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〇04 機械人形と生きられる世界

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 それは一人の少年と機械人形の話。

 ルイという少年が、アールという機械人形と心を通わせる話。



 ルイの名前は、漢字にすると涙になる。

 生まれた時に流れた母の涙と共に、その命の生誕が多くの人へ命の尊さを教えたのが由来だ。

 だからルイは、その名前に恥じないような少年に育った。

 命を大切にする少年に。

 誰かを傷つける事はせず、道端で出会う人にも親切に、動物や植物の命も大切にしながら。

 そんなルイは生まれた世界を離れたのは、どのような理由があったのだろうか。

 理由、などというものはないのかもしれない。

 それは唐突に現象として起きたのだから。





 機械人形が存在する世界。

 異世界に転移してしまったルイは、機械人形のアールと出会う。

 彼女は人間と違って体が丈夫で、身体機能が高い。

 病気にもならず、怪我もしなかった。

 けれどルイは、彼女に対して人間と同じように接し続けるのだった。

 そうする事で、アールに変化が訪れた。

 これまでのアールは、自分の身を大切にしない行動で人間に尽くしていた。

 尽くす、というよりはそうあるべきルールに従っていた、という方が近いかもしれない。

 自らの部品を取り出して、品物を修理したり。

 危険を顧みず事故現場に飛び出して、人々を助けたり。

 ともかく、アールの在り方は自分の身を犠牲にするようなものだった。

 しかしそれが、変わったのだ。

 ルイという少年と接した事で。

 アールとルイはそれ以来、仲を深めて生涯を共にする間柄になった。





 異世界にやってきた一人の少年。

 その少年が行った事はあまりに小さい。

 一人の機械人形の生き方を変え、その人生を幸せにしたくらいだ。

 けれど、彼は知らないだろう。

 そのありふれた幸せがもたらした、未来の変化を。






 それまでの機械人形は、人間の下に見られていた。

 代わりの効く存在として扱われていた。

 けれど、その世界の中には、そうは思わない人間がごく少数だが存在していたのだ。

 人間も機械人形も同じである、と。

 そんな彼等にとっては、ルイとアールの物語は希望だっただろう。

 機械人形と生涯をとげた人間。

 人間と一生寄り添った機会人形。

 その話は、彼等の心に小さな光を灯した。

 いつしか、ルイが育った村はシェルターとして機能するようになり、祝福されぬ恋に身を投じる者達を、温かく迎えるようになった。

 そのシェルターの存在は日に日に大きくなっていく。

 やがて、声をあげられぬ者達の数が一定を超えたその日、歴史は変わる事になったのだ。






 そのように歴史の大変革が起きたとしても、在りし日のルイとアールはただ平凡なだけだった。

 大きな歴史の変革には、大きな意思が必要だった。

 しかしそのきっかけとなったものは、たった一つのささやかな幸せだった。





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