ネコと勇者と魔物の事情~ペットはじめました by勇者~

東風 晶子

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番外編:エピローグのその後で

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「ありえない……なにこれ……ほんと何これ……」

 ぶつぶつと呟く声が聞こえる。まるで世界の終りのような絶望しきった声音がしきりと嘆いている。
 それにため息をついて応じたのは、白金の髪を持つ青年だ。名をスノウ・シュネー。パールディア王国の誉れ高き5代目勇者である。
 彼は簡素な旅装に身を包み、その腕の中に一匹のネコを抱いていた。

「いつまで言ってるんだ」
「永遠に言い続けるよ。ほんと意味わかんない……」
「気持ちはわからなくもないが……仕方ないだろう」

 わかる、と単純に同調できないのには理由がある。スノウには、に類似した経験がない。あくまで想像できる範囲での理解を示すしかないのだ。因みに、今後も経験する予定も意思もないので、相手の心情を正しく理解する日は永遠にこないと思っている。
 勿論、口にはしない。

「わかってるけど! 納得できないんだってば! 原因も理由もわかんないし、解決のめども立たないし、何よりなんだってネコなの!」

 せきを切ったようにまくしたてるのは、スノウの腕の中にいるネコだ。
 赤錆色の長い毛並みに、豊かな尾。深紅の瞳は心なし潤んでいるようにも見える。
 ただのネコが言葉を話すわけはない。このネコはとある魔物が変じた姿だ。
 魔物の名はエル・バルト。つい先ほどスノウたち勇者一行が後にしてきたばかりの、魔物の城。その城主である。

「それはまあ……前かけた魔法の影響か?」
「……そうとしか思えないよね。でなきゃネコの説明がつかない」

 スノウの言葉に、長く息を吐いた後、エルは落ち着いた声で応じた。

「やっとネコから解放されたと思ってたのに……なんでだろ……悪いことはしてないんだけどなあ」
「……悪いこと、ね」

 スノウの腕の中で哀愁漂う様子で嘆いている姿は、一見非力なネコだ。本人の性格もあってとてもではないが恐怖は抱きにくい。ただ、その本性が魔物の中でも最強と言われる竜族と聞けば、多少なりとも構えはする。

「疑ってるの? 知ってるでしょ、俺がどんなやつだったかは」
「ああ。城から碌に出ないひきこもりだって聞いたな」
「……あいつら……」

 エルの側近から聞きえた情報を開示すれば、エルはどこか遠い目をした。声に含まれているのは怒りというより諦念だ。表情のわかりにくい獣の姿だというのに、エルは存外感情表現が豊かである。

「確かにひきこもりの上にヘタレじゃ、なんて出来ないな」
「一言余計だよ。否定はしないけどね」
「そもそもお前の言う『悪事』とは何だ?」
「あれ、若干馬鹿にされてる気がする。こんななりだけど魔物だよ? わかってる?」
「わかってる。だから聞いてるんだ」
「ほんとかなあ……なら答えるけどね、君の『悪事』の定義と多分同じだよ。これでも暫くは『勇者』してたんだから、人間にとっての悪事の意味くらいわかってるよ」
「そうだったな。となると……ヘタレは治らないものなんだな」
「結局そこに行き着くあたりに悪意を感じるんだけど」

 引っかくぞ、と凄むエルだが、愛らしいネコの姿なので少しも恐怖を感じない。
 スノウが軽くあしらってエルの耳の辺りを撫でれば、エルは不満げな唸り声を漏らす。それでも逃げようとしないのは、エルなりの譲歩なのだろう。
 そんな漫才めいたやりとりをしていると、不意にスノウの外套が引っ張られた。思わず振り向けば、外套の端を摘まんでいるフレイと目が合う。

「ね、スノウ。……ほんとに、その、……なの?」

 酷く言いにくそうなその様子に、スノウは意味がつかめず首を傾げる。

「……どうした?」
「あの、そのネコ……あいつ、なの?」

 それで漸く、フレイが腕の中のエルについて話しているのだと気づく。自分のことと理解してか、エルもまたひょいと頭をフレイへと向けた。

「ああ、どうやら本人だ。なあ、エル」
「不本意だけどね」

 小さな牙の並んだ口から零れるのは愛らしい鳴き声などではなく、流暢な言葉だ。しかもその声は人型の時と変わりない。

「! ほんとだ! 話もできるんだね!」

 フレイはぱっと顔を輝かせる。周囲に花が舞うような勢いで喜びを表す彼に、思わず目を見張る。
 スノウの記憶の中にあるフレイは、子供らしさの薄い、大人びた少年だった。子供と侮る周囲にしきりと反発し、早く大人になりたいと切望していた弓の名手。

「ねえ、じゃ、じゃあさ僕も、その、抱っこ……」

 テンションそのまま勢いこんだものの、段々と尻すぼみになっていく。内心の葛藤を表すかのように、不安定に視線が泳いでいる。
 そういえば、とスノウは思い出す。
 かつての仲間が連れていたネコの使い魔。それをフレイはどこか羨ましげにみていたような。
 そこまで思考した時、ぱしん、と腕を叩かれて我に返る。どうやら固まってしまっていたらしい。
 視線を落とすと、真紅の咎めるような目とぶつかった。先ほどの腕への衝撃は、彼の長い尾によってもたらされたもののようだ。

「いい加減放して貰える? 視界が高すぎてちょっと疲れたんだよね」
「……ああ、そうだな。俺もそろそろ腕が疲れてきた」

 エルの意図を察して、スノウは苦笑する。
 エルを両手に抱えなおすと、後ろ足と尾がぶらりと宙に投げ出された。

「フレイ、代わってくれると助かる」
「っ、うん!」

 慌ててフレイが腕を伸ばし、エルの引き渡しが完了する。その間、エルは本物のネコ以上にネコらしく振舞っていた。暴れることなく、フレイの腕の中に納まってその肩口に懐く。

「わあ、ふわふわだ」

 フレイはエルの毛並みに頬を寄せて、はしゃいだ声をあげた。頬を紅潮させ、年齢相応のあどけない笑みを浮かべる。
 おそらくいまこの時ばかりは、エルが魔物であることや複雑な関係性は彼の念頭にないだろう。
 エルもそのあたりを察しているのか、喋る素振りはない。どうやらフレイが満足するまではネコに徹するつもりらしい。
 お人好しは相変わらずかと内心呟いて、スノウはちらりと周囲を見回す。
 フレイから二歩ほど離れた位置をメリルが、そこから更に数歩離れた後方をクロスとレリックが歩いている。彼らは互いに会話したり、周囲を眺めたりと、平素と変わらぬ態度をとっているが、その実注意はすべてこちらに向いていることをスノウは気付いていた。
 それも当然だった。
 この場にいる全員が、エルが魔物だということを知っている。共に行動している経緯も、事情も知っている。
 正真正銘「勇者」であるスノウは、かつて魔物の長として敵対していたこと。
 名実ともに「魔物の長」であるエルは、かつて勇者として彼らと共に旅をしていたこと。
 共に意図していたことではなく、当人たちにとっては不幸な事故でしかなかった。
 すべてがあるべきところに収まったのが現状だというのに、スノウは居心地の悪さを覚えていた。たかだか数ヶ月の出来事がこれまでの十数年積み上げてきたものに違和感を抱かせるとは、我が事ながら想定外の事態である。
 このように当事者ですら未だに混乱しているのだから、周囲の混乱具合は想像に難くない。端的に言って、双方どちらの扱いにも困っているはずだった。

「あ……そうだ、ごめん。嫌だった?」

 毛並みを優しく撫でて、はっとしたようにフレイが腕の中へ尋ねる。どうやら、ようやく相手がエルだという認識が戻ってきたらしい。
 強者といわれる者ほど、矜持は高い傾向がある。また強弱は大抵の場合生きる時間、または経験値に比例するものだ。これは魔物にも人にも、変わりなく見られる傾向だ。
 幾ら現在の見目がネコであろうとも、その生きてきた時間は人間の比ではない。加えて本性が竜となれば、その矜持たるや想像に難くなく。
 怒り狂っても可笑しくない、と思うのが「普通」であり「常識」だ。

「ううん、全然。気持ちいいよ」

 けれども、あっさりとそう答えたエルは、大して気にしている様子もない。
 声音は穏やかに甘く、フレイを見上げる真紅の双眸は凪いでいる。今にも喉を鳴らさんばかりにフレイに擦り寄る姿は、飼い猫が甘えているかのようだ。
 そうやって、大人びた少年を甘やかしているエルの対応に、スノウは笑みを零す。
 お人好しで、優しい魔物。
 それが彼の本質だと理解してしまっているから、誰もが彼を邪険に扱えない。敵だとわかっていて尚、王都へ同行することを拒絶できなかった。

「……いや、違うか」

 スノウは小さく声を落とす。確かにそれも理由ではあるだろう。だが、彼らが拒絶できなかった最大の理由はが誘導したからだ。
 まさかの事態に混乱するその場を収めてきたのは、スノウであった。エルの側近と自身の仲間達を説き伏せたのも、スノウ。そして、エルに原因究明という目的をちらつかせて旅に同行するよう勧めたのもスノウだった。
 勇者としての自覚も覚悟も、スノウは持ち合わせている。あるために己に課してきたことは少なくなく、18歳という年齢には不相応とも思えるその在り様が、彼が稀代の勇者といわれる所以でもあった。
 けれど、不意に目の前に現れた姿に。
 勇者として生きるなら、絶対に相容れないはずの相手に、手を伸ばした。
 己と対極の位置にいながら、最も近い相手。何を期待していたわけでもない。何を得たかったわけでもない。
 ただ、手を伸ばした。

「……何をしてるんだろうな」

 エルとフレイのやりとりに、周囲の仲間たちは何も言わない。けれども悪く思っている様子はなく、むしろ良い意味で見守っているようだ。
 彼らが馴染む日はそう遠くはないだろう。
 僅かに波紋を描く己の心を自覚して、スノウは短く呟く。
 覚悟も自覚もあるはずなのに、時折心が惑う。大きなものではないものの、自分でもわからないそれ。
 理由が分らず、困惑した眼差しでスノウは彼らを眺めていた。

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