父と娘と老犬の思い出

ニキ

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Ep1

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「お父さん!早くあと1枚を書いてよ!!」

炬燵こたつに入り、本を読んでいると、1枚の古い紙を持った娘が話しかけてきた。その紙には4枚の桜の花びらが書かれており、1年に1度その花びらを書く約束をしていた。

「まだやめておいた方がいいんじゃないか。」

「えー、でももうすぐ12月も終わるよー」

私は娘の話を聞きながら、ちらりと娘の横にいる犬を見た。彼は亡くなった妻の愛犬で、彼女の形見でもある。彼は現在19歳、人間でいえば90歳頃である。そんな老犬は、体を動かすのが辛いのか今日も娘の横で静かに寝ている。妻が亡くなる前、妻は彼に娘を守るようにと伝えていた。その約束を老犬になった今も忠実に守っているのだろう。そんな彼を娘はとても大切にしている。

「ねえ、お父さん、聞いてる?」

「ああ、聞いているよ。だけど今日はやめておいた方がいいんじゃないか。」

「それ毎日聞いてるんだけど...、今日は今日はって言ってもう半年くらい経ったよ??」

「そうだったか? だけど、まだやめておこう。何度も言うようがそれは、」

「自分で書いたらダメなんでしょ?書かないし書けないじゃん、だってお父さんが持ってるそのペンでしかなぜか色がつかないんだもん..。」

「わかっているならいいんだ、とにかく今日はやめておこう。」

私は立ち上がり、トイレに向かった。

「今日"は"じゃなくて今日"も"でしょ」

彼女から小言が聞こえたが、聞こえないフリをしてトイレに向かう。
そのとき、ちらりと老犬と目があった。

(もう、いいのか?)

と私が尋ねると彼は1度目を伏せた。まるで返事をしているかのように

(わかった)

老犬との会話を終わらせ、トイレに入った。
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