それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

文字の大きさ
67 / 69

67

しおりを挟む
 店を早々に閉めるといつも通りハコ屋でお総菜を調達し、ルドリックさんちの縁側に移動した。
 バーボンはあまり飲んだことがなかったけど、炭酸水で割ると香ばしい香りと甘い味で中々おいしかった。
 なによりつまみの総菜が嬉しい。久しぶりにちゃんとしたものを食べた。
 俺の貧乏生活に付き合ってくれていたパパもねこ缶を食べている。でもどこか物寂しそうなのはきっとシェフのフルコースが恋しいからだろう。
 ある意味あの町に行って一番得したのはパパかもしれない。
 俺はバーボンをちびりと飲みながら尋ねた。
「それで、なにがあったんですか?」
 ルドリックさんは肩をすくめた。
「ショッピングモールで妹の家族と買い物をしてたんですが、銃撃がありましてね。残念ながら犠牲者が出てしまいました。私の家族は無事でしたが、とても悲しい思い出です。どうやら我が祖国はどんどん格差が大きくなっているみたいですね」
「それは日本も変わらないですよ」
「いえ。シメーさんが想像するよりも遙かに、です。まあ、終わったことです。それよりシメーさんはどうでした? 店を開けたいという電話の時はこちらが忙しくて詳しく話を聞けませんでしたね。あれからどうなりました?」
「それがですね……」
 俺は猫神町であった出来事を事細かに説明した。
 ルドリックさんは楽しそうに驚く。
「ワーオ。それは大変刺激的な経験でしたね。まさか日本にも銃とドラッグの町があったとは。この国も中々危険かもしれません」
「まあ、多分かなり特殊な例だと思いますけど……」
 俺は苦笑するしかなかった。今思い返してもあれが現実なのかと思ってしまう。
 こっちに帰ってしばらくは銃を向けられた時の夢を見てしまい、少し寝不足になっていた。あんな体験はもう勘弁してほしい。
「ですが作家としては素晴らしい経験なのでは? 賭けにも勝ったわけですし、そのお話を書けばきっと売れると思います」
 喜んでくれるルドリックさんを見ると心が少し痛んだ。
「それがですね……。実は続きがあって……」
「続き?」
 ルドリックさんはキョトンとした。俺は頷く。
「はい。その、ネタを朝陽に譲ったんですよ」
「オー! どうしてですか? 起死回生のネタでしたのに」
「そうなんですけどね、新横浜まで朝陽と一緒に帰ったんですけど、そしたら娘とおばあちゃんが迎えに来ていて。その時にその子が言ったんですよ。留守番してたからディズニーランドに連れて行ってって。なんか約束してたみたいですけどあそこって高いじゃないですか。朝陽はネタを一から探さないといけない上に旅行も赤字ですからね。あいつ、すごく困った顔をしてて。それを子供も察してて……。その時にルドリックさんの言葉を思い出したんですよ。ほら、言ってたじゃないですか。子供はずっと覚えているって。それが本当なら俺まで恨まれそうで……。あとは気付いたら譲ってました」
「なるほど。それは素晴らしいですね」
 ルドリックさんに褒められ、俺は少し安心した。
 自分が間違った選択をしたんじゃないかと悩んでいた。正直成功とは程遠い結末だ。自分の甘さを笑うしかできない。
 ただそのおかげで朝陽の企画書は通り、本が出て印税が入れば夢の国へ遊びに行く予定が立ったらしい。
 その結果、俺の企画は完全に死んでしまい、また一から別のものを書き直すことになったんだが。
 ルドリックさんは目を細めて尋ねた。
「ですがよく手放せましたね。シメーさんもたいへんでしょうに」
「……まあ、色々思うところがあったんです。書くことについて、朝陽は俺より真剣でした。旅行中もずっと書いていたみたいですからね。俺に足らないのは画期的なネタじゃなくて、作品と向き合うひたむきさだったんじゃないかと。要は実力不足です。なら俺よりも朝陽の方があのネタを上手く調理できる。そこを認めてしまった上にあの子の残念そうな顔がだめ押しでした」
 俺が笑いながら溜息をつくとルドリックさんは微笑んだ。
「成功することは大事ですが、成功し続けるには己を知り、高めるしかありません。そう言う意味ではシメーさんの選択は素晴らしかったと思います。一発当てて勘違いしてもいけませんしね」
「そういう人がたくさんいる業界ですからね。まあ、一発も当てることができず消えていく人はもっとたくさんいますけど……」
「なあに。気長に続けていればまたチャンスは訪れますよ」
「だといいですけど」
「きっと大丈夫です。成功を得ることより教訓を得る方が難しいですからね。今はなにより生きていることに感謝しましょう」
 ルドリックさんに励まされ、酔いが回ってきたこともあり、俺はなんとかなりそうな気がしてきた。
 それから二人で酒を飲み、つまみを食べ、あれこれと話して盛り上がった。
 パパはねこ缶に満足したらしく、スヤスヤと眠っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

処理中です...