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第12章 旅の憂鬱要素

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 セントレイシアより東方 中央街道

 フラト訪問の日から、数日が経過した。
 巫女就任の儀式は無事終了だ。
 俺の不勉強の失態のせいでぶち壊しになる事もなく、当初の予定通りおこなわれて何事もなかった。そしてそれは、護衛士の任命式もだ。

 一日経って本日は、守の聖樹フォレスト・ヒースの人達に見送られての、旅の出発日。

 町の外までは聖樹ヒースの星衛士達に特別に馬車で送られ、旅は町の外から開始。
 俺達は今、町の門の下で、賑やかな町の喧騒を背中にして立っていた。

 基本この後の全ての行動は、巫女の自由な選択に任される。
 歩こうが、引き続き別の馬車に乗ろうが自由だ。
 だが、せっかくと言う事で最初は徒歩で行く事になり、モカと巫女付きと話し合って決め、小一時間ほど道を歩く事になった。
 のだが……。

「ふんふんふーん」
「…………」
「…………」

 整備された街道を三人で並んで歩く。

 おそらく住んでいた町から移送された時の最初の退屈な馬車旅が、堪えたのだろう。モカは鼻歌で上機嫌にスキップしながら歩いていた。

 もちろん俺もあれは退屈だと思っていたから、自分の足で歩けるこの状況は軽く運動が出来るし助かった。とても嬉しい。
 のだが…。

 その旅に、問題があった。

「ふんふん、ふっふーん」
「…………」
「…………」

 無言、キツイ。空気重い。
 鼻歌を歌ってご機嫌なモカとは対照的に、俺ともう一人はひたすら無言だった。

 モカの傍らに立つそのもう一人、巫女付きの星衛士ライツの姿を、そっと盗み見る。

 夜色の黒髪に、中性的な顔月、そして黒の瞳。
 見間違うわけがない。
 どこをどうやって見ても、そこにいるのはあの少年以外ありえない人物だ。
 巫女付となったのは……なぜか、俺をひっ叩いた星衛士ライツだったのだ。

 ……なぜかって言うか、俺達が選んだんだけどな、結局は。

「何か、御用ですか?」
「……っ、何でもないっ!」

 見られている事に気付いたのだろう。星衛士ライツの少年……ナナキはこちらに視線を寄こして、質問した。

 もちろん慌てて目をそらす。

 ……何やってんだよ俺! 無茶苦茶やましい人間みたい仕種じゃないか!
 ……だからっていや、あのまま見つめ続けるとか出来ないし。

「そうですか」

 ナナキの視線がそれて、知らずにつめていた息を吐く。

 ……なーんで、俺。こいつを巫女付きにしたんだろう。

 胸に沸き起こるのは今更の後悔の念だった。

 思い起こすのは、式の直前に聞いた聖樹で働いている者達がした会話の内容だ。

『聖樹にスパイがいるかもしれないんですって。怖いわねぇ』
『そうだとしたら、あのナナキって星衛士、危ないんじゃないかしら』
『え、あの巫女様をぶった人? 確かに怪しいわねぇ』
「あの人宿舎にいたのにけっこう早く現場にかけつけたらしいわよ、スパイに手を貸すつもりだったんじゃないかしら。そうだとしたら、クビだけじゃ済まないわね』

 その話はモカも聞いていたようで、二人して顔を見合わせてしまった。

 それで、今こうだ。
 一体何で、こんな事にしてしまったのやら。

「はぁ……」

 こんなんで、やっていけるのだろうか。

「どうしたのルオンちゃん。世界が終わっちゃいそうな顔してるよ?」
「そこまでじゃーねーだろ。……何でもないよ。気にすんな」
「そっか」

 モカが不思議そうにするが、答える言葉は出てこなかった。
 本人が目の前にいるのに事情を話すわけにもいかないから、誤魔化すしかない。
 興味を引っ込めたモカは少しだけ足取りを重くする。
 そういえば、先程より歩くペースが落ちている気がする。
 
「モカ、ちょと疲れてきちゃったな。何だか足も痛いし……」
「えっ、まだ町で手から少ししか経ってないぞ」

 まだ、だいたい小一時間ぐらいしか経っていない。

「モカ、温室育ちだから体力がないみたいなの。ごめんね」
「それ、自分で言う事か? まあ、仕方ないのか。年中体力使ってる俺とは違うんだし、普通の女の子なんてこんなもんなんだろうな」

 予想よりかなり早かったが、自分を基準にして考えるのも可哀そうだと思った。
 少し休憩した方がいいだろうか。

「モカ様、すこし靴を脱いでもらってもいいですか」

 しかし、俺が声をかける前にナナキがそんな事を言った。

「何で靴?」

 言われた言葉の意味がよく分からなかったので、俺は思わずそう言ってしまう。
 あ、と思う暇もなく身をかがめたナナキから説明が返ってきた。

「履き慣れていない靴を履くと、かえって疲れると聞いた事があります」

 なるほど。確かに、訓練生時代で装備を管理する時も、靴のサイズには気を使った。モカの履いている靴は最近変えたものだと、当人が言っていたし。

 今のは礼とか言った方がいいのだろうか。でも、モカに言ったかもしれないし。
 ナナキは誰を見て言ったのだろう。

 頭の中でもやもやと考えているうちにも時間は過ぎていく。モカはナナキに促されて、そこら辺にあった適当な石に腰かけて、靴を脱いでいた。

「足の具合、大丈夫か?」
「うーん、ちょっとかかとが痛いかも……」

 靴下の上から右足の踵を押さえて、痛みに眉根を寄せる。
 その様子を観察していたナナキは、視線を外さずにさらっと次の言葉を発言した。

「靴下を脱いでもらっていいですか」
「うん」
「おっ……」

 俺はそのの言葉を聞いて、思わず声が上ずってしまう。
 二人の視線が集まって、慌てて動揺が表に出ないようにとりつくろう。

「あ、い、いや……何でも、ない」
「どうしたの、ルオンちゃん。目がお魚さんみたいに泳いでるよ、湖に帰っちゃいそう」
「怖いなそれ! 何でもないよ、本当に!」

 ……あれ、おかしいと思うのは俺だけか?

「年頃の女の子が、同じく年頃の男にそう簡単に人目に触れない部位の肌を見せちゃ駄目だろ!」とか。思うの変なのだろうか?

 ひょっとして、俺のいた村が遅れていて、それぐらい普通なのだろうか?
 村の女の子はそうだったのだが。

「ちょっと、腫れていますね」

 とか何とか考えてると、モカが靴下を脱いでいて、患部をナナキに見てもらっていた。
 白い肌にうっすらと赤みが差している。
 綺麗な肌だ。足もすらっとしてて細い。女の子の足だった。

 何だかモカといればいるほど自分の劣等感が刺激されていく。
 前はこんな事考えなかった。村にいる他の女の子達を見てもこんな事は考えなかったのだ。星衛士ライツの試験に落ちてからでさえ。

 それが気になったのは、巫女になってからだ。
 本来なら一人だけの巫女に。

「モカ様、失礼します」
「あはは、くすぐったいよー」

 笑いをこらえるモカ。
 気付けば、ナナキが何かを塗っていた。
 小さなケースに入っている何らかの塗り薬らしい。

 記憶に覚えのある臭い、嗅いだことのあるものだ。だが少し違う臭いも混じっている。
 訓練で怪我をするたびに薬を塗りたくっていた薬を思いだした。
 塗り薬にはよくおお世話になった。

星衛士ライツ達が訓練で使っている薬ですが。これは同僚が特別に作って手渡してくれたものですね」
「それって、風船つけたらとんでいっちゃいそうな人だったりする?」
「フラトをご存じなのですか?」

 今、判明する奴の名前。遅すぎだ。旅に出たからもう当分は会わないのに。

 薬を塗っている間、モカとナナキの二人の話は弾んで行く。

「うん、ご存じだよ。へぇー、フラトさんって言うんだ」
「何か巫女様に失礼な事を言ったりしませんでしたか?」
「うんいっぱい言われたよ、ルオンちゃんが。でも楽しい人だね」

 ……モカさん何言ってんの!

 予断していたら、突然話が触れられてきたので焦る。
 ナナキが振り返った瞬間、思いっきり狼狽してしまった。

「それは……」

 ……やめろ! 見るな! 見ると危険だ!! 主に俺が。俺のチキンハートが!!

 ナナキは何とも言えない顔で謝って来る。

「申し訳ありません。あれはああいう人間でして」
「いや……、まあ……、いや……」

 ……しっかりしろ俺! まず発言に気を付けろ! かなり意味不明だぞ。むしろ意味がなくて意味不明だ。

 どう接して良いか分からないでびくびくしていると、ナナキがこっちを見つめていた視線を戻して、息を吐く。

 俺の方はため息だ。

「…………はぁ」

 どっと疲れた。

 クリームを塗り終えた後は包帯を巻いて、モカは靴下と靴を履き直した。
 立ち上がり、足の調子を確かめるように、軽く足首をひねったりトントンと地面につま先を打った。
 先程よりは、調子が良さそうだ。

「傷に痛むようだったら、声をかけてください」
「うん、遠慮なくそうさせてもらうね。ありがとう、ナナキ」
「モカ、無理すんなよ。駄目そうだったら、俺がおぶってってやるから」

 心配のあまりそう声をかけるとその後でナナキが、

「私がやりますので」
「そ、……そうか」

 固い声で言われた。

 返答する俺の声は、どうだったか。
 引きつってたかもしれない。
 無視するのも良くないので、答えはしたが。あれで良かっただろうか。

 本当に……、巫女が同じ様な年頃の人間背負うとか、「どうなんだ?」と思う。
 自分の発言のアホさ加減を呪いたくなった。

 呆れられたかもしれない、きっとそうだろう。

 だけど、自分の事に夢中でその時の俺は気づかなかったんだ。

「むぅー…………」

 モカがじっと二人を見つめていたことを。
 そして、

「はーぁ」

 ため息をついた事も。

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