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海賊の娘
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無事に海魔の粘液を手に入れたバハルは行きよりも早いペースで泳ぎ、最後はくたくたになりつつも無事に生まれ育った海域へとたどり着いていた。
見慣れた景色にほっと息をついてタラッタのいる洞窟へと向う。
「あっ! バハル!」
「ラメールとサモットじゃないか。ちょうど良かった、今帰ったところなんだ」
タイミングよく洞窟の方向から泳いできた幼馴染二匹に出会い、挨拶を交わす。話を聞くとタラッタに食事を届け今日は解散したらしい。いない間もきちんと彼女に協力してくれていたらしく、バハルは胸を撫で下ろした。
「バハルの方はどうだったの? 思っていたより帰りが早かったみたいだけど」
「ほら、無事に手に入れたんだ!」
「なんだ、存外簡単に見つかるような海魔だったのか」
「いや? 北へ向う海流手前まで行ったけど手がかり一つなかったよ」
「それなのにこんなに早く?」
「実は協力してくれた人魚がいてさ」
バハルはマヤのことを簡単に説明した。店を営んでいて鱗と引き換えに海魔の粘液を貰ったのだと言うと、サモットが顔を引き攣らせて自分の尾びれを庇うように手で触れる。痛みを想像したらしい。
ラメールは帰路の途中にようやく生えてきた小さな鱗を見て口に手を当てていた。
「お前……そこまで人間のためにやるのか……」
「バハル、優しすぎるわ」
「いや……お代が鱗だと知ったのは貰った後だったんだ」
流石のバハルも最初から対価が鱗だと聞かされていたら躊躇していただろう。直前まで知らなかったからこそできた取引である。
だから二度目は考えられない。やるとしても別のもので取引したいものだ。
「それよりタラッタはどんな感じだ? 船作りは進んだのか?」
「うーん、正直なにをしているのか私にはさっぱりで進捗はよくわからないわ」
「バハルが出てから一週間くらいか? ずっと木を工具とやらで削っていたぞ」
一週間そこらで船が完成することはないか、と納得してとりあえずタラッタの元へ向かってみることにした。幼馴染二匹はこのまま帰るらしいので別れを告げ一匹で洞窟へと向う。
「おーい、タラッタ」
ザバッと海面から顔を出すとなにやら作業をしていたタラッタがこちらに視線を寄越した。
「あら、バハルじゃない。お帰りなさい」
「ただいま~。ほら、ちゃんと海魔の粘液を持ってきたぞ」
洞窟の床に瓶を置くと近くまで来た彼女がそれを手に取って灯りクラゲに掲げた。何度か角度を変えて不思議そうに中身を見ている。
「これを使うのね。助かるわ。遠いところまでありがとう」
「どういたしまして。船の方はどうだ?」
「今は木を削って整えているところよ。これが終わったら組み立てていくわ。まあ組み立てると言ってもそう簡単じゃないだろうけど」
タラッタが肩を竦めなからそう言った。彼女は自信がなさそうだが船作りに関してなんの知識もないバハルからしたら十分凄いと思う。
こういうとき前世で博識だったのなら役に立つ知識の一つや二つ出たのになぁとは思うが、平凡に生きるのはそれはそれで満足だったので特に後悔などはない。
「ほんとにあんたたちには助けられているわ」
「まあ暇つぶしになるし、美味い飯は食えるし俺としても助かってるけど」
「ふふっ。変わった人魚ね。ときどき人間と話してるじゃないかって思うときがあるわ」
前世が人間だったのであながちその感覚は間違いではない。タラッタはふっと笑うとバハルの前にドサリと腰を落とした。足を組んで手に持っていた瓶を体の横に置く。
「あんたに話しておくべきことがあるの」
「ん? なんか真面目な話?」
「そうね。わたしたち海賊がここに来た理由よ」
「あー。そういえば船がこの海域までくるのは珍しいんだったな」
ただここを通ったとは考えにくく、タラッタの言い方的にも目的があってわざわざこの辺りに来たようだ。なんとなく察しはつくが。
「ここに来た理由はあんたたち人魚を捕まえて連れ帰るためよ」
「まあ、そうだよなぁ」
「なんだ、察しはついてたの。それでね、それがとある国からの依頼だったのよ」
「ほう?」
国が海賊に頼むということは秘密裏に人魚を捕獲したかったのか。ひとまず詳しく話してくれるようなので彼女の話を聞くことにした。
「その国の名前はマチリーク王国。依頼人は国王の叔母にあたる人物よ」
「国王の叔母がなんでまた人魚を? もしかして不老不死になりたい~とか?」
「依頼の理由としては病弱な国王のため、らしいわ。マチリーク王国の王は大変病弱で現在子供はおらず、さらに兄弟もはいないみたいよ。血縁者は叔母のみで大層心を砕いている……と」
「なんだその嘘くさそうな理由」
はっきり言って叔母の言葉を鵜呑みにはできない。なんせその状況なら国王が死ねば一番偉いのは叔母となる。女性に継承権があるかは国によるだろうが子供か配偶者がいればその権利は転がり込んでくるだろう。
「国王の病気は治療法がないらしいわ」
「怪しすぎるわぁ、その話」
「それが病気に関しては事実だと思うわよ」
一度胡散臭く感じるとなにもかもが怪しく思えるものだ。だがそんなバハルの言葉をタラッタは首を横に振って否定した。
「マチリーク王国を含めたいくつかの国では魔法師連合ってのに加入しててね。あ、魔法師ってのは人間の職業の一種よ。それで優れた魔法師はその連合内で協力し合う取り決めがあるんだけど、マチリーク王国の魔法師長……つまり一番偉い魔法師はこの連合の長も兼任してるわけ」
「つまり?」
「この魔法師は国王の腹心で、病気を偽ったり毒を持ったりなんてできないでしょうね。彼を騙せるとは思えないわ」
「なるほど」
叔母がなにを考えているのかはともかくとして、国王が不治の病というのは間違いないらしい。
「海賊を使った理由は? 国王の一大事で人魚の不老不死なんて眉唾な話に縋るくらいなら王国の騎士とか? 出せばよかったんじゃ?」
「他国に知られないため、秘密裏にしたかったらしいわよ」
「ふーん……」
「叔母の思惑は知らないけど、わたしたちが失敗した以上また来るかもしれないわ。気を付けて」
忠告をしてくれているらしい。国からの秘密裏の依頼を打ち明けてくれるとは、どうやらバハルが思っている以上にタラッタは自分たちに恩を感じているようだ。
「それを聞いてここから人魚が一斉に逃げ出したらどうするんだ? 国は困るんじゃないか?」
「まあ……。お咎めがあるかもしれないけど、うまく国に見つからないようにすれば大丈夫よ。海賊船は沈んでしまったし、死んだと思うでしょ」
「そうか……」
やはり国に見つかるとまずいようだがタラッタはうまく身を隠すつもりのようだ。生まれ育った場所を離れることが少ない人魚たちが、この海域を離れることはないだろう。やるなら警戒して容赦なく船を沈めるくらいか。
「陸に帰ったら海賊は辞めるのか?」
乗っていた船は沈み仲間たちも皆死んでしまった。国に見つかるとまずい点も考えると海賊は続けられないだろうか。
そんなことを考えて問いかけたバハルにタラッタはすぐに首を横に振った。
「海賊は続けるわ。わたしにはやりたいことがあるから」
「やりたいこと?」
「…………わたし、母さんの形見を探してるのよ」
組んだ足を立てて膝に顔を埋めながら彼女がポツリとそう言った。とりあえずなにも言葉にはせず続きを待つとタラッタがゆっくりと話してくれる。
「母さんはね、とても有名な海賊なの。リヴァイアサンの瞳を奪ったとても凄いひとなのよ」
「リヴァイアサン、ってなんだっけ」
「人魚なのに知らないの? 海に住むとても大きな海魔よ。わたしたち海賊の間では海の神とか悪魔とか呼ばれているわ」
「へぇ~。そんなやつから瞳を奪うなんてタラッタの母親は強かったんだなぁ」
リヴァイアサンは聞いたことないが海は広く人魚ないない海域も存在する。そんな海魔がいても不思議ではない。
「ねぇ、バハルは青くて美しい宝石を見たこととか話を聞いたことはないかしら? リヴァイアサンの瞳はブルーサファイアで美しいものなの」
「うーん。悪いけど知らないなぁ」
「そう……」
「それが母親の形見なのか?」
「ええ。母さんは海に捨てられてしまってね。私が子供の頃の出来事だし遺骨を探すのは無理だろうけど……その宝石ならまだあるかもって」
「捨てられた!?」
タラッタの言葉にバハルがぎょっとして思わず声を荒げる。一体なにがどうなったらそんな凄い海賊が海に捨てられるなんてことになるのだろうか。
「……母さんの名声とリヴァイアサンの瞳を狙った父に捨てられたの。船旅の途中に酷い高熱が出る病にかかってね。船員に移るといけないからって慈悲もなく……」
「そんな……」
「わたしはまだ幼かったし、わたし自身も熱があったらしくその辺りの記憶はあやふやでね。ただ母さんが海へ捨てられ、父が躍起になって探したリヴァイアサンの瞳は消えていたことだけはしっかり覚えてる」
なんと声をかけていいのか分からずバハルは口を閉じた。
「……わたしの体調は幸いすぐによくなって捨てられはしなかったし、父も血の繋がったわたしには多少の情があったみたいでそのまま船に乗って過ごしたわ」
「もしかして沈んだ船は……」
「そう。父の海賊船。正直ずっと恨んでいたから沈んでもなんにも思わなかったわ。むしろスカッとしたくらい」
通りで沈没したときに仲間の安否をまったく気にしなかった訳だ。タラッタにとって父も仲間たちも等しく母を殺した憎い相手だったのだから。
「船を降りようとは考えなかったのか? そんなやつの船にい続けるのも辛かっただろ……?」
「それも考えたけど……どうしても母さんの形見を探したかったから。あの船に乗り続けるのが正解だと思ったのよ」
そう言ってタラッタは困ったように小さく笑った。
「母親の形見の宝石を探すためって言ったけど……父親は宝石の瞳を手に入れたかったんだろう? 海へ捨てる前に当然身体チェックはしただろう。どうして海に沈んでいると?」
部屋の中も相当探したらしいのでそんな男がなにも調べず海へ投げ捨てるとは思えない。
「そうね。でも間違いなく宝石は船からなくなっていたから。考えられるのは母さんがうまく隠して持っていたとしか」
「そっか。力になってやりたいけど、残念ながら宝石をみたことはないし、この辺りに船が来たのは随分と久しぶりなんだ。タラッタの母親が海に捨てられたのはこの辺りではないと思うよ」
タラッタの乗っていた海賊船がバハルが人魚になって初めてみた動く船だ。数十年前には確実に来てはいない。そう説明すると彼女は肩を落とした。
「そう簡単には見つからないわよね。人魚なんて会えるものじゃないし、こうして話せるものじゃない。もしかしたら奇跡が続くかもって期待してしまったわ」
「悪いな……役に立てなくて……」
「やだ、落ち込まないでよ。あんたはなにも悪くないわ」
「……せめてどの辺りの海域かくらいは特定できるかも。なにか覚えてはいないのか?」
幼いかつ熱に浮かされていたそうだからあまり情報はないかもしれないが、なにか手がかりくらいは掴めるかもしれない。そう思って提案するとタラッタは目を閉じてじっと過去の記憶を探り始めた。
「……とても寒かったわ。熱が出てたのもあるだろうけど、扉が開いた瞬間体が凍りそうなほど冷たい風が入り込んできた。それから窓から白い大地が見えてたような……」
「流氷とかかな……。随分と寒い場所みたいだ。ここよりずっと北だろうな」
「そうかも知れないわね……。不思議ね、思い出せば簡単に手がかりがあったのに、ずっと忘れていたわ」
母親がいなくなるなんて恐怖を幼い子が体験したらトラウマでしかないだろう。きっと無意識に思い出すのを避けていたに違いない。
「バハルと会えてよかったし、こうして話を聞いてもらえてなんだかすごく……前に進めた気がするわ」
「タラッタ……」
「なんだか陸へ帰るのが惜しくなってしまいそう」
タラッタが立ち上がってぐっと伸びをするとあっけらかんと言い放った。
「でもわたしはここでは生きられない。けっこう楽しくて気に入ってるけど、生き物の差は埋められないものね」
「俺もタラッタが来てから楽しいよ。きっとラメールやサモットもそう思ってる」
「ふふ、そうかしら」
「つまらなかったり嫌だったら俺が留守のときまで面倒を見たりしないさ」
顔を見合わせて笑い合う。すっかり弛緩した空気にバハルの身体から力が抜ける。どうやらタラッタの過去の話に少し緊張していたらしい。
「なあ、タラッタ」
「ん?」
「俺さどうせ暇だから、もしタラッタが形見を探す旅に出るときがあったら手伝うよ。こうして出会ったのもなにかの縁だろうし、人魚がいると心強いだろ?」
遠くに旅に出るのもいいかもしれない。そう考えての提案だ。それにこんな話を聞いたら協力してやりたいと思ってしまう。バハルがお人好しだからだろうか。
「ふふっ。そうね、とても心強い仲間だわ。報酬は陸の食べ物でどうかしら」
「よし報酬はそれで決定だ!」
「あははっ! 本当に食べるのが好きなのね!」
声を上げてタラッタが笑う。
うん、やっぱり笑っているほうが楽しくていい。
「そうそう食べ物といえば……。ほらあんた忘れてるんじゃないかと思って」
なにかを思い出したように彼女が壁際に置いてあった壺を持ってきた。以前バハルが持っていた種を植えたものだ。
沈没船に行ったり船の補強材を探したりと忙しくしていたため頭から抜け落ちていた。
「本当にすっかり忘れてた! 流石に無理かなって思ってたのもあるけど」
「そうよね。陸とこの洞窟じゃああまりにも環境が違うもの。…………でも、ほら見てみなさいよ」
「?」
タラッタがぐいっと壺を差し出す。言われたとおりに覗き込んで見ると、なにやらひょろりと小さな白い葉が砂から頭を出している。
「これって! 芽が出たのか!?」
「そうみたいね。ただ最初に言っていた根菜の種ではなさそうよ」
「え、そうなの?」
「私の知っている根菜はすべて緑色の芽を出すから。たぶん根菜の種に紛れていたのね。私も詳しくはないからどんなものかは育ってみないと分からないけど」
一応鉢植えの方も見せてもらうがそちらはなにも出ていないようだ。試しに少し掘り起こして種を確認すると、腐ってしまっていて白いカビのようなものがついていた。
「あー、これはもう駄目そうだな」
「あまり土が乾く様子がなかったから、水分が多くて腐ってしまったのね。海中洞窟だからか湿気も多い方だし」
「うーん。やっぱり難しいか。でもこの偶然の一つはうれしいな」
紛れ込んでいたこの一つの種はこの環境に適応できているようだ。このまま上手く育ってくれることを願うバハルであった。
見慣れた景色にほっと息をついてタラッタのいる洞窟へと向う。
「あっ! バハル!」
「ラメールとサモットじゃないか。ちょうど良かった、今帰ったところなんだ」
タイミングよく洞窟の方向から泳いできた幼馴染二匹に出会い、挨拶を交わす。話を聞くとタラッタに食事を届け今日は解散したらしい。いない間もきちんと彼女に協力してくれていたらしく、バハルは胸を撫で下ろした。
「バハルの方はどうだったの? 思っていたより帰りが早かったみたいだけど」
「ほら、無事に手に入れたんだ!」
「なんだ、存外簡単に見つかるような海魔だったのか」
「いや? 北へ向う海流手前まで行ったけど手がかり一つなかったよ」
「それなのにこんなに早く?」
「実は協力してくれた人魚がいてさ」
バハルはマヤのことを簡単に説明した。店を営んでいて鱗と引き換えに海魔の粘液を貰ったのだと言うと、サモットが顔を引き攣らせて自分の尾びれを庇うように手で触れる。痛みを想像したらしい。
ラメールは帰路の途中にようやく生えてきた小さな鱗を見て口に手を当てていた。
「お前……そこまで人間のためにやるのか……」
「バハル、優しすぎるわ」
「いや……お代が鱗だと知ったのは貰った後だったんだ」
流石のバハルも最初から対価が鱗だと聞かされていたら躊躇していただろう。直前まで知らなかったからこそできた取引である。
だから二度目は考えられない。やるとしても別のもので取引したいものだ。
「それよりタラッタはどんな感じだ? 船作りは進んだのか?」
「うーん、正直なにをしているのか私にはさっぱりで進捗はよくわからないわ」
「バハルが出てから一週間くらいか? ずっと木を工具とやらで削っていたぞ」
一週間そこらで船が完成することはないか、と納得してとりあえずタラッタの元へ向かってみることにした。幼馴染二匹はこのまま帰るらしいので別れを告げ一匹で洞窟へと向う。
「おーい、タラッタ」
ザバッと海面から顔を出すとなにやら作業をしていたタラッタがこちらに視線を寄越した。
「あら、バハルじゃない。お帰りなさい」
「ただいま~。ほら、ちゃんと海魔の粘液を持ってきたぞ」
洞窟の床に瓶を置くと近くまで来た彼女がそれを手に取って灯りクラゲに掲げた。何度か角度を変えて不思議そうに中身を見ている。
「これを使うのね。助かるわ。遠いところまでありがとう」
「どういたしまして。船の方はどうだ?」
「今は木を削って整えているところよ。これが終わったら組み立てていくわ。まあ組み立てると言ってもそう簡単じゃないだろうけど」
タラッタが肩を竦めなからそう言った。彼女は自信がなさそうだが船作りに関してなんの知識もないバハルからしたら十分凄いと思う。
こういうとき前世で博識だったのなら役に立つ知識の一つや二つ出たのになぁとは思うが、平凡に生きるのはそれはそれで満足だったので特に後悔などはない。
「ほんとにあんたたちには助けられているわ」
「まあ暇つぶしになるし、美味い飯は食えるし俺としても助かってるけど」
「ふふっ。変わった人魚ね。ときどき人間と話してるじゃないかって思うときがあるわ」
前世が人間だったのであながちその感覚は間違いではない。タラッタはふっと笑うとバハルの前にドサリと腰を落とした。足を組んで手に持っていた瓶を体の横に置く。
「あんたに話しておくべきことがあるの」
「ん? なんか真面目な話?」
「そうね。わたしたち海賊がここに来た理由よ」
「あー。そういえば船がこの海域までくるのは珍しいんだったな」
ただここを通ったとは考えにくく、タラッタの言い方的にも目的があってわざわざこの辺りに来たようだ。なんとなく察しはつくが。
「ここに来た理由はあんたたち人魚を捕まえて連れ帰るためよ」
「まあ、そうだよなぁ」
「なんだ、察しはついてたの。それでね、それがとある国からの依頼だったのよ」
「ほう?」
国が海賊に頼むということは秘密裏に人魚を捕獲したかったのか。ひとまず詳しく話してくれるようなので彼女の話を聞くことにした。
「その国の名前はマチリーク王国。依頼人は国王の叔母にあたる人物よ」
「国王の叔母がなんでまた人魚を? もしかして不老不死になりたい~とか?」
「依頼の理由としては病弱な国王のため、らしいわ。マチリーク王国の王は大変病弱で現在子供はおらず、さらに兄弟もはいないみたいよ。血縁者は叔母のみで大層心を砕いている……と」
「なんだその嘘くさそうな理由」
はっきり言って叔母の言葉を鵜呑みにはできない。なんせその状況なら国王が死ねば一番偉いのは叔母となる。女性に継承権があるかは国によるだろうが子供か配偶者がいればその権利は転がり込んでくるだろう。
「国王の病気は治療法がないらしいわ」
「怪しすぎるわぁ、その話」
「それが病気に関しては事実だと思うわよ」
一度胡散臭く感じるとなにもかもが怪しく思えるものだ。だがそんなバハルの言葉をタラッタは首を横に振って否定した。
「マチリーク王国を含めたいくつかの国では魔法師連合ってのに加入しててね。あ、魔法師ってのは人間の職業の一種よ。それで優れた魔法師はその連合内で協力し合う取り決めがあるんだけど、マチリーク王国の魔法師長……つまり一番偉い魔法師はこの連合の長も兼任してるわけ」
「つまり?」
「この魔法師は国王の腹心で、病気を偽ったり毒を持ったりなんてできないでしょうね。彼を騙せるとは思えないわ」
「なるほど」
叔母がなにを考えているのかはともかくとして、国王が不治の病というのは間違いないらしい。
「海賊を使った理由は? 国王の一大事で人魚の不老不死なんて眉唾な話に縋るくらいなら王国の騎士とか? 出せばよかったんじゃ?」
「他国に知られないため、秘密裏にしたかったらしいわよ」
「ふーん……」
「叔母の思惑は知らないけど、わたしたちが失敗した以上また来るかもしれないわ。気を付けて」
忠告をしてくれているらしい。国からの秘密裏の依頼を打ち明けてくれるとは、どうやらバハルが思っている以上にタラッタは自分たちに恩を感じているようだ。
「それを聞いてここから人魚が一斉に逃げ出したらどうするんだ? 国は困るんじゃないか?」
「まあ……。お咎めがあるかもしれないけど、うまく国に見つからないようにすれば大丈夫よ。海賊船は沈んでしまったし、死んだと思うでしょ」
「そうか……」
やはり国に見つかるとまずいようだがタラッタはうまく身を隠すつもりのようだ。生まれ育った場所を離れることが少ない人魚たちが、この海域を離れることはないだろう。やるなら警戒して容赦なく船を沈めるくらいか。
「陸に帰ったら海賊は辞めるのか?」
乗っていた船は沈み仲間たちも皆死んでしまった。国に見つかるとまずい点も考えると海賊は続けられないだろうか。
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「海賊は続けるわ。わたしにはやりたいことがあるから」
「やりたいこと?」
「…………わたし、母さんの形見を探してるのよ」
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「リヴァイアサン、ってなんだっけ」
「人魚なのに知らないの? 海に住むとても大きな海魔よ。わたしたち海賊の間では海の神とか悪魔とか呼ばれているわ」
「へぇ~。そんなやつから瞳を奪うなんてタラッタの母親は強かったんだなぁ」
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「ねぇ、バハルは青くて美しい宝石を見たこととか話を聞いたことはないかしら? リヴァイアサンの瞳はブルーサファイアで美しいものなの」
「うーん。悪いけど知らないなぁ」
「そう……」
「それが母親の形見なのか?」
「ええ。母さんは海に捨てられてしまってね。私が子供の頃の出来事だし遺骨を探すのは無理だろうけど……その宝石ならまだあるかもって」
「捨てられた!?」
タラッタの言葉にバハルがぎょっとして思わず声を荒げる。一体なにがどうなったらそんな凄い海賊が海に捨てられるなんてことになるのだろうか。
「……母さんの名声とリヴァイアサンの瞳を狙った父に捨てられたの。船旅の途中に酷い高熱が出る病にかかってね。船員に移るといけないからって慈悲もなく……」
「そんな……」
「わたしはまだ幼かったし、わたし自身も熱があったらしくその辺りの記憶はあやふやでね。ただ母さんが海へ捨てられ、父が躍起になって探したリヴァイアサンの瞳は消えていたことだけはしっかり覚えてる」
なんと声をかけていいのか分からずバハルは口を閉じた。
「……わたしの体調は幸いすぐによくなって捨てられはしなかったし、父も血の繋がったわたしには多少の情があったみたいでそのまま船に乗って過ごしたわ」
「もしかして沈んだ船は……」
「そう。父の海賊船。正直ずっと恨んでいたから沈んでもなんにも思わなかったわ。むしろスカッとしたくらい」
通りで沈没したときに仲間の安否をまったく気にしなかった訳だ。タラッタにとって父も仲間たちも等しく母を殺した憎い相手だったのだから。
「船を降りようとは考えなかったのか? そんなやつの船にい続けるのも辛かっただろ……?」
「それも考えたけど……どうしても母さんの形見を探したかったから。あの船に乗り続けるのが正解だと思ったのよ」
そう言ってタラッタは困ったように小さく笑った。
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「そう簡単には見つからないわよね。人魚なんて会えるものじゃないし、こうして話せるものじゃない。もしかしたら奇跡が続くかもって期待してしまったわ」
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「……とても寒かったわ。熱が出てたのもあるだろうけど、扉が開いた瞬間体が凍りそうなほど冷たい風が入り込んできた。それから窓から白い大地が見えてたような……」
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「タラッタ……」
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「でもわたしはここでは生きられない。けっこう楽しくて気に入ってるけど、生き物の差は埋められないものね」
「俺もタラッタが来てから楽しいよ。きっとラメールやサモットもそう思ってる」
「ふふ、そうかしら」
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顔を見合わせて笑い合う。すっかり弛緩した空気にバハルの身体から力が抜ける。どうやらタラッタの過去の話に少し緊張していたらしい。
「なあ、タラッタ」
「ん?」
「俺さどうせ暇だから、もしタラッタが形見を探す旅に出るときがあったら手伝うよ。こうして出会ったのもなにかの縁だろうし、人魚がいると心強いだろ?」
遠くに旅に出るのもいいかもしれない。そう考えての提案だ。それにこんな話を聞いたら協力してやりたいと思ってしまう。バハルがお人好しだからだろうか。
「ふふっ。そうね、とても心強い仲間だわ。報酬は陸の食べ物でどうかしら」
「よし報酬はそれで決定だ!」
「あははっ! 本当に食べるのが好きなのね!」
声を上げてタラッタが笑う。
うん、やっぱり笑っているほうが楽しくていい。
「そうそう食べ物といえば……。ほらあんた忘れてるんじゃないかと思って」
なにかを思い出したように彼女が壁際に置いてあった壺を持ってきた。以前バハルが持っていた種を植えたものだ。
沈没船に行ったり船の補強材を探したりと忙しくしていたため頭から抜け落ちていた。
「本当にすっかり忘れてた! 流石に無理かなって思ってたのもあるけど」
「そうよね。陸とこの洞窟じゃああまりにも環境が違うもの。…………でも、ほら見てみなさいよ」
「?」
タラッタがぐいっと壺を差し出す。言われたとおりに覗き込んで見ると、なにやらひょろりと小さな白い葉が砂から頭を出している。
「これって! 芽が出たのか!?」
「そうみたいね。ただ最初に言っていた根菜の種ではなさそうよ」
「え、そうなの?」
「私の知っている根菜はすべて緑色の芽を出すから。たぶん根菜の種に紛れていたのね。私も詳しくはないからどんなものかは育ってみないと分からないけど」
一応鉢植えの方も見せてもらうがそちらはなにも出ていないようだ。試しに少し掘り起こして種を確認すると、腐ってしまっていて白いカビのようなものがついていた。
「あー、これはもう駄目そうだな」
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その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
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久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
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辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
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