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第五章

41 コート

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 逃亡生活中の現在の俺は、教師をやっていた時に来ていたスーツ姿ではなく、普段着の上にコートを羽織って各地を歩ている。

 だが、度重なる逃避行の末に、上着はボロボロになってしまった様だ。

 そんな服を見たステラが「もったいないわ。捨てちゃうなんて」そう言った。

ツヴァイ「持ってたって荷物になるだけだし、邪魔なだけだろ」
ステラ「でも、何かに再利用とかできないの?」
ツヴァイ「頼むのが手間だ」

 朝日が覗く洞窟から出ると、コートを置いてきた洞窟を不満そうにステラが振り返っている。

ステラ「誰かに修理してもらって、私が着るとか駄目かしら」
ツヴァイ「あんなコート、来たって全然見た目がよくないだろ」

 そもそもが男物なので、女性の外見にはあわないはずだ。

 そうこちらが言えばステラは、「コートが欲しんじゃないわ。私は貴方が来てるから、ほしいのよ」と発言。

ツヴァイ「それ、本気で言ってんのか」
ステラ「あっ」

 この優等生は入らぬところで馬鹿になるらしい。

ステラ「え、えっと、そういう意味じゃなくて。貴方にはお世話になったからそのコートにもお礼をしたくて」
ツヴァイ「意味分かんねぇ言い訳だな」

 物に礼ってなんだ。

 追い詰められたステラは、「うう、仕方がないじゃない。欲しい物は欲しんだから」そう開き直ったようだ。

ツヴァイ「女なんだから、もっと他に欲しがるもんとかあんだろ」

 聞くだけ聞いた。
 本当にあったとしても、旅費に全部消えてしまうので、買ってやれないが。

ステラ「私、欲しい物なんてないわ。貴方が隣にいてさえしてくれれば、それで充分なの。でも色々あるから貴方だって、いつも私の傍にいてくれるわけはないでしょう? だからそういう時に」

 不安を紛らわせたくて、という事らしい。
 つまりは。

ツヴァイ「ったく、しょうがねぇな。ほら」

 仕方なしに、ハンカチを手渡す。

ツヴァイ「それで我慢しろ」
ステラ「良いの?」
ツヴァイ「職業柄、じゃなくてクセで持ってるだけだから使わねぇんだよ。俺が持ってたって、余分な重量になるだけだ」

 それは医者の時の習性だった。

ステラ「重量って、でもありがとう」


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