇者』ではなく『貴方』を置いていきたくない、と告げたメリルの声が頭の中でぐるぐる回る。
「僕も残る」
「えっ?」
混乱しているうちに、フレイまでもが言い出した。
「ちょっと待って、フレイまで何言ってるの。わかってる? ここは魔物の城なんだよ」
「わかってる。僕も残る」
「残っても意味はないよ。それに魔物の城で何日も過ごせる?」
普通の人間なら発狂するよ、とフレイに脅しをかけると、フレイは頬を膨らませて抗う。
「スノウだってここにいたんでしょ」
「それはほら、俺は魔物だから……」
記憶を失ってはいたが、魔物であることに変わりはないのだ。どこかに耐性があって当然だろう。
「魔物は怖いって言ったよ!」
言われてみればそんな話もした記憶がある。うっすらと浮かんだ彼方の記憶に、情けない気分になって視線を泳がせた。
「ああ、それはまあ人間だと思い込んでたからさ……」
「僕は怖くない。だから大丈夫」
フレイは頑なだった。メリルを凌ぐ頑固さで、スノウの説得を拒み続ける。
そのメリルはメリルで、フレイは帰そうとするものの自らは残ると言って聞かない。
「帰って」「帰らない」と押し問答を続けるが、メリルもフレイも折れる素振りすらみせなかった。手強い。
さすがに困り果てて、スノウはクロスを振り向く。因みにすぐ隣のエルは選択肢にない。彼はいまだ魔物二人にかかりきりである。
「ねえ、ちょっと彼らを説得……」
「わかった」
スノウが言い終わらないうちに、クロスが重々しく頷いた。
思わず目を瞠って動きを止めたスノウを見ることなく、クロスはメリルとフレイに向かって言い放った。
「二人はここに残って勇者を連れてきてくれ。おれとレリックで他の連中には説明しておく」
どうだ、とクロスが同意を求めるのは、彼の親友であるレリックだ。レリックはそれに、渋面ながらも頷き返す。
「魔物の巣窟に置いていくのは気は進まないけどね……彼らの安全も保障してくれるんですよね?」
鋭く睨みつけられて、スノウはたじたじとなる。
「それはまあ……ってそうじゃなくて! ここは魔物の城なんだってば」
「王国軍には竜の件も含めて説明するし、後処理に残った勇者の警護につけたとでも言えば問題にはならないんじゃないか? そうだな……なんか城の魔力とか竜とかを封印してるとかなんとか」
我に返ったスノウが慌てて声を上げるが、クロスはやや的外れな見解を示した。
スノウが言いたいのはメリルたちの「立場」の問題ではない。それだって勿論気にならないわけではないが、それ以上に安全性の問題がある。
「じゃなくて! そっちの問題は知らないよ! 俺が言うのは」
「その説明じゃザル過ぎるよ、クロス。倒したことで暴走した竜の魔力を封印してる、ってことでいいんじゃないかな。後からそれらしく使い魔を……ああ、使い魔じゃだめか、ネコを連れてこよう」
「ネコ?……魔除けだからか?」
「違うよ。僕もあまり詳しくはないけど、大物の魔物討伐ではよく使われるんだ。魔力の暴走を抑える効果があるらしいから」
「ああ……竜だもんな。問題は宮廷魔法士団のやつらだよ。どうやるかわかんねえけど、バレるってことは?」
「うーん、そこが一番の不安要素だよね。そもそも肝心のネコがさ……」
スノウの必死の説明は、レリックとクロスの真面目な会話にかき消される。
ネコ、の単語に思わず体を強張らせたスノウなど勿論そっちのけで、二人の会話は進んでいく。主にネコ談義で。
だが話に置いていかれているのはスノウだけではない。メリルやフレイもどこか不思議そうな表情で二人の会話を聞いている。
それもそうだろう。彼らの話していることは、一般には広く伝わっていない事柄だ。
一般的なネコの認識は、せいぜいが『魔除け』である。理由は「魔物が忌避するから」。だが魔物が忌避する本当の理由は、あまり知られていない。
ネコは魔力の『器』としての資質が高い生物だ。
ネコ自身に魔力はないが、他の対象から魔力を移し溜め込むことができる。その性質を長く利用していたのは、魔女と呼ばれる人間たちだった。彼らは魔物を倒すため、或いは魔物を使役するためにネコを用いた。魔力を奪い弱体化させ、更にその魔力を己で利用する目的で。
それらの事実は長命な魔物にとっても遠い昔の出来事である。誰もが知識としてしか知らない。だがそれでも、世代を渡り長く培われてきた意識は消えなかった。もはや本能に埋め込まれるほどの苦手意識。それが、魔物がネコを嫌う最大の原因だ。
「鱗から魔力をうまく増幅できれば、なんとかなるとは思うんだけど」
「それをネコに移せばいいってことか」
「そう。ただ……さすがにこれだけじゃ上の偉い人たちは騙されてくれないかなって」
「駄目なのか? 正真正銘、竜の魔力だぞ」
一方、人間にとっては魔物以上に遥か遠い昔の出来事である。
魔女が絶えて久しい今、これらの情報を得ているのは魔法に携わる一部の人間に限られているようだ。
それでもネコに「移す」技術はある程度受け継がれているらしい。
忌々しいことだ、と散々ネコに振り回されてきたスノウは思う。もっとも、人間の方もそれが魔物のネコ嫌いに結びついているとは露とも思っていないらしい。
「じゃあ、なんとかお前の魔力を足して」
「駄目だよ、余計疑われる。魔物と人間はちょっと違うんだって。絶対ばれる」
足りない分は補え、といわれたレリックは勢い良く首を振った。
魔力は魔力なので本質的にはどちらも違いはない。だが、それはあくまで根源的なことである。種族の違いだけでなく、個人レベルで魔力には特徴が現れるのだ。
そこでエルを一瞥したクロスは、はっとした様子でスノウへ目を向けた。
「なあ、元に戻ってからネコに魔力移して貰っていいか」
どうやら、スノウの存在を思い出したらしい。思い出してもらえて何よりである。漸く口を挟む余地ができたとスノウは口を開く。
「……いや、だからね? そういう諸々は好きにしてもらっていいんだけどさ。とにかく俺としては人間をこの城に残すことに懸念が」
「そういえば貴方はネコは大丈夫なんですか? 人間の体だと問題ないとか?」
「あー、問題ないけど、苦手は苦手――」
「じゃあ他の誰かでもいいんだけど」
「できればネコに多少耐性があって、強めの魔力が望ましいのですが」
「いや、だから、別にそれくらいなら俺がするけど――」
「よかった。なら解決だな。そういうことにしておくから、二人ともここに残れ」
「まあ微妙に不自然でも、こと魔物関係においては僕らに丸投げの部分があるからね。多少はごり押しでいけるはず」
「ちょっと! 待って! だからそういう問題じゃないんだってば!」
スノウは思わず声を荒げる。
やっと自分の番が回ってきたと思ったら、はいかいいえしか言えない状況に追い込まれている。このままだと話がすべて纏められてしまう予感に、さすがに焦った。
「王国軍への言い訳は別に何だっていいよ! それより、ここに残ることの危険性をもっと考えて!
ここは君たちにとって敵地なんだよ! 人間が魔物を敵視するように、魔物も人間を敵視してる。憎んでいるし嫌悪してる。一部は多少融通効かしてくれるけどそれだけだ。一歩この扉から出たら、絶対の安全は保証できないんだよ!」
わかって欲しい、とスノウは真摯にメリルとフレイの説得を試みる。
最早クロスとレリックへの説得は放り投げた。助力をたのんだだけ無駄だったと痛感している。
けれど、スノウの渾身の説得を聞いたフレイは、迷いのない目でスノウを見返した。
「じゃあ出ない。ここにいる」
駄目だ、伝わってない。スノウは脳内で思い切り膝から崩れ落ちた。
追い討ちをかけるように、メリルもまた「フレイと一緒にこの部屋から動かないようにします」と見当違いの決意を見せた。
気持ちがこうも伝わらないのは何故だ。無意識に違う言語でも使っていただろうか。
そんなことを思いつつ現実逃避を始めたスノウの耳に、小さなフレイの呟きが落ちた。
「今度こそ、スノウと一緒に戻るんだ」
スノウは小さく息を呑んだ。
勇者を信奉していた彼を知っている。その勇者が死んだ時、或いは記憶喪失となったとき、どれほど落胆しただろう。それが無事に完全な姿となって戻ってくると知れば。
フレイはずっと待っていたのだろう。
元の勇者スノウ・シュネーを。だからこそ、それが失われることを極度に恐れているのだ。
そうと悟って、スノウの胸がちくりと痛んだ。
その痛みの意味は、スノウにはわからない。ただ痛いと感じるだけだ。
――わからないはずだ、スノウは『人間』ではないのだから。
「フレイ……」
説明の材料が尽きて、スノウは口ごもる。それを見上げて、フレイは高らかに言う。
「僕とメリルは絶対動かないよ!」
勇ましい宣言を受けてスノウが言葉を捜しあぐねていると、クロスが静かに言って来た。
「方法はあるんだろ? 数日くらいならある程度の安全を確保できるんじゃないのか?」
現にこうして勇者の体が無事でいるわけだし、と至極もっともな指摘をする。それにレリックも頷いて援護をする。
「確か2ヶ月くらいですか? それだけの間こうして無事なら、何か手立てはあるんでしょう?」
「ええと……」
スノウは言い淀んだ。さすがに「猫にしてました」とは言えない。捕虜に対する対応として殊更間違いだとは思わないが、実際に猫になっていたのは他ならぬ自分であるわけで。
いくら記憶喪失だったとはいえ、間抜けすぎて言えたものではなかった。
「……エル、じゃなかった『勇者』に……聞いてみるよ」
そう答えるのがスノウの精一杯だった。
「メリル? えーと、信用できない気持ちはわかるけど……」
「いいえ、そういう意味ではなくて……二度も貴方を置いていきたくないんです」
メリルは少し躊躇った後、きっぱりと言った。
まっすぐにこちらを見つめるメリルの目に、翳りはない。その言葉を反芻して、スノウは気づく。メリルがスノウを置いて撤退してしまったことをずっと後悔していたことに。
考えればわかりそうなことでもあった。けれどこうして目の当たりにするまで、メリルがそこまで思いつめていたとは全く思いもしなかったのだ。己が不出来な勇者だと知っていたから、尚。
「で、でもメリル……」
あの時と今は状況が違う。
あの時はスノウは『勇者』であり、置いてきた場所は敵の城。
今は違う。スノウは『魔物』で、自分の城なのだ。
そう説得しなければ、とスノウは思う。けれど、言葉が上手く出てこなかった。『勇者』ではなく『貴方』を置いていきたくない、と告げたメリルの声が頭の中でぐるぐる回る。
「僕も残る」
「えっ?」
混乱しているうちに、フレイまでもが言い出した。
「ちょっと待って、フレイまで何言ってるの。わかってる? ここは魔物の城なんだよ」
「わかってる。僕も残る」
「残っても意味はないよ。それに魔物の城で何日も過ごせる?」
普通の人間なら発狂するよ、とフレイに脅しをかけると、フレイは頬を膨らませて抗う。
「スノウだってここにいたんでしょ」
「それはほら、俺は魔物だから……」
記憶を失ってはいたが、魔物であることに変わりはないのだ。どこかに耐性があって当然だろう。
「魔物は怖いって言ったよ!」
言われてみればそんな話もした記憶がある。うっすらと浮かんだ彼方の記憶に、情けない気分になって視線を泳がせた。
「ああ、それはまあ人間だと思い込んでたからさ……」
「僕は怖くない。だから大丈夫」
フレイは頑なだった。メリルを凌ぐ頑固さで、スノウの説得を拒み続ける。
そのメリルはメリルで、フレイは帰そうとするものの自らは残ると言って聞かない。
「帰って」「帰らない」と押し問答を続けるが、メリルもフレイも折れる素振りすらみせなかった。手強い。
さすがに困り果てて、スノウはクロスを振り向く。因みにすぐ隣のエルは選択肢にない。彼はいまだ魔物二人にかかりきりである。
「ねえ、ちょっと彼らを説得……」
「わかった」
スノウが言い終わらないうちに、クロスが重々しく頷いた。
思わず目を瞠って動きを止めたスノウを見ることなく、クロスはメリルとフレイに向かって言い放った。
「二人はここに残って勇者を連れてきてくれ。おれとレリックで他の連中には説明しておく」
どうだ、とクロスが同意を求めるのは、彼の親友であるレリックだ。レリックはそれに、渋面ながらも頷き返す。
「魔物の巣窟に置いていくのは気は進まないけどね……彼らの安全も保障してくれるんですよね?」
鋭く睨みつけられて、スノウはたじたじとなる。
「それはまあ……ってそうじゃなくて! ここは魔物の城なんだってば」
「王国軍には竜の件も含めて説明するし、後処理に残った勇者の警護につけたとでも言えば問題にはならないんじゃないか? そうだな……なんか城の魔力とか竜とかを封印してるとかなんとか」
我に返ったスノウが慌てて声を上げるが、クロスはやや的外れな見解を示した。
スノウが言いたいのはメリルたちの「立場」の問題ではない。それだって勿論気にならないわけではないが、それ以上に安全性の問題がある。
「じゃなくて! そっちの問題は知らないよ! 俺が言うのは」
「その説明じゃザル過ぎるよ、クロス。倒したことで暴走した竜の魔力を封印してる、ってことでいいんじゃないかな。後からそれらしく使い魔を……ああ、使い魔じゃだめか、ネコを連れてこよう」
「ネコ?……魔除けだからか?」
「違うよ。僕もあまり詳しくはないけど、大物の魔物討伐ではよく使われるんだ。魔力の暴走を抑える効果があるらしいから」
「ああ……竜だもんな。問題は宮廷魔法士団のやつらだよ。どうやるかわかんねえけど、バレるってことは?」
「うーん、そこが一番の不安要素だよね。そもそも肝心のネコがさ……」
スノウの必死の説明は、レリックとクロスの真面目な会話にかき消される。
ネコ、の単語に思わず体を強張らせたスノウなど勿論そっちのけで、二人の会話は進んでいく。主にネコ談義で。
だが話に置いていかれているのはスノウだけではない。メリルやフレイもどこか不思議そうな表情で二人の会話を聞いている。
それもそうだろう。彼らの話していることは、一般には広く伝わっていない事柄だ。
一般的なネコの認識は、せいぜいが『魔除け』である。理由は「魔物が忌避するから」。だが魔物が忌避する本当の理由は、あまり知られていない。
ネコは魔力の『器』としての資質が高い生物だ。
ネコ自身に魔力はないが、他の対象から魔力を移し溜め込むことができる。その性質を長く利用していたのは、魔女と呼ばれる人間たちだった。彼らは魔物を倒すため、或いは魔物を使役するためにネコを用いた。魔力を奪い弱体化させ、更にその魔力を己で利用する目的で。
それらの事実は長命な魔物にとっても遠い昔の出来事である。誰もが知識としてしか知らない。だがそれでも、世代を渡り長く培われてきた意識は消えなかった。もはや本能に埋め込まれるほどの苦手意識。それが、魔物がネコを嫌う最大の原因だ。
「鱗から魔力をうまく増幅できれば、なんとかなるとは思うんだけど」
「それをネコに移せばいいってことか」
「そう。ただ……さすがにこれだけじゃ上の偉い人たちは騙されてくれないかなって」
「駄目なのか? 正真正銘、竜の魔力だぞ」
一方、人間にとっては魔物以上に遥か遠い昔の出来事である。
魔女が絶えて久しい今、これらの情報を得ているのは魔法に携わる一部の人間に限られているようだ。
それでもネコに「移す」技術はある程度受け継がれているらしい。
忌々しいことだ、と散々ネコに振り回されてきたスノウは思う。もっとも、人間の方もそれが魔物のネコ嫌いに結びついているとは露とも思っていないらしい。
「じゃあ、なんとかお前の魔力を足して」
「駄目だよ、余計疑われる。魔物と人間はちょっと違うんだって。絶対ばれる」
足りない分は補え、といわれたレリックは勢い良く首を振った。
魔力は魔力なので本質的にはどちらも違いはない。だが、それはあくまで根源的なことである。種族の違いだけでなく、個人レベルで魔力には特徴が現れるのだ。
そこでエルを一瞥したクロスは、はっとした様子でスノウへ目を向けた。
「なあ、元に戻ってからネコに魔力移して貰っていいか」
どうやら、スノウの存在を思い出したらしい。思い出してもらえて何よりである。漸く口を挟む余地ができたとスノウは口を開く。
「……いや、だからね? そういう諸々は好きにしてもらっていいんだけどさ。とにかく俺としては人間をこの城に残すことに懸念が」
「そういえば貴方はネコは大丈夫なんですか? 人間の体だと問題ないとか?」
「あー、問題ないけど、苦手は苦手――」
「じゃあ他の誰かでもいいんだけど」
「できればネコに多少耐性があって、強めの魔力が望ましいのですが」
「いや、だから、別にそれくらいなら俺がするけど――」
「よかった。なら解決だな。そういうことにしておくから、二人ともここに残れ」
「まあ微妙に不自然でも、こと魔物関係においては僕らに丸投げの部分があるからね。多少はごり押しでいけるはず」
「ちょっと! 待って! だからそういう問題じゃないんだってば!」
スノウは思わず声を荒げる。
やっと自分の番が回ってきたと思ったら、はいかいいえしか言えない状況に追い込まれている。このままだと話がすべて纏められてしまう予感に、さすがに焦った。
「王国軍への言い訳は別に何だっていいよ! それより、ここに残ることの危険性をもっと考えて!
ここは君たちにとって敵地なんだよ! 人間が魔物を敵視するように、魔物も人間を敵視してる。憎んでいるし嫌悪してる。一部は多少融通効かしてくれるけどそれだけだ。一歩この扉から出たら、絶対の安全は保証できないんだよ!」
わかって欲しい、とスノウは真摯にメリルとフレイの説得を試みる。
最早クロスとレリックへの説得は放り投げた。助力をたのんだだけ無駄だったと痛感している。
けれど、スノウの渾身の説得を聞いたフレイは、迷いのない目でスノウを見返した。
「じゃあ出ない。ここにいる」
駄目だ、伝わってない。スノウは脳内で思い切り膝から崩れ落ちた。
追い討ちをかけるように、メリルもまた「フレイと一緒にこの部屋から動かないようにします」と見当違いの決意を見せた。
気持ちがこうも伝わらないのは何故だ。無意識に違う言語でも使っていただろうか。
そんなことを思いつつ現実逃避を始めたスノウの耳に、小さなフレイの呟きが落ちた。
「今度こそ、スノウと一緒に戻るんだ」
スノウは小さく息を呑んだ。
勇者を信奉していた彼を知っている。その勇者が死んだ時、或いは記憶喪失となったとき、どれほど落胆しただろう。それが無事に完全な姿となって戻ってくると知れば。
フレイはずっと待っていたのだろう。
元の勇者スノウ・シュネーを。だからこそ、それが失われることを極度に恐れているのだ。
そうと悟って、スノウの胸がちくりと痛んだ。
その痛みの意味は、スノウにはわからない。ただ痛いと感じるだけだ。
――わからないはずだ、スノウは『人間』ではないのだから。
「フレイ……」
説明の材料が尽きて、スノウは口ごもる。それを見上げて、フレイは高らかに言う。
「僕とメリルは絶対動かないよ!」
勇ましい宣言を受けてスノウが言葉を捜しあぐねていると、クロスが静かに言って来た。
「方法はあるんだろ? 数日くらいならある程度の安全を確保できるんじゃないのか?」
現にこうして勇者の体が無事でいるわけだし、と至極もっともな指摘をする。それにレリックも頷いて援護をする。
「確か2ヶ月くらいですか? それだけの間こうして無事なら、何か手立てはあるんでしょう?」
「ええと……」
スノウは言い淀んだ。さすがに「猫にしてました」とは言えない。捕虜に対する対応として殊更間違いだとは思わないが、実際に猫になっていたのは他ならぬ自分であるわけで。
いくら記憶喪失だったとはいえ、間抜けすぎて言えたものではなかった。
「……エル、じゃなかった『勇者』に……聞いてみるよ」
そう答えるのがスノウの精一杯だった。
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