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人間の食事
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木材を水のかからない奥へと移動させたタラッタが口を開く。
「ありがたく使わせてもらうわ。そこの人魚も協力してくれるのよね?」
「サモットな。大丈夫だよ。洞窟で火を使っても魔法で空気を新しくできるから。広い場所だし短時間なら問題ないだろうしね」
「ふん。俺の魔法に感謝するんだな」
「偉そうなのが気に障るけど……たしかにあんたがいなかったら困ってただろうから、素直に感謝しとくわ。ありがと」
どうやらタラッタの方が大人のようだ。礼を言われ偉そうな態度を取ったサモットの方が目を泳がせている。
それから口元を水に沈めてぶくぶくとなにか呟いたが、内容を聞き取ることはできなかった。
「うまく火がつくといいんだけど」
「まずはなにをするんだ?」
「火がつきやすいように木を薄く削る。本当は植物の繊維とかがいいんだけど、こんなところにはないから」
話しながらタラッタが腰元からナイフを取り出し、慣れた手つきで木を削っていく。それをサモットと並んで見ていたバハルはふとあることに気がついて彼女に声をかけた。
「そういえば服濡れたままじゃないか?」
ナイフを握る腕にシャツがところどころ張り付いている。
人魚になってから服なんて着ていないし、常に水の中にいるから濡れた状態がよくないという感覚がなくなっていた。こんな海の中の洞窟で病にでもかかったら大変なことだ。薬もないし、なんならベッドすらもない。
「濡れているとなにか問題があるのか?」
「俺たち人魚は水から出ていると皮膚が乾燥して不調になるだろ。人間の場合は乾いた状態でいないと不調になる」
「なるほど。適した状態があるということだな」
「そういうこと」
もっとタラッタを気にかけてやるべきだったと後悔する。そこまでしてやる義理はないのだが、やはり助けた以上はちゃんと生き残ってもらいたい。
ここで死なれても処理に困るというのもある。
「それならウミちゃんに服とやらを乾かしてもらえばいいだろ」
「えっ」
「ほら、さっさと脱げ。それが優先だろう」
「こらー! サモット!」
「もがもが」
とんでもないことを言い出した幼馴染の口を急いで塞いだ。人魚はせいぜい女性が胸元を隠すくらいで服と呼べるようなものは着ない。だから羞恥もない。なにが言いたいかというとサモットはまるっきり悪意なく純粋に発言したということだ。だから、軽蔑した視線を向けないでやってほしい。
そう早口で説明するとタラッタが深いため息をついた。ついでにサモットにも人間に脱げというのはいけないと言うことも説明した。
「す、すまない」
「いいわ。種族が違うとこんなにも常識が違うのね。とんでもないすけべ野郎かと思ったわ」
「ち、違う!」
「ふふっ、冗談よ。服なら心配いらないわ。海賊なんてやってるのよ。悪天候のときにずぶ濡れのまま船で作業するなんてしょっちゅうだったし、大人になってからは病気になったこともない。それに昨日、あんたたちが帰ったあとしっかり絞ったからそのうち乾くわ。ちょっと洞窟は湿気多いからまだ少し肌に張り付くところもあるけどね」
それからとつけ足すように服自体も乾きやすい素材でできているのだとタラッタが教えてくれた。こうやって話していると海賊だということを忘れるくらい彼女は普通の女性だ。
「さ、これくらいでいいわね。火をつけるわ」
「おっ、どうやってやるんだ?」
「火打石と打金で火花を飛ばすのよ」
洞窟内に落ちていた石で輪をつくり、その中に細かくした木材を積み上げる。それから先ほどナイフで薄く削った木をさらに細かく割いて作った火口に向けて、タラッタが持っていた火打石と打金を叩き合わせた。
「よし、なんとかなりそう……」
火花がうまく火口に着火し、タラッタが息を吹きかけて火を大きくする。それから用意してあった場所に移してさらに息を吹きかけた。
どうやらうまくいったらしく少しすると木がパチパチと音を立ててを燃え始めた。
「ふぅ。うまくいったわ」
「慣れたもんだなー」
「島で火をおこして野営することもけっこうあるからね」
「これが火か……ゆらゆらしていて、不思議なものだ」
初めて見る火にサモットが感嘆の声をあげる。触ろうと手を伸ばしてタラッタにたしなめられていた。
「熱いから触らないほうがいいぞ」
「……お前も初めて見ただろうに、随分慣れた様子だな」
「あはは。火よりも料理が気になっているからさ! 早く食べたい……」
じゅるりとよだれを啜るとサモットの呆れた視線が突き刺さった。
仕方あるまい。渇望した料理がもうすぐ食べられるのだから。まあ、料理といっても今日はせいぜい魚を焼くくらいしかできないだろうが。
そんなことを考えているとタラッタが朝渡した魚の鱗を落とし、はらわたをナイフで取り出す。それが終わると海水で軽く洗って、削って作った木の棒に突き刺した。
「じゃあ、焼くわよ」
たき火の周りに魚の刺さった棒を石で固定して立てる。それを見ただけでワクワクしてきて、バハルは早く焼けないかなとまるで小さな子供のように胸を弾ませた。
パチパチと火の爆ぜる音に魚の焼けるいい匂いが加わると、二匹と一人はそろって息を深く吸って香りを堪能した。
「もうそろそろ良さそうね」
「嗅いだことのない香りだ。不思議と腹が空いてくる」
「いい匂いだよなぁ~、じゅる」
「とりあえず口を閉じろ。よだれを垂らすな」
タラッタが焼けた魚を取って人魚たちに手渡した。一番大きな魚が回ってきてバハルはちょっと得した気分になる。
サモットは物珍しそうに木の棒を回して焼き魚を観察していた。
「いっただきまーす」
はぐっと大きな口を開けて焼き魚の腹のあたりに食いつく。少し焦げたパリパリの皮にほろりと崩れる脂ののった身。焼き魚ならではの旨みが口に広がる。そして──
「あっちぃ!!」
前世ぶりの焼き魚はバハルに感動と共に、容赦なく火傷を届けたのだった。
「大丈夫? 焼きたてをそんな勢いで食べたら火傷もするわよ」
「あほだな」
呆れた視線が二つバハルに向けられ流石に恥ずかしくなる。火傷した舌を冷やすように海水につけるとヒリヒリとした痛みが襲った。
「痛い……」
「真水でも含んでいたら?」
「ふん。人魚は治癒力が高いからその程度ならもう治っているだろ」
今だにひりつく舌をべえと出したままバハルはサモットの言葉を否定するように首を横に振る。すると幼馴染は納得がいかないというように眉間にしわを寄せた。
「そんなはずはない。なにか病気でも患ってるのか?」
「違う違う。理由は検討がついてるから大丈夫」
「また変な実験か」
「んー? 今回は人魚の不老不死の伝説についての検証によるものかな。意図したものじゃないけど、仮説があってる証拠になるかもなー」
「不老不死の伝説……」
訳が分からないといった様子のサモットは面倒になったのかそれ以上は追及するのを辞めたらしい。代わりにタラッタが微妙な表情を浮かべた。
なにか思うことがあるのだろうか。
少し引っかかったが、今はそれよりも目の前の焼き魚だ。せっかく焼きたての美味しい状態を堪能できるのだから、しっかりいただかなければならない。
「今度は慎重に。息で少し冷まして……」
ふうふうと息を吹きかけて焼き魚を食べる。今度は火傷を負わずに味わうことができた。美味しそうに食べるバハルの姿を見てサモットも慎重に口に運ぶ。一口食べて目を見開くと勢いよく食べ始めた。どうやら気に入ったようだ。
「ふっ……これでもっと協力的になるだろ」
夢中になっているサモットに聞こえないようににやりと笑って呟く。食とはすごいものでより美味しいものを知ると、元の食事では満足できなくなる。
知らないときよりは確実に協力的になってくれるはずだ。
「ん? タラッタ、どうした? 食べないのか」
「え、ああ……食べるわ」
「?」
焼き魚を手に持ったままぼんやりとしていたタラッタに声を掛けると、彼女ははっとしてようやく魚を口に運んだ。
「そうだ、これ。よかったらあの女の人魚にあげてよ」
焼きすぎないように火から離した残りの焼き魚をタラッタがバハルに差し出した。どうやらラメールの分も考えて用意してくれていたらしい。
「いいのか?」
「ええ。灯りを持ってきてくれたし、あんたたちと仲がいいんでしょ。ほら、もたもたしてると冷めちゃうわよ」
「じゃあ、ありがたく。サモット、ラメールに持っていってやれるか?」
ラメールと二人きりで話すいいチャンスだ。バハルはサモットもラメールも大切に思っている。だから幼馴染の恋を応援したいのだが、当の本人は微妙な表情を浮かべていた。
「いや、お前が持っていけ。水中洞窟はかけてやるから」
「なんだよ、ラメールと二人で話すチャンスじゃないか」
「そんなの分かってる。だが、ラメールはお前に持って来てもらったほうが喜ぶだろ」
「もー、まだ勘違いしてるのか? ラメールが俺に告白したのはもう随分前の子供のときだぞ。なにを遠慮してるんだか」
「うるさい! この鈍感あほ人魚! いいからお前が持っていけ!」
「ちょ、サモット……!」
焼き魚に魔法をかけたサモットがそれをぐいっとバハルに押し付け、追い立てるように威嚇する。
酷い言われように反論の一つでもしたかったのだが、あまりの剣幕にバハルは大人しくラメールの元へ向うことにした。
大きな体が海の中へ消えていくのを見送ってサモットは大きなため息をつく。
「あんた損な性格してるわね」
「うるさい」
「私は海賊だから欲しいものは奪う主義だけど……相手を思いやって身を引けるのは男前よ」
「人間が偉そうに。バハルに変なことを言うなよ」
鈍感な幼馴染の人魚はラメールの気持ちにまるで気づいていない。サモットの気持ちには気づいているにも関わらずだ。それがイライラして勝負を吹っかけていた。
ラメールと番になりたいと思う。だが、彼女の気持ちがなければ意味がない。それどころかラメールがバハルを好きならその手助けをしてやりたいとすら思っている。
人間に言われずとも損な性格だと自分でも分かっているし嫌にもなった。
だけど……大嫌いな人間の言葉でそんな気持ちがほんの少し楽になった気がする。人間に慰められるなんて、とサモットは再び大きなため息をついたのだった。
◇
海中洞窟を後にしてすぐにバハルはラメールとばったり出くわした。どうやら彼女も自分を探して洞窟へ向う途中だったらしい。行き違いにならなくてよかったと口にして、ラメールを海底へと誘った。
「それで、手に持ってるそれはなぁに?」
いつもより嬉しそうに頬を赤らめながらラメールが問いかけた。綺麗な緑色の瞳をキラキラさせてこちらを見る姿はとても可愛らしく癒される。前世でも妹はいなかったけど、いたらこんな感じなのだろうかとのほほんとしていると、ラメールが不満そうに肩を揺すってきた。
いけない。思考が別のところへいっていた。
「ごめんごめん。これ魚を火で焼いたやつ。ラメールにも食べてもらいたくて持ってきたんだ」
「私のために持ってきてくれの?」
「うん。俺もサモットもタラッタも食べたからさ。ラメールにも、って」
「……先にみんなで食べたのね」
先ほどまでご機嫌だったラメールが眉尻を下げ悲しそうに焼き魚を受け取った。
「サモットと色々して洞窟に向かった流れでさ」
「どうせ人間の食事を食べられるって興奮して忘れてたんでしょ」
唇を尖らせて拗ねる幼馴染になにも言い訳できない。なんせその通りだったからである。
困って慌てているとラメールが小さく息を吐いて寂しそうに笑った。
「もう。次はサモットだけじゃなくて、ちゃんと私も呼んでね。できることは少ないかもしれないけど、手伝うから」
「分かった! それじゃあ、これ食べたらさっそく手伝ってもらうよ!」
「ふふっ。そんなに慌てなくてももう拗ねてないわ。それで、これはどうやって食べるの?」
どうやら機嫌が治ったらしくほっと胸を撫で下ろす。
齧りついて食べればいいと教えると、ラメールが恐る恐る口を近づける。
「美味しいよ。俺もサモットも食べたから大丈夫」
「ええ、分かったわ」
ラメールが小さな口で焼き魚の腹に齧りつく。ほのかに温かい魚に彼女は目を見開いて、口元を手で押さえた。
「美味しいわ……!」
「だろー?」
それから夢中になって焼き魚を食べはじめた幼馴染を眺める。
やっぱり美味しいものは食べるだけではなくて共有するのも楽しい。
「それにしてもサモットの魔法は本当にすごいな」
焼き魚を包んだ水中洞窟はラメールが食べるたびに損傷するが、海水が入る前にすぐに修復される。サイズが小さければ小さいほどその分強度や再生力に回せるようだ。
バハルを閉じ込めるくらいしか使ってなかったようだから、まさに宝の持ち腐れである。
「ん、美味しかったわ。つい夢中で食べちゃった」
「口に合ったようでよかったよ」
「……バハルが人間の食べ物を探す理由がよく分かったわ」
頭と尻尾まで綺麗に食べたラメールが納得したように頷いた。海に暮らす人魚でもやはり調理したものの方が美味しく感じるようだ。
味覚は人間と変わらないのだろう。
「ありがとう、バハル。わざわざ持ってきてくれて。食べられてとても良かったわ」
「どういたしまして。あとでタラッタにも礼を言っておいてくれ」
「人間にも?」
「その焼き魚、タラッタが用意してくれたんだ。ラメールにもって」
「そう……。あの人間が……」
ちょっと複雑そうな表情だ。人間に対する警戒心はそう簡単には解けないのだろう。
無理強いするつもりはないし、こうして料理について理解してもらえただけでも大きな進歩だ。
「次に会ったときにお礼を伝えておくわ。そういえば手伝ってほしいことってなぁに?」
「ああ……海底遺跡でやりたいことがあるだ」
「バハルは本当にあそこが好きね。何度も行っているでしょう?」
「あれ、バレてる?」
「ふふっ、あれで隠してたつもりなの?」
ああいう場所に行くとラメールが心配すると思って特になにも言ってなかったのだが、バレバレだったらしい。ちょっと気恥ずかしくなってわざとらしく咳払いをした。
「そ、それで一緒に行ってくれるか?」
「ええ、大丈夫よ。幽霊とかの噂もあるみたいだけど、バハルが行ってるくらいだから怖くないわ」
「それは頼もしいな。サモットの方が怖がってたよ」
「あら、そうなの。私は幽霊の噂の正体はバハルなんじゃないかしらって思っているくらいよ」
ラメールは中々鋭い。正確にはバハル自身ではなく、彼が育ててるクラゲが噂の正体なのだがほぼ正解と言っていいだろう。
まあ、ラメールならウミちゃんを見ても驚きはするだろうがサモットのよう怒ったり説教したりはしないはずだ。……たぶん。
「えーと、じゃあ海底遺跡へ向かうけど……」
「けど?」
「ちょっと変わったクラゲがいるから、驚かないでほしい、かな」
「バハルが先に教えてくれるなんて珍しいわね。さてはサモットに怒られたのね」
「ぐっ……」
やはり鋭い。なにも言い返せないでいると彼女はくすくすと可愛らしい笑い声をあげたのだった。
「ありがたく使わせてもらうわ。そこの人魚も協力してくれるのよね?」
「サモットな。大丈夫だよ。洞窟で火を使っても魔法で空気を新しくできるから。広い場所だし短時間なら問題ないだろうしね」
「ふん。俺の魔法に感謝するんだな」
「偉そうなのが気に障るけど……たしかにあんたがいなかったら困ってただろうから、素直に感謝しとくわ。ありがと」
どうやらタラッタの方が大人のようだ。礼を言われ偉そうな態度を取ったサモットの方が目を泳がせている。
それから口元を水に沈めてぶくぶくとなにか呟いたが、内容を聞き取ることはできなかった。
「うまく火がつくといいんだけど」
「まずはなにをするんだ?」
「火がつきやすいように木を薄く削る。本当は植物の繊維とかがいいんだけど、こんなところにはないから」
話しながらタラッタが腰元からナイフを取り出し、慣れた手つきで木を削っていく。それをサモットと並んで見ていたバハルはふとあることに気がついて彼女に声をかけた。
「そういえば服濡れたままじゃないか?」
ナイフを握る腕にシャツがところどころ張り付いている。
人魚になってから服なんて着ていないし、常に水の中にいるから濡れた状態がよくないという感覚がなくなっていた。こんな海の中の洞窟で病にでもかかったら大変なことだ。薬もないし、なんならベッドすらもない。
「濡れているとなにか問題があるのか?」
「俺たち人魚は水から出ていると皮膚が乾燥して不調になるだろ。人間の場合は乾いた状態でいないと不調になる」
「なるほど。適した状態があるということだな」
「そういうこと」
もっとタラッタを気にかけてやるべきだったと後悔する。そこまでしてやる義理はないのだが、やはり助けた以上はちゃんと生き残ってもらいたい。
ここで死なれても処理に困るというのもある。
「それならウミちゃんに服とやらを乾かしてもらえばいいだろ」
「えっ」
「ほら、さっさと脱げ。それが優先だろう」
「こらー! サモット!」
「もがもが」
とんでもないことを言い出した幼馴染の口を急いで塞いだ。人魚はせいぜい女性が胸元を隠すくらいで服と呼べるようなものは着ない。だから羞恥もない。なにが言いたいかというとサモットはまるっきり悪意なく純粋に発言したということだ。だから、軽蔑した視線を向けないでやってほしい。
そう早口で説明するとタラッタが深いため息をついた。ついでにサモットにも人間に脱げというのはいけないと言うことも説明した。
「す、すまない」
「いいわ。種族が違うとこんなにも常識が違うのね。とんでもないすけべ野郎かと思ったわ」
「ち、違う!」
「ふふっ、冗談よ。服なら心配いらないわ。海賊なんてやってるのよ。悪天候のときにずぶ濡れのまま船で作業するなんてしょっちゅうだったし、大人になってからは病気になったこともない。それに昨日、あんたたちが帰ったあとしっかり絞ったからそのうち乾くわ。ちょっと洞窟は湿気多いからまだ少し肌に張り付くところもあるけどね」
それからとつけ足すように服自体も乾きやすい素材でできているのだとタラッタが教えてくれた。こうやって話していると海賊だということを忘れるくらい彼女は普通の女性だ。
「さ、これくらいでいいわね。火をつけるわ」
「おっ、どうやってやるんだ?」
「火打石と打金で火花を飛ばすのよ」
洞窟内に落ちていた石で輪をつくり、その中に細かくした木材を積み上げる。それから先ほどナイフで薄く削った木をさらに細かく割いて作った火口に向けて、タラッタが持っていた火打石と打金を叩き合わせた。
「よし、なんとかなりそう……」
火花がうまく火口に着火し、タラッタが息を吹きかけて火を大きくする。それから用意してあった場所に移してさらに息を吹きかけた。
どうやらうまくいったらしく少しすると木がパチパチと音を立ててを燃え始めた。
「ふぅ。うまくいったわ」
「慣れたもんだなー」
「島で火をおこして野営することもけっこうあるからね」
「これが火か……ゆらゆらしていて、不思議なものだ」
初めて見る火にサモットが感嘆の声をあげる。触ろうと手を伸ばしてタラッタにたしなめられていた。
「熱いから触らないほうがいいぞ」
「……お前も初めて見ただろうに、随分慣れた様子だな」
「あはは。火よりも料理が気になっているからさ! 早く食べたい……」
じゅるりとよだれを啜るとサモットの呆れた視線が突き刺さった。
仕方あるまい。渇望した料理がもうすぐ食べられるのだから。まあ、料理といっても今日はせいぜい魚を焼くくらいしかできないだろうが。
そんなことを考えているとタラッタが朝渡した魚の鱗を落とし、はらわたをナイフで取り出す。それが終わると海水で軽く洗って、削って作った木の棒に突き刺した。
「じゃあ、焼くわよ」
たき火の周りに魚の刺さった棒を石で固定して立てる。それを見ただけでワクワクしてきて、バハルは早く焼けないかなとまるで小さな子供のように胸を弾ませた。
パチパチと火の爆ぜる音に魚の焼けるいい匂いが加わると、二匹と一人はそろって息を深く吸って香りを堪能した。
「もうそろそろ良さそうね」
「嗅いだことのない香りだ。不思議と腹が空いてくる」
「いい匂いだよなぁ~、じゅる」
「とりあえず口を閉じろ。よだれを垂らすな」
タラッタが焼けた魚を取って人魚たちに手渡した。一番大きな魚が回ってきてバハルはちょっと得した気分になる。
サモットは物珍しそうに木の棒を回して焼き魚を観察していた。
「いっただきまーす」
はぐっと大きな口を開けて焼き魚の腹のあたりに食いつく。少し焦げたパリパリの皮にほろりと崩れる脂ののった身。焼き魚ならではの旨みが口に広がる。そして──
「あっちぃ!!」
前世ぶりの焼き魚はバハルに感動と共に、容赦なく火傷を届けたのだった。
「大丈夫? 焼きたてをそんな勢いで食べたら火傷もするわよ」
「あほだな」
呆れた視線が二つバハルに向けられ流石に恥ずかしくなる。火傷した舌を冷やすように海水につけるとヒリヒリとした痛みが襲った。
「痛い……」
「真水でも含んでいたら?」
「ふん。人魚は治癒力が高いからその程度ならもう治っているだろ」
今だにひりつく舌をべえと出したままバハルはサモットの言葉を否定するように首を横に振る。すると幼馴染は納得がいかないというように眉間にしわを寄せた。
「そんなはずはない。なにか病気でも患ってるのか?」
「違う違う。理由は検討がついてるから大丈夫」
「また変な実験か」
「んー? 今回は人魚の不老不死の伝説についての検証によるものかな。意図したものじゃないけど、仮説があってる証拠になるかもなー」
「不老不死の伝説……」
訳が分からないといった様子のサモットは面倒になったのかそれ以上は追及するのを辞めたらしい。代わりにタラッタが微妙な表情を浮かべた。
なにか思うことがあるのだろうか。
少し引っかかったが、今はそれよりも目の前の焼き魚だ。せっかく焼きたての美味しい状態を堪能できるのだから、しっかりいただかなければならない。
「今度は慎重に。息で少し冷まして……」
ふうふうと息を吹きかけて焼き魚を食べる。今度は火傷を負わずに味わうことができた。美味しそうに食べるバハルの姿を見てサモットも慎重に口に運ぶ。一口食べて目を見開くと勢いよく食べ始めた。どうやら気に入ったようだ。
「ふっ……これでもっと協力的になるだろ」
夢中になっているサモットに聞こえないようににやりと笑って呟く。食とはすごいものでより美味しいものを知ると、元の食事では満足できなくなる。
知らないときよりは確実に協力的になってくれるはずだ。
「ん? タラッタ、どうした? 食べないのか」
「え、ああ……食べるわ」
「?」
焼き魚を手に持ったままぼんやりとしていたタラッタに声を掛けると、彼女ははっとしてようやく魚を口に運んだ。
「そうだ、これ。よかったらあの女の人魚にあげてよ」
焼きすぎないように火から離した残りの焼き魚をタラッタがバハルに差し出した。どうやらラメールの分も考えて用意してくれていたらしい。
「いいのか?」
「ええ。灯りを持ってきてくれたし、あんたたちと仲がいいんでしょ。ほら、もたもたしてると冷めちゃうわよ」
「じゃあ、ありがたく。サモット、ラメールに持っていってやれるか?」
ラメールと二人きりで話すいいチャンスだ。バハルはサモットもラメールも大切に思っている。だから幼馴染の恋を応援したいのだが、当の本人は微妙な表情を浮かべていた。
「いや、お前が持っていけ。水中洞窟はかけてやるから」
「なんだよ、ラメールと二人で話すチャンスじゃないか」
「そんなの分かってる。だが、ラメールはお前に持って来てもらったほうが喜ぶだろ」
「もー、まだ勘違いしてるのか? ラメールが俺に告白したのはもう随分前の子供のときだぞ。なにを遠慮してるんだか」
「うるさい! この鈍感あほ人魚! いいからお前が持っていけ!」
「ちょ、サモット……!」
焼き魚に魔法をかけたサモットがそれをぐいっとバハルに押し付け、追い立てるように威嚇する。
酷い言われように反論の一つでもしたかったのだが、あまりの剣幕にバハルは大人しくラメールの元へ向うことにした。
大きな体が海の中へ消えていくのを見送ってサモットは大きなため息をつく。
「あんた損な性格してるわね」
「うるさい」
「私は海賊だから欲しいものは奪う主義だけど……相手を思いやって身を引けるのは男前よ」
「人間が偉そうに。バハルに変なことを言うなよ」
鈍感な幼馴染の人魚はラメールの気持ちにまるで気づいていない。サモットの気持ちには気づいているにも関わらずだ。それがイライラして勝負を吹っかけていた。
ラメールと番になりたいと思う。だが、彼女の気持ちがなければ意味がない。それどころかラメールがバハルを好きならその手助けをしてやりたいとすら思っている。
人間に言われずとも損な性格だと自分でも分かっているし嫌にもなった。
だけど……大嫌いな人間の言葉でそんな気持ちがほんの少し楽になった気がする。人間に慰められるなんて、とサモットは再び大きなため息をついたのだった。
◇
海中洞窟を後にしてすぐにバハルはラメールとばったり出くわした。どうやら彼女も自分を探して洞窟へ向う途中だったらしい。行き違いにならなくてよかったと口にして、ラメールを海底へと誘った。
「それで、手に持ってるそれはなぁに?」
いつもより嬉しそうに頬を赤らめながらラメールが問いかけた。綺麗な緑色の瞳をキラキラさせてこちらを見る姿はとても可愛らしく癒される。前世でも妹はいなかったけど、いたらこんな感じなのだろうかとのほほんとしていると、ラメールが不満そうに肩を揺すってきた。
いけない。思考が別のところへいっていた。
「ごめんごめん。これ魚を火で焼いたやつ。ラメールにも食べてもらいたくて持ってきたんだ」
「私のために持ってきてくれの?」
「うん。俺もサモットもタラッタも食べたからさ。ラメールにも、って」
「……先にみんなで食べたのね」
先ほどまでご機嫌だったラメールが眉尻を下げ悲しそうに焼き魚を受け取った。
「サモットと色々して洞窟に向かった流れでさ」
「どうせ人間の食事を食べられるって興奮して忘れてたんでしょ」
唇を尖らせて拗ねる幼馴染になにも言い訳できない。なんせその通りだったからである。
困って慌てているとラメールが小さく息を吐いて寂しそうに笑った。
「もう。次はサモットだけじゃなくて、ちゃんと私も呼んでね。できることは少ないかもしれないけど、手伝うから」
「分かった! それじゃあ、これ食べたらさっそく手伝ってもらうよ!」
「ふふっ。そんなに慌てなくてももう拗ねてないわ。それで、これはどうやって食べるの?」
どうやら機嫌が治ったらしくほっと胸を撫で下ろす。
齧りついて食べればいいと教えると、ラメールが恐る恐る口を近づける。
「美味しいよ。俺もサモットも食べたから大丈夫」
「ええ、分かったわ」
ラメールが小さな口で焼き魚の腹に齧りつく。ほのかに温かい魚に彼女は目を見開いて、口元を手で押さえた。
「美味しいわ……!」
「だろー?」
それから夢中になって焼き魚を食べはじめた幼馴染を眺める。
やっぱり美味しいものは食べるだけではなくて共有するのも楽しい。
「それにしてもサモットの魔法は本当にすごいな」
焼き魚を包んだ水中洞窟はラメールが食べるたびに損傷するが、海水が入る前にすぐに修復される。サイズが小さければ小さいほどその分強度や再生力に回せるようだ。
バハルを閉じ込めるくらいしか使ってなかったようだから、まさに宝の持ち腐れである。
「ん、美味しかったわ。つい夢中で食べちゃった」
「口に合ったようでよかったよ」
「……バハルが人間の食べ物を探す理由がよく分かったわ」
頭と尻尾まで綺麗に食べたラメールが納得したように頷いた。海に暮らす人魚でもやはり調理したものの方が美味しく感じるようだ。
味覚は人間と変わらないのだろう。
「ありがとう、バハル。わざわざ持ってきてくれて。食べられてとても良かったわ」
「どういたしまして。あとでタラッタにも礼を言っておいてくれ」
「人間にも?」
「その焼き魚、タラッタが用意してくれたんだ。ラメールにもって」
「そう……。あの人間が……」
ちょっと複雑そうな表情だ。人間に対する警戒心はそう簡単には解けないのだろう。
無理強いするつもりはないし、こうして料理について理解してもらえただけでも大きな進歩だ。
「次に会ったときにお礼を伝えておくわ。そういえば手伝ってほしいことってなぁに?」
「ああ……海底遺跡でやりたいことがあるだ」
「バハルは本当にあそこが好きね。何度も行っているでしょう?」
「あれ、バレてる?」
「ふふっ、あれで隠してたつもりなの?」
ああいう場所に行くとラメールが心配すると思って特になにも言ってなかったのだが、バレバレだったらしい。ちょっと気恥ずかしくなってわざとらしく咳払いをした。
「そ、それで一緒に行ってくれるか?」
「ええ、大丈夫よ。幽霊とかの噂もあるみたいだけど、バハルが行ってるくらいだから怖くないわ」
「それは頼もしいな。サモットの方が怖がってたよ」
「あら、そうなの。私は幽霊の噂の正体はバハルなんじゃないかしらって思っているくらいよ」
ラメールは中々鋭い。正確にはバハル自身ではなく、彼が育ててるクラゲが噂の正体なのだがほぼ正解と言っていいだろう。
まあ、ラメールならウミちゃんを見ても驚きはするだろうがサモットのよう怒ったり説教したりはしないはずだ。……たぶん。
「えーと、じゃあ海底遺跡へ向かうけど……」
「けど?」
「ちょっと変わったクラゲがいるから、驚かないでほしい、かな」
「バハルが先に教えてくれるなんて珍しいわね。さてはサモットに怒られたのね」
「ぐっ……」
やはり鋭い。なにも言い返せないでいると彼女はくすくすと可愛らしい笑い声をあげたのだった。
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40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
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平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
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・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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