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第10話 捕らわれの身

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 フレアは夢を見ていた。
 だが、その日に見たのは、前に見た夢とは違う夢だ。
 町があって、周囲はたくさんの人々が生きている。

 その場所がどこかはフレアには分からない。
 訪れた事があるようにも思えるし、そうでないようにも思える。

 しばらくぼんやりとその場所に立っていると、己の内から何かの力が込み上げてくるのを感じる。

 それは段々と大きくなり、激しく胸の内をかき乱した。
 フレアはそれを必死に抑えようとする。
 
 それは外に出してはいけないものだった。
 一度出してしまえば、元に戻すことはできない。
 取り返しのつかないことになってしまう。

 なぜかフレアにはそれが分かったからだ。

 しかし、胸の内のそれは膨らんでいき、とうとう抑えきれなくなってしまう。
 フレアの内から溢れ出た灼熱の炎は、周囲へとまき散らされた。

 町も、人も。
 全てを焼いた。
 
 後に残されたのは焼け野原になった景色と、その中に立つフレアの姿だけだった。




 そんな夢を見たフレアは、目を覚まして自分がどういう状況に置かれているのか察した。

 確か、自分は使徒に捕まり、支部とやらに連行されたのだった。
 ここはその建物のどこかの部屋だ。

 ルオン達と別れたその後、接触してきた使徒に言われた言葉と、これまでに見た夢の内容が脳裏に蘇る。

 うっすらとだが、フレアは自分の正体に気づいていた。
 無意識に記憶に蓋をしていたものが、きっかけを得て開いたのだろう。

「フレアは生きていちゃいけない人間なのにゃ……」

 そう言葉をこぼせば足元からみゃーみゃー鳴き声が聞こえる。

 猫達だ。

「そういえばお前達も一緒だったにゃ」

 逃げればよかったはずなのに、フレアを心配してここまでついてきてしまったようだ。

「にゃー、ここまでなつかれると踊り子より猫使いと名乗った方が良いような気がするにゃー」

 足元ですりすりしてくる猫たちを抱き上げて撫でまわす。
 やわこくてあったかい間隔が手のひらに伝わる。
 生き物の温もりを感じてると、ちょっと落ち着く気がするから不思議だった。

「お前達は早くフレアから離れると良いにゃ。フレアの体は予想外の事が起きて爆弾みたいになってるらしいにゃ。今までは無事だったけど、これからは分からないにゃ。たとえ爆発しなくてもお前達の体に悪影響が及ぶかもしれないにゃ、だからどっか言った方が良いのにゃ」

 ……フレアから離れるのが良いにゃ。

 そう言うのだが、猫達は足スリスリを止めようとはしない。
 とても気持ちいいがそれでは困る。

「まったく困ったさんだにゃ」

 どうすれば分かってくれるのか。
 やはりもっと怖そうに、厳しそうに言わなければ駄目なのか。
 わざと乱暴をして追っ払うという手もあるが、何だかそれは可哀そうだ。

「うーん、どうすればいいにゃあ……」

 そんな風に猫たちの将来について悩んでいると、部屋の外から人が近づいてくる気配がする。
 二人分の足音は、ぴたりと部屋の前で止まった。
 視線を向ける。

 見張りらしい人物のくぐもった声がしたのち扉が開かれて、足音の主が顔を見せた。
 部屋に入って来たのは金づくめの男と、苦労が多そうな若男だった。

「き、キース様ぁ。勝手に入って良かったんですか」
「私を誰だと思っているんです? 選定の使徒リバーサイドの幹部キース・ディランディですよ」
「確かにそうですけど……」

 キースというらしい男は何とここの組織の幹部らしい。とてもそうは見えないが。

 そのキースはこちらに歩いてきて、ある提案をした。
 とても自信満々そうに。

「あなた、私の実験台になりませんか」
「にゃー?」
「その頭は飾りですか。私の研究に役に立つのなら、ここから出してもいいと言っているのです。どうですか」

 意味が分からなかったフレアに、若干苛立たし気になったキースがそう提案しなおす。

「本当は巫女を研究したかったんですが、生憎とあちらには逃げられてばかりですので。まあ、貴方で我慢しましょう」

 なんだかすごく偉そうな態度だった。
 そんな男が何かを言うたびに、隣にいる若男は慌てふためいている。

「キース様ぁ……」
「うるさいですよ、レクトル」

 いい年なのに泣き出しそうでちょっぴり可哀そうな。

「フレアを連れてきたのはそれが理由かにゃ?」
「違いますよ」
「餌の横取りは重罪で制裁にゃ」

 連れてきたのはキースの実験台とやらの為ではないらしい。
 そういうのはいけない。よくない。
 猫社会でも、横取りはケンカになるのが常だ。
 ふしゃーっ、バリィっ! ……と、やられるのが普通なのだ。

「フレアはどうしてここに連れてこられたのにゃ」

 気を失う前の会話からして、フレアが良くないみたいな事は聞こえてきたが、ここに連れてきてどうするのかはさっぱり分からないままなのだ。

「貴方に教える筋合いはありませんね。自分の立場が分かっているのですか?」
「半分くらい分かってないにゃ」

 正直に答えれば、キースという男に頭を抱えられた。
 レクトルとかいう若男は言わずもがな。ずっと抱えっぱなしだ。

「ひょっとして何も知らずに追いかけられていたのですか、我々に」
「まあ、そうかもにゃ……」
「……」

 何となくこうかなという予感はうっすらとあったが、確証がもてるわけでもなかったし。
 今は半分くらいは分かってるが。

 キースとやらはとうとう無言になって何もしゃべらなくなってしまった。
 何か気に障る事でもいったかにゃ?

 そうしていると、どこからか轟音のようなものが聞こえてきた。

「な、何事でしょう一体」

 レクトルがびくっと肩をはねさせる。

 部屋の天井からパラパラと細かいほこりやらなんやらが落ちてきて、鼻がむずむずしてくる。
 レクトルはびくびくしながら周囲を見回し、キースは眉間に皺をよせて不機嫌そうな顔になった。

「奴らに決まっているじゃないですか。まったく、行きますよ」
「え、奴らって、行くってどこへですか?」
「やる事やるんですよ。さしずめその下準備と言ったところでしょうか」
「あ、ちょっとキース様、部屋の扉開けっ放しで……あれ、これどうやって閉めるん……」
「早く来なさい置いていきますよ」
「ええ、良いんですかこれ。ちょっとキース様、色々説明してくださいよーっ」

 開けっ放しになった扉からキース達は出ていく。

 フレアはそれを見て悩んだ。
 他の者達の事を本当に考えるならば、むやみに外を出歩かないほうがいいのだが……。

「うーんにゃ、とりあえずお前達は逃がさなきゃいけないにゃ」

 だが、足元の猫達を見て、部屋を出る事に決めたのだった。

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