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第7話 お医者さんでした

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 いつの日だったか、フレアはとある夢を見ていた。
 自分が神様とやらになる夢だ。
 神様のフレアは、空の高い所から世界を見下ろして、色んなものをただ見ていた。
 
 神様はすごいので色んなことができるのだが、フレアはあえて何もせず必要最低限の助力しかしなかった。

 ……なぜならフレアは、自由が好きだからだ。

 自由に生きる生命達の姿を、その選択を見ているのが一番の喜びだった。

 そんなあるとき、フレアは新たな生命に神様の力を受け渡した。
 そして神様だったフレアは神様ではなくなり、世界に降りて他の命達と同じような存在になったのだ。

 けれど、神様のままでは普通に生きられない事に気づいたフレアはどうすればいいのか悩んでいた。
 悩むなどという事はまるで今まで経験した事がなかったので、戸惑うことばかりだった。

 そんな中フレアは弱っている猫を発見した。

 大きく運命を変えるような手助けはしない。
 それが自然のルールだったからだ。
 
 だから神様がしたのはほんの少しの手助け、痛みや苦しみを取り除くことだけだった。
 生命達……世界でもっとも器用に生きる人という命が言うには、それは慈悲というものらしい。

 そうして手助けしてやった猫は、困っている神様を見てある提案をしてきた。

 その猫は他の猫と違って賢い猫だった。

 だから他の生命達のことについてもある程度知っていたし、この世の仕組みや成り立ちについて、この世界がどうやってできているのかなども理解していた。 

 神様の事情を察した猫が言った事は、もうすぐいなくなる自分の精神をコピーして再利用すればいいということだった。

 神様は、その猫の言う通り、生命達との考え方との違いに困っていたのでありがたくその申し出を受ける事にした。

 そうして、神様は……フレアは新しい心を手に入れ、猫の最後を看取ったのだった。





 コロセアム 動物病院。

 フレア(の猫たち)の尽力(捜索力?)のおかげで町に連れ帰ることができた子供。
 名前はエルンというらしい。

 フレアは忘れない様にエルン、エルン……と頭の中の大好きな魚の名前が記憶されているところと同じ場所にメモをしておく。

 助けを求めた手紙の一件でお礼を言ったり、言われたりしているうちにたどり着いたエルンの家は病院だ。

 何というか、できた偶然だったがそのエルンこそがフレアの探していた医者だった。

 さっそくフレアの周りでミャーミャー鳴いている猫たちを捕まえ抱えて診察室へと入っていく子供……ではなくエルン。

 その姿を見てるとそこはかとなく不安になって来るのだが、医師の証である医師免許は何となく本物っぽかった。

 エルンが猫の具合を見る、と言ったときは驚いたがこれでも医療のプロだというらしい。

 数分の検診が終わった後、白衣を身につけたエルン診察室から出てきて言った。

「得に異常はなかったよ」
「ありがとうにゃ。良かったにゃあ」

 そう喜べばルオンもモカも同じように言ってくれた。

「フレア、これで安心できるな」
「良かったね、フレアちゃん!」

 診察室から出てきたエルンの言葉に心底ほっとする。
 その態度を見て、エルンは他の面々に聞こえないようにフレアに小声で話しかけてきた。

「でも、わざわざここに来たってことは何か心当たりがあるんじゃないの? 他のお姉さん達には喋ってないみたいだけど」

 足元にすり寄って来た猫を抱きかかえるフレアは思い切り視線を泳がせまくっていた。

「う、そ……それは」
「言いたくないのならべつに無理して言わなくてもいいよ。お客様の個人情報を不必要に詮索したりしないし」

 ほっとしたフレアに子供医者であるエルンは、上げた後すぐ落としてみせた。

「ま、原因がわかればできることは増えるけど」
「うっ」

 ……これが世間で言う上げて落とす戦法かにゃ?
 ……初めて知ったけど、全然嬉しくないにゃ。

 フレアは困ったように、肩をさげてしおれた花のようになる。

 そんな小声のやり取りが分からないルオン達は首を傾げるしかない。

「お二人共、そろそろ宿に帰りませんと、出入りできなくなってしまいますよ」

 そこに、時間を気にした様子のナナキが話しかけてきた。

「そうだな。あたし達もそろそろ宿に帰んないとな、徹夜になるのはちょと体に悪そうだし」
「そうだね。お肌とか健康に良くないって聞くよ。女の子だしね」
「いや、アタシは別にそういう事とフレアを天秤にかけたつもりはないからな」

 モカの言葉に、誤解されてはかなわないとルオンが言葉を重ねるが、もちろんそんなつもりで言ったわけじゃない事はフレアにも分かっていた。

「今まで手伝ってくれてありがとにゃ。また会えたら、魚の丸焼きでも奢ってお礼するから楽しみにしてるといいにゃ」
 
 気にしてないという風に笑顔で、そう述べるとルオン達はほっとした様子で、その場を去ってく。
 後ろ姿に手を振りながら見送った後、フレアはくるりとエルンに向き直る。

「猫達の事、実はちょっとした心当たりがあるんだけどにゃ、いいかにゃ」
「話す気になったの? お姉さん。まあ、その方がこっちとしても助かるけど」

 意外そうに思いながら、メモを取る為か紙束を探すエルンの小さな背中を見て、フレアは続けろ。

「今更だけどにゃ、性格違くないかにゃ?」

 冷静に、診察している様子はまるで先程まで怯えていた子供とは別人だとそう言えば。
 
「私情を交えない。プロってそういうものでしょ?」
「おおう……。にゃ」

 何とも大人っぽい意見が返ってきて、面食らった。

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