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〇06 さびれた廃墟の幽か

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 大学の合間。時間を見つけた俺は、普段生活している街を離れた。
 久しぶりに地元に帰省した俺は、なつかしい思い出を思い返していた。




 それは子供の頃の事だ。
 脳裏に思い浮かべるのは、一人の少女。

 かつて俺は、かすかという少女と廃墟で毎日遊んでいた事があった。
 自然豊かな地元には、色々な遊びががあったけれど、俺はそこがお気に入りだったのだ。
 かつて人がいた温もりがありながらも、空虚な雰囲気がするその建物が、幼いながらも気になったからだろう。

 そこで、俺はかすかと毎日鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたりしていた。

 しかしある日、そこで事故が起きてしまった。

 老朽化した建物の天井が崩れてくるという事故だ。
 
 犠牲者も出たらしい。

 その崩落事故が起きてからは、大人に厳しく言われてしまったため、その場所を訪れる事ができなくなった。





 だから、久しぶりに行ってみようと思った。

 俺はもうそれなりの歳だし、何かあっても自己責任。
 口うるさく注意してくる奴はいないだろうと判断しての事だった。

 久しぶりに廃墟に訪れた俺は、なつかしい思い出にふけっていた。

 そんな俺は、その廃墟の一画でかすかと再会した。

 崩落した天井部分から差し込む光。
 その下で微笑む彼女は、とても幻想的で、だけど儚く見えた。

 俺と同じように年をかさねて成長したかすか。

 けれど彼女は、まるであの日から時間をとめたように無邪気で、天真爛漫な性格だった。

 そんな俺は、久しぶりに彼女と様々な遊びに興じた。

 年甲斐もなくはしゃいでしまったけれど、不思議と気にならなかった。

 まるで子供時代に帰ってしまったみたいだ。

 けれど、俺はまもなく思い出してしまう。

 かすかは、あの時。
 子供の頃に起きた崩落事故で、死んでいたのだと。





 俺の目の前で、彼女は死んだはずだった。

 ならば、この目の前にいる彼女は一体?

 そして、改めてよく見て見ると、かすかに影がない事に気が付いた。

 俺が今見ているかすかは、亡霊なのだ。

 そこに、見知らぬ男女が訪れる。

 彼等はかすかの面倒を見ている者達だと言った。

 彼らは話す。

 まだ、かすかが生きていた頃。

 かすかの家の家庭環境は崩壊していた。

 父親も母親も互いに罵り合い、喧嘩が絶えなかった。

 その諍いは、かすかに飛び火するほどだったらしい。

 だから、かすかは家に居場所がなかった。

 それで彼女が行きついたのが廃墟だったらしい。

 かすかは俺と遊んでいた頃、彼等とも遊んでいたようだ。

 やがて、かすかの両親は離婚。

 かすかは祖母と祖父に引き取られることになったが、あいかわらず家には帰らなかったらしい。

 いきなり知らない人間の世話になるといって、戸惑わない人間はいない。
 ましてはそれが、子供ならば。

 そんなかすかにとって、安心できる場所は廃墟しかなかったのだろう。






 かすかは、生きている間も、死んでいる間もずっとこの廃墟にいるままなのだ。
 彼らはどうにかして、かすかを外の世界に連れ出したいと考えていた。
 そしたら、きっと成仏できるのではないかとも。

 俺も同じ気持ちだった。
 かすかの心を自由にしてやりたいと思った。

 その日から、あれこれ試した。
 かすかに外の話をしたり、廃墟の窓から見える景色に注意を向けてみたり。

 けれど、かすかは一向に外に出ようとはしなかった。

 どうしてかすかは、そんなにもこの廃墟にいる事にこだわるのだろうか。
 俺は、様々な可能性を考えた。

 かすかは、嫌な思い出のある家に帰りたくないと思っている。
 それは分かる。
 けれど、どうして廃墟に引きこもる原因になってしまうのだろう。

 考えた末、俺は彼等と共に、かすかの知り合いを訪ねる事にした。

 しかし時間制限がある。
 俺も彼等も、ホームにしている街がある。
 地元に帰って来たのは、通っている学校が長期の休みに入っているからだ。

 それを過ぎたら戻らなくてはならない。

 だから、焦った。

 なりふりかまわず、知り合いの家を探していると、当時かすかの担任だった教師に出会えた。
 その教師は、かすかが虐められていた事を伝えてきた。

 家にも居場所がなく、学校にも居場所がない。
 そして、そのいじめっ子達は、外を出歩いているかすかにもちょっかいを出していた。

 謎がとけた気持ちだった。

 それで、かすかは誰もこない廃墟に閉じこもっていたのだ。

 俺は、もしくは協力してくれている彼らがかすかと同じ学校だったら、かすかを助けてやれたのに。
 地元でも違う学校に通っていた俺達は、廃墟以外でかすかに出会う事がなかった。

 俺は、いじめっ子であるそいつらの家を見つけて、かすかに謝るように言った。

 説得は難航を極めた。
 かすかが学校に通ってこなくなった事で、いじめの事が噂になり、そいつらは一時期肩身の狭い思いをしたそうだ。
 だから、思い出したくないと言った。

 けれど、それは勝手な言い分だ。
 そいつらは忘れる事ができたのかもしれない。
 しかし、かすかは今も苦しんでいるのだ。

 やった方は逃れる事ができても、やられた方には永遠に傷が残る。
 そんな事も分からないのか。

 だから、謝るべきだと言い続けた。
 何度も繰り返し言い続けて、そいつらはとうとう折れたようだ。

 一緒に廃墟に来てくれる事になった。

 そいつらがやってきたとき、かすかは怯えていた。
 けれど、俺達が虐めさせたりしないときちんと伝えた事で、話ができるようになった。

 虐めた連中は、かすかに謝った。
 出来心だった。
 面白がっていた。
 そんなに傷つくとは思わなかった。
 悪かったと思ってる。

 かすかは優しかった。
 もう虐めてこないなら、と彼等を許した。





 その後、俺達はかすかと共に地元を歩き回った。
 かすかにとって、それは何年振りになるのだろう。

 様々な物をみて、聞いて、目を丸くしては驚き、楽しんでいた。

 やがて、現世に留まる未練がなくなったのだろう。

 かつて自分の家だったその空き地の前にやってきたかすかは、俺達に礼を言って消えていった。

 彼女の表情は晴れやかな笑みだった。

 あの廃墟に幽霊が出る事はもうないだろう。

 かすかというつながりを経て知り合った俺達は、互いに別れを告げてそれぞれの街へと戻っていった。

 やがてまた、なつかしくなってこの地元に戻ってきたときは、懐かしい事も新しい事も、色々な事の話をしよう。




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