上 下
31 / 43

第4話 てなわけで

しおりを挟む



 ……ってなわけで、冒頭らへんの流れにつながるわけだ。
 ……冒頭って何だよ。まあ、どうでもいか。それより……。

 ナナキをなんとか説き伏せて出場させた闘技大会。
 本当はあたしが出たかったのだが、さすがにそれは駄目だと制止された。

 だが、結果は優勝。
 終わりよければすべてよし。
 その後に多少のいざこざがあったものの、何とか賞金は守りきった。

 ……結構な額が懐に入ったな。

 とりあえず、今晩の宿探しで迷う事はないだろう。
 結果だけみればお金のを盗まれて良かったとも言えなくもない金額だった。結果だけ見れば。

「今話題の巫女様御一行が、こんなところにいたなんて知られたら……」

 だが自分の今の立場を考えるとかなり複雑な心境になる。
 顔が割れてないのがせめてもの救いだ。

 円滑な旅を進めるために、巫女の素性やら名前やらは極秘情報扱いだからな。
 いちいち向かう町で歓待だのなんだのしてもらったら、落ち着いて見分を広めるどころではない。
 神様に叶えてもらう大事な願いだし、あんまり人から横やりが入ったらよくないのだろう。こういうところは自由で助かっている。




 コロセアムの町の夜は長い。

 町一番の見世物、闘技大会のあった日ならなおさらだ。

 人々は騒ぎ、町の明かりは途絶えることを知らず、通りを歩く人の姿も消えることを知らない。

 もともとはこの町、砂漠のど真ん中のただの荒れ地だった。
 近くにオアシスがあり、そこが気休め程度に動植物の生息場所になっている以外はたいしてなんの変わりもない場所だった。

 そんな場所が、今のように人と建物で賑わいを見せる町と発展を遂げた理由は、遠方の地から追い出されてきた流れ者の一団が、自分で住む場所を作ろうと奔走した結果だとか、奇人で有名な大富豪が荒涼たる景色を鑑賞する趣味に芽生えたからだとか、どこかの黒ずくめの怪しげな集団が怪しげな組織を発足させるための足掛かりとして町をつくったなどと色々と、諸説ささやかれている。

 そんな街の中……、

「あきらかに、最期のはテキトーで嘘くさいんだけどにゃあ……」

 眠る事を忘れた夜の町の中を、一人の少女が歩いていた。

 その少女の髪は、町の光を反射して煌めく、燃えるような……ではない透き通ったガラスのような透明さを併せ持つ不思議で綺麗な赤髪をしていた。

 そしてどこかの酒場で舞うような踊り子が身に着けているようなひらひらとして生地の薄い服を着こなす。しかし、軽装ながらも一人旅に必要な道具、品物やらは、腕や足、腰に巻きつけてあるベルトのポーチにしかっりとおさまめてある。

 そんな相反する格好をした、何とも言えない奇妙な少女が町の通りを歩いていれば、好奇心を芽生えさせた者たちの一人や二人が声をかけてもおかしくはなかった。

「お嬢ちゃん踊り子か、その恰好。良かったら一緒に飲まないか」

 声をかけてきた男は、ただそこらで飲んだくれているタイプとは、また違った酔っぱらいだった。

 どことなく浮ついた雰囲気をまとって、飲んだ影響か顔がほんのり赤みを帯びてはいるようだ、だが手にした酒瓶でひきなり人に殴りかかろうとするような凶暴さも、利性の欠如も見られなかった。

「残念だけどにゃ、この子達の面倒を見なきゃいけないから、つきあってはあげられないのにゃ」
「この子達……?」

 と、フレアの視線の先、足元でじゃれついている猫達を見て男は納得する。

「この子たちはあれかい? 君をお母さんか何かだと思っていて、俺が君を独占してしまうと嫉妬をやいて邪魔しにくる子供達かい?」
「まあ、そんなようなものにゃ」
「それじゃあ仕方ない」

 男はやれやれと肩を竦める。

「にゃ、そういう聞き分けの良い酔っぱらいは嫌いじゃないのにゃ。残念だにゃ」
「世辞でも嬉しい言葉だな。そいつはありがとな」

 彼女の言葉を、単なるお世辞と聞き流し、男は気障な事に一輪のバラを差し出して、未練を感じさせず去っていく。

「お世辞じゃないのににゃ……。すんすんいい匂いにゃ、もらっておくかにゃ」

 フレアは、花一輪をポーチに適当に差し入れる。
 そしてしゃがみこんで猫達の状態を一匹づつ確かめていく。

「さて、君達の健康診断といこうかにゃ。この町の猫医者はどこにいるかにゃー。今までが大丈夫だからと言って、これからもそうだとは限らないのにゃ。にゃ、こらシマシマ、逃げるにゃ!」

 足元にじゃれ付く猫たちの様子を、しゃがんで眺めるフレアは口調とは裏腹に楽しんでいた。
 
 見つめられる猫はどの猫も、元気満々……とまではいかないまでも、目に見えるような異常は見当たらない。
 その事にフレアは安堵の息を吐く。 

 医者という言葉に反応してか、一匹のしましま模様の猫が逃げ出そうとするのを、襟首を掴みながら阻止。

 ついでに他のネコも構いながら、猫医者の居場所を思案する。

 馬やラクダならともかく、この砂漠の真ん中の町に猫の医者などいるだろうか。

「……、ま、考えても始まらないにゃ。行動するのが一番にゃ。……とりあえず、町をぐるっと回ってみるかにゃ……にゃ?」

 歩き出そうとした彼女の足が、何かを蹴とばした。
 それは、小袋だった。

 持ち上げてみると、それなりに重さがある。中身が詰まっているようだ。
 落とし主はさぞかし困っているに違いない。
 中をのぞくとお金が入っていた。やはり予想通り結構な額だ。

 お金を落としておいて、困らない人間などいるだろうか。

「にゃー、仕方ないにゃ。とりあえず、自警団か何かあったら届けておくかにゃ」

 小さなサイズのそれを手にしてフレアは夜の町へと歩みを再開した。 






 日中は、照りつける強烈な日差しによって汗が止まらなくなるほどの暑さの砂漠をぬけてきたこの場所もほど近いが、日が暮れてしまえば涼しいものだった。

 ただ、その涼しさは一時的なもので夜が更けるにしたがって、地獄の寒さへと一変するのだが、そんな過酷な環境に変化しつつある砂漠の中を一人の男が飛んでいた。

 歩いていた、のでなく。
 飛んでいるのだった。

「はくしょん! ずずず……。うう、これならまだ歩いていた方がましでしたね」

 空をふよふよ飛行している絨毯の上には、盛大にくしゃみをまき散らす一人の男が乗っている。

 その男は、全身を金ぴかの服で身を包んでおり髪も金髪だった。男の見た目は目に眩しいにも程がある金づくしの服装だ。唯一のアクセントとして、胸元に赤いネクタがあったりするが、それはメタリックカラーでキラキラ輝いていて自己主張に忙しい。

 見る人が見たら、完全にその男性の人格を疑ってしまうだろう。
 事実、ルオンが初めてこの男性に出会った時など、口には出しはしなかったが「ピエロならサーカスに行け」などと思ったくらいだった。

 その男の名前はキース。
 巫女を捕まえようとする組織、選定の使徒リバー・サイドの幹部だった。

「くうう、巫女どもめ、私の手をそうまでしてわずらわせたいのですか。追手を放ちはことごとく撃退して……こんな目にあわせて……。生意気な巫女共め、さっさと追いついて……早く捕まえなければ、凍えてしまいます」

 憤慨一色で染められたと表情をする男は、いまだ捕まらない巫女達へと文句をつのらせる。

「あそこで、もう片方の……あの生意気な小娘の策略に乗らなければ見失ったりしなかったのに、まったく人を罠にかけるとは親の顔が見てみたいものですね」

 自分たちが巫女達にした事を忘れているかのような発言をする男は、もう一度くしゃみをして鼻をすすった。

 なぜ今回に限って巫女が二人なのかは、理由が不明。
 自由神はいかなる考えをもって、異例の人数にしたのか。
 ただの人間である男にはさっぱりわからなかったし、考える必要もなかった。

 ただ、……。

「神様とやらが見つかったらさぞかし大騒ぎになることでしょうね」

 男はそんな事を考える。
 前例に無い行動。その行いに意味があるはずと思う人間であればまだいい、だがもし違うのならば、どういう行動に出るのか。

「いつの世も、人が一番恐ろしい」

しおりを挟む

処理中です...